魔界帰りの劣等能力者

たすろう

四天寺襲撃②


「さて、予想通り来たな」

 四天寺の入家の大祭運営事務局は既に襲撃者を迎え撃つ本営に移行していた。
 慌てる者はいない。まるで当初からの予定通りのように情報の収集と四天寺、大峰、神前、それぞれに所属する従者たちに指示を飛ばす。
 この本営を預かるのは明良の父であり、左馬之助の息子である神前孝明(かんざきこうめい)である。
 四天寺家においてこの孝明は精霊使いとしての能力もさることながら、その高い戦術眼の持ち主として非凡な才能を発揮してきた人物である。普段はあまり表だった行動は控え、目立つところのないところに身を置いているが、それは孝明の役割が四天寺の表と裏、双方を支えることを主な任務としていることに起因する。
 つまり、表では四天寺家の外交、裏では四天寺家への悪意を持つ組織、あるいは個人を特定、監視し、場合によっては能動的に対処することもある。
 以前、朱音に指示されて日本に来た百眼率いる闇夜之豹を監視、襲撃を指揮したのも、この孝明によるものである。
 今回の入家の大祭において当然のように主幹として任命されていた。

「敵の数は?」

 セットされた白髪交じりの髪に落ち着いた眼光を放つ孝明は状況を整理する。

「ジュリアン・ナイトを含めて5人です。ジュリアン・ナイト以外は観覧席に2人、大祭参加者の泊まる屋敷付近に2人です」

「ふむ……まずは早急に観覧席にいる敵に大峰と神前のチームを送ろう。すでに混乱しているだろうが、これ以上、客人たちに被害がでるのはよくない。敵の実力はまだ未知数だ。無理して突っ込むなよ、客人たちが逃げるまでの足止めができればいい」

「はい、承知しました。他のところには、どうしましょうか?」

「奴らの狙いは、四天寺家の中枢だ。黙っててもこちらにやって来るだろうよ。それ以外の人員は朱音様たちのいる場所に集結させておけばいい」

「は……ですが、それでは敵を呼び込んでしまい朱音様たちに万が一が……」

「大丈夫だ」

 孝明は部下からの意見にきっぱりとした口調で答え、そして部下に笑みを見せる。

「確かにあそこは四天寺の中枢で我々が必ずや守らなければならない方々がいる。だが同時にこの四天寺の最高戦力がおられるところでもあることを忘れるな」

「は、はい!」

 孝明の持論は、戦いにおいて最も重要なファクターは組織力である。四天寺家に所属している従者たちは粒ぞろいだ。その上でそのメンバーの特性を十二分に理解し、チームとして強力な個との戦いにも勝利を得られることを想定している。
 それ故にチーム編成に最も心を砕いた。その時点で自分の仕事の半分が終了していると考えている。
 だが、同時にそういった孝明の持論から外れる人間たちがいるのだ。
 それは個にして圧倒的な実力と個として規格外の戦力として計算ができる者たち……。
 こういった人間たちはえてして、組織に組み込むことでその実力を発揮できない場合がある。
 そういった人間たちにはあえて状況説明と敵情報だけを伝えておくだけでいい。そして、これらの人間たちが戦いやすい場を提供できるようにしておくことだ。
 これが四天寺家に君臨する毅成、朱音……そして瑞穂を知る孝明の戦闘における戦略である。
 ここで大事な人物の存在を孝明は思い出した。

「婿殿はどうしている」

「はい、すでにジュリアン・ナイトに仕掛けたようです。今、映像でも確認できます」

 すぐにモニターを通して、孝明は祐人の姿を確認した。朱音から瑞穂護衛のための依頼を受けて参加してきたことは承知済みだ。それでこの少年が依頼を真摯に遂行し、この襲撃の発端となったジュリアンのところへすぐに駆け付けたことに好感を覚える。

「ふふふ、速いな! さすがは婿殿といったところだが……恐らく、襲撃者の首謀者はジュリアン・ナイトの可能性が高い。婿殿に何かあってはいけないな……そうだな、神前のチームを一隊送って援護し、婿殿を連れて一緒にこちらに引いてこさせ……な!?」

「これは……孝明様!?」

 孝明とその部下は一瞬、息が止まる。
 というのは、たった今、映像を通して祐人とジュリアンの戦闘を目の当たりにしたのだ。二人が激突し、その衝撃波でカメラが振動し、画面が激しく揺れている。
 一戦目のトーナメント戦で双方の戦いは分析している。共に若者でありながら才能豊かな能力者であることは分かっていた。
 だが、この両者の激突ですぐに孝明は理解する。
 この二人は……そのようなレベルではない。
 これは……これでは援護する部隊が足手まといになる可能性すらある規格外の能力者同士の攻防だ。
 画面の揺れが徐々に治まり、さらなる攻防が繰り広げられる。
 孝明は大きく驚きつつも……徐々に頬を緩め、ついには声をあげて笑い出した。
 部下は祐人もそうだが、敵であるジュリアンの実力に緊張を高めたのにもかかわらず、孝明のそのリアクションに眉根を寄せて怪訝そうに見つめてしまう。

「婿殿! 見事……見事な若者だ! 喜べ、このような少年が瑞穂様のおそばに来てくださるとは!」

「……は? はい、ではすぐに部隊を送って……」

「それは撤回だ」

「え?」

「分からないか? この婿殿にへたな援護は邪魔になる! よし、ここは婿殿をよく知っている明良に行ってもらうか……!? いや、ここはあえて瑞穂様にご出陣を願うのも面白い」

「こ、孝明様! 何を仰られるのですか! 瑞穂様に前線に出てもらうなど……」

「いいから、朱音様に献策をしてみろ、それで決めればいい」

「……は、はい」

 そういうことであれば……と指示された部下は不承不承受け入れる。おそらく、いや、確実にこの提案は撥ねられると考えている表情だ。
 直後、笑みを消し、真顔になった孝明は考えを巡らせる。
 祐人と戦闘をしているジュリアン・ナイトの実力を見ることができ、それ以外の襲撃者の実力を測ることができたのだ。
 祐人と戦うジュリアン・ナイトの実力も規格外。敵としてこれほど恐ろしいことはない。
 誘ったとはいえ、とんでもないものを呼び込んでいたようだ、と孝明は理解する。
 もちろん、当初から敵の実力を侮ることがなど、考えてもいない。だが、予想を超えていたのは否めない事実。であれば、その他の敵も同等と考えた方がいい。

「もう、試合中の参加者たちも気づいているだろうが、参加者たちに大祭の中止と退避を伝えろ。それとダグラス・ガンズ殿とは連絡がつくか?」

「はい、連絡の手段は伝えてありますので、可能です。風を送れば分かって頂けると思います」

「よし、すぐに助力を頼め。……あとは、剣聖殿などが動いてくれれば心強いのだが」

「ははは、もちろん我々も動きますよ」

 突然の背後からの声に孝明は振り返る。
 そこには剣聖アルフレッド・アークライトとともに神妙な表情を見せている日紗枝、そして大祭参加者であったミラージュ・海園、またトーナメント2戦目の開始直後に棄権した天道司がその背後に控えていた。

「剣聖! それに日紗枝も」

「孝明様、アルが……剣聖が動いてくださるそうです。それだけじゃなく、この二人も」

 日紗枝は微妙な表情で嘆息しつつ、にこやかな剣聖の後ろにいる腕を組み不機嫌そうな海園と目を瞑り苦笑いを浮かべる天道司を紹介した。

「おお、そうですか、ご助力痛み入ります、剣聖」

 喜色を浮かべて応対する孝明は、同時に頭の中で戦力分析と配置先を思慮する。

「それで孝明殿、状況を教えて頂けますか?」

「もちろんです、剣聖」

 孝明は簡潔に状況と予想できる敵の実力を説明すると、剣聖は大きく頷いた。

「分かりました、では、私は堂杜祐人君のところに行きます。この二人には参加者たちの宿舎になっている屋敷の方に向かわせましょう。いかがですか?」

 この時、孝明はこの剣聖の申し出に意表をつかれたが、すぐに冷静な表情を見せる。

「分かりました。是非、お願いいたします、私どもの婿殿の援護を剣聖がしてくださるのはありがたい。すぐにでも向かっていただきたい」

 孝明が祐人のことを“私どもの婿殿”と、まるで念を押すような言い方に剣聖は苦笑いを一瞬みせたが孝明は真剣そのもの。

「承った。では」

 剣聖は逞しい体を翻すと海園と司に目で合図をし、「何でこんなところで……俺が」とぶつくさ言っている海園の背中を司が押しながら3人とも出て行った。
 3人が出て行くと、孝明は残った日紗枝に顔を向ける。

「まさか……剣聖がこの入家の大祭に仲間を二人も送り込んでいたとはね」

「……私も知りませんでした。まったくあいつときたら何を考えているのか、私も頭が痛いです」

「ふむ、随分と剣聖も婿殿にご執心なようだね、理由は分かりかねるが……」

「……」

「おや、日紗枝は不機嫌そうだ。その顔だと自分にもすべてを語ってもらえてないのが許せないのかな?」

「!? ……そういうことではありません!」

 日紗枝が感情を露わにすると孝明は笑顔を見せる。

「日紗枝、男というのは一番大事な女性だからこそ、何も伝えないということもあるのだよ。女性にとっては歯がゆいところもあるだろうがね。特に剣聖という男はそのように見受けた」

「……え?」

「そんな男に惚れた弱みだ。日紗枝、もっと信じてあげてなさい、剣聖を」

「な!? ちが……!」

 気色ばんだ大峰家出身の才女に孝明は笑い、すぐに指揮官の顔を取り戻すと敷地内の各所に設置した映像を睨む。

「状況が変わった。戦力にも余裕ができたことを考えて、タイミングを見計らって攻勢にでるぞ!」

「「「はい!」」」

 士気の上がる本部内で日紗枝だけが、顔を真っ赤にして歯ぎしりをしていたのだった。



「堂杜祐人! やるじゃねーか! よくも凌いでくれるな、このダンシングソードの猛攻を! うざったいぞ!」

「……クッ」

 祐人はしつこくまとわりつくようなジュリアンの剣撃を弾きつつ、瑞穂たちのいる重鎮席の方に移動をしていた。

「あんたに言われたくはないよ!」

 祐人は急停止し、ジュリアンに倚白を薙いだ。
 その倚白をジュリアンは祐人を追い回しながらの頼りない体勢でまたしても受け止める。

「無駄だって、まーだ分かんねーのか! この低能が!」

 祐人は表情を変えずに、ダンシングソードが倚白を受け止めた軌道を見極める。

(剣自体が意思を持っているのか……)

 それは間違いないと祐人は考える。ダンシングソードは明らかに、持ち主の意思を介さずに動き、敵の攻撃を弾き、そして、敵の隙となる部分を的確に攻撃してくる。
 再び、ジュリアンを押し返すと祐人は移動を開始する。

「まったく、懲りねー猿だな! この剣からは逃げられねーのが、まだ分からねーのか!」

 間髪入れずに再び追撃するジュリアン。
 似たような攻防を幾度も繰り返し、段々と祐人は観覧席近くの見晴らしのいい芝生が敷き詰められた広場にまでやってきた。
 背後からのジュリアンの横一文字の剣撃を体を屈めて避け、前方に跳びつつ受け身をとった祐人はジュリアンに振り返ると、一転して攻勢に出た。
 祐人とジュリアンは目にもとまらぬ剣を数十合、繰り広げる。

「お? 何だ、ついに諦めたか? ようやく逃げ切れねーと分かったか?」

「馬鹿だね」

 ジュリアンの嫌味な笑みに、祐人は不敵な笑みを返す。

「ああーん!?」

「ここで迎え撃ったのはそんな理由じゃない」

 祐人はダンシングソードの上段からの振り下ろしを弾かずに受け止める。

「この辺りで終わりにしようと思っただけだよ……」

「……あんだと?」

「ここまで来れば、あんたの仲間たちを呼び込めるだろう? それに瑞穂さんたちのいるところにも近づいておきたかった」

「はーん!? 馬鹿か、てめーは! それに何の意味があるってんだ!」

「あんたってさ、強いんだろうが頭が悪いな!」

「!?」

 祐人の右脚が一瞬、消えたかと思うとジュリアンの横面に神速の蹴りが迫る。
 目を広げたジュリアンは首を捻ると、間一髪でジュリアンの頬の数ミリ先を祐人の足が通りすぎていった。
 ジュリアンは無意識に跳び退き、呆然とした顔でゆっくりと左頬にできた一筋の傷に手を当てる。そして……徐々に怒りに打ち震えたようにギリリと上下の歯を擦り合わせた。

「て、てめえ……」

「その剣はすごい。確かにすごいね。だけどね、あんた事前に調査してきたんだろう? 僕のことを。だったら、何でその武器で僕に挑んでくるかな?」

「……なんだと?」

「あのね、僕は近接戦闘特化型の能力者。つまり、こういった戦いを最も得意とし、最も僕の力が発揮できる戦闘なんだよ。分かるだろ? だったら、もし、僕を倒したいのなら……オールレンジで攻撃できる奴を当てるべきだった。本当に馬鹿だよね、相手の得意分野で仕掛けてくるなんて、普通はしない。戦いは相手の弱みを攻めるのが定石でしょう、ましてや命のやりとりをするなら尚更ね!」

 祐人が仕掛ける。
 ジュリアンは迎え撃ち、二人の剣がお互いの空間までを切り裂くように何度も交差する。
 だが……祐人の動きに変化が見えた。
 祐人は倚白を右手、左手に持ち替え、応戦してくる。その動きはまさに変幻自在。

「な!?」

 まるで舞を踊るように祐人の動きはさらに加速していく。

「グウ!」

 ジュリアンの横腹に祐人の左拳が入る。止まらぬ祐人は倚白でダンシングソードを上方から押さえつけると、前のめりに苦悶の表情を見せたジュリアンに回し蹴りを繰り出した。
 この蹴りをまともに受けたジュリアンは大地を滑走するように後方に吹き飛び、はるか遠くの木々までをなぎ倒していくのが分かる。

「大した剣士ではないあんたは、その神剣の動きについていけていないんだよ。その剣は宝の持ち腐れだったね、あんたには過ぎたものだ」

 そう小さく吐き捨てるように言うと、祐人は瑞穂たちがいる重鎮席の方向を睨んだ。



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