魔界帰りの劣等能力者

たすろう

トーナメント戦12


 祐人は試合終了後、重傷を負った対戦相手のバガトルを四天寺家の大祭の運営に引き渡し、試合後、参加者たちが休息をとるエリアで休んでいた。
 芝生の上に屋根だけの大きなテントが数個設置され、椅子が用意されている。
 ここにもご丁寧に大型ではないが各試合を映す8台のモニターが用意されており、他会場の試合の様子も見ることができた。
 この場所には四天寺家が万が一のために用意している応急治療の設備も用意されており、治療スタッフと思われるスタッフたちは、いつでも動けるように真剣に試合の様子を確認しつつ、トーナメント参加者のダメージの様子を見つめている。
 もちろん、祐人は無傷のためこれらにお世話になることはなかったが、バガトルのダメージは主に自分自身の奥の手によるものがひどく、簡易手術ユニットに運ばれていった。
 この時、祐人は三千院水重の試合を見ており、表情を硬くしていた。
 何故なら、水重の試合は戦闘と呼べるものではない、と感じ取っていたのだ。
 言うなれば、一方的に仕掛け、好きなように試し、興味が失せて終わらせた。

(これは……まるで、自分自身を試しているみたいだ。自分の立ち位置から相手を見下ろし、どの程度の力加減で相手が倒れるのか、それだけを確認した)

 祐人が思うに、水重は対戦者を気にしてもいない。気にしたのは自分のみ。
 そういう戦い方だった。
 これでは水重の力量は測れない。
 対戦者だったアルバロには悪いが、水重の実力を測るほどの戦いができなかった。
 けっしてアルバロが弱かったわけではない。いや、むしろ戦いがアルバロの得意な形にはまれば、アルバロは相当な大物を喰うこともあり得る能力者だったはずだ。
 だが結果は、水重の蹂躙と呼ぶにふさわしい結果。
 この大祭で幾人もの強者が参加してきていることは理解していたが、この三千院水重という男だけは一人、底が知れない。
 祐人は汗の滲む己の手のひらを見つめると……拳を作る。祐人は負けるわけにはいかない、と思うのだ。
 他の参加者たちにも色々と考えるところはあるだろう。だが、祐人とてこの大祭に参加したのは瑞穂のために参加したのだ。
 瑞穂はあの力を使い、一度は忘れた自分のことを思い出してくれ、しかも今でも自分と繋がってくれている掛け替えのない友人なのだ。
 その友人が今、困っている。
 祐人は今、瑞穂にしてあげたいこと、そして、自分がしたいことを思い、決意を新たにした。

(まだ、試合はある。水重さんとぶつかるとすれば決勝戦……それまで、この人の戦いは注視する)

 祐人はこう考えると、すぐに気持ちを切り替え、第7試合に目を向けた。
 当然、次の対戦相手となるのは第7試合の勝者。
 しかも、第7試合にはあのランクAの黄英雄がいる。祐人はどうにも英雄が苦手だが、その実力は新人試験でも確認済みだ。
 特に、あの【憑依される者】は相手とするのに面倒なことになると考えていた。
 腕を組み、祐人は黄英雄の持つ、その固有能力のことを考える。

(あの【憑依される者】は脅威だ。何といっても状況に応じて憑依させる人外を選べると聞いているし)

 祐人がこの黄家の固有伝承能力を脅威に感じるのは正しい感覚だ。
 それは戦闘において経験豊かな能力者であれば、誰でも分かる。
 どれだけの熟練能力者でもスキルや能力が偏れが必ず、弱点や欠点が存在するものだ。しかし、この【憑依される者】は憑依対象を変えるだけで、その長所と短所までもが変化してしまう。
 つまりそれは、戦う相手やフィールドによってそれに適した能力に変えることができるという、とんでもない能力ともいえるのだ。

(弱点があるとすれば……おそらく、憑依対象を変える時にタイムラグがあるんじゃないか? それが分れば……お、ついに使うみだいだ)

 モニター内で怒りに打ち震えた黄英雄が、相当量の霊力を集中し、コントロールし始めたのが見える。そして、英雄の容姿に変化が現れ始めたのを確認して祐人は驚いた。

「す、すごい……思ったより、発動から憑依までの時間が短い! そういうものか、それとも個人の力量か分からないけど……。ただ、無防備だな、召喚士に似て極度の集中が必要なのかな? 移動しつつ身を隠しながらの憑依はできないのかもしれないな」

 そう分析していると、英雄が対戦者であるてんちゃんと対峙した。
 また、その直前の僅かな攻防で、英雄の対戦者のてんちゃんの動きに、祐人は感心してしまう。

(へー、あれを指で受けるなんて、大した奴だな。それにしても……相手の影に身を潜めるなんて……いつの間に? 僕でもそんな芸当は難しいのに。一体……どんな能力者なんだ?)

 英雄とてんちゃんは互いに何か言い合っているようだが、モニターからは場所が悪いのか、または話している音量が低いのか声までは聞こえてこないため、観覧者たちにはその内容が分からない。
 しかし……読唇術に長けている祐人には、角度的にうまく二人の顔が映っているため、二人の会話が正確に理解できた。

「……は?」

 祐人の組んでいた腕が緩む。先ほどまで、黄英雄のことばかり考えていたが、今はその英雄の前に現れた対戦者に意識が集中してしまう。

「なに? この会話……というより、この話し方……」

 祐人はこれでもかというぐらいに目を大きく広げると、モニターにかじりつくように両手でモニターの両端を掴む。

「いやいやいやいや!? ちょっと、まてまてまて!! うおい!! あの“てんちゃん”ってのは……うん? うーん? てん……ちゃん? てん?」

「あーー! いたいた! 堂杜のお兄さーん!」

「え?」

 背後から大きな声で呼ばれて振り向くと、そこには秋華と琴音がいる。

「あ、秋華さん! どうしてここに!? 琴音さんまで」

「ふふん……お兄さんがすごい試合をして勝ち上がったから、褒めに来てあげたのよ。すごいじゃない、お兄さん! まさか、お兄さんがこんなに強いだなんて思わなかったよ!」

「ええ? わざわざ? それを言いに? でも二人は、お兄さんが参加して……そういえば、今、秋華さんのお兄さんが戦ってるよ? いいの? 応援しなくて」

「いいの、いいの、それはそれよ、応援はしてるし。ほら、琴音さんもそうよねぇ?」

 秋華の背後でモジモジしている琴音は、秋華に背中を押されると、俯いた顔を上げる。

「あ、あの……その……お疲れさまでした、堂杜さん」

 正直、祐人はこの二人がわざわざ、ここに来て自分を労いにくるとは意外で、驚いてしまう。というのも、二人はこの大祭参加者の関係者であり、今回、自分は二人にとって敵とも言えるのだ。

「ちょっと、お兄さん、言うことがあるでしょう? わざわざ、お兄さんを労いに来た可愛い私たちに」

「あ……うん! ありがとう! 秋華さん、琴音さん」

「そうそう! 嬉しいでしょう? 私たちみたいな女の子たちに褒められて」

「あはは……でも、うん! もちろん、嬉しいよ!」

 祐人が笑顔を見せると、秋華は満足げに笑い、琴音はホッとするようにはにかんだ。
 もちろん、てんちゃんなる不届き者を、万が一、英雄が撃ち漏らしたときは、自分が叩きのめさなくてはならない、と約束していることは分かっているから、ということは分かっているが、こんなに可愛い年下の少女たちが、自分のところにわざわざ来てくれたのはやっぱり嬉しい。

(不届き者のてんちゃん……あ! そうだ! 試合は!?)

 ハッとした祐人は顔色を変えて、モニターに視線を移そうとすると秋華が、自分の目の前に近寄ってきて顔を上げる。

「ここに来たのはお兄さんを褒める他に聞きたいことがあるの!」

「うわ! え!? 何?」

 ちょっと、秋華が近かったのもあり戸惑いながら返事をする祐人。
 琴音も秋華の女の子としては大胆にも見える行動に驚いているようだった。

「お兄さんってさ、すごい強いよね? あんな芸当ができる能力者なんて私、知らないもの」

「ま、まあ……そうかな? 弱くはないかな」

「それなのに、お兄さんってランクがDなんだよね? 何で? 新人試験の時に手を抜いたの?」

「え? そんなことないよ、真剣にやってランクDだったんだよ」

「……ふーん。じゃあ、お兄さんの堂杜家って能力者の家系なの?」

「え!?」

 秋華の質問の意図が読めないが、祐人はチラッとモニターに映るてんちゃんを見る。
 場面は今にも英雄と激突しそうな雰囲気を出している。

「いや、僕は天然能力者なんだよ。だから、二人みたいな能力者の家系の人たちとは縁遠いかな」

「ほうほう……」

「な、何?」

「ううん、ということはぁ……お兄さんってこんなに強いのにもかかわらず、能力者の家系でもない、それでいて無名なんだよね」

「……そうだね。というか、なんなのかな? これ、どういう質問? 秋華さん」

 横にいる琴音も、ここに連れてこられたはいいが、秋華の質問の意図は分からない。ただ、祐人の情報には真剣に耳を傾けているようだった。

「じゃあ、最後の質問!」

「う、うん」

「……堂杜のお兄さんは、何でこの大祭に参加したの?」

 秋華の表情が悪戯っぽい策士のように変わる。
 後ろで秋華と祐人のやりとりを聞いている琴音はこの質問に不思議と寂しさを感じるが、ここにきて秋華は一体、何を聞き出そうとしているのか? と思う。琴音はただ、祐人の初戦の勝利におめでとう、と言いに行くとしか聞いていないのだ。
 それに……、

(そんな分かり切った質問……。それは祐人さんが、瑞穂さんが好きで……)

「え? そ、それは、もちろん、瑞穂さんを……」

 その祐人の当たり前の回答を琴音は長いまばたきをしながら聞き、心なしか俯く。
 そこに、祐人の定型文のようなセリフを遮るように、祐人の会話のリズムを絶妙なタイミングでずらすように、秋華が大きな声をだした。

「あ! 質問の仕方を変えるね。お兄さんは、この大祭に参加を促されたの? そうね……たとえば、四天寺家にお願いされた、とかね」

「何でそれを!? ……あ、ええーー!? な、なんの話かな?」

 祐人は秋華のまるで真相をえぐるような質問に、思わず驚愕し背筋を伸ばしてしまうが、必死に取り繕う。

「うんうん……もういいや。大体、分かったから」

「な、何が? 何が分かったの? 秋華さん」

 その祐人の質問は、同時に琴音も心の中でも湧いたものだった。
 秋華はニヤリと嫌な笑みを祐人に向ける。
 何故かゾクッと背中が寒くなる祐人。
 これほど、この我が意を得たり! という策士のような笑みが似合う少女もいないと感じる。

「秋華さん、だから……一体、何が分かったのかな、ちょっと誤解があるかもしれないから……」

「ああーーーー!!」

「のわ!?」

「きゃっ」

 祐人が秋華に言い訳のための会話を始めようとした途端に、秋華がまたしても、そして先ほどより大きな声を上げたので、若干、祐人も琴音も跳びあがる。

「ちょっと! お兄ちゃん、本当に負けちゃったじゃない!! 何よ! あんなクズ野郎に負けるなんてどういうことなの!」

 秋華の言葉でハッとした祐人は慌ててモニターに振り向くと、白目を剥いて倒れている英雄を置いて、スキップするようにその場から離れるてんちゃんの姿が映しだされているではないか。
 そして、どういう理由か、てんちゃんは上を向いて鼻を摘まんでいる。

「信じられない……馬鹿兄貴! 起きたらとっちめてやるんだから! しかも、あの変態野郎の馬鹿にしたような態度! キイーー! 超ムカつくぅぅ!!」

 その横では祐人は離れていく、てんちゃんの唇の動きを読み、愕然とする。

(こいつは……間違いない、間違うはずもない!)

 怒りに打ち震える秋華の横で、祐人の全身もガタガタと震えだす。
 これは、もちろん怒りによるものである。
 祐人の怒りは頂点に……いや、頂点を突き破っていると言っても過言ではない。

「お兄さん!? こいつを……」

「みなまで言わなくていいよ……分かってる」

 今度は祐人が秋華のセリフを先回りしたように口を開いた。

「こいつは……この糞ジジイは、必ず僕が倒す……いや、ぶっ殺してやる!!」

「お、お兄さん……私のために、そこまで怒ってくれるなんて。もう……嬉しいじゃない! うん? ……ジジイ?」

「堂杜さん……そんなに怒って」

 普段、優しそうな祐人が、まさに怒髪天を突く状態を目の当たりにして琴音は驚き、また若干の恐怖すら感じたが、

(堂杜さんは、本当にこういう覗きをするような卑怯な人間が嫌いなんだわ。まるで自分のことのように怒って……。他人のためにこんなに感情を露わにして怒れるなんて……)

 このように思うと、何故か顔が熱を帯びていき、祐人を見るのに眩しさを感じるような初めての心持ちに動揺してしまう。

「ああ、任せて……僕はこいつを肉体的にも、精神的にも抹殺してくるから!」

「うん! 任せたよ、お兄さん! 普段、優しくて、いざとなれば、頼もしいなんて、いいね! ね、琴音ちゃん!」

「え!? あ……はい、そう……思います」

「よし! お兄さん! 私の恨みを晴らすため! 他に被害が及ぶ前にあの野郎の一族郎党すべてを殺すつもりで、明日は戦ってね!」

「うん! 分かったよ! ……うん? ……一族郎党? あ! ああ、一族郎党は勘弁してあげようね、本人以外に罪はないからね!」

「何でよう、気持ちの問題じゃない、気持ちの」

 勢いを抑えられたようで、唇を尖らす秋華だったが、こんな祐人の発言を琴音などは、「なんて、冷静でお優しい」と小声でつぶやくのだった。



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