魔界帰りの劣等能力者

たすろう

トーナメント戦⑤


 祐人の対戦者であるバガトルは試合会場が決まったあと、すぐにこの試合テリトリーにやってきていた。
 もちろん、それは戦いの準備のためである。バガトルにとって、試合までの時間を休憩にあてることなど考えてもいない。むしろそれは貴重な時間を削る愚かな行為である。

(敵も分かり、戦場も決まっていて休憩するなど、狩られるのを待つ野兎と変わりない)

 バガトルは試合場所として言い渡されたテリトリーを高速移動しながら隈なくその特徴を確認していく。そして、目に留まったところで立ち止まると、体を巻き付けるように身にまとっている風変わりな衣服から、いくつかの道具らしきものを取り出し、対能力者用の罠を速やかに設置し、またすぐさま移動を開始する。
 それらの作業に無駄な動きは微塵もない。中には目の前で見ていても、その手順が覚えられぬほど迅速なものだった。
 バガトルはぼさぼさ髪の間から鋭い視線を辺りに送る。

「あの生意気な小僧はどうやら来ていないようだな……。ククク……まあ、思い知るがいい、戦いとはいつも綺麗なものではない。敵は常に目の前にいるとは限らん……俺はバガトル、バガトルとは勇者の意。勇者とは必ず敵を狩る者を言うのだ」

 バガトルはニヤリと笑い、そして想像する。
 この自分と相対するあのラウンジで大言壮語を吐いた小僧は、さぞ精神をすり減らすことだろう、と。
 ラウンジでの小僧の殺気には驚いたが、今思えばそれだけ。
 この勇者であり、数々の敵や人外を狩ってきた自分に敵う道理はない。バガトルは罠を設置する数が増える度にその心に余裕を持たせていった。
 さらにバガトルを余裕たらしめるのには理由がある。
 試合は四天寺家の広大な敷地内で行われているが、特に祐人の試合会場には鬱蒼とした林が多く、これはバガトルの得意戦術を考えれば、この地形はバガトルにとって有利以外なにものでもなかった。
 また……勘違いされがちだが、バガトルの戦闘スタイルは近接戦闘である。罠はそれ自体で決着がつくときもあるが、あくまで戦闘を有利に導くためのものである。
 バガトルは自分が一族最強の戦士であり、それゆえ勇者(バガトル)と呼ばれていることを当たり前のことと受け取っている。
 罠がなくとも敵を倒せるが、バガトルにとっての勇者とは万が一の想像すらも許さぬ戦いをし、当たり前の勝利を勝ち取る者をいうのだ。
 そして、勝者は当然、最も価値のある戦利品を頂く。
 今回の戦利品とはもちろん、瑞穂のことだ。
 バガトルはラウンジの場で、一瞬でも勇者である自分を怯ませた憎らしき小僧の顔を思い浮かべる。
 あってはならぬことだ、けっしてあってはならぬこと。
 この勝利が当たり前の自分が戦ってもいない小僧の凄みに恐怖を感じることなど。
 バガトルは怒りにその全身を焦がす。

「さあ、戦いの始まりの鐘を鳴らせ! このバガトルが得るだろう戦利品は四天寺そのものとその女。手に入れた戦利品をどう扱おうが俺の自由だ! そうだ、生意気な小僧の前であの娘を辱めてくれようか! 敗者とはすべての汚辱と屈辱を受けるものなのだからな!」

 バガトルは自分の得るだろう勝利の後の光景に酔いしれた。



 試合開始直後の祐人。

(始まったね。さてと……)

 祐人は自身の試合会場である鬱蒼とした林の中で周囲に目を配る。

(まずは相手の場所の特定して……一気に攻める、だったね。作戦は)

 そうニイナに言われた作戦を確認し、臍下丹田に練られた氣を円状に張り巡らした。
 この氣の円の中に入った生物の動きが祐人には手に取るように把握できる。
 祐人の対戦相手はバガトルという男だ。

(たしか、昨日のラウンジで席を同じにした人だったな……)

 その顔を祐人は覚えている。その印象はあまり良くない男だ。
 祐人が思うに、この男は瑞穂に対してだけでなく女性全般に対して、どこか普通ではない考えを持っているのではないかと感じている。
 琴音が姿を現したときも琴音に対し、下品な目で舐めまわすように視線を送っていたことを祐人は気づいていた。
 祐人は目の前のひときわ大きい木の上に身を顰めると目を凝らすように辺りを見回した。

(すごいな……随分と早くにここに来ていたのか? といっても、たいした時間はなかったはず。それなのに……そこかしこに対能力者用の罠が張り巡らされている。これは、まるで狩猟者のようだね。じゃあ、こちらの場所も既に感知しているな)

 それらの罠はその射程内において能力者の霊力や魔力に反応して攻撃してくる、もしくは状態異常を狙ったものだということを想像した。
 能力者はその体に霊力と魔力を循環させており、その循環スピードや量は個々の能力者によって千差万別である。だが、その状態はある意味、その能力者にとって最適な状態であり、これを乱されることは自身のスキル発動に支障をきたす。
 祐人はバガトルの罠にはバガトルの霊力により作り上げられた毒のようなものが処理されているのだろう、と理解した。
 そうすることで能力者の霊力、魔力循環を乱し、直接的、間接的にでも相手の戦闘力を奪おうとしているのだろう、と。
 バガトルという能力者は相手を物心両面で追い込むことに長けている能力者と祐人は考えた。
 こういう能力者こそ、その本来の実力が実力通りにならない典型的なタイプである。その環境や状況を最大限に生かしてくることで、場合によっては己の実力を数倍にしてくるのだ。一対一で戦うには、厄介でタフな相手である。
 さらに言えば……こういうタイプが祐人の考える瑞穂が戦うと万が一がある相手なのだ。

(もし、こいつが勝ち上がって瑞穂さんと戦うことになれば……)

 相手は、昨日の見るかぎり瑞穂自身のことなど興味もなく、ただの景品のようにしか考えていない人間だった。それに加え、その目には下品で不愉快な光を放っていた。
 祐人はそこまで想像するが……今、その顔に焦りも戸惑いもない。
 今、祐人にあるのは掛け替えのない友人、瑞穂が自分で普通に相手を選べるという状況を勝ち取ること、そしてニイナたちが望む勝ち方へのこだわりだけだ。
 祐人は前方を睨むと小さくつぶやく。

「……すぐに片付ける」

 祐人は臍下丹田に蓄えていた濃密な仙氣を解放する。
 すると、祐人の身体を覆うように仙氣が包みだし、何者にも想像できぬ圧倒的な力の土壌が堂杜祐人という人間に集約していく。
 無風にもかかわらず、周囲の草木が震え、右後方にある池の水面が揺れだした。
 直後、祐人は多くの罠が張り巡らされた林の中に溶け込むようにその姿を消した。



(来たか……東側から侵入。では、まずは……待たせてもらおう)

 バガトルは今、この第8試合会場のやや西寄りの林と池に挟まれた起伏のない場所に陣取り、目を瞑り息を殺していた。
 それは対戦者である祐人がそのまま、この試合会場に現れるとすれば東側か南側から侵入してくる可能性が高いと考えていたからだ。試合のテリトリーはどこもほぼ円形で、この広大な敷地内に散らばって設定されている。
 バガトルは2か所の待ち伏せる候補地を作り、祐人の侵入経路に合わせて場所を変えるつもりだった。

(さて……罠を交わしつつ北か南に迂回しながら俺を探すか? それとも、こちらの動きを待ち身を潜めるか? それでこちらの出方も変わるな……だが)

「ククク……俺の罠は潜んでいれば良いというものではないぞ? 小僧。動く罠の存在に気付けるか?」

 これがバガトルの得意戦術であり、数々の獲物を狩ってきた術でもある。
 バガトルは敵の通りやすい位置に罠を仕掛けて待つだけではなく、それにプラスして虫や小動物に扮した自動追尾する罠を組み合わせているのだ。それによって相手を確実に物心ともに追い込む。
 また、発動した罠はすべてバガトルに感知されているためにその場所も特定できた。
 そして、弱体化したところに自らの手で仕留めるのがバガトルのやり方だ。最後は必ず自分の手で直接下す。

(弱体化し、戦意を喪失した獲物を狩る……これに勝る楽しみなぞない、ククク)

「ム! ほう……止まらずに動くか、フッ……若いな……うん?」

 バガトルは怪訝な表情を見せる。
 おかしい……。
 罠は察知しているはずだ。わざと察知しやすいものも設置している。
 罠の存在を分かっているはずの相手が、潜むよりも動くことを決断した時、大抵、迂回しながらこちらを探ってくる。
 ところが……対戦者であるあの小僧は中央を突破するような動きを見せているのだ。

(ただの阿呆か? それでは大量の罠の海に飲み込まれるだけ……チッ、つまらん。それでは罠だけで倒れてしまうわ)

 バガトルは今潜んでいた場で立ち上がる。
 今、数々の罠が発動しているのが感知できたのだ。
 物量的にも質的にも避けられるものではない。

「相手がこれではな。狩りにもならぬわ……こちらから出向くか? もう間に合わんかもしれんがな」

 だが……その大量の罠はいまだに次々に発動している。

「……なに?」

 そして、それらの罠を受け続けているはずの祐人のスピードが緩んでいないことにバガトルは気づいた。

「何だ!? どういうことだ!?」

 すでに試合会場のテリトリー中央に近づかんとしている。
 しかも、まだ判断はできないが、それではまっすぐこちらに向かって来ていると、とれなくもない。
 バガトルは精神を集中する。
 間違いなく正常に罠は発動している……いや、今現在も発動し続けている。

「まさか……俺の罠をすべて躱して……いや、撃ち落としてしているのか!? 馬鹿な! あり得んことだ」

 しかし、祐人は今現在も猛スピードで移動し、こちらに向かって来ている。
 ここで、バガトルはもう一つ奇妙な点に気づいた。
 それは相手が一人ではないのではないか? という疑問が湧きあがったのだ。
 何故なら、罠の発動地点がおかしい。
 人ひとりに発動するのにもかかわらず、広範囲の罠が同時発動している。バガトルの罠はそれぞれに発動レンジが違うように設定しているが、明らかに距離の計算が合わない罠が同時に発動している。
 そして祐人が近づいて来るにつれ、それは段々、より確信めいたものに変わる。

「何が起きている!? 奴の能力か!? もしや……召喚もしくは契約人外でもいるのか? いや、あり得ん! であれば本人がここに向かう必要はない!」

 召喚士や契約者の戦い方は通常、その召喚及び契約した人外の能力が最大限に発揮できる戦い方をする。もしそういう能力者であれば自らが前線に飛び込んでなど来ない。
 それに祐人がこの会場に現れたときから、その場所は確認している。そこから、今に至るまでトレースは完璧にできているのだ。
 つまり、今こちらに向かっているのは祐人自身に間違いない。
 そして今、バガトルの前方の遠くはない位置の罠が発動する。
 ここにきて祐人がまっすぐ自分に向かって来てると理解した。

「むう……小僧が! どんな能力か知らんが無傷ではなかろう! ここで迎え撃ってやる」

 バガトルは腰に巻いていた鋼鉄の鞭を引き抜く。数々の敵を打ちのめしてきたバガトルの相棒だ。
 鞭は本来、一撃で敵を仕留める必殺の武器とはいえない。ましてや罠で弱らせた相手に対し、さらにこの武器で戦うところにバガトルのサディスティックな精神性がうかがい知れる。
 しかし鞭は扱いの難しい武器だが、軌道が読みづらく、扱う者の熟練度次第では脅威の武器となることは容易に想像できた。
 そして本来、林のような立地ではより扱いは難しいが、鞭の名手といっていいバガトルにとっては、なんの問題もなかった。

「ぬ!?」

 バガトルの眼前の草木が揺れた。
 バガトルは鞭をしならせるように、揺れた草木の辺りに薙ぐ。

「……見つけたよ。ハンターさん」

「!?」

 想定とは違う自分の左側に忽然と現れた祐人がニッと不敵な笑みをしたのをバガトルは見る。この瞬間、バガトルの怒りが沸騰する。
 この勇者である自分に対して、生意気な態度を見せた小僧が許せない。
 だが祐人の動きは速い。いや速いなんてものではなかった。
 祐人はすでに鞭を薙いだバガトルの懐に入り込んでいる。
 そして、攻撃態勢に入る祐人はその右拳をわき腹に叩きこもうとしていた。
 だが……バガトルは内心、ほくそ笑んだ。
 バガトルは鞭を握る右手の小指に力を籠める。
 すると、鞭は唸るように軌道を変えて祐人の左後方から襲い掛かった。

(くたばれ、小僧!)

 祐人の右拳が自分に当たる瞬間、零コンマ以下、僅かに先にバガトルの鞭が祐人の首を捉える。鋼鉄の鞭は祐人の首を瞬時に締め上げ、その頸椎を損傷させんがばかリに引っ張り上げられる。

「馬鹿め!」

 と声を上げて……喜びかけたバガトルの表情が固まる。

「は!?」

 何故なら、鞭で捉えたはずの祐人の姿が消えたのだ。
 それだけではない。
 気づけば自身の反対側の右側から、いつの間に移動したのかも分からないタイミングで祐人が回し蹴りを仕掛けてきているではないか。

「幻術か!?」

 バガトルはそう叫んだが、実はバガトル自身、幻術にしては出来過ぎていると感じていた。
 というのも、消えた左側の祐人は幻術にしてはあまりにも肉感があった。その存在感はこの至近で戦っているにもかかわらず、本物としか認知できなかったのだ。
 そこまで精巧な幻術は見たことがない。いや、存在するとは思えないほどのものだった。
 しかし現に、今、右側から祐人の神速の蹴りが近づいてきている。
 戦士の勘がこの攻撃が危険極まりないものだと伝えてくる。

「ぬう!!」

 バガトルは奥歯が砕けんばかりに食いしばる。

(ここで出すとは思わなかったが、仕方あるまい!)

 バガトルはここで奥の手をだすことを決断。何故なら、勇者である自分がこのようなところで負けるわけにはいかないのだ。
 勇者とは勝ってこそのもの。

「グウゥワァァァ!!」

 突如、バガトルの体が内側から押し出されるように無数の牙が放出された。

「む!!」

 祐人は表情を変える。その牙はバガトルの内側からバガトル自身の肉と皮を破り、血塗られらた散弾銃のように襲い掛かってきたのだ。
 これはバガトルの奥の手。
 自分自身を最後の罠とみなし、強敵を倒すために自分の体内に潜ませていたものだった。
 至近で思わぬところから広角度で放たれた無数の弾丸のような牙を、攻撃態勢に入っている祐人には躱せなかった。
 祐人は全身にその無数の牙の弾丸を受け、ハチの巣状態で後方に吹き飛んだ。
 その弾丸はバガトルの右腕をも貫いており、まさに最後の奥の手というものであった。

「グウ……俺にここまでの代償を払わせるとはな」

 バガトルは荒い息で絞り出すように声を上げた。まさか奥の手まで出させられるとは計算外の何物でもなかった。
 接触時間は僅か数秒。
 だが、今、バガトルはまるで数日間、休みなく戦闘を続けたときのような精神をすり減らした状態だ。

「今のが奥の手? 自分ごと攻撃するなんて恐れ入るよ」

 ゾクッとバガトルの背筋が凍る。
 何故なら、今のセリフがまったく気づきもできなかった後背至近から聞こえてきたのだ。
 直後、バガトルの背部から、肉体や闘争心のすべてを吹き飛ばすような強烈な衝撃が五体を駆け巡る。

「カハァ!!」

 手のひらを外す祐人は倒れるバガトルを後ろから支えた。
 そして、そのまま地面に横たえると、祐人はその場から姿を消した。
 バガトルは薄れていく意識の途中、

「つ……強さの次元が違う」

 そうつぶやき、完全に意識を手放した。




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