魔界帰りの劣等能力者

たすろう

呪いの劣等能力者⑧


 水滸の暗城での戦端が開かれた直後、アレッサンドロとロレンツァはアバシに指揮を預けてアレッサンドロの執務室にいた。
 祭壇のようなものが描かれた図面の上で、マリオンの髪の毛を置いている。

「あなた、どうかしら?」

「ククク、ああ、想像以上だ。お前の持って帰ってきた、この髪の毛でも数分以上はアズィ・ダハーク様をお迎えできる。これだけの力が秘められていることを考えると、あの小娘はまだ自分の力に目覚めていないとも言えるな。完全な顕現は無理だが、これで我々のプレゼンスは否が応でも上がる。この国でも世界でも」

「まあ、安心しましたわ、フフフ。闇夜之豹に魔神の召喚……これだけの手札があれば」

「ああ、この後に機を見てオルレアンの娘を改めて捕らえに行けばいい」

「そうだわ、あなた。ついでに四天寺の精霊使い共と死鳥の残した役にも立たない人質も……」

「……消せ。四天寺は戦力と準備を整えて潰す。人質のガキどもは見せしめの意味もある。これの後、速やかに……殺せ。我々に従い、役に立たなければそういうことになると内外に示さんとな」

「フフフ、死鳥も憐れなこと。死力を尽くしても何も守れないとは……。必死に人質に何の価値はないと演じていたのも、今となれば滑稽ね。ああ、可笑しい……」

「愚かな奴……まあいい、ただの役立たずだったということだ」

「では、どうしますの? ここでアズィ・ダハーク様をお招きするという手もありますわ。そうすれば……機関も他の組織の者もそう簡単には私たちに手を出せない、と考えましょう」

「ふむ……」

 それは難しい選択だ、とアレッサンドロは考える。
 確かに全世界に対し、ロレンツァの言うような状況を作ることも出来るだろう。そして、そうなればこの国だけでなく、世界に対してもイニシアチブを握ることになる。
 だが、今、現状では魔神の召喚が出来るのは一回きり。
 呼んでしまった後はマリオンを捕らえるまでブラフで通すことになるだろう。
 いつでも魔神を呼べるぞ、と思わせておかなければならない。
 また、自分たちもせっかく手に入れた奥の手を使ってしまうことになる。

「いや、とりあえずはここまで来た機関の連中を蹴散らせばいいだろう。焦る必要はない……」

「はい……では、私は外の様子でも……! これは!?」

 この時、まるで大砲を撃ち込まれたような揺れが執務室内にも起こり、置いてあったデスクの上のグラスがカタカタと揺れた。

「ほう……思ったより高位の能力者を揃えたか。機関も思ったより腑抜けでもなかったようだな。だが、すぐに止むだろう。今、闇夜之豹が出ているはずだ。それにこの結界はそう簡単には破られんよ」

「フフフ……そうですね。それでは私は水晶で高みの見物といきますわ。それで、あまり面倒であれば……」

 ロレンツァはそう言い、右手から42本のチェーンを取り出し認識票を垂らした。

「フッ、場合によってはな。おい、あまり派手に使うな? ロレンツァ。闇夜之豹の連中を妖魔化させれば、もう元には戻せん。また、何人も能力者を集めるのは面倒だからな」

「はい、分かっております」

 ロレンツァはアレッサンドロに笑みを見せながら背を向けると執務室の扉を開け、室外に人で出て行く。
 ロレンツァの後ろをついて歩く、その二つの存在は当初から執務室の中にいた。
 だが、まったくその存在にアレッサンドロもロレンツァも気づかないだけだったのだ。

(鞍馬、鞍馬~。こいつら悪そうだな! ここに辛抱強く残った自分たちは何という勇者!)
(おうさ! 筑波! 決して逃げようとした時に見つけた茶棚の西洋菓子にはまっていたわけじゃないのさ!)
(でもでも鞍馬。これからどうする? このまま逃げる?)
(呪詛っぽい祭壇は壊したし、あとは首領に褒められるだけ! 帰るぞ、筑波!)
(おお! じゃあ残った意味はなかったな! 鞍馬)
(そうだな! 筑波)

「……うん?」

 ロレンツァが怪訝そうに振り返る。

「……気のせい……かしら?」

(危なかったぞ、鞍馬! あんまり興奮するのは駄目!)
(こいつ勘が良いな! 筑波! ふうー、紙一重だった!)

 ロレンツァは首を傾げるが、そのまま大きな水晶玉が置かれた今のデスクの上に腰を下ろす。すると……ロレンツァの体から魔力が流れ出し、その両手で水晶玉を包んだ。
 呪術師であり占い師でもあるロレンツァは水晶を通し、水滸の暗城の周囲を観察する。

「フフフ、どうなっているのかしら? 随分と張り切っているようだけど、所詮、機関の者ども。そろそろ……ジリ貧に追い込まれているのかしらね。まずは顔を見せなさい……」

 水晶の表面に外の風景が映し出されると、ロレンツァの言葉に呼応し徐々に映し出されるポイントが絞り込まれていく。

「まさか! こいつら!?」

 ロレンツァは水晶に映し出された、機関から派遣されたであろう能力者の面々に驚き、大きな声を上げて立ち上がってしまう。
 そこに移しだされた連中をロレンツァが見間違うはずもない。

「ぬうう! 舐めているの……機関は!? こんな重傷の小僧と小娘二人! たった3人でこの水滸の暗城に! しかも……しかも! 我々が狙ったオルレアンの小娘を最前線にだと!?」

(何だ? 何だ? 気になるな?)
(確かに、確かに~)

 ついさっきまで逃げるはずだったが、好奇心が抑えきれない鞍馬と筑波は体を憎々し気に震わしながら立っているロレンツァの両脇から水晶を望みこむ。

(おお! 鞍馬。まさか、まさか! 近くまで来ているよ)
(これはぁ! ひょっとして私たちをいち早く褒めるために来てくれた?)

 水晶に映った祐人の姿を見て、鞍馬と筑波は喜びを爆発させた。

「首領ぉぉ!」
「ご褒美頂戴いぃぃ!」

 思わずポーズまできめて声を上げる、おかっぱ頭に烏帽子をかぶる鞍馬と筑波。

「な!? 誰だ!?」

 自分のすぐ近くから生じた声にロレンツァはすぐにその場から飛びのき、その発生元と思われる付近に魔力を乗せた扇子を放つ。

「のわ!」
「危ない!」

 鞍馬と筑波は間一髪で扇子を交わしてそれぞれにダイブし受け身をとった。

「どうした!? 何があったロレンツァ!」

「あなた! 何か潜んでるわ! 姿は見えないけど、間違いなく!」

 執務室からアレッサンドロが飛び出してくる

「何!? 馬鹿な! 何も感じなかったぞ! まさか呪詛の祭壇を壊した人外の類がまだいたのか!? まずい! 先ほどの会話も聞かれていた可能性がある! ロレンツァそこをどけ!」

 錬金術師であるアレッサンドロは胸元から赤紫色の液体が入った3本の小瓶を指に挟んで取り出し、そのうちの1本を床に叩きつけた。
 小瓶が叩き割れ、魔毒素を含んだ気体が広がっていく。

「あわわ、鞍馬! それはまずそう、こっちに来い!」

「おうさ!」

 鞍馬は機敏な動きで跳躍し、赤黒い気体を避けて筑波の下に飛び込んだ。

「そこか!」

 姿は相変わらず見えないが、今の会話は確かに聞こえた。
 アレッサンドロはもう1本の小瓶を声の聞こえた方向に投げつける。

「はっ!」

 そして、それに息を合わせ、ロレンツァはアレッサンドロの裏から扇子を薙ぐと二人の魔力が混じり、声の上がった辺りに赤黒い気体交じりの空気が激しく渦を巻いた。

「ぎゃあー!」
「くさい!」

 まさにその空気の渦の中から子供の声で悲鳴が上がる。

「やったか! それを吸えば高位の人外と言えど、ただではいられんぞ!」

 そう息巻いたアレッサンドロだが……次に聞こえてきた声は、あらぬ方向からだった。

「ぎゃあー! って言ってみた! 初めて言ってみた! 筑波!」

「グッジョブ! 筑波はくさそうと思って、くさい! って言ってみた! 鞍馬!」

「何!? どこだ!?」

「もう、帰ろ! 首領の下に!」
「きっと褒めてくれるよ、上機嫌!」

「「じゃあ、全力のぉぉぉ……」」

 いまだ居場所が分からずに、必死に首を振るアレッサンドロたちをしり目に、二人の小学生くらいの女の子の声が重なる。

「ハッ、これは!? あなた、避けて! 危ないわ!」

 ロレンツァは集束する膨大な霊力の片鱗を感じて、顔色を変えて大声を張り上げた。


「「ドンガラガッシャーン!!!!」」


 水滸の暗城の5階にあるアレッサンドロたちの住居兼仕事場が吹き飛び、たった今、西側の闇夜之豹、死霊使いたちを叩いた祐人たちからもその爆発が見えた。



「あれは……! 爆発……?」

 死霊使いたちが仙氣を当てられて吐き出した認識票を踏みつぶした祐人が、その爆発したと思われる辺りに目を移す。
 が、それとほぼ同時に祐人が考える間もなく、瑞穂の大規模土精霊術が水滸の暗城そのものにさく裂した。

「祐人さん! 瑞穂さんの大技です! 後ろに下がりましょう!」

「分かった……って、す、凄い! なんて威力だよ! まるで対要塞用の術じゃないか!? うわ、マリオンさん、こっち来て! 余波が来る!」

「え!? ちょっと! 祐人ひゃん!」

 祐人はマリオンを右手だけで肩に担ぎ上げて走り出す。

「ごめん! 左手が使えないから!」

 マリオンを抱えているにもかかわらず、またその重症にもかかわらず祐人の移動スピードはまるで衰えない。マリオンの背負っている小型通信機が激しく揺れる。
 水滸の暗城、西側に広がる森林の中を一陣の風のように、瑞穂の術の余波から逃れていく。
 疾風のように移動する祐人に抱えられては、マリオンも怖がっているだろうとは思うが、祐人としてはここで下すわけにはいかない。

(後で謝るから! マリオンさん)

 マリオンは今、動揺しすぎて頭がうまく回っていない。
 まさか、自分が祐人に担がれるとは思ってなかった。

(出来れば……お姫様抱っこが……。あ……でも、これはこれで私を奪い去りにきたみたいで……いい)

 祐人は高速移動でマリオンを落とさないように右腕に力を入れる。

(あ……祐人さんの手が……。そこは駄目! 最近、ちょっと食べ過ぎてるから駄目! もっと痩せてから!)

 マリオンは祐人の背中の服をギュッと握りしめると、すぐに安全圏に抜けたのか祐人の走りが止まった。



「……。ちょっと……やりすぎたかしら?」

 瑞穂は傾きがようやく止まった水滸の暗城を見つめる。
 祐人たちは西側に移動をしていたことから、瑞穂からみれば建物の反対側だ。そこまでは影響はないはず……と考えつつも、通信機に手を伸ばしマリオンを呼び掛けた。

「マリオン! マリオン聞こえる? 大丈夫よね?」

“……は、はい、瑞穂さん?”

 マリオンのたどたどしい声が聞こえてきて……不安に駆られる瑞穂。

「マリオン、大丈夫!? 息が荒いわよ? まさか、私の術で!? 祐人は?」

“はい……瑞穂さんの術でとんでもない経験をしました”

「まさか……怪我はしてない!?」

“いえ、大丈夫です。それより……瑞穂さん”

「な、何?」

“瑞穂さんは……やっぱり親友です”

「は? 何を言って……しかも、何故か今、ものすごい不愉快な気持ちに……!」

“まだ戦いは終わってません。また連絡します”

「あ、こら! まだ!」

 通信を切られた。
 瑞穂は顔を引き攣らせ、通信機を見つめる。

「……」

 すると、瑞穂は通信機を袈裟懸けに背負い、傾いた水滸の暗城の方に目をやると、

「私もそっちと合流するわ!」

 と力強い声をだした。
 それは闇夜之豹のほとんどを倒し、戦いが最終局面に至っていることと、これ以上の遠距離攻撃は戦術上意味がなくなったという判断だ。
 あとは最大の目標であり、最終目標であるアレッサンドロを打ち倒すのみ。
 であれば、祐人たちと合流した方が戦力集中の意味で効率がいい。
 いや、効率的なはずだ。
 そう、効率的に違いない。
 瑞穂の思考が素早く巡り、走り出す。

「祐人と何かあったでしょう!! マリオン! 絶対に吐かせるわ!」

 瑞穂は猛スピードで水滸の暗城に向かうのだった。




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