魔界帰りの劣等能力者

たすろう

呪いの劣等能力者⑥


「伯爵様からの指令です。謎の侵入者を速やかに迎撃し、ここに連れてこい、とのことです。また、生死は問わない、敵の所属と正体を確認するために頭部だけは残しておけ、ときました」

 闇夜之豹の指揮を任された【万骨】アバシは、その報告を受けてフンッと鼻を鳴らした。
 水滸の暗城内にある指令室の指揮官席に座り、右手の甲で頬杖をつく。

「謎の侵入者……とはな。一応、伯爵様も機関の能力者の証拠は欲しいというところか。さて、本来こういう仕事は百眼のものだが、殉職では仕方あるまい。一応、弔い合戦とも言えるな、ではやるとしようか」

 アバシは闇夜之豹では古株で皺の多い顔に鋭い眼光を光らす。パキスタンから流れてきた能力者と言われているが、その過去は一切、誰も知らない。
 闇夜之豹のメンバーは皆、こういった過去が不明の流れ者が多い。自ら売り込んできた者もいれば、スカウトされた者もいる。
 知っているのは互いの本名かどうかも分からない名前だけだ。これはどこの国の能力者部隊に同じことが言えるだろう。
 そして誰もお互いのことには干渉しないのが暗黙の了解であるので、別段問題があるわけではなかった。
 アバシは集められ、既に展開してる全闇夜之豹に指示を出す。

「詳細は知らんが、機関の面子を傷つけたらしい。奴らがここまで来たのも分かる。だが、それは我々も同じだ! 我々も舐められたら終わりの稼業。どんな大義名分も力がなければ何も通すことは出来ん! 行くぞ! 一般兵は敵を発見次第、足止めに終始しろ」

 そこに通信兵から報告が入った。

「敵は東側から来たようです。森の中を移動中で、今、第5特殊部隊が交戦を開始しました。その数はまだ不明です」

「この闇夜之豹の居城まで来たんだ。それなりの陣容だろう! 東側だけとは限らん。とりあえず東側が先鋒ということだろう。東側に展開中の闇夜之豹第一部隊で応戦して、第三部隊も向かわせろ。その他の隊は他方面の警戒、索敵を怠るなよ!」

 集められた闇夜之豹は総勢42名、そう考えれば実に日本で三分の一の戦力を失ったが、その陣容はいまだ大国に相応しい数と実力を有していた。
 それをアバシは7つの部隊に編成し、東西南北に4部隊、中央に3部隊を配置している。
 また、それに加え水滸の暗城直轄の特殊訓練を受けた兵が約100名、まだ到着はしていないが軍から二個中隊の応援部隊約350名がこちらに向かっているはずだ。
 これは闇夜之豹を除いたとしてもちょっとした地域紛争を鎮圧できるほどのものだった。

「伯爵様も大袈裟……慎重な方だ。これだけの陣容を用意する必要はあったのかな? いや、それこそ先に手を打ったという意味では、流石と言うべきか。ククク、まあ東側はこれで十分だろう。東側には……あの【岩壁】ドルゴルと【またたき趙欣ちょうきんがいる」

 アバシは蓄えた顎髭を弄りながらニヤリと笑う。

「我々の裏での風評は聞いている。闇夜之豹は機関で言うランクBクラスの能力者が多数所属とな……。愚かだな。それを我々が流したものと、どうして疑わんのだ。フッ、まあいい、この二人と会えば嫌でも思いしることになる。たかが機関の一支部が調子に乗りおって! そのツケは、派遣された憐れな能力者の犠牲で払えばいいわ! そしてこの勝利を伯爵様のために捧げる!」

 そう言い、アバシは余裕の表情で足を組んだその時、水滸の暗城そのものが大きな振動に包まれ、アバシは思わず椅子から落ちそうになった。

「何だ!? 何が起きた!?」

「分かりません! まるで砲撃のような爆発が!? ちょっと待ってください! 東側からだそうです! は!? また来ます!」

 施設が揺れ、頑丈に作られた指令室の天井から誇りが落ち、窓ガラスもガタガタ大きな音を立てる。

「ぬう! 敵は東側に中、長距離攻撃できる能力者を集中させているのか!? こちらも炎使いファイアスターター、精霊使いを出せ! 術の震源感知は!? どこだ?」

 指令室にいる術感知特化能力者が、アバシの問いに小声でブツブツと何かを答えた。
 その横には報告担当のオペレーターが耳を感知能力者の口に近づけて聞き取りメモを取り、大きな声を上げる。

「東側、2キロの位置です! 精霊使いだと言ってます!」

「は!? 馬鹿な! そんな遠距離からこの火力だと!? こちらからは届かん……闇夜之豹を割くか……いや、東側に集中させすぎては。それが敵の狙いかも知れん」

「報告! 足止めしていた第5特殊部隊が音信不通です! 如何されますか!?」

「何だと!? 足止めも出来んのか! 闇夜之豹以外は構わん、全員出せ! 足止めぐらいして見せろ! 役立たずどもが!」

 矢継ぎ早の悪い報告にアバシは考える暇も与えられない。

「仕方あるまい。そう簡単にはこの伯爵が張った結界は突破されん。先ほど向かわせた闇夜之豹第一、第三部隊に連絡! 敵の先鋒を撃破後、遠距離攻撃してくる精霊使いを襲え!」

 このアバシのだした指示は、さほど間違えたものとも言えないだろう。アバシでなくとも、闇夜之豹の居城にまで攻め込んできた者たちが、それなりの作戦を立て、それなりの人員を投入してくるに違いないと考えるが通常だ。
 だが、この時のアバシの指示は結果的に決定的に誤っていたと言える。
 まず、第一に敵の人員を見誤っていた。
 敵は僅か3人。この人員で多方面からの攻撃はあり得ない。実際、祐人たちは東側から全力で仕掛けると決めていた。そのため、西南北に配置した闇夜之豹はこの時点で完全に遊兵と化した。
 第二に敵能力者の個々の戦闘力。
 攻めてきたのは機関の誇るランクAの能力者、四天寺瑞穂とマリオン・ミア・シュリアン二名とあの燕止水を倒したランクDの堂杜祐人であったのだ。

「……アバシ様」

「今度は何だ!?」

「それが……」

「だから何だ! 早く言え!」

「はい! 闇夜之豹……第一、第三部隊共に……音信不通です!」

 やけくそ気味に答えた通信兵の報告にアバシは指揮官席から、瑞穂の重攻撃のために起きた新たな振動のためだけではなく、椅子の背もたれからずり落ちた。



 今、祐人は東側に展開してきた敵特殊部隊の銃弾の嵐の中、森の中を平然と移動していた。

「右に行ったぞ! 足止めをしろ!」

「は、はい! ですが、速い! 速すぎます! 追いつきません!」

「馬鹿者! 倒そうとするな! 足止めをすれば……」

 指揮をしていた特殊部隊隊長がその場に突如、倒れこむ。

「隊長!」

 それが意識を失う前までのこの兵の最後の記憶であった。
 後にこの兵はこう証言している。

「動く人影のようなものに、15名で銃撃をしていたはずでした。ですが……気づいた時にはもう……。いえ、顔も何も……それどころか、何をされたのかも分かりません」

 と。

 祐人は15名の兵をあしらうとすぐに移動を開始した。
 こちらに向かう闇夜之豹にこちらから仕掛けるために。
 祐人には一切、迎撃という意識はない。
 何故なら、攻めているのは自分たちなのだ。今までのように、襲撃をしてきた敵を追い払うような真似はしない。すべて、こちらから出向き、好きな時に好きなように敵に襲い掛かるのみであった。
 祐人は前面から尋常ではないスピードで自分にもう突進してくる能力者を感じ取っていた。

(相当、速いな……。3、2、1……!)

 祐人は木々の間からいきなり眼前に現れた【瞬】趙欣とすれ違う。
 趙欣はそれぞれの手にナイフを握りながら目を大きく広げた。
 何故なら、久しぶりなのだ。自分の第一撃目を躱した敵は。
 趙欣は闇夜之豹内部の実力者であり、こと暗殺という意味では他の追随を許さない対人戦闘の達人であった。
 そのため機関の対人、対能力者の専門部隊を仕切るランクSのバルトでさえ一目を置くほどの能力者である。
 趙欣は急停止し振り返り、さらに驚きの目を向けた。
 自分の一撃を躱した人物が少年であり、さらに左腕にギプスをはめて全身に包帯を巻いているではないか。

「貴様! 一体、何者だ! それにその包帯はブラフか!?」

「あんたにそれを知る時は、すでにないよ」

「な、何を!? ……!」

 趙欣は自らの口から血が噴き出し、その血に言葉を遮られる。
 そして、血と一緒に認識票を吐瀉し、自身の胸から背中にかけて熱く焼けるような痛みが走った。

「ご、ごれは……発勁……いつの間……」

「やはりね……仙氣を全身に強く当てれば、認識票は破壊できそうだ。まあ、あんたが強くて良かったよ」

 祐人は既に趙欣を見ておらず、先行した趙欣を後から追いかけてきている他の闇夜之豹スピードを特化した第三部隊を察知しているようだった。

「手加減が分からなくて……殺すところだったね。まあ、場合によってはそれも辞さなかったけど。それに当分、その氣が乱れた状態じゃ、能力を振るうのは無理だけどね。ふーん、どうやら重力に干渉して軽身の術と身体強化を合わせてるんだ。動体視力に自信がないと駄目だね」

 祐人は淡々と独り言のように呟くと、その姿は趙欣の視界から消えると同時に趙欣の視界は暗転し、その直後、闇夜之豹第三部隊は壊滅した。



「ドルゴルさん! どこに行くんだい!? アバシの親父は敵の先行してきた奴を趙欣と叩けって言ってたぜ!」

 闇夜之豹第一部隊を任された【岩壁】ドルゴルは、自部隊の隊員の問いかけを一笑に付した。

「バーカ野郎! そんなもん、趙欣の野郎がとっくにやっちまうだろうが! そっちは足だけが取り柄の野郎に任せて、あの砲撃みたいなのぶっ放してる野郎に行った方が効率的ってもんだ!」

「おお、なるほど!」

「あいつに合わせて動いてたら、手柄をすべて持ってかれるだろうが! アバシの親父も分かってねーんだよ!」

「……」

「……? おい、聞いてんのか?」

 返事がない自分の部下に、その巨体からは考えられない身軽さで移動しながら、不機嫌そうにドルゴルは振り返ると後ろについてきているはずの部下たちがいない。

「おい! お前らどこに行った!?」

「……みんな寝てるよ」

「はん? ……フグウ!!」

 耳元で声が聞こえたと思うと、ドルゴルの横腹に数トンの鉄球を受けたような衝撃が走り、その巨体が吹き飛んだ。
 ドルゴルは自身の体で水平に滑空し木々をなぎ倒すと止まり、ようやく自分が攻撃を受けたのと分かる。

「だ、誰だ?」

「馬鹿な質問だよね。お前に攻撃を仕掛けてるんだ。敵に決まってるだろうが」

「何!? てめぇは!? チッ! 趙欣とすれ違ってこちらに来やがったか! ハン! それはそれで構わねーか! てめえこそ、こちらに来たのは間違えたな。これでてめえは趙欣と挟み撃ちだ!」

「へー、中々、丈夫だね」

 ドルゴルは祐人の物言いに額に血管を浮き上がらせ、立ち上がると、上着を脱ぎ棄てる。
 すると、ドルゴルの肌が露わになった上半身は見る見るうちに岩のようにグレーに染まっていき、そのまま祐人に襲い掛かった。

「てめえの軟な攻撃が俺様に通じるか! 俺は【岩壁】だ! そこら辺のミサイルが直撃しても問題ねー! それにその怪我人の姿は何だ!? ふざけてんのか!」

 力任せに突き出すドルゴルの右拳は数十トンの力を内包し、祐人の顔面に迫る。
 ところが、その超重量の拳は祐人の顔面に当たる直前に上方にはじけ飛んだ。
 ドルゴルの岩肌の右腕が痺れ、大きく体が仰け反る。
 何が起きたのかドルゴルには一瞬、分からなかったが、見下ろせば目の前の少年が自分の右拳を蹴り飛ばしたのが分かり驚愕の目を向けた。

「な! 何だ!?」

「自分の防御力を過信しすぎだよ、この木偶の坊!」

 ドルゴルの視界に祐人がドルゴルの懐に入り、先ほど受けた横腹に掌打を繰り出そうとしているのが見える。
 それを視認したドルゴルは内心、ほくそ笑んだ。

(馬鹿が……やってみろ!)

 ドルゴルの真骨頂は、その圧倒的な防御力と怪力を生かした打撃力ではない。防御力を生かし、敵の攻撃を受けて隙の生じた相手を捕らえ、組技、寝技にもっていくことがドルゴルの最大の武器であった。

(組んだ相手は瞬殺されて、寝技までいった奴は知らねーがな!)

 祐人が右掌打を自分の横腹に当てた刹那、ドルゴルの左腕が祐人の右腕を掴む。

「はは! 馬鹿が! とったぁぁ! ……ゴホァァァァァ!!」

 ドルゴルは盛大に息と血を同時に噴き出し、祐人の右腕を掴む左手に力が入らない。

「馬鹿はあんただ」

 祐人が無表情に言い放つと、祐人が外した掌打のドルゴルの横腹は、まさに岩が粉々に砕けるように剥がれ落ち、次第にそのヒビは全身を巡ると体中の岩の鎧がはじけ飛んだ。
 完全に意識を失い倒れたドルゴルを見下ろした祐人は、認識票が吐き出されたのを確認し、瑞穂の重攻撃を受け続けている水滸の暗城に目を移す。

「待ってろ……アレッサンドロ・ディ・カリオストロ伯爵。お前にかけた僕の呪いは、こんなもので解けると思うな」

 そう言葉を漏らした祐人の姿は既にそこにはなかった。




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