魔界帰りの劣等能力者

たすろう

すれ違い⑩


「ハッ! 祐人!?」

 茉莉は清聖女学院にあてがわれた寮の一室で目を覚ました。
 時計に目をやると、まだ学校に行く準備をするには早い時間だった。

「……夢? 今、祐人が……」

 少々、頭重感があり軽く頭を振るが、茉莉の中に言い知れぬ不安のような違和感が漂っていた。
 そして、突然に祐人のことが気になって仕方がない。

(怪我をしている祐人が見えたように……気のせい? 私が祐人のことを考えすぎなのかな……)

 そこまで考えて茉莉は少し照れるように苦笑いをした。
 茉莉は普段から祐人のことを意識している。いつもの制服でも、髪型でも祐人にどう見えているか気にしていたのだ。それはいつだって、どんな時もそうだった。
 ただ、今まではこれを認めていなかった。認めることをしようともしなかった。
 身だしなみは大事であり、それは関わる人すべての人からの印象を悪くしないために気をつけているにすぎない、そう思っていた。
 ところが先日になって茉莉はそうではなかったんだな、と知ることになる。
 その契機となったのは祐人が能力者であることを知った日だ。

(ううん……祐人が能力者なんて関係ない。あの時、祐人を……祐人がとても大きく見えて。それも違うわね、私がそれに気づいていなかっただけ)

 その日の祐人の……現在の祐人を見て、知り、受け入れてから、茉莉は自分の中にあった祐人に対するこの事実を素直に認めることが出来るようになっていた。

(でも……さっきのは? すごくリアルに祐人を感じて……)

 そして……茉莉に中に起きたのはそれだけではなかった。
 それは言葉にするには難しかったが、自分の中にある凝り固まった考えや、物事の捉え方までもが取り払われていくような不思議な感覚を覚えていたのだ。
 まるで、何かに邪魔をされて今まで見えなかったものや分からなかったものが、くっきりと姿を現し、視界が無限にも思えるほど開けていくような感覚。

「……祐人。今、何をしているの?」

 茉莉はベッドから離れて窓の外を見つめ、昨日、祐人が闇夜之豹なる組織に雇われた死鳥と戦うことも辞さないと言った時の顔を思い出す。

“負ける気は……ないよ。まったく”

 茉莉は先程、頭に浮かんだ怪我をしている祐人を想い、一抹の不安を抱きながら目を瞑った。
 そして、暫くすると目を開けて生気のある瞳を見せた。

「……大丈夫。きっと上手くいくわ、祐人。だから私は……祐人の日常を守るわ!」

 茉莉は少々、早いが学校に行く準備をするため、シャワーを浴びに寝巻の上着をベッドに放り投げた。



「どうした、堂杜祐人! 俺を倒してすべての解決を見るつもりではないのか!? 俺を殺すつもりで来てみろ!」

 祐人はまなじりを上げて止水に迫り、右手で愛剣倚白を握りしめると円の軌道を描いた連撃を繰り出す。

「だれが殺すと言った! あんたは生きたまま、志平さんの前に引きずり出してやるって言ってんだ!」

「ぬう! そんなもので!」

 止水は祐人の返答に歯ぎしりをしながら倚白の連撃を棍で撃ち落とした。

「そんな……生ぬるい覚悟でこの死鳥を倒せると思うな!」

「!」

 止水は怒りと失望を綯い交ぜにした激しい感情に突き動かされるように、祐人の使えない左腕側から薙ぐように棍を繰り出した。
 すると、祐人が思わぬ動きを見せる。
 祐人は連撃を撃ち落とされつつも体幹を乱さず回転し、止水に背を向けたのだ。

「……!」

 祐人は背を向けながら右手の倚白を折れた左腕の肘で支え、棍を斜め上に滑らすようにいなす。

(こいつ、何という!)

 渾身の力で薙いだ止水は、棍を振り回すようになり、僅かに体が流れた。
 この止水に生じたコンマ一秒以下の隙に背を向けて見えていないはずの祐人から、絶妙なタイミングで下方から止水の胸に踵を振り上げられた。
 咄嗟に胸を左腕で庇う止水は、自身の左腕が拉げていく様をスローモーション映像を見るように確認してしまう。

「グゥゥ!」

 止水は上空に吹き飛ばされ、深い山林の天井をも突き抜けて瑞穂たちと百眼たちが戦っている広場の方角に落ちていく。
 祐人は鋭い視線で上空に振り返るとその止水の姿を目で追い、移動しようとした。
 その時である。
 祐人の視野にドレス姿の貴婦人のような人影が入った。

「ハッ! あれは!?」

 朝日を全身に受けても薄暗い魔力で覆われ、影そのもののように見えるその女性の邪悪な視線と祐人の視線が交錯する。

「な、何という小僧……。私の呪詛を受けてなお、そこまで戦えるのか!?」

「さっきから感じていた視線はあいつか! しかも、この寒気は僕に呪詛を仕掛けていたな! ということは……今回の呪術師はあいつか!」

 祐人は一瞬、どうするか考えるが、今は止水との戦闘を止めるわけにはいかない。

「チッ!」

(今は燕止水だ! それに瑞穂さんたちも気になる!)

 祐人はロレンツァを睨みつけて吹き飛んでいった止水を追い走り出す。そしてそれと同時に倚白の柄を口で噛むと木の葉を数枚拾いあげ、それをロレンツァに向かい放った。
 祐人はそのまま猛スピードで広場の方向に移動する。

「あら、こちらに来たらどうしようかと思ったけど、死鳥さんを優先したようね」

 ロレンツァは木の葉の刺さった扇子で口元を隠す。

「ククク、何者なのかしら? あなたは。呪詛の影響がこんなにも薄いなんて、ちょっと誤算だわ。もう少しあなたを知らなくては駄目ね……」

 魔力がドレスの内側からあふれ出し、ロレンツァの全身を包んでいった。
 呪術師であり優秀な占い師でもあるロレンツァは白目のない暗黒の眼をカッと見開き、移動中の祐人を睨みつける。

「では、見せてもらうわ! あなたの運命の糸が何処から来て何処へ向かおうとしているのか。それでお前の成り立ちと正体も少しは分かるというもの」

 ロレンツァはトランス状態に入ったように、祐人の姿をその目に吸い込むように凝視し始めた。そのロレンツァの漆黒の目に祐人の姿が映りだし、ロレンツァの想念がその先、その先へと堂杜祐人という人物の内側を覗きだす。
 ロレンツァの見る運命の糸とはその人物に起きた過去、そして現在、また、これから起き得る可能性の高い未来を繋げる複雑に絡み合った糸を解していくもの。
 そうすることで、その人物に絡まる運命の糸の奥にある……その個人の魂が織りなす運命の本流の一端を覗き見るのだ。
 ロレンツァは祐人に絡まる運命の糸の間を通り抜け、その奥へ、さらにその奥へと進んでいくが……。

(……? 何なの? これは……)

 そこでロレンツァは驚きで目を広げた。
 それは祐人に絡み合う運命の糸が所々に切れて、過去と現在、そして未来を繋げていないのだ。
 こんなものを見たことはなかった。ロレンツァは薄気味悪いものを見るように顔を歪ませる。占い師として理解の難しい、複雑怪奇な運命の糸の絡み……。
 これでは何度も今を繰り返し、何度も未来を変えていってしまうことになる。
 もしくは……堂杜祐人の未来そのものも消えてしまいかねない。

(あの小僧は一体……。この先ね……)

 ロレンツァは顔を強張らせつつ慎重に中心部へ辿り着き、そして見つけた。
 堂杜祐人という人物の存在理由、行動原理、そして想いの集合体。
 その周囲には運命という名の激流が吹き荒れている。

(……! 何なの……これは!?)

 ロレンツァは愕然とした。
 ほとんどの人間はこの運命の激流に乗り、または流されつつも輝いたり、輝きを失ったり、各々が葛藤しているものだ。
 それが……その集合体は激流を頑として受け入れずその場に留まっている。
 それでいて強い輝きを放ち、色彩豊かな彩を見せているのだ。

「小僧……! まさか、お前は!? それで呪詛の効果が弱いとでもいうのか!?」



 ハッとしたようにロレンツァは意識を回復し、震える両手で扇子を握りしめる。

「……冗談ではない。小僧……必ず地獄に叩きこんでくれる。この呪われ、腐った世界を肯定する貴様は我々の最も忌み嫌う存在。たとえあなたが……いえ、そうであればこそ! 必ず絶望の深淵に叩き落してあげる!」

 ロレンツァはおぞましい怒りの形相を見せ、口が裂けるように広がり、その刃のような歯を露わにした。

「許されざる存在よ……小僧。たとえあなたが運命開拓者イルデスティーノ・ピオニエーレだとしても! たかが小僧一人で人間たちの持つ怨嗟と憎しみを受けきれはしない。この世界に蔓延する呪いに潰されるがいい! そして知るがいい。この呪いは魔神の下で支配されることでしか払しょくされはしない、ということを!」

 ロレンツァの叫びと高笑いが山々に木霊すると、ロレンツァの姿は既にそこにはなかった。



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