魔界帰りの劣等能力者

たすろう

すれ違い⑨


「ぬう! 仙術! 自在棍、真空域!」

 止水の操る棍の軌道に沿って真空の空間が出来上がり、辺りの大気を激しく吸い上げる。
 その吸引力は大気のみならず草木や砂利も巻き込み、祐人の身体をも強制的に止水の必殺の空間に誘い込もうとした。

「はあ! 仙術! 倚白、風撒ふうさつ!」

 祐人が剣舞を見せるように倚白を躍らすと倚白に誘われた空気が圧縮され、止水に向かい放たれる。本来、対峙した敵の突進力を牽制する技だが、祐人の供給する大量の空気が止水の作り上げる真空を相殺する。
 仙道使い二人が互いに放つ技の応酬で、その間の空間にある安定して存在してはずの大気が大いに乱れる。
 だが、それに構わず止水はその荒れた空間の中を抜けて祐人に迫った。
 祐人も前に出る。
 不安定な空間を走り抜ける二人の衣服が切り裂かれ、皮膚が所々に破けると血が噴きだした。

「仙邪術! 自在棍、空死脚!」

 止水は仙氣を棍に集約すると2倍に伸びた黒塗りの棍にしがみつき、回転しながら棍だけで大地を蹴りつつ移動し、祐人の脳天を襲う。
 それとほぼ同時に祐人は鋭い眼光で口元に片手で印を結び、仙氣を練っていた。

「仙闘術! 流水舞脚!」

 迫る止水の棍に対し、川の水が遮蔽物に当たりながらも動きを止めないように、祐人は倚白で棍を迎撃しながら流れるように移動する。
 止水の動きは止まらず祐人との間合いを外さずに回転を続け、祐人の前後左右を跳び回る駒のように凄まじい重連撃を繰り出し続けた。
 祐人はすべての棍の攻撃を直線上には受けてはいない。止水の超連撃に対し全身を円運動で回転させながら斜めに受け流しつつ、または止水の動きに合わせて宙で側転しながら止水の回転に手を加えていた。
 時には外し、時には助力すらし、止水の思うような動きをほんの少しずつずらしている。
 二人はそのまま密林の中を高速で移動し、止水の棍のみが移動途中にある巨木をなぎ倒していった。
 この死闘を繰り広げている二人の仙道使いを追いかけている影があった。

「ククク、激しいわね、二人とも……」

 ロレンツァは怪しい笑みを漏らし、口元を扇子で覆いながら祐人と止水を見下ろしている。

「でも……驚いたわ。あの邪魔な小僧は仙道使いじゃない。珍しいものを見させてもらったわ。仙道使い同士の戦いなんてものをね。とはいえ……」

 ロレンツァはいまだに一進一退で膠着状態になっている広場での戦闘に目を向け、舌打ちをした。山の奥から朝焼けた空が見えはじめ、このまま耐え凌がれれば機関の増援も来る可能性が高い。
 やはり四天寺家の強襲を受けて半数の闇夜之豹を失ったのが痛かった。百眼の責任を問いたいところではあるが、今はその時ではない。

「あちらがあれでは、事実上、この戦いの結末がこの場を左右するわね。しかし……煩わしいとはいえ、この小僧をランクDに認定するなんて機関はなんて愚かなのかしら。能力者の正当な実力も測れないで、能力者の地位の確立などお笑い種もいいところ。あの小僧もさぞ不満でしょう」

 そこに止水と祐人がぶつかり合った衝撃波がロレンツァのところまで至り、衝撃波に乗った木の葉をロレンツァは扇子で弾いた。

「では……ククク、簡単に手に入ったことですし」

 ロレンツァは目線のところに血のついた木の葉を摘まみ上げてニンマリと目を垂らせて喉を鳴らす。

「あの小僧の血……さあ、私が応援をしましょう。忌まわしきこの世界に呪われた私の声援を一身に受けなさい!」

 ロレンツァの瞳孔が開き、上空に向けて両腕を広げるとロレンツァの全身からどす黒い魔力が湧きだした。

「!」

 祐人が止水とぶつかり距離を取ると眉を顰める。
 そして、背筋にゾクッとした感覚を覚えた。

(何だ? 体が重い。いやそれより……先ほどから感じるこの視線は?)

 そこに止水が飛び込んでくる。

「クッ!」

 迎え撃つ祐人の動きが半瞬遅れ、棍の重撃に耐えられず倚白が弾かれた。
 止水の眼光が鋭くなる。このわずかな隙を見逃さずに棍を大地に突き刺し体を浮かせて右脚を祐人の胸に叩きこむ。

「!」

 祐人は咄嗟に左腕で胸部を守り、止水の豪快な蹴りをまともに受けると後ろに吹き飛んだ。祐人の身体は銃弾のように滑空し何本もの木々をなぎ倒しながら、ようやく大木の幹にめり込むことで止まる。
 祐人は口から血が混じった涎を垂らし、危なく意識を手放しそうになった。

「な……何だ? この感覚は?」

 祐人は自分の左腕が使い物にならなくなったことを確認しつつ、目を細め止水のいるはずの方向に目を移した。そこでまた、背筋に冷感を覚える。

(まただ……誰かが見ている。凄まじい邪気を放って……まさか!)

 祐人が視線だけで辺りを確認し、仙氣の輪を最大限に広げた。その輪の中に猛スピードで左方向から接近してくる気配を感じる。

(ハッ!?)

 祐人は全身をバネのようにその場から離脱した。
 直後、祐人のいたところを止水の棍が通りすぎていき大木を吹き飛ばす。
 祐人は前転で受け身を取るとそのまま跳躍して、止水との距離を取ろうとした。そして、粉砕骨折をしている自分の左腕を見て、舌打ちをする。祐人は止水に気を配りながら、いまだに感じる視線の主を探した。
 だが、そこに瞬時に間合いを詰めてきた止水に左側面からの棍による攻撃を受ける。祐人は体を屈めて躱し、体を回転させてバックブローの要領で倚白を横に薙いだ。
 倚白が空を切ると、止水が正面の枝の上に着地するのを見る。

「どうした、堂杜祐人! 寝ぼけているのか! それともそれが実力か!」

 その止水の言葉にピクッと祐人の身体が反応し、その目に力がこもった。

「…………ふざけんなよ?」

 祐人は左腕を垂らしながら止水を見上げ、倚白の刃先を向けて歯を食いしばる。

「僕は最上級の大馬鹿偏屈野郎を志平さんのところまで引きずりだすために来てんだ!」

「減らず口を! ではやってみろ!」

「ああ、やってやるさ! この偏屈鳥が!」

 祐人は濃密な仙氣を練り、止水に飛びかかった。



 この仙道使いたちの様子をやや離れた大木の上から高みの見物をしているロレンツァが歪んだ笑みを見せる。

「ククク、傾いてきたわね。それにしてもあの小僧……私の声援を受けてもあのような動きが出来るなんて凄いわ! 今の小僧には人間どものあらゆる暗い感情が集中しているというのに。アーハッハ! ああ、可笑しい! 運気もなく、生命力も落ち、気力も削がれていく中でも戦うことを止めないなんて、なんて小僧なの! 大馬鹿ね!」

 心底可笑しい、と高笑いをするロレンツァは笑みを止め、憎しみが形を成したような根暗な目で祐人を睨みつけた。

「……気に障る小僧。まだ……足りないようね。ではここからは私も全力で応援するわ。私とアレッサンドロが感じたこの世界に見放され、敵視され、何者にも同調されない世界を体感するがいいわ! 呼吸する気力すらなくなる人間どもの悪意……妬み、嫉み、反感、嫌悪、誤解され、忌避され、迫害され、さらには亡き者にされようとした人間の見た世界を! それで戦ってみるがいい! 善意も慈善もすべてを否定された挙句に得るものも何もない中で戦えるのなら!」

 ロレンツァの脳裏に当初は自分たちをもてはやし、尊敬し、心服して集まってきた人間たちが豹変するように襲ってきた映像がよぎる。

 始まりは生活に苦しむパリ市民への無償の相互援助の事業だった。
 薬師であり錬金術師だったアレッサンドロ、人の運気を見極める占い師でもあったロレンツァがパートナーになり、貧民街の住人たちの笑顔を取り戻した日々。
 そしていつか……その風貌や立ち居振る舞いからアレッサンドロが自然と伯爵と呼ばれだすと、ロレンツァも貴婦人として扱われた。
 するとその噂を聞きつけて訪れた貴族の子息たちと知人として繋がっていくようになっていった。
 やがて二人は貴族の子息たちの紹介で王侯貴族の集まるパーティーや舞踏会にも顔を出すようになり、徐々に自分たちの事業の賛同者も増えていき、資金の提供を受けることさえあった。

 だが、その良き時はある日、突然に終わりを告げることになる。
 アレッサドンロの異界の研究がある組織に探られ、危険視されたのだ。
 この時、そのアレッサンドロの異界の研究は、医術、錬金術の促進のためだった。
 まだ、人外の存在が、それほど否定されていなかった時代である。アレッサンドロはこの世に顕現する人外たちの故郷があることを突き止め、関心を示し、その世界にある独自の術の体系に自分の錬金術を醸成させるヒントを得た。
 それはアレッサンドロに治癒術と不老長寿にたどり着けるのではという想いと錬金術師としての研究心を刺激することになる。
 更には自分ら能力者たちの起源にも関係があるのではないかという仮説まで立てると、そこからアレッサンドロは狂ったように異界の研究に没頭し、その途上で現世と異界は隣合わせに存在している近しい世界ではないかというところまでの結論を得たのだった。
これがオルレアン家の暗部を担う裏オルレアンに知られると、状況は急変する。
 オルレアンの謀略に巻き込まれ、無実の罪に問われた。
 それは冤罪として釈放されるが、家に戻ると、二人を待っていたのは今まで自分たちに心酔していた市民たちの身に覚えのない冷たい怨嗟の視線。
 中にはあからさまに聞こえる声で詐欺師や悪魔教の教主などと罵倒された。
 そして、裏オルレアンに扇動された貧民街の住人はある夜にアレッサンドロとロレンツァの家を襲い、略奪し、火を放つ。
 這う這うの体で研究資料を抱きしめながら出てきたアレッサンドロとロレンツァは火に囲まれかけ、貧相な厩舎で鳴いている馬に跨ると荒ぶる住人の間を走り抜け脱出した。
 その後、二人は郊外に出たところで一息をつく。
 そして……無言で互いを生気のない目で見つめ合い、涙を流し抱きしめ合った。
 この市民たちとの残酷なすれ違いに涙したのだ。
 確かに策謀に踊らされたのだろう、そして扇動もされたのだろう。
 だが、これまでに自分たちがしてきたことを彼らは実際に見てきたのではなかったか。
 で、あるのに何故、自分たちとそれに共感してきた市民たちがこんなすれ違いを起こすのか。
 二人は焦げ付いた衣服を纏い、延々と抱きしめ合いながらすすり泣いた。

 その場に裏オルレアンの者たちの待ち伏せを受けていることも知らずに……。



 ロレンツァは今、口の両端が裂けるような笑みを見せて、強力な呪詛を送り込んでいる仙道使いの小僧を見下ろした。

「愚かで邪魔な小僧……早く折れてしまいなさい。心も魂も削られるこの呪われた世界を感じて!」

 次に広場で続いている戦闘の中にいるマリオンに瞳のない暗黒の眼球を向ける。

「そして、オルレアンの穢れた血を引く小娘……お前は異界の盟主を呼び込む贄となるのよ。それこそがお前の相応しい最後。安心しなさい、すぐにお前の実家の者たちも後を追わせるわ。ああ、待ち遠しい! さあ、その名を口にするのも憚られる御方……アズィ・ダハーク様。貴方様に支配されることでようやく悪しき人間どもと善き妖魔との共存が成る! 貴方様に頂いたこの力と肉体で私たちはそれを必ずや成しますわ!」

 ロレンツァは恍惚の表情で朝日をその顔に受けた。



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