魔界帰りの劣等能力者

たすろう

すれ違い⑤


「祐人君……機関から保護した人質の行先の指示を受けた。群馬県の農村部にある空き家をおさえているから、そちらに向かってほしいとのことだった」

「そうですか……それで明良さん、機関は人員を割いてもらえるんでしょうか?」

「明日には職員を派遣してくれるそうだよ。それに伴って現状、すぐに必要な生活必需品等を運んでくれるそうだ。垣楯さんは仕事が早いね。それと今後の人質の扱いについても考えると言っている。それの対応のために垣楯さんはすぐにこちらに来てくれるそうだ。志平君本人たちの希望も聞く必要があるからね。すぐに私たちの後を追うと言っているよ」

 それを聞いてホッとするような表情を見せる祐人は、四天寺家が用意したワゴン車の助手席から後ろに目をやった。後ろではこの車にも乗り込んでいる小さな子供たちにマリオンと瑞穂が悪戦苦闘していた。

「お姉ちゃん、お姉ちゃん、どこに行くのー?」
「お姉ちゃんの上に座る!」
「ねえねえ、止水は来るの?」

 マリオンは笑顔で応対し、瑞穂はあたふたしながらも子供たちをあやしている。
 祐人は少しだけ笑うと前を向くと、その表情は深刻なものに変わった。そして、明良に向かい懺悔をするように口を開く

「明良さん、ありがとうございます。それと……明良さん、僕は明良さんたちに謝らなければならないことがあるんです。多分ですが……」

「ははは……この途上で闇夜之豹が襲ってくる可能性かい? それなら既にうちの者にも伝えているよ」

「え?!」

「奴らも死鳥の人質が奪われたことにはすぐに気づくだろうからね。当然、死鳥頼みのところが見える闇夜之豹の襲撃部隊はすぐに動くだろう。それに、なんといっても標的のマリオンさんがここにいる。奴らにしてみれば、少人数で動いている我々を逃す手はないし、奴らは失敗続きで焦ってもいる。それよりもだ。問題は……」

「燕止水ですね……」

 明良は運転をしながら頷く。

「死鳥がこの事態をどう思っているか……正直まだ分からない。機関がすでに人質の保護の態勢を整え終えていて、闇夜之豹が手を出せない状況であれば祐人君の言うような懐柔の可能性は高くなるが、まだ現状では我々が人質を攫っただけにも等しい。また闇夜之豹に奪還される可能性だって考えているだろう。それに、機関をどこまで信用するのか? という問題も死鳥にはある」

「はい……」

 実はこの現状に祐人が気づいたのは、志平たちを説得した後だった。そう意味では祐人は急ぎすぎたとも言える。こうなって祐人は、単に自分の感情で仲間を巻き込んだだけではないのか、とも考えだしていた。
 それで祐人は顔を曇らせ始める。

「祐人君、これは年上からのアドバイスだけど……一つだけ言っておくよ」

「はい」

「迷うな」

 祐人は明良の芯のある声色に、俯きかけた頭を上げて明良を見た。

「このタイミングでなければ、死鳥の人質の保護は難しかったのも事実だ。ゆっくり構えていればその前に自分たちが襲われていた可能性も高い。その意味で敵に先んじて何かしらの手を打った祐人君の動きは悪くない。これで敵の行動を限定させたとも言えるよ」

「……」

「こう考えればいい……むしろ祐人君たちは敵を誘い込んだと。どちらにせよ、志平君たちを説得して連れだした今、死鳥とも会わなければならない。つまり、今はただ襲われるのを待っているのではなく、こちらがイニシアチブを握ったんだ。あとは祐人君が死鳥とどのように話し合うのか、戦うのか、守るのか、それを考えるんだ。マリオンさんと志平君たちは我々、四天寺家の者が瑞穂様とともに必ず守って見せるから。だから、祐人君は……」

 この時、瑞穂とマリオンはこの祐人たちの会話を黙って聞いていた。先ほどまで相手をしていた子供たちは疲れのためか、それぞれのシートの上でウトウトしている。
 明良は祐人に顔を向けてその目を見つめると前を向き、微笑した。

「自分自身が……見逃せない、許せない、と、思って起こした行動を信じるんだ。君にはそれをするだけの力とそれを何とかしたいという心があるのだろう?」

 祐人は明良の言葉を受けると、顔に生気があふれた。明良が自分の行動をこのように肯定してくれて……励ましてくれたことが嬉しかったのだ。
 祐人はこれまでの出来事から今の状況に至るまでのことを思い返す。
 まずは瑞穂とマリオンの友人である法月秋子が理不尽にも呪詛で苦しめられているのを救うために、清聖女学院にやってきた。
 その最中にマリオンを拉致せんと襲う連中に遭遇し、これを撃退した。
 また、この襲撃者に雇われた強敵、燕止水は人質を取られており、その本心の在処は分からないが止水の行動に何かしらの影響を与えているのは間違いがない。
 そして……このすべての事柄の延長線上に……影に隠れ、姿を見せず、他者の生を軽んじ、自己の目的のために糸を引いている存在がいる。
 それは中華共産人民国に属する闇夜之豹という組織そのものか、それとも個人のものか……分からない。
 だが、

(少なくとも、カリオストロ伯爵という人物がすべてに関わっている……)

 祐人の腹の奥底に煮えたぎる感情が湧き上がっていく。
 祐人が一連のこれらの状況にここまで感情的になったのには理由があった。
 祐人にとって最も許せないもの。
 それは自分以外のものが犠牲になることを正当化している連中。
 祐人にとっての禁忌。
 それは……、

 意にそわぬ拘束、人質、そして……生贄。

(……リーゼロッテ。みんな……)

 祐人の心の最も柔らかな部分に、魔界で出会い、心を通わせた藍色の髪の少女が浮かぶ。
 魔界と呼ばれる異世界に混乱と悲劇をまき散らした災厄の魔人に殺され、その魂までをも拘束された最愛の少女と戦友たち……。
 それは、すべて自分の甘さが招いた取り返しのつかない出来事。
 祐人が災厄の魔人を倒すまでの間、死してなお、どれだけの苦しみが彼女たちの魂を襲っていたのか分からない。
 それにもかかわらず、笑顔で自分を許してくれたリーゼロッテや戦友たちの姿が、今、祐人の心を包んでいく。
 祐人は強い意志の籠った目で車のフロントガラス越しの風景を眺めた。明良たちの運転するワゴン車は隊列を組み、関越自動車道に入っていく。

「……明良さん、ありがとうございます。僕も全力でいきます。決してマリオンさんに手を出させはしません。この不愉快な連中を僕はどうしても許す気にはなれないんです。ご迷惑をおかけしますが、力を貸してください」

「当り前よ、祐人。やるわよ、徹底的に! この連中には何をしても罪悪感はないわ。私たちに仕掛けてきたことを後悔させてやるわ」

「私も戦います。私が狙いであるなら、それはそれで戦いようがあります。秋子さんやこんな小さい子たちを巻き込むことも何とも思わない人たちにかける情けはありません」

 背後からの声に祐人は振り返ると、すぐ近くまで顔を寄せて来ていた瑞穂たちに驚いくが……二人を交互に見て笑みをこぼした。

「分かってる。瑞穂さんとマリオンさんには最初からそのつもりだよ」

 その祐人たちの様子を見て、明良も笑みを見せ、小声でつぶやく。

「そう、それでいい。そのフォローをするのが、私たち大人の仕事なんだから……」



 祐人は車両も少なく順調に進む高速道路を眺め、しばらく思考を巡らすと明良に顔をやる。

「明良さん、恐らく敵は近づいてきていると考えた方がいいと思います。そこで、ある程度行って、山間部が見えたところのインターチェンジで降りましょう」

「……分かった」

 明良にそう伝えつつも、この時の祐人は別のことにも考えを及ばせていた。

(ガストンと大峰さんからの情報の接点……。カリオストロ伯爵の……人外との共存とは? こいつのしようとしていることは……)



 車は人里離れた寂し気なインターチェンジで降りていく。

「どうするんだい? 祐人君」

「はい、とりあえず誰も巻き込まないで済むところに車を。できれば山林から見通しの良い広場のようなところがあればいいんですが」

「分かった。ちょっと風を走らせよう」

「はい、お願いします……」

(ハッ!)

 そう答えたその時、祐人は大きく目を広げ、体に緊張が走る。

(近くまで来ているな……燕止水!)

 まるで自分の仙氣を誇示するように噴き出している仙道使いの存在を祐人は感じ取った。

「明良さん、奴らが近くまで来ています! 瑞穂さん、マリオンさん」

 祐人の言葉に瑞穂とマリオンが祐人にハッと顔を向けるが、冷静に頷く。

「祐人君、良いところが見つかったそこに向かう」

「お願いします!」

 そう答え、祐人は己に仙氣を巡らし、まるで燕止水を誘うようにその仙氣を発した。
 この時……最後尾のワゴン車で寝息を立てている子供たちの横に座る志平は、車窓から見える山々の間にある月に目を移しつぶやく。

「……止水」




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