魔界帰りの劣等能力者

たすろう

死鳥の覚悟


「これで全員か?」

「はい、それと新たに本国から派遣されてくる闇夜之豹2名、また、ロレンツァ様が今夜には合流できそうです」

 マリオンの拉致をカリオストロに命じられた闇夜之豹たちが潜伏しているホテルの一室で百眼は表情を消し、資料に目を通す。
 返答する部下も百眼の薄暗い眼光に寒気を感じていた。
 百眼は今朝の襲撃失敗の後から人が変わったようになってしまっている。目には狂気が混じった鋭さがあり、かさついた唇で中国工作員に状況を確認していた。

「次は……次こそは必ず! 金髪の小娘を」

 独り言のようにブツブツと言葉を発する百眼を、窓際で治療を受けている止水は見つめた。

(もはや……冷静さも消え失せたか)

 止水は表情を変えず、自身の左肩に目をやる。祐人の倚白に貫かれてはいるが、次の戦闘に問題はない。あの時、祐人が自分に向けてきた殺気は凄まじく、今、思い出しても死鳥と呼ばれる止水ですら武者震いが起きた。

(あの少年……堂杜祐人と言ったか。見事な男だった。師はどこの道士……いや、仙人か。それに相当な場数も踏んでいるな。一体、何者なのか)

 止水は祐人との戦闘から、祐人の実力から垣間見える実践経験値の豊富さを感じ取っていた。祐人の怒りを誘い、祐人の本気を引き出すことに成功した止水は、すぐに祐人の才能だけでは埋めることのできない死線を幾度もくぐった戦士特有の凄みを感じたのだ。

(だが、そんなことはもういい。あの少年が何者でも構わん)

 止水は今、喜んでいる。このタイミングでこれほどの男が自分の目の前に現れてくれた奇跡に、止水は生まれて初めて天に感謝したい気持ちだった。
 瀕死の重傷を王俊豪に負わされたあの夜……燕思思に拾われたあの夜から……止水の人としての人生は始まった。
 それは僅か数年という短い間ではあったが人として当たり前の心と感性、そして生き方を思思に教わり、それがあったからこそ思思の残した実の息子である志平と社会に捨てられたと言っていい子供たちを見守っていくと止水に決心させた。
 だが思思が亡くなり、たった一年で止水のこの決心を阻む者たちが現れる。
 それが伯爵なる人物が率いる中国の能力者部隊、闇夜之豹だった。
 話としては簡単な話だ。闇夜之豹が死鳥という二つ名で恐れられていた行方不明の止水の居所を調べあげ、コンタクト……つまり、スカウトをしにきたということだ。
 だが蛇の道は蛇……かつて社会の闇にその身を置いていた止水は、すぐにこの連中の本質を見抜いた。
 もし、闇夜之豹の申し出を断れば……いや、断ることなど出来ないようにしてくるとすぐに悟る。事実、闇夜之豹のスカウトとしてきた百眼は、丁寧な口調の端々に志平や身寄りのない子供たちへの気遣いの言葉や子供たちの将来に便宜を図るといったことを伝えてきた。
 これは裏社会で言う脅しであることを当然、止水は理解している。
 百眼は優しく、気づかわしげに、心配そうな顔で、こう言っているのだ。
 もし断れば「ガキどもを殺す」と……。
 止水は自分の実力も置かれた状況も理解している。
 たとえ、ここで百眼を殺し、その後に来るであろう追手と戦ったとしても、強大な人員を抱える組織から子供たちを守ることなど出来ないということを。
 であれば……と、止水はその場で逆に闇夜之豹に提案を持ちかけた。
 内容は、闇夜之豹には所属しないが、協力は報酬次第で惜しまないということ。そして、止水は、欲深く、意地汚く、そして無遠慮に考えられる限りの協力の条件を突きつけた。
 更には、もしこの条件を飲まずに、ちょっかいを出してくるのなら、伯爵なる人物の首をこちらからとりに行くと匂わせる。
 笑顔を崩さない百眼と無表情の止水の間に、一瞬の張り詰めた空気が漂う。
 止水は脅し合いに持っていくことで、子供たちを殺したところで闇夜之豹に元が取れない案件に思わせ、そして、敢えて欲深く見せることで自分が子供たちに関心がなく人質としての役割は薄いことを知らしめようとした。
 それは社会の闇の中を彷徨ってきた止水が身につけている、少しでも守るべきものに悪影響を及ばせさせないための、交渉スキルでもあった。
 だが……百眼は一旦、上の者に確認すると席を外し、すぐに戻ってくると止水の出した条件をすべて飲むと満面の笑みで答えるのだった。
 止水はそれを聞くと頷き、立ちあがる。しかし、止水には分かっていた。これがこの一回で済むわけがないと。恐らく闇夜之豹は骨髄まで自分を利用するだろう。そして、役に立たなくなれば、子供たちへの扱いも変わり、便宜も消える。
 これは時間稼ぎにすぎない。
 止水はこの時からすぐに闇夜之豹、そして中国から子供たちを守る方法を探っていた。そして、ある考えが浮かぶことになる。

(この呪われた俺の生は俺だけのものにする。この俺にかかった呪いに終止符を打てるのか? 堂杜祐人。いや、打ちに来い! 俺は死鳥、手は抜かぬ。手を抜いて貴様に花を持たせようとは思わぬ。本気の死鳥の翼を折って空に掲げて見せろ)

 止水の目に激しく渦巻く決意の光が灯った。




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