魔界帰りの劣等能力者

たすろう

出立前


 祐人たちは明良の運転で聖清女子学院の門の前で降りた。

「それではここでお待ちしています」

 明良に頷くと祐人たちは教室に向かう。大遅刻だが何とか午後の最後の授業が終わる前に到着することが出来た。

「祐人、あなたは屋上に行ってなさい。その怪我を診たら大騒ぎになるから。私たちは授業が終わり次第、みんなを連れて後から合流するわ。あなたのことは先生に私たちからうまく伝えておくから」

「そうだね……分かったそうする」

 超お嬢様しかいないこの学校で、突然、包帯を巻いた男子高生が来れば、確かに大騒ぎになる可能性が高い。今後のことも考え、祐人も承諾をした。
 瑞穂たちと別れると祐人はその足で校舎屋上に向かい、瑞穂や一悟たちが来るのを待った。祐人は移動中にガストンにメールを送っており、止水の人質と思われる子供たちの場所をすでに承知している。
 それにしても、このカリオストロのやり方は国に所属している能力者としては常軌を逸している、と祐人は考える。まるで、マリオンを捕らえることが叶えば、その後のことはどうでもいいと考えているような動きだ。
 また、人質といい、呪詛といい、そのやり方が祐人の怒りを込み上げさせる。
 それにガストンからの話や日紗枝の機関の持っていた情報で、そのカリオストロの狙いを想像すると堂杜家としても看過できないものが含まれていた。
 この男は魔界の存在を知っている可能性が僅かながらでもあるのだ。200年以上前の行動も、魔界とこの世界を繋げようとした節がある。
 一体、何を考えているのか分からないが、マリオン一人、生贄にしたとしても魔界とのゲートを開くなどできるわけがない。
 ましてや、どんな優れた能力者でも一個人で為せるものではないのだ。
 このようなことを思いつくこと自体が狂人ではないか? とも思ってしまう。

 だが、祐人は一つだけ気になることがあった。
 スルトの剣のロキアルムがそうであったように、この男も妖魔の血肉を取り込んで寿命を延ばしている可能性がある。それは日紗枝からの話を総合すると、こちらの世界では分かっていない術であるらしい。魔界では数度見たことのあるその術が、こちらでは知られていないのだ。では、どうしてこの連中がその術を施しているのか?
 このことについて、祐人はロキアルムやカリオストロの裏側に何かがあるのではないかと憶測してしまう。

(さすがにそれは飛躍しすぎか……)

 それと人外との共存を謳ったというが、それがどういうものなのか分からない。この点も狂人の戯言のように感じてしまうところであった。
 このカリオストロが魔界の存在を正確に理解していなくとも、または仮に理解していたとしても、魔界にいる人外との共存、などということを考えるのは正気の沙汰ではない。
 祐人の魔界での経験から言うと、その共存というのは議論する以前の問題と言えるほど現実的ではないのだ。
 魔界と呼ばれる異世界には人知を超える力を持った魔神たちが多数、存在していた。その魔神たちは互いに協力することはなく、どちらかと言えば煩わしいとすら思っている場合が多かったが干渉もしていなかった。
 だが、このそれぞれに独立した存在の魔人にも一つだけ共通点があった。

 それは人間に対する蔑みと見下し、そして底の見えない憎悪である。

 確かに魔界には様々な人外がいた。その中には魔神級の力を持ち、例外的に人間に好意的な者もいれば、無関心な者もいる。
 しかし、魔界において最も大きな勢力を持ち、決して人間の生存を許さない人外がいた。
 それが魔の者たちである。
 この連中の本質は不善にして邪悪。
 魔來窟を通り、そこにある異世界を堂杜家が“魔界”と呼ぶのもこの魔の者たちが跳梁跋扈する世界であったからだ。
 生きとし生けるものの不幸を喜び、その命を弄び、地獄のような世界を作り出すことを目的とした悪魔どもである。
 堂杜家はこの連中が決してこちら側の世界に来ぬように、この世界の防波堤の役目を担った。それが魔來窟を守る理由でもある。
 もし、カリオストロが魔界にいる魔の者と通じていたとすると、共存などあり得るわけがない。あるのは、従属と隷従、そして、その先にあるのはこの魔の者たちによって人間の負の感情を増幅させられ、最終的にはこの悪魔たちの餌になるだけである。
 祐人はこの現実を魔界において骨身に染みて理解をしている。
 それは戦友と最愛の女性であったリーゼロッテの犠牲という、取り返しのつかない経験によって。

(このカリオストロという男……それを知っているのか、いないのか。いや知っていれば共存などという考えは浮かばないはずだ)

 祐人が魔界に父である遼一を探しに訪れたとき、魔界にあった4つの人間国家の一角がこの魔の者たちに滅ぼされた直後であった。立地的にこの国は魔の者たちとの最前線ともいえる国であったのだ。
 魔界にあった人間たちによる4王国は、魔の者の侵攻があった時、必ず最前線となるこの国に他の3王国が援軍を送るのが常であった。4つの王国は人間の生存をかけて互いに力を合わせ、この魔の者たちを全力で食い止めてきた。
 では、何故、この国が滅びるような事態を招いたのか?
 数百年前、魔界において起きた魔の者の人間国家に対する大規模な侵攻があった。
 そして、それを辛くも凌いだ人間たちは、その後、比較的平和な時代を迎えることになる。その間も魔族との小規模な戦いはあったものの、いつも通り互いに力を合わせて生き抜いてきた。
 これによって人間国家はこの平和な時代に、繁栄を享受し豊かになっていった。
 だが祐人が訪れる数年前に、前触れもなく突然に起きた数百年ぶりの魔の者の大侵攻。
 だが、この時、事実上、援軍を送ったのは遼一が身を寄せていた一ヵ国のみだった。
 これは、今まで人間国家への侵攻に加担しなかった魔神の一角が参戦してきたことに起因する。それはこの新たに参加してきた魔神が長い年月をかけて人間社会に溶け込み、暗躍し、ついにはこの4王国の足並みを切り崩したのだ。
 このような可能性は人間側も警戒はしていた。だが、平和という安穏とした時代は、魔の者という共通の最大の敵がいるにもかかわらず、人間同士の利権争いや主導権争いを生み、さらには互いに憎み合う結果も招いた。
 これを裏から加速させたのが、のちの祐人の宿敵になる災厄の魔人である。
 祐人は思い出す。
 滅ぼされたその国の直後の惨状は説明するに堪えないものだった。
 善良な者は死に絶え、僅かに生き残った力のない人間たちは逃げることも出来ず、互いを疑い、憎しみ、保身のためには魔の者に仲間を売り、そして、自身も同じ運命を辿る。
 そこには希望も夢も、人間らしい心も何も存在してはいなかった。
 祐人はそのような絶望的な魔界の状況を知らずに魔界に赴き、人間たちの力を結集しようと尽力していたリーゼロッテたちに出会ったのだ。

(問題はカリオストロの言う、共存とは……自身の考えか、それとも何者かに吹き込まれたか。そして、何故、マリオンさんなのか……)

 祐人は力のこもった目で校舎屋上から広がる街並みを眺めた。
 これから祐人たちが向かう方向の延長線上にカリオストロがいる。闇夜之豹を壊滅させられればカリオストロは否が応でも失脚するのは確実だ。そうなれば、孤立した錬金術師と呪術師に何の力もない。もしくは中国に粛清されることだってあるだろう。
 祐人は今向き合わなければならないことに意識を向けた。

(まず……人質のところに行く。そこで止水について何か分かるはずだ。もし、止水の戦っている理由がそれなら、機関に言って保護してもらえば止水を闇夜之豹から取り除けるはずだ。後はこの気分の悪い呪詛の大元を断つ)

 あの瑞穂の友人である法月秋子という少女は今も苦しんでいるはずだ。しかも、髪の毛も抜け落ち、年頃の少女としては耐えられないほどの苦痛を受けている。
 祐人は左肩以外の包帯を外し、床に落としていくと目を閉じてその場に胡坐をかき呼吸を整えた。すると、祐人の臍下丹田から仙氣が吹き上がり、その氣はやがて祐人の体を循環していく。
 氣が全身を循環する都度、祐人の細胞は活性化していき、その人間が本来持っている治癒力を高めていった。
 祐人は精神を集中しながらも、止水との戦闘時のことを思い出している。

(あの時の止水の笑み……)

 祐人はあの止水との激戦のさなかに、敵である止水が見せた笑みが忘れられなかった。
 機関を動かすことに成功したことをほくそ笑んだのか、または自分という強敵と巡り合えたことを戦士として喜んだのか、分からない。

(それもあったかもしれない。でも、それだけではない何かが……)

 祐人はこの感覚を魔界でも経験している。
 強敵と出会い、互いに死力を尽くしたときにのみ出てくる不可思議な感覚。
 敵でありながらも命のやりとりをし合った仲に、時折、生じる相互理解のようなものがあるのだ。

(あいつは何かを狙っている。この僕を使って……)

 祐人は目を開けて屋上から広がる青空を睨んだ。




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