魔界帰りの劣等能力者

たすろう

蠢き


 水滸の暗城……北京郊外にある中華共産人民国の最高機密に類する軍施設であり、中国の誇る能力者部隊、闇夜之豹の本拠地でもある。
 その軍施設の駐車場には共産党幹部でもある国防部部長の張林の車があった。
 張林はこの施設の最上階の奥に位置する闇夜之豹の首領の部屋の前に来ると、お付きの者に振り返る。

「お前はここで待機していろ」

「分かりました。何かありましたら、お呼びください」

 張林にそう言われ、軍用の帽子を深くかぶったそのお付きの男は頷く。そのお付きの男はガッチリとした長身の体を持ち、艶のない銀髪を垂らしつつ笑みを見せる。
 人を信用することの少ない張林がこの施設に入るときに人を帯同させるのはほとんどない。その意味でこのお付きの男は例外と言えるほどの待遇を受けていると言えた。だが、さすがにこれから入る部屋の中まで帯同することは許されなかった。
 張林は切羽詰まった表情で今回来訪の目的であるこの施設の主の部屋のドアをノックした。

「伯爵! 入ります!」

 いつもの張林であれば中からの返事を待ってから入室するのであるが、今回はその返事を待たずにその重厚な扉を大きく開けると、部屋に飛び込むように消えていく。
 その無用に大きく開けた扉から一瞬ではあるが中の様子や、この部屋の主の姿を部屋の外で待機を命じられた男の視野に入ってきた。
 そして、扉が閉まり、部屋の外で立つ銀髪の長身の男は、顎に手をやると目に力を入れる。

「おやおや……これは驚きました。懐かしい男の顔を見ましたよ。あの男は……かつてフランスの宮廷を賑わしたあの男に間違いないですね~。となると、呪詛の首謀者はその愛人でしょうか。ふーむ、でもこれでちょっとだけ目的が見えてきましたよ。あの金髪のお嬢さんを狙う理由も……2つの意味でね。あの男がここの指揮をとっていると考えると、厄介ですね、私の顔もひょっとしたら覚えているかもしれません。今回はここで引きあげましょうかね~」

 ガストンは顎を摩りながら独り言のように呟いた。一国家の超機密施設に潜入しているにも関わらず、その顔は落ち着いたもので、まるで近所のスーパーにおつかいに来たぐらいの表情である。

「どうりで見たことのある結界だと思ったんですよ。ですが、おかげで難なく入れました。ベルサイユ宮殿に張ったときのものよりは、改良されていますかね? まあ、吸血鬼には無駄な産物ですけど。しかし、まだ自分を伯爵と名乗っているとはお笑い草ですね~」

 ガストンは軍用の帽子の位置を調整しつつ、考え込むように腕を組んだ。

「うーん、どうしましょうか……さすがにこれ以上は私一人ではきついですね。ここで頑張っても闇夜之豹の能力者の方々もたくさんいるでしょうし、顔がわれるのはお尋ね者の私には好ましくありません。他に潜入の得意な仲間がいれば良いのですが。それにあまり無理をしても旦那に怒られますしね。とりあえず、呪詛の祭壇でも探って、隙があれば破壊して帰りましょう。監視カメラにも細工しておかないとまずいですね」

 ガストンは一人、合点がいく表情を見せる。

「とにかく、旦那に報告と……。しかし……相手がこいつらとなると、真の目的は呪詛の方ではないですね。まだ、230年前と同じことを考えていればですが。ということは……金髪のお嬢さんが本命ですか。これは先ほど林さんから聞いた死鳥という人物についても調べておかないと駄目ですね」

 ガストンはそう言うと忽然とその場から姿を消すのだった。



 息巻いて日本での闇夜之豹の失態を責めに来た張林を宥めた伯爵は一息ついたように、ソファーの背もたれに体を預けた。張林は今回の闇夜之豹失態で日本との交渉が難航し始めたのと、自身の上層部からの覚えが悪くなったことを、どうしてくれるのか、や、話が違う、とぶちまけていった。
 伯爵はそれを落ち着いた態度で、その心配を取り除くように状況を説明し、そして最後は殺し文句で張林を納得させたのであった。
 それは、

「林殿……私が今まであなたに不利益なことをしたことがありますか? 今の状況は想定していた中ではあまり良い状況ではありませんが想定内でもあります。ご心配なさらず……林殿は、主席になった後のことをお考えいただければよいのです」

 というものだった。この言葉を聞くと途端に張林は落ち着きを取り戻し、伯爵と最後は談笑し出て行った。
 今、伯爵は下らぬものを追い散らしたように嘲笑する。

「何とも……矮小な人物だな。ま、それ故に扱いも易いが。だが、もう少しだ、もう少しお付き合いをして頂こう。我々の悲願のために。そして……かつて我々の目的を阻んだ憎き裏オルレアンの血を使い、この悲願の達成を見るのだ」

 伯爵は既に冷えた紅茶に手を伸ばす。

「ククク、どのような被害や犠牲がでようと、もはや関係ない。すでに目前なのだ」

 目を垂らし、口を歪ませる伯爵はティーカップに口をつけた。

「スルトの剣は己を誇示し、能力者の力と存在の重要性を世界に示そうとした。だが、それでは様々な妨害を受けやすい。それでは要領が悪いのだ。そして、歴史の闇にもみ消される……以前の私のように」

 伯爵の目から白目がなくなり、眼球すべてが黒色に染まる。

「であるならば……能力者が絶対に必要な状況を作れば良いではないか……」

 伯爵は喉を鳴らすように笑うと恍惚な表情を見せた。

「お待ちください、ゲートが開けば、あなた様をこちらに招くことが叶います。そうすれば、この世界は……混沌の中に見る光明を否が応でも感じることになりましょう」

 伯爵は立ち上がり、さらに奥の部屋に入って行く。
 そこにはスクリーンが設置されており、そのスクリーンには苦しみ悶えている百眼の姿があった。

「愚かな百眼……使えぬ男よ。だが、最後のチャンスをやろう」

 虫の息の百眼はホテルの一室と思しきところで這いつくばっている。

「そちらにロレンツァを向かわせた」

「ハッ、ロレンツァ様が御自ら!?」

「ロレンツァがいれば、そのお前の言う、そのランクDの小僧のことが戯言かどうか分かろう。そして、それが真実としてもロレンツァの呪詛でその小僧の生命力を奪い、力も発揮できん」

 苦痛で荒い息をもらす百眼はその場で何とか姿勢を整えると膝を折り、頭を下げる。

「次回こそは必ず、この命に代えましても、あのオルレアンの血を引く娘を攫ってまいります!」

「うむ……それと死鳥のコントロールはロレンツァに任せればよい。あの弱みを作った男に、その命果てるまで働いてもらうにはその方が良いだろう。価値のない子供ゴミのために、その翼を折った死鳥など、この一時の使い捨てになっても構わん。場合によっては見せしめに数匹殺しても構わんのだ。恐らくロレンツァもそう考えていよう」

「しょ、承知いたしました」

「もう、どのような手段も厭うな……派手にやってこい、百眼よ。邪魔ならすべてを破壊し、殺せ! 裏オルレアンの血を引く娘も息さえしておれば良い!」

「ハハアー!」

 百眼が深々と頭を下げると、通信は途絶え、自身を襲う悶絶の苦しみから百眼は解き放たれた。百眼は頭を上げると恐怖で崩壊しかけた精神状態の正常ではない眼光で、ふらりと立ち上がった。




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