魔界帰りの劣等能力者

たすろう

燕止水⑤


「な、なにが起こっている……死鳥」

 思わぬ衝撃波と爆風で吹き飛ばされ、手傷を負った百眼はその元凶ともいえる二人の仙道使いに目を向けると驚愕する。
 そこには目にもとまらぬ動きでぶつかり合う死鳥と祐人がいた。そして、かたや少年が剣を振るえば旋風が巻き起こり、かたや死鳥が棍を振るえば激風がまき散らされる。

「な、なんなのだ! こんなのは聞いてないぞ! 一体、何者と戦っているのだ、死鳥は!」

 百眼はこの作戦の前にした昨夜にした止水との掛け合いを思い出した。



「作戦は任せる。俺は……一番強いやつを受け持つ」

 止水はホテルの高層階の一室の窓際に立ち、作戦を伝えに来た百眼に静かに返答する。

「フッ、死鳥。一番強いと言っても、あなた相手では雛鳥を相手にしているものでしょう。あなたが本気を出すというのなら、別に私たちがすることもほとんどありませんよ。金髪の小娘を一人、伯爵のところまで連れて行くだけの作業となる」

「……だと良いがな」

「死鳥は随分と慎重ですね……。こちらで調べましたが、あちらで厄介なのはランクAの二人の少女……四天寺の娘とターゲットの娘本人です。ただ、面倒なこととすれば、四天寺の娘が機関の日本支部にコンタクトを取ったことですね。それともう一つは四天寺家そのものです。前回の襲撃時にいた小僧はランクDとのことです。あの時は驚きましたが、調べれば近接戦闘に偏った能力の持ち主だと分かりました。それが分かっていれば、大した障害にもならないでしょう」

「……」

「あなたが思った以上にやる気をだしてくださっているのは嬉しいですが、機関が手を出してくる前、四天寺家を本気にさせる前にことを成せば問題はありません」

「……ズレているな」

「は?」

「いや、何でもない。依頼は必ず遂行する。俺はお前らがこちらの要望通りにしてくれれば構わん」

「……分かっています。あなたと同居していた子供たちの戸籍の取得と……移住でしたね、日本への。すでにその準備はしていますよ。中国大使館から遠くないところに物件を押さえているとのことです。それにしても……他国への移住とは」

「……すぐに移住させろ。それと金もな」

「フフ、そんなに闇夜之豹が信用できませんか? それとも母国が……ですか?」

 止水は無言で百眼を睨みつける。
 百眼はその止水の鋭い視線を受けて、わざとらしくおどけて見せた。

「大丈夫です。あなたが我々の依頼に誠実である限り、その要望は叶いますよ。明日には日本に子供たちも来るでしょう。それにまだ達成していないこの依頼でここまで先払いをしている私たちを、もう少し信じてもらいたいものですね」

 止水は百眼から視線を外し、ホテルの一室の窓から外の夜景を眺める。そのそれ以上、言葉を発しない止水に苦笑いをする。

(まあ、気持ちは分かりますがね……。だが、死鳥と呼ばれたこの男も随分と甘いな。日本にガキどもを移住させたところで、所詮、我々の管理下に過ぎない。たとえうまく逃げたところでロレンツァ様の呪いからは逃れられん。……すでに弱みを見せたお前はもう終わりだ。お前はもう呪われたのだよ、燕止水。決して解けることのない呪いにな。ククク、これからも骨の髄まで働いてもらいましょう、伯爵の御ために……)

 百眼は止水の後ろ姿を見つめ、今度は邪気のこもった笑みを隠さなかった。そして、百眼は明朝の作戦の成功後に受けるだろう伯爵からの賞賛を想像し、身震いをするのだった。



 百眼は死鳥と呼ばれた燕止水が一人の小僧に掛かり切りになっているその姿を呆然と見つめてしまう。
 止水がこの作戦の直前にランクDの……闇夜之豹にしてみれば、劣等ともいうべき能力者の小僧をまず相手にする、と言ったときは手を抜く気か? とまで百眼は考えた。
 だが、結果は同じ事と考え、それを了承した経緯がある。
 近接戦が得意と調べがついていた少年がまずこちらに仕掛けてくるのは、最初に想像していた相手のフォーメーションだったからだ。中距離から遠距離に位置取りしたい精霊使いと魔の者を相手にする以外には守勢に力を発揮するエクソシスト。普通に考えて最初に接触するのは近接でしか使えそうにないランクDの小僧だった。
 百眼たちも死鳥を前面に押し立て、一気に敵を粉砕してターゲットを補足するつもりでいたことから、どちらにしろ作戦に大きな変更はないという目算である。
 作戦の骨子は達人の死鳥がいることで、ターゲットを捕獲してからの方が緻密に計算されていた。ここに参加していない闇夜之豹2名と中国の多数の工作員を控えさせており、捕獲後そのまま中国の極秘チャーター機ですぐさま北京に飛ぶ手はずだったのだ。
 それが今は、それどころではない。
 その頼りの死鳥が敵のランクDの小僧と死闘を繰り広げている。
 本来であれば、あのような小僧は瞬殺され、後方から本命の瑞穂やマリオンたちに死鳥が襲い掛かっていなければおかしいのだ。
 そこに祐人と止水がぶつかり合い、二度目の凄まじい衝撃波が百眼たちに襲い掛かる。

「ハッ! 伏せろぉぉ!」

 咄嗟に百眼は仲間に向かい叫んだ。
 先ほどの爆風と衝撃波で百眼よりも深手を負っている闇夜之豹の選抜組は、百眼の指示通りにその場に伏せる。その百眼たちの頭上と背中が突風と空気の振動で体が押さえつけられるようになり、顔を上げることもままならない。
 この作戦の立案者でもあり指揮官の百眼は、状況の把握が難しく、正常な指揮ができない状況に陥った。
 そこに百眼たちの上から見下したような少女の声が聞こえてくる。

「まったく、何よ、あんたたちは。そんなところで這いつくばって。戦う前から戦意喪失かしら?」

「!」

 そこには不敵な笑みを浮かべている瑞穂がいた。
 瑞穂たちは明良の指示でマリオンの後方を囲うように作られた光の聖循で衝撃波から身を守り、明良の風精霊術で前方からも襲ってくる空気の振動をエアスクリーンによって防いでいた。
 見下ろす瑞穂の視線に背筋を凍らす百眼には成す術がない。
 瑞穂は両手に精霊を掌握し、術を発動させる。すると百眼たちに凄まじい重力がかかり、すでに伏せていた体が重く立ち上がることができない。

「くあぁあ! おのれぇぇ!」

 アスファルトに巨人から踏みつぶされるような重みに百眼が苦悶の表情を見せた。
 このままでは全員、捕らえられるという最悪な状況が百眼の頭を過ぎり、即座に百眼は撤退の指示を控えていた闇夜之豹に出す。
 百眼の能力はその二つ名の通り、すべての状況を全方位から見ることができた。百眼の頭の中にはいくつもの画面があり、同時進行でそれを把握することができる。そして目に見える者の行動をある程度、操つることができるのだ。
 その操作術は特に意志薄弱の人間やメンタリティーが弱っている状態の人間に効果が大きい。
 百眼は二人の意識が飛びそうになっているテレポーターの二人にその目を使い、強制的に操りこちらにその手を手繰り寄せる。

「む! 瑞穂様、こいつ!」

 明良がそう言うと同時に百眼の姿が消えると、高速道路わきの空間に百眼は姿を現し、そのまま高速道路の高架下に落ちていった。

「何て無茶を! テレポーターの能力を超えた距離に移動しようとすれば、テレポートの失敗率が跳ね上がるというのに!」

 瑞穂は百眼の行動に目を剥いて驚く。テレポーターの能力はそれ自体、強力な能力として知られている。テレポーターは目に見える範囲で、しかも数メートル以内に物を瞬間移動させる能力だ。 だが、無理をしてその能力を超えた距離に移動しようとすると、数十%の確率で姿は消えるがどこにも姿を現さないことがあるのだ。
 そして、どこに消えたのかは誰も知ることはできない。この特性を使って攻撃してくる上位テレポーターもいるぐらいの危険な行動である。

「瑞穂さん! 祐人さんが!」

 後方を向きながら術を発動しているマリオンが叫ぶ。
 今、祐人と止水はほぼ互角で渡り合っているが、無傷ではないのだ。
 互いに何度も必殺の間合いに入っては、攻撃と迎撃を繰り返しており、その度に急所だけは躱しつつも体全体に傷を刻んでいく。祐人は口から血液交じりの唾を吐き捨てるが、動きは止まらない。制服は既に血で各所が滲んでおり、それは止水としても同様だった。
 その壮絶な打ち合いが両者の間で現在も行われている。
 瑞穂と明良がマリオンの叫び声で振り返ると、祐人は止水の黒塗りの棍の突きを左肩に受け、僅かに苦悶の表情を見せるが、すぐにその表情を消し、棍で受けた左肩の打撃を利用し、推進力に変え、体を左回転しながら倚白を右手で突き出した。
 その倚白は止水の左肩を貫く。

「祐人ぉぉ!」

 その凄惨な技の繰り出し合いを目の当たりにして瑞穂は顔を青ざめさせて絶叫する。
 マリオンも目を見広げて言葉を失っていた。

「瑞穂様! 堂杜君の援護を! この距離なら私たちの得意レンジです!」

「!」

 明良に大声で言われ、瑞穂は瞬時にかまいたちを生成し、互いに一瞬だけ動きを止めた隙に、止水の方に放つ。数ある精霊術の中で風精霊術の特徴はそのスピードが最も速いことだ。
 瑞穂の放つかまいたちは音速で止水に迫る。
 だが……

「手を出すなぁぁー!!」

 援護されたはずの祐人が怒鳴った。
 止水は祐人から飛びのき、迫るかまいたちに対し、動かぬ左手を垂らしながら棍を右手のみでバトンのように扱うと真空の刃を誘うように瑞穂たちに送り返す。
 祐人はこの間隙に、止水と同様に動かない左手を垂らしながら、止水に倚白を叩きつけた。

「ふん!」

 止水はそれを右手で握りしめた棍で受ける。
 二人の右腕の傷から、穴の開いた水風船から水が漏れ出るように血が噴き出した。
 かまいたちを送り返された瑞穂たちは迎撃が間に合わず、横に飛びのき自らの体をアスファルトに打ち付けた。
 明良は回転して態勢を立て直すと、信じられないものを見たように祐人と止水を見つめる。

「付け入る隙がない! 私たち程度では援護もできないのか!」

 祐人と止水は一旦、離れると互いに右手だけで獲物を握り、にらみ合う。

「フッ、どうやら作戦は失敗か……存外、闇夜之豹もだらしない」

 祐人は倚白を右半身で構え、止水に言い返す。

「お前も、もう諦めろ! これ以上、来るなら……」

「来るなら何だ?」

「お前を……殺す!」

 止水はその祐人の気迫のこもったセリフに笑みをこぼした。

「名前を言ってなかったな……俺の名前は燕止水だ、堂杜祐人」

「……」

「だが、ここでお前を殺しても運び屋がいないのではな……一旦、引かせてもらおうか!」

 その言葉と同時に止水は棍を瑞穂たちに投げつけた。

「!」

 止水の仙氣がこもった棍は高回転しながら、瑞穂たちに向かい襲い掛かる。
 瑞穂とマリオンは咄嗟に瑞穂は土精霊術の岩壁とマリオンは聖循を展開するが、その判断ミスをすぐに悟った。その棍の放つ力の断片から、ただ投げつけられたものではないと分かり、顔を強張らせた。
 その棍は生と死を別つ、この世の狭間を垣間見せるような、存在感を放っている。瑞穂とマリオンもいくつかの死闘を経験することで、それが分かったのだ。
 その黒塗りの棍が眼前に迫り、瑞穂とマリオンは無傷であることは諦めたが、生きることは諦めない。霊力を全開にこの一回の防御にすべてを尽くす。
 明良が突然、体を投げ出し瑞穂たちの前に飛び込んできた。
 そして……その棍が瑞穂たちに届くその瞬間……。
 止水の投げた棍が空中で左方向にはじけ飛んだ。
 それと同時に倚白が右方向にはじけ飛ぶ。
 瑞穂とマリオン、そして、言葉失い顔面蒼白の明良は前方に倚白をこちらに投げ飛ばしてきた祐人の姿を確認した。

「祐人!」

「祐人さん!」

 そして、そこにいるはずだった止水の姿はない。
 明良は心の底から安堵の息をもらすがすぐに立ち上がり、祐人の方へ駆け寄る。

「堂杜君!  君は……!?   早く傷の手当てを!」

 それに僅かに遅れて瑞穂とマリオンも従った。
 マリオンの目と頬は既に涙で濡れている。
 破壊された高速道路上の祐人は体中の傷にも気にもとめず、止水がいたはずの場所を見つめている。

「燕止水……」

 それだけ呟き、祐人の目は止水が消えたと思われる方向を鋭く睨んだ。




「魔界帰りの劣等能力者」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く