魔界帰りの劣等能力者

たすろう

闇夜之豹②


 日紗枝は昨日の昼過ぎに、瑞穂からの報告を志摩から受け、その異常な状況に眉間に皺を作った。

「……志摩ちゃん、そいつらを研究所の方に。私も行くわ。ちょっと嫌な感じがするのよ、日本政府からの依頼と関係があるかもしれない。まさかとは……思うけどね」

 志摩は日紗枝のこの指示に驚くが、真剣な顔になり頷く。

「分かりました、すぐに車を回します」

「お願いね」

 志摩はその日紗枝の不確かな感想ともいうべき指示にも何も言わずに行動に移した。
 能力者は一般の人間と比べて勘が鋭い。特に精霊使いはこの傾向が強いと言われているのだ。実際、日紗枝の勘は良くあたる。
 それは、あまり当たって欲しくはないことばかりではあったのだが、その危機察知能力の高さは機関の日本支部の支部長に相応しい能力でもあった。
 志摩は以前に瑞穂もやはり、勘が鋭いのか? と日紗枝に聞いたことがある。
 その時、日紗枝は苦笑いをしていた。

「瑞穂ちゃんは激情家だから……精霊たちも気を使ってしまうのよ。それは精霊たちに愛されている証拠でもあるんだけどね」

 志摩はこれを聞き、精霊使いというだけで勘が鋭いというわけではないのだな、と精霊使いという能力者たちにも多様性があると考えたことがある。
 日紗枝たちは研究所の敷地内に入り、車を止めるとすぐに、瑞穂たちを襲った能力者たちを乗せたと思われる護送車が入ってきた。
 志摩と日紗枝はそれを確認すると車を降り、そのまま、その護送車に向かう。

「こいつらが、瑞穂ちゃんたちを襲ったという連中?」

「はい、そのようです」

 日紗枝は気を失い、機関特製の縄でがんじがらめにされている襲撃者たちの異様な姿を見つめる。一人は腐ったような両腕をしており、他の二人は、見た目が獣のような姿をしており、人狼ライカンスロープであることが分かる。

「ふむ、すぐに尋問の準備をして。何が目的なのか吐かせるわ。思念同調能力者サイコメトラーとサトリ能力者を待機させておいて」

「分かりました……ああ! 大峰様!」

 志摩が大声を張り上げ、襲撃者たちに驚愕の目を向ける

「え!?」

 突然、襲撃者たちは目を覚まし呻き声を上げたかと思うと、それは段々、悲鳴に変わり、強烈な痛みに我を忘れるようにのたうち始めたのだ。

「ぬわぁぁ! 伯爵様ぁぁ! お、お許しをぉぉぉ!」

 両腕が腐っている男が叫び声をあげると、体中の骨がゴキゴキと音を立てて体中に巻き付けてある縄が緩んでいく。

「志摩ちゃん! これは!?」

「分かりません! こ、これは……体が溶けて!」

 獣人たちも同じように悶え叫ぶと、体があり得ないほど細くなっていき、地面にはスライムのような液体が溜まりだしていった。獣人たちは激しい苦しみのためか、自らの喉元を両手で掴み、その鋭い爪がめり込んでいく。

「ハッ! こいつらの体の一部、髪の毛でもいいわ! 切り離して!」

 あまりの出来事に日紗枝も唖然とするが、咄嗟に大きな声で機関職員たちに指示を飛ばした。体の一部を残せば、後でサイコメトラーによる調査が出来る。
 状況に驚き、体が硬直していた機関職員の一人が日紗枝の指示に反応し、護送車の中から機関が用意していた対妖魔、魔獣用の短剣を取りだすと、苦しみ悶える獣人の手に短剣を突き刺した。
 機関職員は恐怖と戦いながらの行動でもあり、その短剣を突き刺そうとする手元が狂う。だが、むしろそれが幸いした。
 手元が僅かに狂ったおかげで、獣人の小指を短剣で跳ね飛ばしたのだ。
 そして、その横では両腕が膿に覆われた男が半身を起こし、首の辺りを押さえている。
 すると、その首から金属製の小さなカードのようなものが、皮膚の内側から溢れだす透明な液と共に落ちてくるのを日紗枝は見た。
 その途端にその膿の男の断末魔の声色が変わる。

「グアァァ! 畜生! 糞伯爵が! 畜生ぉぉ!」

(……何? さっきと印象が違うわね。伯爵? さっきも伯爵と言っていた……)

 先ほど激しい苦しみの中でも吐いた、その“伯爵”という言葉には敬意が込められたように感じられた。ところが今は、怨念が込められているように、吐き捨てている。
 その直後、襲撃者たちは、その全身が液状化し、体の表面が水面のように波を打ちつつ消えていく。
 そして……獣人がいたはずのところに出来た水たまりにも、金属製のカードのようなものだけが残った。



 日紗枝は淡々と瑞穂たちに説明を終えた。

「それでその時に、襲撃者の喉元のあたりから、この認識票が落ちてきたの」

 瑞穂と明良は日紗枝の話に眉間に皺を寄せる。

「……日紗枝さん、いいですか?」

「うん?」

「この認識票は何故、襲撃者……闇夜之豹の能力者と一緒に完全に溶けずに残ったんですか? 先ほどの話ですと、この認識票は完全に肉体に同化するっていう話でしたが」

「そのことなんだけど……厳密には分からないわ。体に同化するという話もサイコメトラーにこの認識票に残る残留思念を読み取らせたときに分かったものなのよ。これを作ったと考えられる敵の術者は余程、自信があったのか、サイコメトラー対策はしてなかった。まあ、それが幸いして、私たちはこいつらが闇夜之豹であることや認識票についての情報を手に入れられたんだけどね。ただ……」

 日紗枝は認識票に目を移す。

「厳密でなくていいのなら……何個かの理由は想定したわ」

「それは?」

 瑞穂は眉を顰めた。

「これはあの後すぐに、研究所で調査したのだけど、この認識票はさっきも言った通り、体に触れて、霊力か魔力を出した時に肉体と同化することが分かったわ。それで、考えられるのは、何らかの理由で同化しきらなかったこと。例えば、この認識票と同化するのには個人差があるのではないか? というものよ。可能性は非常に低いけどね。何故なら、今回、3人ともそうだったのだから」

「……」

「それと、もうひとつ。これが、もし当たりなら色々とややこしいわ。というのも、また、分からないことが増えるの。この可能性もかなり低いけどね」

 日紗枝は気だるそうに髪をかき上げて、志摩の方に目をやる。志摩は日紗枝の視線を受けると頷き、前を向いた。
 瑞穂は日紗枝と志摩のこのやり取りを見て、おそらく今から言うものが有力候補なのだろう、と感じ取る。
 そして、志摩が瑞穂に向かい口を開く。

「この認識票は霊力、魔力に特異的に反応を起こします。ただ、それ以外の“力”に強く当てられたのではないか? というものです」

「それ以外?」

「そうです。霊力と魔力に属さない、それと同等な力に当てられて、認識票に埋め込まれた術式が狂った可能性です。こういった物に埋め込む、ましてやこの認識票のような高度で複雑な術式は繊細です。しかも、発動した際に相手の精神に影響を及ぼし、肉体と完全同化、さらには証拠も残さず同化者を処分できる代物など見たこともありません。これは、もう魔具といってもいいくらいなんです。正直、このとんでもないものを作った能力者はただものではありません。機関でも今、調査していますが、まったく解明できていないのが実情で、本部に調査のための応援を依頼中です」

「……」

 確かに、そんなものを作れる奴がいるとなると、能力者たちにとってこんなに恐ろしいものはない、と瑞穂は理解した。これは能力者を強制的に隷属させる機能をもった魔具とも言えるものなのだ。一体、どんな奴がこれを作成したのか。
 しかも、それを一国家の能力者部隊がすでにこの認識票を使い、運用しているという事実……。
 瑞穂は深刻な表情で志摩を見つめる。

「そして先程、サイコメトラー対策がされていないと言いましたが、それは、されなかったのではなくて、これ以上の術式を入れ込むことが出来なかったことも考えられるんです。これだけの複雑な術式を埋め込んだものに想定していない強い力が入ってきたら、狂いが生じることもある、というものです」

「その“力”というのは何なのですか?」

 瑞穂のこの当然の質問に日紗枝は、真剣な顔で逆に瑞穂に問いかけた。

「瑞穂ちゃんは聞いたことはあるかしら? 知っての通り、私たち能力者は、ほぼそのすべてが霊力と魔力を扱うものに分かれる。でも、もう一つ、あるのよ。滅多にお目にかかれないけどね」

 瑞穂はここで目を広げる。日紗枝のその話に瑞穂は思い当たる“力”があるのだ。

「まさか……仙道」

 瑞穂の出したその答えに日紗枝は感心するような顔を見せる。

「流石ね、瑞穂ちゃん、その通りよ」

「でも……そんなことが……ハッ」

 瑞穂は昨日の戦闘を思い出す。瑞穂の仙道の使い手である祐人が、二人の獣人に仙気を込めた掌打を与えていたことを。

「どうしたの? 瑞穂ちゃん」

「あ、いえ、何でもないです……。でも、何故、仙道と?」

(でも……やはりおかしい。祐人は獣人には手を下しているけど、もう一人には攻撃はしていないわ。日紗枝さんの話だと、襲撃者3人の全員から認識票が出てきている)

「はい、謎の多い仙道ですが、いくつかの特性は分かっています。まず、仙道は霊力、魔力と反発することがありません。何といいますか……どちらにも寛容……という表現が合っているか分かりませんが、霊力や魔力とも親和性を持ちつつ、かつ、邪魔もしないんです。機関管理の文献に仙道は霊力、魔力の根源で……後に霊力と魔力に別れたというものまであり、霊力と魔力を中和することもあるとあります」

「……」

 志摩の前で日紗枝は志摩の説明を聞きながら腕を組んだ。

「正直、仙道が何だか分からないんだけど、仙道使いは確実にいるのよ。それは、過去に機関でもそいつらを確認した事例が数件あるから。仙道使いは、強力な能力者と言い伝えられているけど、変わった連中が多いみたいで機関どころか、世間にもあまり興味がないようなのよね。まあ、昔は世捨て人と同義の時代もあったぐらいだから、当然と言えば当然なんだけど」

 ここで志摩は逸れかかった話を本筋に戻す。

「はい、それで今回の件です。今回の襲撃者たちは何らかの形で仙道の力を受けることがあったのではないか? という仮定が出ました。というのも、この仙道の霊力、魔力を中和するという点です」

「中和……ですか」

 志摩の話は闇夜之豹の認識票の話だが、瑞穂は祐人のあの力の発動条件が頭に過ぎり、複雑な表情になった。

「可能性が低いことは否めません。これは起きた事実と、今、持っている知識、情報を使い、消去法で出した仮説ですから」

 瑞穂は考え込む。もし、これが本当であれば、獣人の方は説明がつく。日紗枝たちには言えないが、祐人が直接的に攻撃していたのだから。しかし、もう一人の両腕が膿で覆われた男の方はどうしても説明がつかない。

「最初は私もすぐに第三者の仕業かもしれないと勘ぐったわ。認識票という証拠が残るようにして、中国と機関の仲違いを狙ったのかもしれない奴がいるとね。でもそれが仙道使いとなると、話しの信憑性が一気に落ちたわ。仙道使いがそんなことに興味も関心もないはずだから」

 日紗枝は嘆息して、ソファーに背中を預けた。

「まあ、これ以上、考えても仕方ないわ。それよりも重要なのは、闇夜之豹が機関所属の能力者……瑞穂ちゃんたちを襲撃してきたという事実よ」

 瑞穂はハッとしたように顔を上げる。
 すると日紗枝の眼光が鋭くなった。

「これは機関としても看過できないわ。こちらに落ち度がないのに仕掛けてきたんだから、当然、私たちも黙っているわけにはいかない。正直、やり合いたくはないけど、機関として舐められるわけにはいかないの。今、国家間で能力者の囲い込みの流れが強くなっているのよ。あのミレマーでの事態を見てね」

「え!?」

「あ、瑞穂ちゃんたちのせいではないから心配しないで。でも考えても見て。小国とは言え、一部の能力者が一国家を転覆させる直前にまで追い込んだのよ? しかも、それを止めたのも、いまだに正体の分からない能力者と思われる謎の存在……。これじゃあね、そういう流れが生まれるのも分からないでもないんだけどね」

「……」

「でも、これは機関にとってはいい状況じゃないの。どんな理由であれ、能力者を国家の犬として扱われるのであれば、大昔に逆戻りだわ。これでは機関の理念である能力者たちの社会参画に反する。だからね、中華共産人民国には悪いけど、ちょっと強めなお灸をすえさせてもらうわ。機関の力を誇示するためにもね。それは今の能力者の囲い込みに走る国家に釘をさす意味もある」

 瑞穂は祐人のしたことがこんなところに影響を与えていることに、額から汗を流す。しかも、事は国家レベルだ。

(祐人……あなた、大変なことになってるわよ!)

 日紗枝は瑞穂の表情が硬くなっているように見え、安心させるように笑いかける。

「あはは、大丈夫よ、瑞穂ちゃん。ちょっと政治的な話で驚いちゃったかな? 別に全面的に中国と戦争するという話ではないから。ちょっと恥をかかせて、機関の底力を世界に見せつけるだけだから」

「は、はい……」

 すると日紗枝が打って変って、薄暗い笑みを見せた。

「それにね……今回の呪詛の件では日本政府に穏便にとは言われていたけど、この件では止められる謂れはないわ。こちらには襲撃してきた理由を突き止める必要がある。そして何よりも! 私の可愛い従妹に手を出したことを後悔させるわ。さらに言えば、マリオンさんは四天寺の客人……もう遠慮する理由は何もないわね。ふふふ……」

 日紗枝の笑みに引き気味になる瑞穂と志摩だったが、今まで黙って聞いていた明良が横から口を開いた。

「では、今回の闇夜之豹の襲撃の理由は、分からず仕舞いということですか……呪詛の件との関連性も」

 明良の言葉に日紗枝は真剣な顔になる。

「……今のところはね。瑞穂ちゃんがこちらと関係なく、呪詛の件を解決しようと動いていたのを聞いた時は驚いたわよ。でも、これからは、この案件は機関で預かるわ。内容が内容だしね。いくら瑞穂ちゃんやマリオンさんでも相手が大国では、さすがに荷が重いでしょう」

「え!? ちょっと待って下さい! 日紗枝さん、この件は私たちに!」

 日紗枝の判断を聞いて瑞穂は意義を唱えようとするが、日紗枝は手を上げて瑞穂を制止した。

「今回は駄目よ。いくら何でも、新人たちで中国とやり合わせるなんてできっこないわ。しかも、戦い方も微妙なのよ。ただ、戦って勝てばいいわけじゃないわ。政治的な側面も考えなくてはならないの。全面戦争までは考えていないんだから。動かす所属能力者の人選も慎重に考えなければならない。これは日本支部だけの問題ではなくなってきてるのよ? もちろん、気持ちとしては日本支部だけで解決したいと私は思っているけどね」

「じゃあ、日紗枝さん、私たちに依頼を出して下さい」

 瑞穂は食い下がる。どうしても、ここで手を引きたくはない。百歩譲って、襲撃の件はいい。しかし呪詛の件に関しては違う。瑞穂のクラスメイトが被害に遭っているのだ。
 そして……昨日、お見舞いに行ったときに見た法月秋子の状態を見た今は、黙って人に任せるなんてことは瑞穂には出来なかった。

「襲撃の件はいいです。お任せします。でも、せめて、呪詛の件に関しては……」

「……」

 瑞穂の真剣な眼差しを受けて、日紗枝は困ったように志摩のほうに目を向ける。
 志摩は心苦し気な表情を見せるが、首を横に振った。

「呪詛に関しては、既に蛇喰家に依頼を出しています。それに、この件は日本政府が今、水面下で中国と接触している状況ですので、こちらが表立ってかき混ぜるわけにはいきません。私たちが動くのはあくまで闇夜之豹が機関所属の能力者に襲撃をしてきたことに対するものです」

「でも! 呪詛を仕掛けてきたのも、襲撃してきたのも闇夜之豹じゃないですか! しかも、何の理由かも分からずに襲われたのは私たちなんですよ!? それに! 呪詛にかかったのは私のクラスメイトで、今も苦しんでいるんです!」

「……」

「瑞穂様……ここは日紗枝さんに任せて……」

「明良は黙ってて!」

 瑞穂が激高したのを明良が宥めようとするが、瑞穂は止まらない。
 瑞穂は尊敬する日紗枝に今まで向けたことのない強い視線を送った。

「私たちに依頼を出さないのであればそれでいいです。それなら私たちは独自に動かせてもらいます。能力者の自主独立は機関も認めているところですよね? 日紗枝さん」

「……そうね。故なく一般人に危害を加えることがなければ、ね」

 日紗枝は瑞穂の問いに無表情で答える。
 今、日紗枝は瑞穂の成長を見守るような気持で見ていた。元々、瑞穂は正義感が強く、真直ぐな性格をしている。それは、個性としては好ましいものと日紗枝は瑞穂を見ていた。
 だが、その分、感情的になる悪癖があることも知っている。
 より高位の人外や、場合によっては人間である手練れの能力者と相対するときは常に冷静な部分を持ち合わせておかなければならない。何故なら、いくら天才と謳われ、若くしてランクAになった瑞穂でも、この冷静さがないために格下に足を掬われることだってあるのだ。
 実は日紗枝は、瑞穂を頭ごなしに否定するつもりはない。場合によってはこちらが細かく指示を出して依頼しても良いとすら考えていた。だが、もし瑞穂が感情だけで突っ走るのであれば、それは瑞穂の成長に益するものはない。
 瑞穂の今、動こうとする動機はいい。それは良心と正義感から来るものなのだから。
 しかし、その後も感情に任せた視野の狭い幼稚な計画で力ずくに動こうとするのならば決して許さないつもりでいた。

「では、私たち3人は自由にやらせてもらいます。そちらにはご迷惑はお掛けしません。機関とは関係なく、自分たちの責任で行動します」

 日紗枝は黙って瑞穂の強い決意を感じつつ聞いていたが、一つだけ気になる点があった。

「……3人? 一人は当然、マリオンさんだろうけど、もう一人は?」

「今回、私が自分で依頼を出した同期の堂杜祐人です」

 日紗枝が一瞬だけ驚くように目を広げた。そして、後ろに控える志摩もピクッと眉を動かす。日紗枝はすぐに表情を戻すと瑞穂に問いかけた。

「堂杜君……確か、ランクはDだったわね。前回、瑞穂ちゃんたちとミレマーに行ってもらった。ふむ……一応、聞くけど、何故、堂杜君に依頼をかけたの? 彼は呪詛等に詳しいの? 同期だから?」

 瑞穂は日紗枝の質問の意図が分からなかったが、自分の思ったことをそのまま応える。

「違います。それと、彼は呪詛等の専門ではありません。でも……彼は私たちにはない状況判断力があります。彼のこの能力はこの呪詛を仕掛けてきた大元の能力者を特定するのに有益だと考えました」

 日紗枝は内心、感心した。いや、大したことを言っているわけではないが、以前の瑞穂だったら他人をこのように評価しない。ミレマーから帰ってきて、一皮むけているのが分かり嬉しかったのだ。だが、当然、表情には出さない。

「それで、独自に動くということだったけど、どうするつもりだったの?」

「細部までは決めてなかったですが、大まかに言えば、隠密行動に自信のある祐人を潜入させて、今回の呪詛に使われた祭器等を破壊するつもりでした。私とマリオンはそのバックアップになると思います」

 日紗枝は随分といい加減な作戦に聞こえたが、場合によってはいい加減にはならないとも思う。というのも、潜入する者の能力が作戦の精度と意味をを大きく左右するのだ。
 つまり、この場合、潜入役の祐人の能力如何で、素晴らしい作戦にもなり、馬鹿げた作戦にもなる。
 日紗枝は瑞穂とマリオンがこれくらいのことは分かっているはずだと考える。ということは、この世界能力者機関での将来を嘱望されている二人の少女が、いける、と判断した結果だと推測した。
 また、何よりも日紗枝個人が面白いと思うのは、あの唯我独尊だった四天寺瑞穂がその主役とも言える役割をランクDの少年に譲り、自身はバックアップに回ると明言している点。
 日紗枝は質問を続ける。

「……そんな重要な役割をランクDの堂杜君に? 正直、作戦と呼ぶには頼りないと思うけど」

 瑞穂は日紗枝の言葉を聞き、大人びた表情で苦笑いをした。
 目上の人間に対してする、態度ではない。だが、日紗枝はこの瑞穂の反応を見て、個人的に興味が沸いてくる。その堂杜祐人という少年に。

「祐人ならやります。それは、潜入先で不測の事態があった場合、私とマリオンでは咄嗟の機転が利かないですが、祐人なら可能です。それに能力的に見て、私とマリオンよりも隠密行動が優れているのは明らかですから」

「……」

 瑞穂は目を瞑り、諦めたような表情をしたかと思うと、すぐに目を開け、強い意思の籠った視線を日紗枝と志摩に送った。

「それに……彼の能力は多くの点で私とマリオンを超えています」

「……! 瑞穂ちゃん、それは……」

「もちろん、今、言った能力の中には戦闘力も含まれています。以前にも伝えたと思いますが、彼と一対一で戦って、私は勝てる気がまったくしません。今は……ですが。でも、これが……私とマリオンが、この作戦を選んだ理由です」

 瑞穂のこの言葉に、応接室が静寂に包まれた。
 横で聞いている明良が最も驚いている。
 日紗枝は瑞穂の目を見た。瑞穂もその視線を正面から受け止める。
 暫くして……日紗枝はニッと笑い、口を開いた。

「分かったわ、瑞穂ちゃん。あなたたちに依頼を出します」

「え……本当ですか!? 日紗枝さん」

「ええ、ここは瑞穂ちゃんの判断を信じるわ。後で正式に依頼をだすから待ってて。それと機関は全面的にバックアップするから、何でも言って、中国に潜入するにも色々と裏技が必要でしょう? それにいきなりランクAの瑞穂ちゃんが動かないで良かったわ。初手としてはランクDの堂杜君に動いてもらうのがいいしね」

「ありがとうございます!」

 その後、志摩も含めて、いくつか言葉を交わし、瑞穂と明良は応接室を出て行った。



 瑞穂たちが出て行き、静かに感じられる応接室に日紗枝と志摩は無言で扉の方を見ている。
 志摩は日紗枝の後ろから移動し、先ほどまで瑞穂の座っていた日紗枝の目にあるソファーに腰を下ろした。

「大峰様……先ほどの話、驚きました」

「そうね……でも、瑞穂ちゃんには悪いけど、これは一石二鳥ね」

「はい……偶然とはいえ、良いタイミングでした」

「あー、嫌だ嫌だ~。大人ってこういうことを平気でするのよね~。しかも、恩着せがましく」

「そんなこと仰らないで下さい。堂杜君の名前が出なくても、大峰様は瑞穂さんに依頼を出したんじゃないですか?」

「それは、どうだかね~」

 頭の後ろに両手を枕にして、背伸びをしながら日紗枝は応える。
 志摩は日紗枝の姿に軽く笑みをこぼすと、真剣な顔に戻る。

「堂杜祐人……前回の新人試験でランクDを取得した天然能力者。そして、機関からの初依頼がミレマーでのマットウ准将、現首相の護衛……」

 日紗枝は前を向き真剣な顔で、顎に手を添えた。

「正直、まさかとは思うけどね……でも、本部のバルトロさんの依頼なら断れないしね」

「はい……私もこんな新人の少年が、スルトの剣の壊滅に関係した可能性があるとは……信じられません。しかも、備考には新人試験時のノスフェラク討伐も関係したのではないか? とも書かれています」

「それはさすがにないと思うわ。あれは瑞穂ちゃんとマリオンさん、黄家のボンボンが倒したってことで落ち着いているじゃない。それにそこには私もいたんだから……」

「はい……ですが、彼の存在を大峰様も覚えていません」

「……」

「そして、ミレマーでも同じ報告が上がってきています。だれも、堂杜君のことは覚えていなかったんです。関係したはずの人たちも含めて。しかも、私たちも、派遣していたことを瑞穂さんとマリオンさんに言われるまで覚えていませんでした」

 志摩と日紗枝は互いに眉を寄せて、見つめ合う。

「……似ていませんか? この二つの状況……。もし……バルトロ様の調査による仮説が当たっていたら……機関はとんでもない戦力を持つ少年を手に入れたことになります」

 日紗枝はその志摩の言葉に返答はせず、応接室に広がる大きな窓から日の落ちてきた新宿のビル群に目を移した。

「とんでもなく薄い仮説よ、志摩ちゃん。……まあ、今回、彼の動きをよくトレースしましょう」

「……はい」

 会話を打ち切った日紗枝は支部長室に姿を消し、志摩はそれを目だけで見送ったのだった。



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