魔界帰りの劣等能力者

たすろう

闇夜之豹


 瑞穂は謎の連中に襲撃を受けた翌日、世界能力者機関日本支部のオフィスに顔を出していた。祐人に確認をお願いされたこともあったが、瑞穂自身も気にはなっていた。
 明良と共に応接室のソファーに腰を下ろし、待っていると、世界能力者機関日本支部の支部長である日紗枝とその秘書である垣楯志摩が現れた。

「瑞穂ちゃん、いらっしゃい~。明良君も」

「日紗枝さん、お忙しいところ時間を作ってくれてありがとうございます」

「いいの、いいの! 忙しいのは主に職員と志摩ちゃんだから」

「いえ、仕事ですから」

 そう言う志摩は実際、疲れているようにも見える。今回の日本政府からの依頼と昨日、瑞穂たちを襲った謎の能力者たちの調査を実質取り仕切っているのは志摩なのだろう。

「……垣楯さん、お忙しいところ、すみません」

「あ、瑞穂さん、大丈夫です。……慣れてますから」

「……」

 瑞穂と明良が同時に、不憫な秘書に同情するような顔をした。
 日紗枝はその微妙な空気に極力、志摩の方を見ないようにしながら瑞穂たちの対面のソファーに座る。志摩はこちらを見ようとしない日紗枝をジーと見つめながら片手に資料とタブレットPCを持ちながら、横に控えた。

「日紗枝さん、今日来たのは……」

 瑞穂が今日の用件を切り出すと日紗枝は表情を硬くし応える。

「分かってるわ。昨日の襲撃してきた連中ね」

「……はい」

 日紗枝はチラッと志摩を見ると、前を向き頷いた。

「まず、こいつらの身元よね? 取りあえず、結論から言うわ」

 まさか、既に調査が済んでいたのかと、瑞穂は驚きつつ日紗枝の言葉を待つ。

「こいつらは闇夜之豹だわ」

「!」

 瑞穂は驚きを隠せなかった。いや、調査結果は予想の範疇でもあった。驚いたのは連中の正体ではない。こんな簡単に正体が割れたというところに驚いたのだ。
 瑞穂は、昨日、祐人が言っていた言葉を思い出す。
 もし、こいつらが闇夜之豹ならば「馬鹿としか言いようがない」とまで言っていたのだ。もし、闇夜之豹に何か目的があって襲ってきたとしても、その尻尾を相手に掴ませるなんてことはプロのすることではない。ましてや、こんな簡単に……一日で正体が割れるとはどれだけ迂闊なのか。

「日紗枝さん……それは本当でしょうか? こんなに簡単に闇夜之豹が……」

「瑞穂ちゃんの言っていることは分かるわ。闇夜之豹にしては迂闊すぎるってね」

 瑞穂は日紗枝の言葉に慎重に頷く。

「ただ、これは事実よ。何故なら決定的な証拠を所持していたから」

「証拠ですか? それは……?」

「認識票よ……。中国の暗夜之豹だけが所持している謎の金属でかたどられた小さなカードのようなものよ。いまだに機関でもこの金属が何なのか、分からないんだけどね。私も話に聞いたことがあるだけで、見るのは初めてだわ」

 日紗枝はそう言うと、その認識票らしき2、3センチほどしかない小さなカードのようなものをテーブルの上に置いた。それは半分、溶けかかっているように原型が定かではない。瑞穂はその銅色の半分溶けたカードに手を伸ばす。

「あ、瑞穂ちゃん、霊力を出さないように気を付けてね」

「え?」

「その金属はね、霊力や魔力を出しながら触れると、肉体の中に取り込まれて、完全に同化してしまって取れなくなるのだそうよ。何者がどのような目的で作ったのかは知らないけど、きっと碌なことにならないわ。まあ、大体、想像はつくけどね。恐らく……発信機のような役割や裏切りの防止といったものでしょうね。それは所持者が死ぬと一緒に消えるようになっているとのことだわ」

 日紗枝は嫌悪感を隠さずに肩をすくめた。

「こんなものが……体の中に? 倒した直後に所持品を調べても何も出てこないわけです」

 瑞穂はその認識票を摘まんで顔の近くでよく確認した。
 何かが書かれているのが分かり、目を凝らす。

「そこには、馬雨霖マー・ユウリンと書かれているわ。それは【毒腕】という二つ名を持つ闇夜之豹に所属する能力者よ。結構、有名な奴でね。元は上海で暴れていた犯罪組織の頭で、どういう経緯かは分からないけど、闇夜之豹にスカウトされた男よ。人身売買から臓器売買に手を染めた、とんでもない奴だったらしいけど、かなりの手練れだったと聞いたわ。機関の北京支部所属の能力者も何人かこいつに殺られているの。さすが瑞穂ちゃんね」

「いえ……私だけではなかったので」

 瑞穂はそう答えつつ、認識票の溶けたあたりにも何か文字らしきものが見えるのだが、よく分からない。

「その溶けた方に……この認識票を作った奴の名前が刻まれていたんではないかと考えているわ。まだ調査中だけど、多分……呪詛の類のものかもしれない、それだけでは説明がつかないけど。ただ、これで所属能力者たちを精神的にも肉体的にも支配していたのではないかと考えているわ」

「まさか……そんなことが」

 瑞穂はこの気味が悪く、得体の知れない認識票を見て、眉を寄せた。
 そして、新たな疑問が何点か沸いてくる。

「日紗枝さん……じゃあ、何故、これがここにあるんですか? 昨日の連中は死んでませんし、肉体と同化していたなら取り出せないはずでは? もしや! 死んだんですか!? いや、でもそうであるなら、これは消滅するんですよね?」

 瑞穂の当然の疑問に日紗枝は目を細くした。

「昨日の連中は死んだわ。いえ、正確に言うと殺された、というべきかしらね」

「な!?」

「もちろん、私たちがやったわけではないわ。まあ、普通に考えれば仲間に粛清されたんでしょうね、襲撃の目的は分からないけど、何はともあれ、失敗をした。また、それだけにとどまらず、私たちに拘束されるような間抜けな事態を引き起こしたことの罰としてね」

「……」

 瑞穂は日紗枝の話に顔を強張らせる。想像以上にまともな連中……組織ではない。人の命がどれだけ安く見積もられているのか、と瑞穂は背中が寒くなった。
 それは瑞穂が相手を恐れたということではない。そうではなく、こんな異常な連中が一度でも一般人の通う自分の母校、聖清女学院に足を踏み入れた、という事実が問題なのだ。
 瑞穂は日紗枝と志摩に深刻な顔を向ける。
 それに、まだ、この認識票がここにあることについての疑問は晴れていないのだ。
 日紗枝は瑞穂の表情から、瑞穂の言わんとしていることが分かり、頷く。

「瑞穂ちゃんの疑問は、実は私たちの疑問でもあるのよ。そいつらは搬送した機関の研究所に到着した直後、突然苦しみだして、姿も形も無くなってしまったの。私たちの目の前で……まるで体が液状化して、溶けるようにね。そして、この認識票が落ちてきたのよ」

「そ、そんなことが!」

 日紗枝の言うことは、瑞穂の想像を超えていて、さすがに瑞穂も驚いた。
 機関の研究所というのは、研究室だけでなく捕らえた人外や能力者を収容する部屋があり、尋問のための部屋もある。その場所は支部長の執務室のある新宿副都心とは別の場所に設置されており、瑞穂も具体的な場所は知らなかった。

「それがあったのよ……。まったく、あんなものを見せられて気分が悪いったら、ありゃしない! 当分、ゼリーなんて食べられないわよ、もう……」

 瑞穂は、そういう問題? とも思うが、日紗枝は腕を組み、プンプンしながら前を向いた。

「まあ、順番に説明するわ。疑問も謎も残ってはいるけど……起きたことと、そこから考えられることをね」



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