魔界帰りの劣等能力者

たすろう

変わる日常⑤

 四天寺家は都内某所に居を構えている。
 その邸内には大きな日本庭園が整備され、その敷地の中央に広大な平屋の日本家屋があり、その屋敷の部屋のほぼすべてから庭園が眺められ、日本の四季が感じられる造りになっていた。
 その屋敷の外側を囲む縁側の廊下を瑞穂は緊張した面持ちで歩いている。今、向かっているのは瑞穂の実母である朱音が待っている部屋である。
 瑞穂はあらかじめ、朱音に話があると伝えていたので、朱音は自室で待っているとのことだった。

「お母さん、入るわよ」

「瑞穂? どうぞ」

 瑞穂は障子を開けると、中で和服姿の女性がお茶をたてていた。その姿は老舗の旅館の女将といった感じで、瑞穂と同じ艶やかな黒髪をまとめ上げている。
 朱音は四十歳とは思えない若々しい容貌で、見れば瑞穂は母親似であることがすぐに分かるものだった。だが、朱音は瑞穂にはないおっとりとした雰囲気があり、若干、瑞穂よりも目尻が下がっているように感じられる。
 瑞穂は部屋の中に入り、朱音の前に座ると、絶妙なタイミングで朱音がたてたお茶を瑞穂の前に差し出した。

「瑞穂から、話があるというのは珍しいわねぇ。どういう風の吹きまわしかしら?」

 ニコニコ笑いながら朱音は愛娘の顔を眺める。
 瑞穂は顔を軽く引き攣らせながらお茶に手を伸ばした。
 この笑顔に騙されてはいけないのだ。
 この母はいつもこのように何も知らない顔をして、ニコニコしているのだが、その状況把握力は驚異的で、初めて話すことでも、まるで以前から知っていたように飲み込みが早く、挙句、最終的には話しを先回りするように解決策や意見を言うのだ。
 四天寺家の従者の間からは、密かに四天寺家当主、毅成を差し置いて、四天寺家のコントロールタワーと囁かれている。そのため、四天寺家の重要案件はすべて朱音を通して決まると言っても過言ではない。
 瑞穂はこの母である朱音のことは尊敬しており、どちらかというと好きなのだが、どうも心を見透かされているような感覚がどうも苦手だった。
 それは歳を追うごとに強くなり、瑞穂は高校生になってからは積極的に朱音に近寄ろうとはしなかった。思春期真っ盛りの少女にとって、母から常に心の内が見抜かれているような感覚は気恥ずかしくもあり、受け入れがたいものだったとも言える。

「お母さん……」

「いいわよ、どんどんやりなさい」

「お願いがある……は?」

「うん?」

 瑞穂は驚いた顔で朱音を見るが、朱音は何を驚いているの? という感じで首を傾げている。

「ちょっと、お母さん! 私は何も言ってないわよ!」

「うーん? だってお願いがあるんでしょう? だから、いいわよって言ったじゃない」

「そ、そうだけど! まだお願いの内容を話してないって言ってるの!」

 瑞穂は思わず前かがみで畳に手を着いた。

「もう……この子は何でこんなに怒りっぽいのかしら。それだと、彼氏なんてできないわよ? ただでさえ素直じゃないのに、それじゃあ男の子は怖がってしまうわ。特に同年代の現状受け入れ型の優しい、どこか心に傷を負ったことのある子なら尚更よ。いくら、強く頼れて、芯がある子でも、本当は癒しを欲しているのよ?」

「なな!?」

 言葉を失った瑞穂を朱音は残念な子を見るような顔をして、溜め息をつく。

「これじゃあねぇ……。強力なライバルが現れたら、ジ・エンドね。せっかく、可愛く生んであげたのに、ちっともそれが生かされてないんだから。まだ、マリオンさんの方が可愛げがあるわよねぇ」

「ちょっと、お母さん! 何の話をしてるのよ!」

「うん? だから、お願いの話しでしょう? 好きな男の子を聖清女学院に試験生として呼びたいっていう……」

「ち、違うわよ!」

「あら? 違うの? その男の子を学院に呼ぶのに、推薦をして欲しいっていう話じゃなかったの?」

「そ、それは違わないけど」

「違わないんじゃない……」

「だから! そうじゃなくて!」

 息を荒くした瑞穂は、朱音と言い争う不毛さを感じて、疲れた顔で黙った。
 朱音と話すといつも、終始このように朱音に主導権を握られるのだ。
 瑞穂は一旦、深呼吸をすると、諦めたように学院で起きたことの一部始終を伝えた。この母に隠し事をしても時間の無駄と悟ったのだ。
 友人の法月秋子にかけられた呪詛を発見し、これを何とかしたいと考えていること、そのために協力者として同期の祐人に応援を頼んだこと、そして、今、学院は将来の共学化の準備のために、試験的に男子生徒を招くことを考えており、これを使って祐人を招き、呪詛をかけた人物の特定をするための調査をしやすくさせたいことを説明した。
 瑞穂の話を聞き終えた朱音は、真剣な顔の瑞穂を見つめて微笑した。

「瑞穂……成長したわね。しかも、随分と良い方向に……」

「え?」

「今までのあなただったら、そんなに柔軟にものを考えられなかったでしょう。何があったのかは知らないけど、ミレマーから帰って来てからのあなたは、頑固さが減って視野が広がったようにみえるわ。それに他人を認めることもできるようになったみたい。これも、マリオンさんとその堂杜君の影響かしら? これは感謝しないと駄目ね」

「……ふん、私だっていつまでも子供じゃないわ」

「まあ……ふふふ」

 朱音は嬉しそうに口元を隠し、微笑んだ。

「では、瑞穂の好きなようにしなさい。学院への短期編入の件はその堂杜君のことを強く推薦しておきましょう」

 瑞穂は朱音の言葉を聞くと安堵したように表情を和らげ、嬉しそうに笑顔を見せた。

「まあ、まあ、あなたも女の子らしい顔になって……これは、今日はお赤飯を炊こうかしら。明良はいる?」

「はい、こちらに」

 奥の襖が開き、明良が姿を現す。

「ちょっ! やめてよ。どういうことよ、お母さん。意味が分からないわ! 明良も出てこなくていいわよ!」

 瑞穂は慌てて、朱音を制止し、明良を睨むと襖は閉じられた。

「あら、そう……。で、その子の通う高校はどこなのかしら? それと家はどんな家なの? 能力者の家系?」

 瑞穂は学校のことよりも、祐人の家のことまで聞かれるとは思っていなかったので内心、少々、慌てた。祐人から家のことについては秘密にしていて欲しいと言われている。実際、祐人は機関には突然変異の天然能力者として登録しているのだ。

「え? えーと、確か……通っているのは蓬莱院吉林高校って言っていたわ。調べたけど、意外とレベルの高い高校だから、その辺は今回の試験生としての条件はクリアすると思う。家は……聞いたところだと、普通の家で、本人は天然能力者って言ってたから、詳しいことまでは知らないわ。聞く必要もないことだし」

 朱音は瑞穂の話を聞き、目を細める。

「……吉林高校ね。ふむ……まあ、確かに全国区のハイレベルな高校ね」

「知ってるの? お母さん」

「ええ、もちろんよ。私も年頃の娘をどこに進学させるかは考えたことがあるのだから。別に聖清女学院にこだわっていたわけではないのよ? ふーむ、吉林高校……」

「え!? そうなの?」

 瑞穂は朱音の雰囲気が一瞬、変わったように感じたが、母である朱音が聖清女学院以外にも、自分の進学先を考えていたことを初めて知って驚き、そちらに意識が向かう。

「それで天然能力者……。あなたにこれほどの影響を与えた少年が……確か堂杜君だったわね? 堂杜……どうもり」

「う、うん」

 朱音は瑞穂を見つめた。
 一瞬の静寂に、瑞穂は母親を見て何故だか緊張してしまう。
 そして……威厳のある声を出した。

「瑞穂、一つ、アドバイスをしておくわ」

「……なに? アドバイスって」

「いい? 恋愛に手段を選んでは駄目よ。どんなに卑怯な手を使っても構いません。徹底的にいきなさい」

「は?」

「相手の過去に何があろうと、所詮、思春期よ。もっと積極的にいきなさい。そうね……まず、あなたは顔は良いけど、色気がないわ」

「ちょっと! お母さん! なんの話を」

「なにって、将来のお婿さんでしょう?」

「ちち、違うわよ!」

「あら、そう」

 瑞穂は顔を真っ赤にして、言い返すが朱音はどこ行く風といった感じだ。これ以上、朱音と話すと、いつまでも朱音ペースで話が進むことを瑞穂は知っている。
 瑞穂のお願いしたかったことは、既に受け入れてもらっているのだ。ここはもう話を打ち切るに限る。

「じゃあ、お母さん、さっきの試験生への推薦をお願いしたからね!」

「はい、分かってますよ」

「もう!」

 瑞穂はそう言うと、朱音の部屋を出て行った。
 朱音は瑞穂が出て行くと、にこやかに微笑む。

「明良」

 再び奥の襖が開く。

「はい、朱音様」

「聞いていたわね? その堂杜君の招聘のための交渉はあなたがしなさい。学院には私から言っておきます。どんな条件を飲んでも構いません。必ず堂杜君を招くのですよ? 場合によっては四天寺の資金も自由に使いなさい」

「は? ……はい」

 明良が、朱音の極端とも思える指示に、驚くような顔をしたのを見て朱音は笑う。

「いえ、そこまで難しく考えなくていいわよ。いいですか? 周りがどんなに騒いでも、校長にだけ話しかけなさい。そして、常にこちらのペースで話せばいいのです。後は主にお金で靡きますよ。あの吉林高校の校長さんは……」

「は、はい、分かりました。……朱音様は吉林高校の校長をご存じなので?」

「いいえ、詳しくは知りませんよ? ただ、一度、瑞穂の進学候補の高校として赴いたことがあるだけです。まあ、何というか……随分とユニークな高校ですわね。一部の生徒と先生には驚かされた覚えがあります」

「そうでしたか。では、交渉の件は承知いたしました。早速、準備を致します」

「はい、よろしくお願いしますね」

 明良は微笑む朱音に頭を軽く下げると、襖を閉じた。
 朱音は明良が襖の向こうで立ち去った気配を感じると、整備された四天寺家の内庭に目を移す。

「まさか、まさか、ですね。堂杜……どうもり……。ランクSSの一人、その出自の一切が謎の人物、リョーの息子かもしれません。これが大当たりなら、これほど瑞穂の婿に相応しい子はいません」

 朱音は懐かしそうな顔をして、若き日の自分を思い起こす。

「リョーは今、何をしているのでしょうね~? 一生懸命、実力を隠していたのに、バレてランクSSになっちゃったもんね。あの時のリョーの顔ったら傑作だったわ~。あの時からリョーというのも偽名なのはバレバレでした。ただ、私は一度だけ偶然、聞いたことがあるんですよ。リョーが酔っ払いの老人に絡まれて、ドウモリ? の家が何だとか、生活費がなんだとか……と言われているのをね~」

 そのように一人言いながらも朱音の顔は楽しそうにしている。それは、かつての親友を思い出しているようでもあった。

「瑞穂が、リョーの息子を連れてくることになったら……なんて素晴らしいのかしら。あ、毅ちゃんには内緒にしておかないとね。あの人、瑞穂のことになると、周りが見えなくなるし、ましてや、リョーの息子なんて聞いたら……ふふふ、可笑しいわ。あら、精霊たちもにぎやかね、私の心がうつっちゃったかしら」

 かつて、200年以上空席だった精霊の巫女の座に15歳で就いた朱音は、世界各地に存在する精霊使いの家系からも尊敬を集める存在である。その存在の重要性から、数々の人類の難敵にも矢面にたったこともあった。世界能力者機関でも重大事には常に意見を求められ、今でもその役割を担っている。
 だが、今の朱音の表情は少女時代に遡ったように、ウキウキした面持ちで茶菓子に手を伸ばすのであった。




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