魔界帰りの劣等能力者

たすろう

帰還③

「それで! 何で、あの力を使ったのか言いなさい!」

 もう何度目になるだろう? という同じ質問が祐人にぶつけられる。

「いや、だから……思ったより敵が強くて……ほら、みんなも襲われてたし、早く倒さないと……」

「私はそんなことを聞いてるんじゃないのよ!」

「はひ!」

 今、祐人は仁王立ちしている瑞穂とマリオンの前で……正座をさせられていた。



 マットウの屋敷に着いた後、マリオンに連れられて、そのままマリオンと瑞穂にあてがわれた部屋に向かった。
 マリオンがドアを開けて祐人を促し、部屋に入ると瑞穂がその部屋の中を右に左にウロウロしている。そして、瑞穂は開いたドアに瞬時に反応し祐人が帰ってきたことを確認すると、目を大きく開けて嬉しそうな、ホッとするような表情を一瞬だけ見せた。
 だが、祐人の姿がボロボロであったことから、驚いたように祐人に駆け寄り、若干、隈のできた目で祐人の状態を確認し、問題が無さそうと判断した途端に……瑞穂の表情が……仁王そのものになった。
 祐人の体が、突然、現れた眼前の脅威に無意識的な離脱行動をとろうと動く。
 だが……それと同時に……祐人の肩にガシッと手が掛かった。
 身体が硬直する祐人。
 その力強く自分の肩を掴む主に振り向くと……先ほどまで祐人の体を心配し、体の調子をしつこく聞きながら、この部屋まで案内してくれたマリオンが……笑顔を見せていた。
 だが、その優しい笑顔の背後には、獲物を前にした獅子の映像が……。
 こうして……今の状況に至るのだった。



 腕を組み、直立不動の瑞穂が眉を吊り上げて祐人を見下ろしている。

「……いい? あの力を使うとみんなに忘れられてしまう可能性があるわけよね? 祐人」

「う、うん……」

「それで、何故、あの力を使ったのか教えなさい」

 また、同じ質問……。
 祐人はこの問いに何度も答えているのだが、まったく納得をしてくれないのだ。

「えっと……だから……」

「フフフ、祐人さん」

「ヒッ!」

 そこに笑顔のマリオンが割って入ってきた。
 マリオンは仁王立ちしている瑞穂の前で体を屈めると、正座している祐人の目線に高さを合わせた。
 顔は笑顔のままだ。それはいい笑顔のままなのだが……その瞳に光がない。

「分かりました。お馬鹿さんな祐人さんのために言い方を変えます……ね?」

 祐人の体がガクガク震えだし、額からの汗が止まらない青ざめた顔の祐人が何度も頷く。

「祐人さんはあの力を使うと、今まで関わった人たちにも忘れられてしまう……いいですね?」

「ははは、はい……」

「その関わった人たちの中には……私たちもいるんですよ……ね?」

 祐人が頷こうとすると、瑞穂が我慢しきれないように声を上げた。

「そう! それが言いたかったのよ!」

「へ?」

「へ? じゃない!!」

 恐怖と緊張で頭が回らず、二人の言わんとしていることが、分からない祐人の態度に、瑞穂の怒りが閾値限界にまで高まる。
 マリオンは相変わらず笑顔だが、目の光が完全に……消えて……。

「……つまり、祐人さんは私たちが祐人さんを忘れても構わない、という判断をしたということですね?」

「……え?」

 祐人がハッとしたように顔を上げた。
 こちらを静かに睨む瑞穂と笑顔を消して寂しそうな表情のマリオンを交互に見つめた。
 すると祐人は咄嗟に大きな声を出してしまう。

「違うよ! 全然、違う!」

「……」「……」

「僕は二人に忘れて欲しくなんてないよ! あの時、僕は……そんなことを考えてなんかいないんだ。むしろ、その逆で……」

 祐人の言葉に瑞穂とマリオンの顔から険が消えていく。

「あの時……あのロキアルムというやつはどうしても許せなかった。あいつは、自分の世界のみを肯定して、それ以外の人たちを虫けらみたいに考えていた奴だった……」

 祐人は言い訳をするように、必死に言葉にしていった。

「確かに……僕は頭に血が上ってしまっていたけど、敵が予想以上に強く、危険だったのは本当なんだ。あのままにはどうしても出来ない。あのままにして、僕があの場所から逃げてしまったら、ミレマーだけでなく瑞穂さんやマリオンさんにもどんな危険が迫るかも分からなかったんだ」

「あのワンコですね? 私と戦った時の比ではない力を感じましたけど……」

「うん、あいつはそのワンコを……ガルムと呼んでた」

「な! それは本当なの!?」

「まさか……そんな神話級の魔獣が……。じゃあ、私の時のガルムは十分の一の力も出せていなかったんじゃ」

 瑞穂とマリオンは、今回の敵が想像していたよりも、はるかに強大な危険性をはらんでいたことを知った。もし、ガルムのような超魔獣が完全体で召喚されていたとすれば、機関を挙げて対処しなければならない案件だ。

「でも、僕は瑞穂さんとマリオンさんに甘えていたのかもしれない……」

「え? それは? 祐人」
「それは祐人さん……?」

「二人は一度、僕を思い出してくれたから……。もし、また忘れられても、僕が努力すれば、もう一度、思い出してくれるって思ってしまったんだ。それで、勇気も沸いてきて……」

 瑞穂とマリオンは顔を見合わせた。
 そして……静かに笑い合う。
 それはどこか、何かを諦めたような雰囲気もあったが。

「分かったわ、祐人……」

「……え?」

 ようやく、納得してくれたことに祐人はホッとしたように顔になり瑞穂とマリオンに顔を向けた。二人は少々、苦笑い気味にも見えたが、もう二人からは笑みもこぼれていた。

「もう、休みなさい、そんなに長い時間は休めないけど。日本に帰る準備をするから。今日の夕方にはマットウ将軍に挨拶をして出立するわ」

「あ、分かった」

「祐人さん、その前に傷を見せて下さい。手当をしますので」

 祐人が立ち上がると、マリオンが新しい包帯と消毒薬等を出した。
 そして、その後、何故か瑞穂とマリオンが包帯を取り合うようにしながら、二人がかりで手当てをしてくれる。
 2人に背中を向けていた祐人は何となく、後ろに振り返ることは止めた。



 祐人は瑞穂たちの部屋を出て、自分の部屋に向かう。
 屋敷内は早朝にもかかわらず、まだ、慌ただしく、兵たちも忙しく動いていた。恐らく、臨戦態勢を解き、本部も屋敷に移したらしい。
 広い屋敷の廊下を歩き、前方に階段が見えてきた。
 そこで、祐人はドキッと心臓が跳ねる。
 その階段のところには……忙しく動いている兵たちに紛れ、マットウの執事アローカウネと……ニイナの姿を見つけたのだ。
 ニイナは忙しそうに、何かアローカウネと話をしている。
 祐人は、緊張したような顔になり、歩くスピードが無意識に遅くなってしまうが、そのまま歩んでいく。

「そう、アローカウネ、お願いね! 私は市民の方々をそれぞれの家に帰るように先導するわ」

「はい、お嬢さま。承知いたしました」

 忙しく急いでいるようなニイナはアローカウネと別れると、祐人のいる方向に小走りで向かってきた。
 祐人は鼓動が激しくなり、思わず近づいて来るニイナを見つめてしまう。

 一瞬、祐人とニイナの視線が交差した。

 祐人に気付いたニイナの表情が一瞬だけ、怪訝そうにしたのが見える。

 祐人はどうしていいか分からない。

 だが、そこまで来ているニイナに、声を上げようとしたところ……。

 小走りで急ぐニイナは、軽く祐人に会釈だけをし、走るスピードは落とさず……手と声を上げかけた祐人の横を走り抜けていった。

 祐人は上げかけた自分の右手を見つめる。
 そして……祐人は寂し気に笑い……だが、どこか納得の顔で、その手を握りしめた。
 祐人は顔を上げると、歩みのスピードを上げて屋敷中央にある階段を昇って行くのだった……。
 小走りで急ぐニイナは何故かハッとして立ち止まり、後ろを振り返る。
 そこには……忙しく動く数人の兵士しかいない。
 ニイナは、しばらくそうしていたが、自分の為すべきことを思い出し、再び走り出した。



 夕方になり、瑞穂とマリオン、そして、祐人は荷物をまとめ、まだ、後処理で忙しそうにしているマットウの自室に赴いた。
 部屋の中に招かれると、何かを報告に来ていた兵士とすれ違い、忙しなくマットウの部屋から出て行った。
 マットウはテインタンと何か、会話を交わしていたが、瑞穂たちに気付くと立派な椅子から立ち上がり、わざわざ瑞穂たちの前までやってきた。

「マットウ将軍、私たちの仕事の完了の報告と日本に帰る前の挨拶に参りました」

「うむ、この度は本当に世話になった。いや、こんな言葉では言い尽くせないほどの、瑞穂殿たちの英雄的な働きに私も感謝するばかりだ。この度の勝利はすべて君たちのおかげだ。ミレマーを代表してお礼を言いたい」

 そう言うと、マットウは頭を下げた。それに合わせてマットウの後ろに控えていたテインタンも頭を下げる。
 その二人の軍人の姿に瑞穂は慌てた。

「将軍! 頭を上げて下さい。これも私たちの仕事の一環です。……今回の件は機関にとっても放っておくことのできないものでした。それに、個人的にもこの敵は許せない連中でしたから……。ですが、すべては片付きました。これはお互いにとって喜ばしい事です」

 マットウは頭を上げて、瑞穂の言いように改めて感謝すように微笑した。

「そう言うには、返しきれないほどの恩を受けているのは、こちらなのだが……。いや、申し訳ない、そう言って頂けると少しだけ肩の荷が下りる」

「ニイナさんにも挨拶したかったのですが、いらっしゃらなかったので……。よろしくお伝えください。それと、これは私とマリオンの連絡先です。ニイナさんと交換すると約束でしたので。それとこれは内密にお願いします。厳密には禁止されていませんが、機関で推奨されていることでもありませんので」

 瑞穂が微笑みつつ、マットウにメールアドレスと携帯の連絡先を書いた紙を渡した。

「そうか……すまない。おそらく、まだ町の方に行っておるのだろう。あれも昨日から寝ずに働いているので、少し休めと言ったのだが、聞かなくてな。頑張っているのは分かっているのだが周りが見えなくなって、瑞穂殿との出立の時に居らんとは……。いや、分かった、しっかり伝えておく」

 一通り、話をするとマットウは瑞穂と握手を交わす。次いで、マリオンにも握手をし、そして、祐人にも手を出した。
 祐人はマットウの顔を正視してその手を握り返す。

「マットウ将軍、これから大変だと思いますが、頑張ってください。日本から応援しております」

「うむ、ありがたい。えー……」

 マットウが言葉に詰まった理由が分かる祐人は、笑顔を見せた。

「あ、堂杜祐人です。微力ながら今回の仕事に全力で、働かせてもらいました」

「あ、うむ、感謝する、堂杜君」

「はい!」

 その祐人とマットウのやり取りを、複雑な表情で瑞穂とマリオンは見つめていた。事前に祐人から、敢えて説明する必要はない、と言われていたのもある。
 でも、これでは、あまりに……という気持ちが瑞穂とマリオンの中に湧き上がった。
 だが、祐人が視線で瑞穂とマリオンを制止したことから、結局、少女二人は黙って見つめるのだった。



 瑞穂たちが退出すると、マットウは執務を行う椅子に座ると、考え込むような表情で横にいるテインタンに声をかけた。

「テインタン……」

「はい」

「先ほどの少年……堂杜君だったか。お前は彼を知っていたか?」

「いえ……私は何も……」

「ふむ……」

「どうかされましたか?」

「いや、どうということでもないのだが……。何故か、彼が出て行く姿を見て……こう、掛けがえのない戦友と別れるような、不思議な気持ちになってな」

「は……! 将軍もでしたか……」

「何? お前もか?」

「はい。実はあの少年の姿を見た時から、胸の奥がチリチリするような、罪悪感のような不思議な感覚になりました。何と言いますか……最大の功労者の英雄を放り出すような気分です」

「……彼の名は、ドウモリ……」

「ドウモリ……ヒロトと言われました。ハッ……将軍! まさか、ヒロトとは……」

「どうした、何か思い出したのか?」

「いや、しかし……そんなわけは。いえ、敵から防衛をしていた数都市からの報告でヒロトという謎の文面がありました。中にはヒロトという友軍が援軍を送ってきた、とか、他にもヒロトという名が複数あがっていた覚えがあります」

 マットウはテインタンの言いように、何か心が引っかかった。

「まさか、あのような少年が……それに関係すると……」

 マットウとテインタンが沈黙する。
 すると、マットウの部屋に部下がドアをノックし報告にやってきた。

「報告します! 先程、テマレン将軍から首都ネーピーへの同行を承諾する旨の連絡が入りました! テマレン将軍はいつでも行ける、とのことです」

「そうか! テインタン!」

「はい! 早速、ネーピーの司令官に連絡して凱旋の用意を打診します。それと新政権樹立の文言も、グアラン閣下の部下たちに急ぎ作成させます」

「うむ、頼む」

 一気に活気だった司令官室で、それぞれが忙しく動き出した。



 瑞穂たちがミンラを出立して十数分後に、ニイナはミンラ市街から帰ってきた。
 ニイナは、自分のできることが、ようやくひと段落し、自室に入った途端に極度の疲労感が全身を包み、強い眠気が襲ってくるのを感じる。
 それもそのはずで、ニイナは昨日から一睡もせずに働き、自室に帰ってきた時には既に夕方になっていた。初めての戦闘という緊張感からも解放され、ニイナはすぐにでもシャワーを浴びて、とにかく睡眠をとりたかった。
 ニイナはシャワーを浴びようと、クローゼットから着替えをとろうとした時、自室にある自分のデスクの上に何かが置かれていることに気付いた。

「これは……?」

 ニイナは眉を顰めて、デスクの上のそれを手に取ろうと近づく。
 そこには……メモが書かれた紙と……拳銃が置いてあった。
 ニイナはメモと拳銃を手に取った。
 すると、ニイナは、何故か胸が絞めつけられるような気持になってしまう。

「な、何? この感覚は……」

 その拳銃は護身用にとアローカウネから、貰ったものなので、デスクの上に置いてあること以外は別段、気にすることではないはずだった。
 それにニイナはこの拳銃をデスクの引き出しから出した覚えもある。そのまま、デスクの上に置いて来てしまったのだろうと考えた。

(でも……だとしたら、このメモは?)

 ニイナは、拳銃に添えられていた、四つ折りにされたメモを広げた。
 そこには決してきれいな字ではなく、拙い数行の文章が英語で綴られていた。

“ニイナさん。すみません。勝手にお借りしていたものをお返しします。これからのミレマーに、そして、ニイナさんに、この銃が必要にならないことを祈っています”

 ニイナは拳銃に目を向けた。
 その拳銃に弾丸は込められていない。
 昨日、この拳銃に弾丸を込めた記憶はあるのだが……。
 ニイナの右目から、熱いものが頬を伝わり、メモの上に落ちた。
 そこで初めて、ニイナは自分が泣いていることに気付き、驚く。

 ニイナは窓の外を呆然と眺めると、ハッとしたように体を翻し、走り出した。

 ニイナは何を追いかけているのか、自分自身も分からない。分からないのだが、何かを自分は探している。

 それは、このまま……このまま無くしてはならいないもののように、心の奥底からの感情が沸き上がったのだ。

 ニイナは廊下を走り、まだ兵たちが出入りしている玄関の大きなドアを開けて、中庭まで出てくる。

 ニイナは何度も辺りを見回し、探し続けた。もう、今のニイナに何を探しているのか、ということすら頭にはなかった。

 ニイナは両目から涙を流し、ただ、ただ、探している。今、あるのは心から湧き上がる衝動だけ。

 ニイナは、日も暮れた中庭の中でアローカウネにその姿を見つけられ、止められるまでの……長い間、そうしていたのだった。



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