魔界帰りの劣等能力者

たすろう

偽善と酔狂の劣等能力者⑤

 ロキアルムは祭壇の前にある、まるで王侯貴族が座るような椅子に座り、目を瞑り、魔力を練っているようだった。
 ロキアルムはこの洞窟に漂う、何色にも染まっていない、誰のものでもない濃密な魔力を、息を吸い込むように体内に取り込んでいく。

(ククク、素晴らしい……何という魔力の溜まり場……。ここはまさに大地の織り成す魔力の生成場。光と闇、愛と不安、そして霊力と魔力。この相対的に作られた世界、宇宙の片方の側面を色濃く出した、この力場は我々の聖地となるに相応しい……)

 ロキアルムは満足そうに体を預ける椅子の、その横には……弟子のニーズベックの亡骸が転がっていた。

「虐殺? ヒヒ! 蹂躙? ヒヒヒ……その後は食事?」

「ミズガルド……お前は余計なことを考えなくて良い。おまえの脳の機能はすべて妖魔の感知、操作に向けられている。私が召喚した幾万の妖魔……貴様はそれを私の言う通りに動かせば良い。数時間もすればミレマーのこの主要七都市は壊滅するだろう」

「ヒヒヒ……ヒヒ」

 ミズガルドは戦場の様子の把握をすべてロキアルムに任されていた。
 ロキアルムは幾千、幾万の妖魔を召喚する術を手に入れた。だが、それらを感知、操作を同時に行うのは、不可能と言って良い。
 そこで、このミズガルドがロキアルムによって新たに作られたのだ、自我のないアンテナとして……。
 この時、ロキアルムは既に今後のことを考えていた。
 このミレマーを皮切りに、世界に対しどう相対していくかを。
 スルトの剣にとって、そこからがスタートと言っても良い。ロキアルムは100年の時を、この日のために待っていたのだ。

「ヒヒヒ……ヒ? ヒ!?」

「どうした? ミズガルド」

 ロキアルムはミズガルドの様子がおかしいことに気付く。

「ヒヒ? 近づけない? どこの都市にも近づけない? 押し戻される? ヒヒヒ」

「何を言っている? ミズガルド」

「第一陣? 壊滅? ヒヒヒ……」

「何を馬鹿なことを言っている! 壊れたか!」

 ロキアルムは立ち上がり、ミズガルドの体から出される各都市の戦況を見た。

「何だ!? これは! 何者だ、こいつらは!?」

「ヒヒヒ……歯が立たない? ヒヒヒ……」

「いや、何だ!? この圧倒的な戦闘力は! 機関からの応援か!? いや、早すぎる! しかもこれだけの実力者ならこのロキアルムが知らぬわけがない!」

 ロキアルムは先程まで夢想していた今後の事態など吹き飛び、驚愕と理解を超えた事態に思考が追いつかない。

「人じゃない? ヒヒヒ? ヒヒ! 第二陣が来た? ヒ、ヒ」

「な! 人ではないだと!? では擬人化できると? 召喚……いや、召喚では無理だ! まさか! これだけの高位の人外との契約を複数交した者がいるのか? 馬鹿な!   あり得んぞ!」

 映像にはロキアルムにとって信じられない状況が映し出されている。ロキアルムが襲う各都市に、見た目は普通の人間と変わりのない者たちが破竹の勢いで妖魔を駆逐していく。
 またその男女の姿をした者たちの表情は、余裕の笑顔で暴れまわっている。
 ロキアルムは老いたシミの多い手を握りしめ、目を吊り上げ、唇を噛む。
 今、100年もの間待ち続け、探し、練り、そして計画は動き出したばかりなのだ。
 もう何者の仕業などということは、この期に及んで関係などない。

「ぬうう! まだまだ、いくらでも召喚できるわ! 見るがいい! このミレマーすべてを覆いつくさんとする妖魔の軍団を!」

「ヒヒヒ……誰か来た……ヒヒ」

「何!? このグルワ山にか!」

「もう来る? ヒヒ……? この中に? ヒヒ」

「何!?   ふん、だが、この洞窟の周辺には上位妖魔であるデーモン、ウェンディゴを500配置させている。そんな簡単には入っては来れん。それよりも今は、こいつらの対処だ」

 そう言い、ロキアルムは魔力を練りながら憎々し気に上方の映像を睨む。

「……ヒッヒヒ、来た……」

 ロキアルムがミズガルドが壊れたかと、口を開こうとした。

「お前がスルトの剣か?」

 突然、横から話しかけられ、ロキアルムは即座にその場から飛び去る。
 この辺りは敵と相対した時の召喚士としての経験が体に染みついていた。
 ロキアルムは気配すら感じさせず、ここまで自分に近づいて来た目の前の少年に、これまでの多数の戦闘経験から生じる最大限の警鐘が無意識下に鳴らされる。

「貴様……何者だ? 小僧……」

「ああ、そうだ。外のザコ妖魔なら、片づけて置いたよ。この洞窟の外のミレマーの美しい景観を損なう連中だったからね……まあ、全部じゃなかったから僕の友人に後は任せたけど」

 ロキアルムの質問に答えもしない、この少年の淡々とした声がロキアルムにとって非常に耳障りに感じられる。

「何者だと聞いている! この薄気味悪い小僧が!」

 その少年は苦笑いを浮かべた。

「ハアー、あんたに薄気味悪いって言われるとは思わなかったよ、まったく……」

 その瞬間、ロキアルムが何の拍子もなしに、右手を前方にかざし、その手のひらから無数のウィルオウィスプを召喚し、その火の玉のような魔霊を少年に叩きつける。
 ロキアルムは数々の戦闘を経験した能力者として、不意打ちやリズム外しが戦いにおいて非常に有用であること知っていた。そして、やる時においては決して手は抜かない。
 無限とも思われるほど、ロキアルムの手からウィルオウィスプが吐き出されていく……。一体の攻撃力はそれほどではない。だが、これだけの数を出せれば、その攻撃力は加算的に高まっていく。ロキアルムはまさにその数の力によって圧倒的な火力を作り出し、正体不明の少年に容赦なく叩きつける。
 少年の姿はこの無数の魔霊に包まれ視界から消えた。
 ロキアルムは魔霊を叩きつけることを続けながら、この状況を見て口を歪ませる。

「馬鹿な小僧だ! 少々、経験が浅いわ! 敵を前にしては気を抜くのは死を意味するぞ!」

 その時だった……
 ロキアルムの耳元で声がした。
 ロキアルムは瞬間、背中が冷たくなる。
 そう、それは間違いもなく、実際に耳元から発せられた声だったのだから。

「……その言葉を返すよ、この未熟召喚士」

 ロキアルムはその言葉を耳にした途端、ウィルオウィスプを放っているロキアルムの腕が上空に跳ね上がった。
 そして、その腕は空中でクルクル回転をしながら、あらゆる方向にウィルオウィスプをまき散らす。

「な! ク!」

 ロキアルムはこの場にとどまることの危険を察知し、切り飛ばされた腕を顧みずに後方に飛んだ。そして、関節から下が無くなった右腕を抑える。

「グウ! 馬鹿な! この私がぁぁ、こんな小僧に! 貴様は一体、何者なんだ! ハッ……貴様は、ニーズベックの言っていた機関から応援に来た未熟な小僧か!? だが、この戦闘力と凄みは……」

「偶然、通りがかったランクDだよ」

「な……んだと?」

「だから、言っているだろう。僕はただのランクD。このミレマーに偶然来て、このミレマーの風景とミレマーの人々を心から好きになったランクDだ!」

 そう言うと、祐人は右手に握った倚白を強く握り直す。

「この下衆召喚士が!   このミレマーを、お前の下らない思想で潰させたりはしない!」

 祐人のその言いように、ロキアルムは激しく反応する。

「下らない思想だと……? き、き、貴様ぁぁ! たかがランクDの劣等能力者の分際でぇぇ!   この我らスルトの剣100年の悲願を!」

 ロキアルムの怒りに対し、祐人はその目にそれを上回る怒りの炎を灯した。祐人の脳裏にグアラン、マットウ、そして……涙に顔を濡らしたニイナの顔が思い浮かぶ。それは、この召喚士の言う悲願とやらに翻弄された人たちの顔だった。

「そうだ!   お前のその下らない思想によるお前の計画は、この劣等能力者の……このたかがランクDの偽善と酔狂で! 跡形もなく、ぶっ潰してやる!!」

 祐人は凄まじい仙氣を吹き上がらせ、その顔をまさに怒りの形相とするとロキアルムに倚白の刃先を突き出し、気迫とともに言い放つ。

「お前にとって、何のゆかりもなかったはずのこのミレマーを踏み台に……このミレマーにその人生と命をかけた人たちの心を踏みにじった貴様は……貴様だけは!   絶対に許さない!」




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