魔界帰りの劣等能力者

たすろう

偽善と酔狂の劣等能力者④

 ニイナは祐人と別れて十数分後、軽装に着替えて、身支度を整えるとマットウ邸の大きな玄関の前に出てきた。
 今、マットウ邸の庭は敵妖魔迎撃の作戦本部となっており、多くの兵が右に左に走り回っている。その物々しさはニイナに戦場の空気を生々しく伝えてくるものとしては十分で、ニイナは自身の両頬をパンパンと両手で叩いた。
 自分の中に残っていた僅かな弱気を取り除くと、まだニイナはまだ腫れの残っている目で広大な庭を見渡し、その中にサングラスをかけたマットウと話をしている瑞穂とマリオン、そして、その後ろに控えているアローカウネの姿を見つけた。
 そしてニイナは、無意識にこの庭のどこかにいるはずの、少年の姿を探しながらマットウたちのいる方向へ歩いていく。

「おお、ニイナお嬢様! こちらでございます!」

 こちらに近づいて来るニイナに気付いたアローカウネは、しごくホッとしたように大きな声でニイナを迎えた。
 そのアローカウネの声で、マットウと瑞穂、そしてマリオンもニイナに顔を向ける。

「遅くなって、ごめんなさい、アローカウネ、それとお父様も……」

 マットウはニイナに顔を向けて頷く。

「うむ……」

 その時、サングラスをかけたマットウはそれ以上、何も言わなかった。
 ニイナは父マットウが今までサングラスをつけていた記憶はほとんどない。
 だが、ニイナは、そのたいして似合ってもいないサングラスに、父マットウにとっても大きな存在だったはずのグアランの死に対する心のうちを垣間見た気がして、心が熱くなった。きっと、あのサングラスの裏側の瞼は私と同じように腫れているのだろうと……。

「それではマットウ将軍、先ほどの打ち合わせ通り、私は敵妖魔の予想進路の前面に待機していますので。じゃあ、マリオンよろしくね」

「はい、分かりました。もう、準備は終えていますから、瑞穂さんも気を付けて」

 瑞穂とマリオンはお互いに顔を向け、軽く笑みを見せ頷きあう。

「了解した。申し訳ない、瑞穂殿、シュリアン殿、このようなことにまで巻き込んでしまい……祐人君にもよろしく伝えて欲しい」

 横でその会話を聞いていたニイナは祐人の名前が出てピクッと反応する。今の話だけでは分からないが、恐らく先ほどから無意識に探してしまっていた少年はこの戦場の最前線に行くのだろうと想像してしまう。
 するとアローカウネはニイナに体を向けた。

「それではニイナお嬢様は、こちらに……」

 軍服姿のアローカウネだが、ニイナに執事の時と同じように恭しく、お辞儀をしてこの場からの移動を促す。

「ちょっと待って、アローカウネ。祐人はどこにいるの? ちょっとだけ話があるんだけど」

 アローカウネはそのニイナの問いかけに、口を閉ざした。

「アローカウネ?」

「……堂杜様はここにはいません」

「え? それはどういうこと? アローカウネ。祐人はどこに行ったの? 街の方?」

「……」

 返事をしないアローカウネを見て、ニイナは全身が震える。
 今、ニイナは心を覆いつくすような嫌な予感に囚われた。
 先ほど、ニイナの自室で自分の理不尽な言いようにも、一切の非難をせず、ただ静かに話を聞いてくれ……そして、今、ニイナの出来ることを、するべきことを教えてくれた少年の顔がニイナの脳裏から離れない。
 ニイナはその祐人にぶつけた数々の言葉を思い出すと、ハッとしたようになる。
 まさかとは思う。
 まさかとは思うが……。
 ニイナはあの優しい、周りに振り回されてばかりの、少年の困ったような笑顔が頭に浮かんだ。
 瞬間、ニイナは体が自然と動き、先ほどまでここにいた瑞穂を追いかける。
 ニイナは驚くマリオンの横を走り抜け、瑞穂の背中に向かい普段のニイナらしくない大声をあげる。

「瑞穂さん! 瑞穂さん! 待って!」

 ニイナの呼びかけに気付いた瑞穂は、何事かと振り返り、息を切らせながら寄ってきたニイナを見て驚いた。

「ニイナさん!? どうしたんですか?」

「瑞穂さん! 祐人……祐人さんはどこにいるんですか!?」

 ニイナの切羽詰まったような質問に瑞穂は表情を硬くする……。
 その瑞穂の顔を見てニイナの不安は増していく。
 だが、瑞穂はそのニイナの不安を洗い流すように、微笑をみせた。

「あいつはね、この化け物の大群を呼び出した親玉のところに行ったわ」

「な!」

 ニイナは悪い予感は最悪の形で敵中する。
 ニイナは瑞穂の話を聞き、こうしてはいられないと祐人を追いかけようとその場から走り出そうとしたその時……そのニイナの細い腕を瑞穂が掴んだ。

「落ち着いて、ニイナさん」

「瑞穂さん! 放して!」

 瑞穂のその白くしなやかな腕は、見た目からは想像も出来ないほど力強く、ニイナを放さない。

「ニイナさん、あいつなら大丈夫よ」

 ニイナはその瑞穂の緊張感のない声色にカッとなる。

「何を言ってるの!? 瑞穂さんは! 私は聞いているのよ? この敵はあまりに強いから、瑞穂さんやマリオンさんですら敵わないって。機関からもっと凄い方がきたら瑞穂さんたちは交代するって! それで祐人が敵うわけないじゃない! 祐人は下から三番目のランクDなんでしょう!?」

「だから、落ち着いてニイナさん。あいつは大丈夫なの!」

「何故、そんなに瑞穂さんは落ち着いていられるんですか!? 何故、止めなかったんですか! これは私のせいです! 私が祐人に余計なことを言ったから!」

「落ち着きなさい! ニイナさん!」

 瑞穂がニイナに一喝する。ニイナは瑞穂の一喝にその顔を歪め、怒りを露わにし、瑞穂の顔を睨もうとして……失敗した。
 何故なら、自分を一喝した瑞穂が笑顔を見せていたのだ。しかも、その笑顔は無責任な笑顔ではない。確かな自信をもった人間の笑顔だった。

「祐人は、祐人なら大丈夫なのよ」

 ニイナは瑞穂の笑顔に魅入られるように、ようやく気を静めた。

「何故、瑞穂さんはそんなことが言えるんですか?」

「それはですね、祐人さんが、大丈夫って言ったからですよ。ニイナさん」

 ニイナは後ろから会話に参加してきたマリオンに驚き、振り返る。
 そして、目を見開いた。
 それは、そのマリオンの顔にも不安というものが一切ない自信に満ち溢れた笑顔を見せていたのだ。
 瑞穂はニイナの腕を放し、ニイナに優しい声色で話しかける。

「ふふふ、まあ、偉そうなことを私たちも言っているけれど、最初は私たちも少し不安にはなったわよ? あ、私はマリオンと違ってリーダーとしてよ? 勘違いしないでね」

「瑞穂さん、それツンデレって言うんですよ? 私、日本に来て学びましたから」

 マリオンに茶化されて、瑞穂は苦笑いした。
 その二人のあまりの落ち着きに、まだニイナはついて行けない。

「でも! 祐人はランクDって……」

「でもね、ニイナさん、私たちは知っているのよ。あいつが……祐人があの顔を見せて、大丈夫、と言った時は、大丈夫なんだって。ランクD? それは機関が勝手に決めたランクよ。祐人にそんな肩書は意味ないわ。特に、ああなった……あの顔を見せたときの祐人にはね」

「そうですね……あの顔になった祐人さんは意外に頑固だというのも分かりました……」

「本当ね! 本当に生意気になるわ! ああなると祐人は!」

「……」

 ニイナはこの状況下で祐人のことを自然体で語る瑞穂とマリオンを呆然と見つめてしまう。そして、その二人の姿にニイナは、胸の奥底でチリッとした感覚を覚えた。
 瑞穂とマリオンはニイナに顔を向けて笑顔を見せる。

「だからね、ニイナさん、祐人のことは心配しなくていいわ」

「そうです、ニイナさん。だから、今は私たちに出来ることをしましょう。祐人さんはきっと大丈夫ですから」

 そう諭すように言い、頷く瑞穂とマリオン……。
 ニイナは微笑んでいる、この二人を見て口を噤んでしまう。
 僅かな時間が過ぎる。
 そして……ニイナは祐人への心配が完全には拭いきれなかったが、頷いてみせた。

「……分かりました」

 そう言いつつ、ニイナは今、内心、困惑していた。
 ニイナには何故か、今、祐人のことを語る瑞穂とマリオンを羨むような、それでいて、焦りのような気持にさせられたことに困惑したのだ。

(何かしら……この気持ちは……)

 ニイナはこの自分の不可思議な感覚に戸惑うが、この緊急事態に大きな役割を担うだろう瑞穂たちをこの場に引き留め続けることは出来ない。
 ニイナは祐人の……あの頼りない顔を思い浮かべ、右手で胸の辺りの握った。

(祐人……絶対、無事で帰ってきて……)

 ニイナは力を取り戻した目で顔を上げる。

「ごめんなさい、瑞穂さん、マリオンさん、時間をとらせて。二人の言う通り、私は祐人の無事を案じながら、私の出来ることをします。ありがとうございました」

 ニイナは瑞穂とマリオンにお辞儀をすると、自分を待ってくれているアローカウネの方に踵を返し歩み始める。

「……」「……」

 そのニイナの後ろ姿を瑞穂とマリオンは2人してジッと少々長い間見つめた……。
 特に瑞穂は、それは……とてつもなく、これ以上ないほどの……
 ものすごい引き攣った顔で。

「マママ、マリオン……あれ見た?」

「はい、瑞穂さん、見ましたが何でしょうか?」

 マリオンは微笑みながら応える……。
 筋肉だけを使って。

「しかも、今、気づいたけど、祐人、って言ってなかった?」

「はい、言ってました。さん、がなかったです」

「……マリオン」

「……はい」

「祐人が帰ってきたら……」

「はい、帰ってきたら」

「説教よ!!!!」

「はい…………大説教です!!!!」

 二人の闇オーラ(霊力)がバーストした。

 瑞穂とマリオンが仁王のような、気迫を放っていると、マットウのところへ緊急連絡が入る。

「敵の化け物に動きがあります!」

 その報告に瑞穂とマリオンはハッとして、お互いの顔を見合わせる。

「マリオン、私は行くわ! ここはよろしく頼むわね!」

「はい! 瑞穂さんも気をつけて! 戦況を見ながら私も前線に出ます!」

 そう声をかけ合うと、二人は急ぎその場から離れた。



 その頃、グルワ山中腹にある薄暗い洞窟の奥の奥……壁に等間隔に立てかけられた無数の松明によって明かりをたく、非常に広い空間でロキアルムはニヤッと笑った。
 そこは数億年前の地殻変動で、出来た自然の大空間であった。
 その大空間の中心に描いた巨大な魔法陣の内側に祭壇のようなものが築かれ、その前でロキアルムは立っている。
 ロキアルムは身につけたフード付きのコートを脱ぎ、その体中に敷きつめられたように描かれている不気味な幾何学模様を露わにした。

「ミズガルド……用意はいいか?」

「ヒヒヒ……いいよ? いいよ? ロキアルム様? ヒヒ……定位置についたよ?」

 このロキアルムが声をかけたミズガルドは以前に瑞穂が葬ったミズガルドと体形が違う。
 そのミズガルドは以前のミズガルドよりも非常に大きく、より肥え太っていて、さらによく見ると、褐色だった肌は浅黒く干からびたようなざらつきがあった。
 そして、ミズガルドは上半身をロキアルムと同じく外気に晒すと、その体中には大きな切り傷のような跡が無数にあり、その切り傷には医療用ではあり得ない、非常に黒く太い糸が無造作に縫い付けられている。

「ククク、よし見せよ!」

「ヒヒヒ、はい~?」

 ロキアルムがそう指示をだすと、ミズガルドの傷に縫い付けられていた黒く太い糸が、シュルシュルっと音をたて解けていき、傷跡から辺りにどす黒い血液をまき散らす。
 それぞれの大きな切り傷からは血液が小さな滝のように流れ、地面にまで及んだ。
 そして、ミズガルドが息を呻くように吐き出した。
 すると……ミズガルドの体中にある傷が、徐々に開いていく。その傷からは血液だけでなく粘着性の高い透明な液も混じりだしたかと思うと……一斉にその無数の傷が大きく開く。
 その体中に開いた傷から、通常の生き物ではあり得ないほどの大きさの……眼球が現れた。その眼球はギョロギョロと不規則に動き……やがて、それぞれの方向を見つめるように動きを止めた。そして、その眼球から光が投影され、ミズガルド中心とした斜め上方360度に渡り、ミレマー中の都市の状況が映し出される。

「見える~? ヒヒ、ミレマー中が見える~?」

「クックック……ハーハッハ! あの妖魔たちに怯える愚民どもの姿よ! 何の能力もなく生まれ、当たり前のようにその生を貪る愚かしい無能力者ども! 貴様らの歴史の裏でどれだけの能力者たちが貴様らのために働き、表舞台に出ることも敵わずに散っていったことか! この無能力な愚民ども! 我が同胞の無念さを知れ!」

 ロキアルムは吐き捨てるように声をあげ、その顔の皺でより深い溝を作る。
 そして、右手の映像に光のない目を向けた。
 そこには、首都ネーピーからいち早く逃げ出し、僅かな近衛兵と共に数台の車両で街の郊外を移動するカリグダの姿が映っている。また、そのカリグダと共に軍の重鎮たちがこぞってその後を追いかけるように高級車を走らせていた。
 カリグダたちの乗る車には溢れんばかりの貴金属の入ったバッグやケース、そして現金が詰められたジュラルミンケースが所狭しと乗せられていた。

「何と浅ましいことよ。民を捨て、その頭の中は自身の欲望と保身だけ……。このような豚どもが国のトップに座る……。なんという下らなさ! なんという低劣さ! この国の民の無能と怠惰が生んだ愚の象徴よ!」

 ロキアルムは右腕を上げ……そのカリグダの映像に向かい、その右手の人差し指を映像画面を横切るように左から右へゆっくりと動かした。
 途端に、カリグダ一行の後方の上空から無数のガーゴイル達の編隊が現れた。
 映像の中のカリグダの近衛兵たちが、慌ただしく動きガーゴイル達が現れた後方に指をさし、指揮官らしき者が周りに指示を出しているようだった。
 そこに圧倒的な数のガーゴイル達がカリグダの乗る豪奢に飾られた軍用車両に襲い掛かる。
 もはや戦いにもならなかった。
 何故なら元々、近衛兵は少数であったのに加え、ガーゴイルが目と鼻の先に着た途端に、近衛兵たちは、なんとカリグダの車を置いて我先にと逃げ出したのだ。
 カリグダは主人である自分を置いて逃げる自慢の直営部隊を車窓から涙と鼻汁を垂らし、何かを叫んでいる。
 そして……僅か数秒後、映像では数百匹のガーゴイルに張り付かれたカリグダの軍用車両が重量オーバーのためか、その動きを止めた。
 ロキアルムは映像から興味も失せ、怒りを露わにする。

「貴様らが崇めるべきは我らだったのだ! このような豚ではなく! 我ら能力者を! それこそが正しく! 当たり前の! 能力者へ対する態度なのだ!」

 ロキアルムはミズガルドが映し出す他の映像を見渡す。

「これよりスルトの剣は世界を震撼させる! 我ら人類の上位種である能力者の力を見せつけ、この無能が支配する世界に、誰が尊ばれし存在なのかを知らしめるのだ!」

 ロキアルムは両手を上げ、すべての映像に手のひらを向けた。

「この欺瞞に満ちた世界に媚びる世界能力者機関も! このスルトの剣がまとめて葬ってやる! さあ行け、幾万の妖魔ども! この滅びゆくミレマーを舞台に最高のショーを世界に見せつけるのだ!」

 このロキアルムの言葉を皮切りにミレマーの各主要都市の郊外に配置されていた妖魔の大群が一斉に動き出す。
 映像の中の兵や民間人たちの動きが明らかに慌ただしくなっている。

「ヒヒヒ……ショー? ショーが始まる? ヒッヒヒ……」

 ミズガルドはあらぬ方向見て、笑い声をあげ、その口から涎を垂らした。


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