魔界帰りの劣等能力者

たすろう

結ばれた丘(ニイナの丘)⑥

 ニイナ丘では、祐人がまさに鬼神のごとき働きをしている。
 祐人は敵妖魔の中央部から敵の密度の多いところを選び、まるで何も遮蔽物が無いグラウンドのように自由に移動し、派手に暴れまわることで自分に妖魔の注意を集中させているようでもあった。

 祐人は大きく跳躍し敵の密集した中央に飛び込み、愛剣の倚白を右手首から出した鞘に納め、居合の構えを見せる。そして、静かに、だが激しい仙氣を体全体に巡らし倚白を体の一部とした。敵妖魔が一瞬、動きを止めたこの格好の獲物に360度、全方位から一斉に攻撃を仕掛ける。
 祐人は歯を食いしばり、犬歯を露わにした。そして、祐人の氣の円に妖魔が触れるその瞬間、倚白の刃を抜き放つ。

「はああ! 仙闘術! 鐘音!」

 祐人が倚白をチン、と鞘に納めた。
 それを合図に祐人の周囲10メートルにいた妖魔の上半身は地面に落ち、丘から見下ろす兵たちからは敵の群れの中に、祐人を中心にまるで半径10メートルの妖魔の屍の広場が姿を現したようだった。
 これを皮切りに敵妖魔たちは祐人に背を向けることの愚かさに気付き、祐人に狙いを絞り始めた。

(よし! こっちに来い! でも敵が多い! それにあのガーゴイル、もうそこまで来ている! 瑞穂さんたちはまだか!?)

 舞を踊る修羅と化した祐人は、妖魔を細切れにしつつ、ガーゴイルの群れを確認していた。もうガーゴイルは丘の裾の上空至近まで来ており、あと数秒でこの戦線に突入してくることは明らかだった。祐人は敵妖魔をまさに蹂躙しながらも、舌打ちをうつ。
 その時だった……。
 今にも、上空から突入を開始しようとする無数のガーゴイルが蠢く群れの中央に、小さいが眩い閃光を放つ光の塊が現れる。

「あれは!」

 祐人がその空を覆い隠さんとするガーゴイルたちの中心に現れた閃光に目を移したと同時に、その閃光は弾け、空が割れんばかりの凄まじい轟音が周囲を襲い、大地までを揺らした。そして、そこから発生した爆風が丘の上の兵たちにも届き、思わずテインタンもその爆風から体を守る。
 祐人が再び上空に視線をやると、あのガーゴイルの大群は目測だけで3分の2は吹き飛び、そのガーゴイルたちの体の破片が、ボトボトと山林に降りそそいでいた。

「ふう、何とか間に合ったようね」

 瑞穂が息を吐き、ガーゴイルの群れのいた上空にかざしていた両手を下ろす。マリオンは瑞穂の大技に感嘆しつつも、すぐに車の中からこの状況を呆然と見ているアローカウネとニイナに顔を向けた。

「ニイナさんたちは、すぐにミンラへ帰って下さい! ここは危険です!」

 マリオンの言葉でハッとしたニイナはマリオンに顔を向け、続いて丘の上に目を移す。

「いえ、私は父のところに行きます。この状況で父たちを置いては帰れません!」

 そのニイナの言葉に瑞穂は驚き、そして怒りの声を上げた。

「な! 何を馬鹿な事を言っているんですか! 見てなかったんですか!? この状況を! ニイナさんには申し訳ないですが、この戦場では、足手まといです! 早くミンラに行って下さい!」

「嫌です! 私は……私は今ここで、ここを去ってしまうことの方が怖い! 父があそこで! この丘で命をかけてまで何を守っているのか、この目で見たいんです! お願いです! 何でもしますから!」

 ニイナは瑞穂に突き付けられた言葉は正しいと分かっていても、食い下がる。ニイナはマットウが言ったこの丘の名前であるニイナという言葉がどうしても頭から離れなかった。
 自分の名前の由来になったというこの丘、しかもこの名もない丘にこのニイナと名付けたのは父マットウと母のソーナイン、そして、宿敵だと思っていたグアランだということが、余計にニイナを駆り立てる。
 しかも、今、その重傷を負ったとみられるグアランのために父は戦っているではないか。
 そして……ニイナという言葉の“結ばれる、結ばれた”という意味。
 娘にまで秘密にしていたこのことを、マットウは今日、すべてを明かそうとしていた節もあった。そして、何故かニイナは今まで敵だと思っていたグアランと直接話がしたいと強く思うのだ。

「ニイナお嬢さま」

 そこに冷静な声でアローカウネが瑞穂たちとニイナの仲裁に入る。

「瑞穂様たちの仰ることが正しいとこのアローカウネも考えます。私もお嬢様もこの場ではただの足手まといでしかありません」

「アローカウネ! 私は!」

 アローカウネは無表情に瑞穂たちに顔を向ける。

「ですが、マットウ様のところには負傷者がいるようです。そこで私たちは今のうちに負傷者たちだけを回収してミンラに即座に戻る。そのようにしたらいかがでしょう?」

 瑞穂とマリオンに問いかけるアローカウネ。瑞穂とマリオンは顔を見合わせて、軽く息を吐いた。

「……分かりました。それでお願いします。ですが、その後はすぐに退去してください。ここは何が起きるか分からない戦場なんです。しかも、非常に危険な戦場です」

 アローカウネは運転席から瑞穂たちに感謝の意を示すように、目を閉じ軽く会釈すると、前を向く。

「分かりました。では急ぎますよ、お嬢様!」

 そう言い、ニイナ言葉を待たずアローカウネはアクセルを強く踏み出した。
 ニイナはアローカウネの顔を後部座席から見つめる。

「……アローカウネ、ありがとう」

 ニイナはアローカウネにお礼を言ったが、アローカウネはそれは聞こえなかったかのように何も返事はしなかった。



 祐人はマットウたちのいる丘の頂上に向かい駆け上がってくる車とその後ろから瑞穂とマリオンが人間離れした跳躍でこちらに向かってくるのを見た。

「瑞穂さん! マリオンさん!」

 祐人は周囲にいる妖魔を切り捨て、瑞穂とマリオンに大声をあげた。
 丘の上からはその頼もしい援軍の到来に兵たちが狂喜している。

「瑞穂さんとマリオンさんは、丘の上に行ってガーゴイルの相手をお願い! ここは僕が受け持つ! さっきの瑞穂さんの攻撃でガーゴイルらは散開して襲ってくる! 気を付けて!」

 瑞穂の大技で密集するガーゴイルの大半を撃破することに成功したが、まだ多数のガーゴイルが残っている。そして、大技を警戒して散開したことから、まだまだ安心できる状況ではない。しかも、そのガーゴイルは祐人を無視してマットウたちを襲う構えも見せている。
 その祐人の言うことを瑞穂とマリオンは即座に理解し、表情を引き締めた。

「分かったわ! マリオンは先に丘の上へ! 私はあのガーゴイルどもを牽制しながら丘に向かうわ!」

「はい!」



「ニイナ様! 何故、こんなところへ!?」

 テインタンが突然、横付けされた車の中のニイナを確認して驚きの声を上げる。
 ガルバンはチラッと運転してきたアローカウネと目を合わせるが、ニッと軽く笑うだけですぐに目を前に戻し、敵妖魔へサブマシンガンを打ち続けた。
 マットウはテインタンの言葉に驚き、自分の娘に振り返る。

「話は後でいたします! お父様! 私たちは負傷者を連れてミンラに戻りたいと思います! よろしいですか?」

「ニ、ニイナ! この馬鹿者……。いや、いい……話は帰ってからだ。では急ぎ、負傷者を頼む!」

「はい、お父様!」

「これも……ソーナインの想いが、お前をここにいざなったのかもしれん……」

「え?」

「いい! テインタン、アローカウネ! グアランを車に!」

「はい!」

「承知いたしました」

 ニイナは車を降り、テインタンたちに運ばれるグアランの横に並び、グアランの深刻な容体に言葉をなくし、慌ててハンカチでグアランの額の汗を拭った。

「ソ……ナイン、……ソーナイン」

 意識が混濁しているグアランから弱弱しく言葉が漏れる。
 その思いがけない言葉にニイナは目を見開いた。

(母の名を! この人はこのような状況で思い浮かぶ人の名が……何故、私の母なの?)

 テインタンたちが重傷のグアランを車の後部座席に慎重に乗せる。ニイナはグアランを気遣うように一緒に後部座席に乗り込み、汗のひどいグアランの頭をその膝の上に乗せた。

「ニ、ニイナ……」

「え!?」

(今……私の名を……!?)

 驚くそのニイナの表情をマットウとアローカウネは静かに見ていた。
 アローカウネは扉を閉めると、マットウにお辞儀をする。

「マットウ様、では! このままミンラの病院に直行します」

「分かった! 急いでくれ、アローカウネ! グアランと、そして……ニイナを頼む」

「……承知いたしました」

 そう言うとアローカウネは運転席に乗り込み、敵妖魔の大群を相手に獅子奮迅の働きをみせている祐人の戦場を左に避けて、ここに来た道のりを戻り始めた。
 アローカウネは右方に祐人の姿を確認し、祐人の無事を心から祈り、ハンドルを強く握りしめた。
 ミンラに続く道に出て、アローカウネはスピードを上げる。
 アローカウネはバックミラーで再びグアランの様子を見て、顔を深く曇らせた。すると、アローカウネは意を決したようにニイナに何かを伝えようとしたその時、前方に土煙を上げてこちらに来る部隊が目に入る。

「あれは……援軍のようですね」

 ニイナはグアランを気にかけつつ、アローカウネの言葉に安堵感が湧いた。そのマットウの部隊はニイナたちの車とすれ違い、急ぎ丘に向かっていった。
 だが、アローカウネはそれを見て眉を顰める。

「部隊の数が少ない……何をもたもたしているのか……。いや、もしくは何か……」

「どうしたの? アローカウネ……」

「いえ、何でもありません。……それよりも、ニイナお嬢様にお話があります」

「どうしたの? こんなときに……」

「大事な……ニイナお嬢様にとって、とても大事なお話です」

「……」

「恐らく……グアラン首相は助かりません。非常に残念な事ではありますが……」

「な! そんな……」

 ニイナは手を震わし、そして、何とも言えない喪失感を感じ、自分の膝の上に顔を乗せて苦しそうにしているグアランを見つめる

「そこで、このアローカウネからニイナお嬢様にお願いがあります」

「お願い? それは……? 今、このようなときに言うことなの?」

「はい……今しか……もう今しかないのです」

 アローカウネは車を止めて、後ろに振り返り、真剣な顔でニイナの目を見つめる。
 ニイナはこんな表情をアローカウネから受けるのは初めてだった。ニイナはアローカウネの瞳の奥から、愛情や悲しみと言ってもいい想いのようなものを感じ取り、アローカウネの言う、お願い、を待った。

「……ニイナお嬢様。一度だけでいいです。一度だけでもいいので、そこにいるグアラン首相を……グアラン首相の手を握って……“お父様”と、呼んであげて下さい……」

 アローカウネのそのお願いに、ニイナは大きく目を見開き、そして、膝の上にいるグアランに目を落とした。



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