魔界帰りの劣等能力者

たすろう

結ばれた丘(ニイナの丘)⑤

 祐人は、所狭しと群がる妖魔たちの間をまるで舞を踊るように剣を振るう。そしてその祐人が剣を振るう度に複数の妖魔が断末魔の叫びをあげた。

(中距離攻撃の可能な魔狼を中心に叩く! 近距離型は一太刀でもダメージを与えておけばいい! 魔狼の数を減らせば、みんなの生存率が上がるはずだ!)

 祐人は魔狼に狙いを絞って移動しながら、その移動上にいる妖魔にも深い傷を負わせていく。その祐人の狙いは、徐々に効果を発揮し、丘の上にいるマットウたちに対する妖魔の攻撃圧力は明らかに減じた。
 そのおかげで、兵たちもただひたすら攻撃に集中することができ、妖魔たちの丘の上へ登る速度を抑えることに成功する。

「まるでダンスを踊っているようじゃないか! 祐人君は!」

「はい! 堂杜様がステップを踏むたびに敵の血のシャワーが吹き荒れてます!」

 そのマットウとテインタンのやりとりは、それだけで周りにいる兵たちの希望を膨れ上がらせた。
 マットウはこのような中、背後に寝かされているグアランの容体を確認するように見ると、眉間の皺をよせて臍を噛む。重傷を負ったそのグアランの姿から、明らかに命の灯が消えていくように感じられる。それは徐々にではあるが、確実にグアランの生気が消えていくのが見て取れるのだ。

(グアラン! ここで死ぬんじゃない! まだ、お前はニイナの成長した姿を見てもいないじゃないか! グアラン・セス・イェン! お前はそれでいいのか? お前とソーナインが守ろうとしたミレマーの行く末とそのために危険にさらされないよう私に手放したお前の実の娘を見ずして逝くのか!)

 マットウはあの日……ソーナインを失った次の日……グアランとこの丘での誓いを思い出す。


 今から13年前。
 三人が名付けた丘……ニイナの丘。
  そのニイナの丘の上に広がる空には分厚く薄暗い雲が覆い、二人のミレマーの青年将校が丘の頂上にある大木の前で睨みあっていた。

「い、今、何て言った!? グアラン!」

「俺は……この軍事政権の中枢に食い込む。どんな手を使ってもだ」

 マットウはグアランの言葉を聞き、考える前に体が動き、グアランの襟を激しく掴む。

「お前、正気か!? この腐ったカリグダの軍事政権に! ソーナインを殺した政権に! ふざけるな! お前は気でも狂ったのか!」

「俺は本気だ。俺は何としても出世して、この政権に深い根を下ろし権力を握る!」

「この大馬鹿野郎!」

 マットウはグアランを殴り飛ばし、グアランの体は大木の幹に強かに叩きつけられ、地面に腰を落とした。

「お前は! お前が! ソーナインの気持ちを分からないはずがないだろう! ソーナインがそんなことを望むわけがない! ソーナインはただ! 優しい日常を望んだだけだ! お前がいて、その横で健やかに成長するお前たちの娘、ニイナの笑顔を眺める。ただ、それだけだったはずだ! そのソーナインを殺した軍事政権に加担して、お前は何を成すんだ! それに幼いニイナはどうするつもりだ!」

「そんなことは分かっている! だが、ソーナインはもういない! 残ったのは腐ったこの国の権力機構と、この心に開いた消えようのない大きな穴だけだ! だから、俺は変えられるものを変える! この心の穴は消えん! だが、この国は変えられるはずだ! どんなに困難でも、それはそこに実際に存在しているんだ! 俺はそれを変える!」

「何を絵空事を! そんなことが可能だとでも思ってるのか! だったら仲間を増やしてこの国を力づくでもぶっ潰すというぐらいのことを言ってみせろ! ソーナインのかたきを取ると言ってみせろ! それだったら俺も喜んで協力してやる。今、政権中枢への不満は今までないぐらいにくすぶっている。これをうまく煽って糾合すれば無視できない勢力になるはずだ!」

 マットウとグアランは睨み合い、そしてこの二人はソーナインを失うというお互いに癒えない心の深い傷をぶつけ合う。

「そうだ……俺は、この軍事政権をぶっ潰してやる! だから力を貸せ、マットウ!」

「だったら!」

 グアランは切れた唇から出る血を拭いながら立ち上がる。分厚い雲からついに雨が降り出した。その雨は草木にとって恵みだった。晴れた日に見せる、つやのある深緑や色鮮やかな花々はこの恵みの雨によってこそ、成り立つものだとミレマーでは教えられる。

「それだけでは駄目だ……外からだけでは中々、倒せん。いや、倒せるかもしれんが、時間がかかる。それに……」

 グアランは今しがたから強く降りそそぐ雨にうたれ、マットウの前に歩み寄った。
 視界も定かではなくなるほどの大雨の中、グアランとマットウはしっかりとお互いの姿を確認している。

「それはミレマーの人々を苦しめる長い戦いになることは必至だ。これはソーナインの望んだものとは違う。これではソーナインを悲しませるだけだ」

「……」

「マットウ、だから、俺が中枢に食い込む! お前は国内の不満分子を集めろ、そして、大きな流れを作るんだ! 俺は政権の内部から切り崩しを図る! それで中と外からカリグダの豚野郎を追い込む!」

「グアラン……お前……」

 マットウは親友のグアランの目に尋常ならざる決意を見た。普段から冷静沈着のグアランの中にある激しい怒り、口惜しさ、悲しみが今、大きな波のようにマットウに打ち寄せている。

「上手くいくかなんぞ分からん! また、上手くいっても全く血が流れないなんてことが不可能なのは知っている! だが、民衆の血を最小限に抑えるためにも、この価値のない政権中枢を蝕む、大きな病が必要だ。俺は! この政権を蝕む大病になる! 徐々にでも、だが確実に進む不治の病の元凶にな!」

 グアランはマットウの肩を力強く掴む。

「マットウ! お前はこの国の……ミレマーの英雄になれ! 常に民衆側に立ち、常にミレマーの民衆に望まれ、そして、悪しき軍事政権を俺ごと倒せ!」

「な! お前、まさか……」

 グアランはマットウに壮絶な笑みを見せる。

「宿主を蝕んだ病原菌は死体と一緒に焼き捨てるのが一番いいんだ。そして、それを肥料として豊かな土壌を作る!」

 マットウは自分の肩を掴むグアランの腕を掴んだ。

「ば、馬鹿なことを言うな! じゃあニイナはどうする! あの子は昨日、母を亡くし、そして、今日、父まで失うのか! お前がこの国の苗床なえどこになっても、たった一人の娘を守らずして、何がミレマーを変えるだ! 豊かにするだ! ニイナはソーナインの忘れ形見だぞ!」

 自分を睨むマットウをグアランは見つめ返し、フッと笑う。

「ニイナは父親を失わない」

「何を!」

「マットウ、お前がいる」

「!」

「マットウ、頼む! あの子の……ニイナの父親になってくれ! あの子をこのミレマーを救う英雄の娘にしてやってくれ! 俺の進む道は魑魅魍魎の住む軍事政権中枢だ。ニイナを連れて行けば、俺の弱みとして危険に晒される可能性は高い。俺の進む道に守るべきものはいらないんだ」

「グ、グアラン……お前は……」

 グアランはまるで縋るように、マットウを見つめる。

「同じ女を愛し、その女と結ばれた俺と今も変わらず親交を結んでくれているお前にしか頼めないんだ! 頼む、マットウ! ニイナを! 俺の娘を守ってくれ! そして、この俺と、このミレマーをソーナインの望んだ笑顔の絶えない国にするために、お前の人生をこの俺にくれ!」

 マットウはグアランをしばし見つめた。グアランの決意と覚悟の瞳の中に、捨てきれない娘への深い愛情を見つける。そして……マットウはグアランの腕を放し、代わりにグアランの肩に手を置いた。

「グアラン……泣くのはまだ早い。その涙は軍事政権を打倒し、お前がニイナを……お前の娘を、お前が胸を張ってこのミンラに迎えに来る時まで……とっておけ!」

 マットウはそう言い、またグアランを殴り飛ばした。
 マットウは地に這うグアランを見下ろし、大きな声を出す。

「いいか、グアラン! お前はいつからそんなに謙虚になった! お前らしくもっと強欲でいろ! この国もニイナも両方とも諦めるな! それがお前らしく、そしてそれこそが、グアラン・セス・イェンの力を最も発揮することを俺は知っているぞ! ソーナインの心を最後の最後に奪っていったときのように!」

 グアランはハッとしたようにマットウを見上げる。そして……マットウはそのグアランへ静かに手を差し出した。

「グアラン行くぞ、俺たちの進む道は決まった! それはやはり、ソーナインと俺たち三人を引き合わせた……この結ばれた丘でな。そして、俺たち・・の娘ニイナの未来を……ミレマーの若者の未来を、良きものにするぞ!」

 この時、分厚い雲から降っていた雨は弱まり、その雲の隙間から、ミレマーの大地を照らすいくつもの光の筋が現れ、このニイナの丘にもその光の筋が降りてきた。
  グアランは……その空を割る光を背景に立つ、マットウの差し出した手を……力強く掴み、立ち上がったのだった。



 この後、若いこの二人はミレマーの慣習でもある年功序列を念頭に置き、年齢を10歳近く上に改める。これはしばし戸籍情報が未発達であるミレマーでよく行われることだったが、10歳以上というのは中々なかった。
 そしてこの時、この年齢調整に大いに力を貸してくれたのが、当時のマットウとグアランの上官であったアローカウネとガルバンであった。
そして、このことを知っている者も今はもうほとんどいない。



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