魔界帰りの劣等能力者

たすろう

結ばれた丘(ニイナの丘)④

 祐人はテインタンの運転する車と別れた後、銃声が特に集中する方向へ急いだ。

(どこだ! グアラン首相は!)

 直後、祐人は前方にグアランの兵士たちらしき人影を木々の間から確認した。そして、その兵たちの前面に魔狼と異形の筋骨隆々の妖魔が多数、迫っているのを見て、グアランたちの状況が極度に切迫しているのが分かる。

(あれではもう! 逃げることもできず、全滅に!)

 あまりの状況の悪さにグアランの部隊が壊滅寸前と知ると、顔色を変えた祐人は仙氣を込めた怒号を発する。その怒号は広範囲に響き、辺りの山林が震えるほどのものだった。
 さらに、それだけの音量にもかかわらずその仙氣怒声は祐人により、その範囲がコントロールされて兵士たちの鼓膜には支障がないようにしている。

「うおおーー! そこから失せろぉぉーー!!」

 今まさに兵たちの目前で兵たちの生殺与奪を握っていた魔狼や異形の筋肉人形ともいえる妖魔は、祐人のこの凄まじい怒声をもろに浴びて、動きを止められ、中には後方に吹き飛ばされ、特に兵たちの正面にいた召喚妖魔たちはその怒声で三半規管を完全に破壊された。
 聴力が破壊された妖魔や魔獣は痛みと混乱で正常な動きを取れずにのたうち回る。
 グアランの兵たちはその敵か味方かも分からない少年が突然、現れたことに驚き、既に化け物との戦いで精神をすり切らせていたこともあって動くこともできなかった。
 グアランの兵たちはその少年が大群の妖魔と自分たちの間に着地したのを見た。
 その少年はまるで自分たちを守るように大きく腕を広げている。
 兵たちはその自分たちよりもはるかに年下と分かる少年の背中に、どんな武器や援軍よりも頼もしく、さらには生きる希望にも見えた。

「来い! 倚白」

 そう呟いた祐人の右手首の辺りから白金の鍔刀が現れ、祐人はその柄を握りしめた。
 途端に兵たちに祐人の姿が視認できなくなる。
 そして数秒後、祐人がこちらを向いて兵たちの目の前に再び、地滑りするように突然に現れた。
 そして信じられない光景が兵たちの目に入る。今、前方にいた数十体の魔獣と妖魔が一匹残らず切り捨てられ、その一筋の線にしか見えない傷跡から時間差で血しぶきが上がり、視野に納まるすべての異形が叫び声を上げ、絶命した。
 夢でも見ているのかと呆然とする兵たちに祐人は、芯の通った声をだす。

「皆さん! しんがりは僕にまかせて、あの丘に引いて下さい! あと、グアラン首相は!?」

 その祐人の言葉で正気を取り戻した兵たちは、自分たちがい命をかけて守っていた背後にいる主人に振り返り、祐人にその主人の姿を見せるように祐人の視線上から退いた。

「そ、そんな! まさか……その方がグアラン首相ですか?」

 そこには……いかにも歴戦の古豪と思わせる老兵に抱かれ、腹部に重傷を負った高級指揮官の軍服を着る……グアランがいた。



 テインタンとマットウは丘の頂上で車を急停止し、飛び降りると、そこまで退却してきている兵たちに状況を聞く。

「おまえら、大丈夫か! グアランはどうした!?」

 そう言いながら、マットウはここにいる兵たちが若者たちばかりだとすぐに気付いた。
 それだけでマットウの顔はみるみる深刻なものに変わっていく。
 マットウには分かるのだ。このことだけでグアランの出した命令やグアランの置かれた状況が。
 数名の若い兵士が涙を流しながら、マットウに何かを言いかける。

「いい! お前らは僅かな時間になると思うが、取りあえず休め! テインタン!」

 マットウはその若い兵士の報告をさえぎって、テインタンに大きな声を出した。

「はい!」

「こいつらに水を! あと、武器弾薬はどの程度持って来てるか? それとミンラの我が軍はどこまで来てるか!?」

「武器はトランクに詰められるだけ積んでます! 味方は先ほど連絡済みですから十数分後には、先行した部隊が来るはずです。今、もう一度、連絡します!」

 そう言い、テインタンは急ぎ車のトランクから携帯用の水をグアランの兵たちの目に無造作にあるだけ投げ出した。そして、グアランの兵たちがその水を慌てて拾い、互いに分け合いながら飲みだす。
 そして、よくも収納していたものだというくらいの、サブマシンガンを始めとした武器弾薬を次々に取りだした。そして素早く後部座席のシートをはぎ取ると、その下にも武器が納められており、それも無造作に辺りに置く。
 それを見たマットウは頷き、疲れ切っているグアランの若い兵たちに声をかけた。

「ここまでの行軍ご苦労だった! お前たちは私の部隊が来たら、すぐにミンラまで行くのだ!」

「な! 私たちもここで戦います! グアラン閣下を残して自分たちだけでミンラに行くことなんてできません! 閣下は! 閣下は……私たちのために!」

 そのマットウの言葉に驚いた若い兵たちは、感情を露わにマットウに異を唱える。だが、マットウは若者たちを諭すように、それでいて眼光は鋭く有無をも言わさない迫力で命令した。

「君らはグアランに何か言われなかったかね? 君らの使命は……君らの戦いはここではないと! グアランの気持ちを汲めない愚か者をグアランは先に逃したとでも言うのか! 君たちは!」

「「「「……」」」」

「グアランがここに来たら、すぐに君らの後を追わせる。ここは私たちに任せて、君らは君らの出来る最高の仕事をするがいい!」

 マットウはそう言い、左頬が赤く腫れている若い兵の肩に優しく手を乗せた。ミレマーの若者たちは悔しそうに、しかし、己のしなくてはならないこと……グアランの言葉を思い出して硬く拳を握った。

「分かりました……。援軍が来次第、この場はマットウ将軍たちに任せます」

「うむ、それでいい……」

「将軍!」

 突然、テインタンが叫ぶ。

「どうした!?」

 テインタンは丘の下方の山林に目を凝らしている。

「あれは……堂杜様です! 敵に追われています!」

「テインタン援護だ! 皆もすまん! 我が軍が来るまで力を貸してくれ!」

「はい!」

 山林から飛び出してきた祐人はグアランの兵たちと共に、丘を駆け上がってくる。さらによく見れば、その祐人は誰か負傷兵らしき者を背負っていた。
 マットウにはその祐人が背負っている人物がグアランであることがすぐに分かる。

「あ、あれは、グアラン! 怪我をしているのか!?」

 マットウはすぐさま自身もライフル銃を拾い、祐人たちの後方に狙いをつけた。
 その直後、マットウは目を疑うような光景を見る。
 おびただしい数の化け物たちが、その山林から所狭しと姿を現したのだ。その化け物たちは我先にと祐人たちを追いかけ、魔狼は咆哮を上げて攻撃を仕掛けている。
 祐人はグアランの様態を気にしてか、いつもの動きに精彩がないことが窺えて、グアランの傷の深さが伝わってきた。

「将軍! 空からも!」

 グアランの心配をする暇もなく、テインタンの悲鳴にも近い叫び声で、空を覆わんばかりのガーゴイルがまだ距離はあるが、祐人たちの後方の山林の上空に蠢く大きな暗雲のように迫ってくるのが分かる。

「な、なんという数……」

 思わず唸るマットウの背後でこの絶望的な状況に膝が笑い、力が抜けて座り込んでしまう兵もいた。現在、ただでさえ劣勢なところに数えんばかりのガーゴイルが兵たちの希望を奪っていく。
 だが、マットウは奥歯を噛みしめて振り返り、背後にいる戦意喪失寸前の十数名のグアラン麾下の若い兵たちに檄を飛ばした。

「狼狽えるな! 全員、構え! 私は何度もこの難敵を退けてきた! お前らは死なさん! いいか! 決して、あきらめるなよ! あそこにいる少年は化け物退治のスペシャリストだ! 味方が来れば何とかなる!」

 マットウのその言葉に僅かな希望を取り戻した兵たちは、ハッとし立ちあがると隊列を組んで銃を構える。

「味方に当てるなよ! あの後ろから来る化け物どもに鉛玉を叩きつけろ!」

「「「「おおー!」」」」

 そのマットウの号令を受け、兵たちは一斉に射撃を始めた。



 重傷のグアランを背負い、祐人は背中からグアランの生温かい血の温度をその背に感じていた。

(クッ、止血したところが! 出血が止まり切らない……このままではグアランさんが!)

 祐人が駆け付けた時にはグアランはその腹部に魔狼の放つ牙を含んだ咆哮を受けてしまったと聞いた。
 祐人には治癒能力はないが、仙氣をグアランの経穴に送り込み、止血とグアラン自身の治癒力が上がるように処置をし、応急手当をした。本来はそのまま安静にさせて、本格的な治療が必要であるのだが、そのような状況ではないため、祐人がグアランを背負い退却することになった。
 この処置の間にガルバンという老指揮官と横で泣いている若い兵からグアランの怪我の経緯を聞いた。
 グアランは妖魔との交戦中にグアランの命令に背いてこの場に残り、戦っていたこの若い兵士を見つけ、すぐに引けと怒鳴りつけた。
 その若い兵士は涙を流し、ようやくグアランの言いつけ通りに退却しようとしたところ、その若い兵士を狙った魔狼の咆哮に気付いたグアランがとっさに自らが盾になって庇ったのだそうだ。

(この人は死なせたくない! それに……この人はニイナさんの実の父親……)

 その後の敵妖魔の執拗な攻撃を避けながら、丘に走る祐人の背中でグアランは意識を朦朧とさせている。
 祐人は眼前に丘の裾野が見えてきた。

「皆さん! そこを抜ければ後は丘を駆け上がって下さい! 丘の上にマットウ将軍がいます! 援軍もこちらに向かってます! 身を隠すところがないですが、僕の仲間にそれでこそ力を発揮する能力者がもうすぐ来ますので、この妖魔たちの撃退も可能ですから!」

 先ほどの祐人の信じられない戦闘力を見せられたこともあり、ガルバンをはじめとした兵たちもその言葉に一縷の望みをかけ、最後の力を振り絞る。
 祐人たちが山林を抜けると、一斉に背後の妖魔たちに援護射撃が入り、僅かだが祐人たちに退却だけに集中する時間が出来た。
 祐人は共に退却してきたガルバンたちを置き去りに、まずグアランを丘の上に運ぶことを考え、移動速度を上げて丘の上にいるマットウたちのところまでやってきた。

「グアラン!」

「閣下!」

 マットウがグアランを背負う祐人に駆け寄り、グアランの様態を見る。
 祐人はそっとグアランを横に寝かせ、改めて止血のため、経穴に仙氣を送る。
 グアランの愛弟子たちも、とっさにグアランの周りに集まり、泣き叫ぶ。
 そしてこの間にガルバンたちも到着し、祐人は立ち上がった。

「細かいことは後で説明します! このままではグアラン首相の容体が危ない。すぐに本格的な治療が必要です。ですが今は、この状況の対処です! 皆さん! 僕が敵に突っ込みますから、僕に気にせずに撃ちまくって下さい!」

 その戦場の理論を無視した祐人の指示にテインタンが思わず声を上げる

「無茶です! それでは堂杜様に当たります!」

「テインタンさん、大丈夫です! 決して僕には当たりません。それに遠慮している状況じゃないです! あのガーゴイルの大群が来る前にできるだけ多くの地上の妖魔を駆逐する! 火力を落としては絶対にダメです。必ず全員、生きて帰りますよ!」

 祐人の鬼気せまる気迫にテインタンは口を閉ざし、祐人に戦士の顔を見た。

「分かりました……堂杜様。 いいか! 皆、よく聞け! 今からこの堂杜様があの薄汚い化け物どもを殺りにいく! だが堂杜様には気にするな! 撃って撃って撃ちまくれ! この方はあの化け物どもと違い、お前らのハエの止まるような弾には当たらんからな!」

 テインタンにそのように言われるが、やはり数名の兵士は常識的ではないその命令に戸惑っているようだった。
 祐人はテインタンに軽くお辞儀すると、その臍下丹田に仙氣を急速度で昇華させていく。
 途端に兵たちは、突然きた、その祐人からの形容のしがたい圧迫感に、兵たちも何かがこの少年に起きていることを感じ取った。
 祐人は地面に並べられていた拳銃を拾い、テインタンたちの眼前に歩き、敵が迫ってくる方向との間に立つ。そして、振り返り兵たちに向かい合うと、何を思ったか、その手に持つ銃を自分のこめかみに当てた。
 一体、何をするのかと兵たちが息をのむ、その前で、なんと祐人はその銃の引き金を絞り込む。
 銃声が眼前で鳴り響き、テインタンもマットウもその祐人の常識外の行動に驚愕した。
 だが……、

「ははは、ちょっと痛いや。でも、皆さん、分かったでしょう? 皆さんの弾には当たりはしませんが、当たったところで何の問題はありません! いいですか? 徹底的に撃ち込んで下さい! 僕はあのザコ妖魔とは違う! 何度も言いますが、全員、生きて帰りますよ!」

 祐人はこめかみのあたりを何事もなかったようにさすり、大声を上げる。
 この信じられない光景に、兵たちは呆然とするが、段々、呆れたような笑い声が所々に漏れてくる。そして、萎みかけていた兵たちの士気が目に見えて上昇したのが分かるものだった。ガルバンも丘の頂上に到着早々、とんでもないものを見せられ、笑みを零す。

「ははは! 分かりました! 撃ちまくりますよ! 当たっても文句は無さそうだしな!」
「信じられん! でも、望みはある!」
「あなたは一体……何かの化身なのでは……」
「ハッハ! 帰ったら一杯奢らせてくれ! 少年!」

 祐人も笑みを見せると、この間にも丘を駆け上がってくる妖魔たちに顔を向ける。

「行きます! 皆さん!」

 そう怒鳴ると、祐人は敵の大群の中央に鍔刀一本で、丘を滑走するように走り出し、祐人が飛び込んだ妖魔の群れから、人のものではない大量の血しぶきが吹き荒れた。
 その少年の人間離れした働きに、兵たちは目を奪われるが、それと同時に気力と闘志が沸き上がる。

「さあ、堂杜様の仕事を減らすんだ! 撃ちまくれ! 残弾は気にするな! まだまだ、ある!」

「俺たちもやるぞ! あの少年の帰るところを死守する!」

「「「「おおー!」」」」

 テインタンが叫び、ガルバンが怒鳴ると、雄叫びをあげた兵たちが我先にと引き金を引き始めた。

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