魔界帰りの劣等能力者

たすろう

結ばれた丘(ニイナの丘)②

 マットウが出発してすぐに、ニイナは瑞穂とマリオンを急かせて玄関前に用意してある車に乗り込んだ。

「すぐに出発して、アローカウネ! お父様を追って欲しいの」

 ニイナは助手席に乗り、瑞穂とマリオンは後部座席に座った。

「承知いたしました。お嬢様……」

 アローカウネは神妙な顔で応じる。
 アローカウネにしてみれば、これは主人の言いつけを破ったことにもなる。
 だが、昨夜にアローカウネはこのニイナのお願いを受けると約束したのだった。



 昨晩の夕食後、瑞穂とマリオンが来る前にアローカウネはニイナの自室に呼び出された。
 そして、ニイナから明日、マットウが行くであろう、あの丘に連れて行ってほしいと懇願される。
 アローカウネは当初、丁重に断り、また諫めもした。だが、切実な表情でニイナにお願いされ、そして、例えニイナをここで止めたとしても、一人だけでも追いかけるかもしれない気迫を感じた。
 その時、アローカウネはただニイナの顔を見つめ返した。
 そして、目を静かに瞑り、嘆息すると再び目を開けて覚悟を決めた表情をする。

「分かりました……マットウ様が出た後にすぐに車をまわします」

「ありがとう! アローカウネ! 私、どうしても知りたいの。お父様がここに帰ってこられる時、必ず一人で、あの大きな木のある丘に足を運んでいることは知っていたわ……。私はそれに気づいてから父がそこで何をしているのか気になって仕方がなかった。実は一度だけ、父がいない時に、一人で行ったこともあったわ……。私にはその時、別に何もなかった……。でも、でもね、やっぱりあそこには何かがある気がしてならないのよ!」

 ニイナの言っていることに理屈はないかもしれない。だが、父マットウを尊敬し、ずっと見続けてきたニイナにとってはどうしても、気になる場所であった。そして、それでいて自分にまったく関係のない事とも、何故かニイナは思えなかったのだ。

「……やはり、ニイナお嬢様はあの方によく似ていらっしゃいます」

「え?」

「ニイナ様のお母さまであられる……ソーナイン様に」

「……」

「ニイナお嬢様、何はともあれ、このアローカウネは承りました。この職をかけてもニイナお嬢様をお連れ致しましょう」

「うん、お願い。でも、アローカウネを追い出すなんてことはないわ。もし、そんなことになったら私も出て行って、お父様を困らしてあげる」

「……ふふふ、そんなところも、ソーナイン様にそっくりです、ニイナ様」



 アローカウネの車が出発すると助手席に座るニイナは体をかがめてゴソゴソと、何かを取り出すようにすると、小さなスピーカーのついた機械を取り出した。
 それを後ろから怪訝そうに見ていたマリオンは同じくニイナを後ろから観察する瑞穂と目が合う。

「ニイナさん、それは?」

「ふふふ、これは今朝、お父様の服に仕掛けた高性能の盗聴器よ。結構な距離まで受信できるの」

「「「え!?」」」

 思わず声を上げる瑞穂とマリオン。さすがにアローカウネも驚き、何とも言えない困った表情になる。

「私が現地に行っても、誤魔化されて、何かあっても隠されるかもしれないと思ったの」

 ニイナの言い分も分からないでもないが、それはやり過ぎではないかとも瑞穂たちは思うが、本人の真剣な顔に口出しも出来ず、顔を引き攣らせただけになる。

「ニイナお嬢様……」

「大丈夫よ、当たり前だけど全部私が勝手にやったことだから。あ、イヤホンがない! ……仕方ないわ、アローカウネは口が堅いし、瑞穂さんたちは部外者で仕事が終われば日本に帰る人たちだし、もうスイッチを入れる……」

「え? いいんですか!? もし、重要なことを話していたら……」

 と、瑞穂も、それは良いのか? と言う意味でニイナに声をかけるが、

「いいのよ、それにそうしないと私も聞けないし、車の中には祐人さんもいるから、どちらにしろ同じようなものよ」

 意外に大胆で適当なところがある子だったんだな、と瑞穂もマリオンもニイナの性格の一面を知った。
 ニイナが盗聴器のスイッチを入れると、さっそく電波を受信し小さな雑音が聞こえてくる。

「えっと、音が小さいかしら?」

 そう言い、ニイナは音量を調節すると、マットウの乗る車の中の会話らしき声が聞こえてきた。ニイナはよし! という感じでアローカウネの運転する車の中央にある台に盗聴スピーカーを置いた。

“うむ……これから、ある人物に会いに行く。いや、迎えに行くと言った方が正解かな?”

「あ、お父様の声よ!」

“ふふふ、その顔は何か掴んでいるような顔だな、祐人君。君も……いや、機関の方かな? 中々、侮れない情報網だな。まあ、能力者たちというのは、我々の思いもよらない方法を持っているかね?”

“え! いや、そういう訳では……。ある人物とは……グアラン首相ですか?”

 黙って聞いていたニイナいる車中全員に、この祐人の発言で驚きに包まれる。そして、それに対するマットウの応答にも。

“ああ、そうだ。私の生涯の親友であり、私の半身でもある男だ。よく、分かったものだ、こちらに来て一週間も経っていないというのにな。この数年来、誰にも感付かれたことがなかったというのに……”

 ニイナはこの全く知らなかった驚愕の事実に半ば放心状態になる。ニイナしてみればグアランとは父マットウの最大の政敵の一人なのだ。それが己の半身とまでマットウに言わしめるその発言の意味するところに理解がどうしても追いつかない。
 シーンとしたニイナたちを乗せる車中。
 そして、それは瑞穂とマリオンも同様だった。グアランの件もそうだが、瑞穂とマリオンは祐人は何故、このことを知ったのか? どういった情報を掴んでいたのかが想像が出来ない。
 そのような中、アローカウネは表情を変えず前を向き、ハンドルを握っていた。
 スピーカーからはマットウたちの会話が進んでいる。

“――――ただ、これは信じてもらうしかないが、すべてはミレマーのためだった。私とグアランの誓いも、これから行く場所で始まった”

“マットウ将軍、私のさっきの情報は私独自の情報源から手に入れたものです。ですので、このことは機関はもちろん、瑞穂さんたちも知りません”

 瑞穂とマリオンはその祐人の発言に真剣な目を合わせる。
 独自の情報源とは……一体。
 別にそれがあったからといって、問題があるわけではない。今、マットウの車中で話されている内容も、まったくとは言わないが敵能力者からのマットウの護衛と密接に関わることではない。
 これは高度に政治的な裏の話だ。とはいえ……何故? とは思ってしまう瑞穂たち。

“そうか、それは良かったというのかな? まあ、今日の夕方にはすべてが明かされることになろう。ただ、ここまで知った二人には先に伝えて置く。今日、我が友を迎えに行くことは、本来の計画にズレが生じたのだよ。本来は我々が合流するのは本当はもっと後だった”

 ニイナは今、表情を消しスピーカーに耳を傾けていた。そのニイナをアローカウネは気づかわし気に見つめる。

「ニイナ様……」

「私は大丈夫よ、アローカウネ。ちょっと、驚きはしたけど……お父様にも色々な過去があるのは当然なこと。考えてみれば、たった数年でミレマー国内の状況は急変したわ。その中心にはいつもお父様がいたのは偶然ではなかったということだけよ。グアラン首相が共謀していたのは、さすがに想像も出来なかったけど」

“それで、マットウ将軍、行き場所は?”

“ああ、そんなに遠くではない。このミンラとグアランの故郷であるジーゴンの中間にある、名もない丘だよ。そこでよく幼少のころからグアランと……ニイナの母であるソーナインと遊んだところだ。私たちは三人でそこをニイナの丘と呼んでいた”

 ニイナ、という名前が出てきて、ニイナは目を見張る、こんな話は父マットウからも聞いたことはない。

“ニイナの丘……。それじゃあ、ニイナさんの名前は……”

“ああ、そこからとった。ニイナという言葉はこの地方の古い言葉で、[結ばれる、結ばれた]という意味があるのだよ”

  ニイナは強く口を結ぶ。

(あの場所は……私の名前の由来になった丘……だった?  お父様たちはどんな思いを、あの場所に残したの……?)



 マットウの乗せた車中で祐人は、窓の外を眺めた。山際の道を車は進む。
 祐人の座る側からはミレマーの美しい田園風景とその奥にある山々、また、所々に小さな森が点々と見え、青々とした空から注がれる太陽の光と田園を駆け抜ける緩やかな風が目で確認することが出来た。

 これはミレマーの原風景とも言うべきものだろうな、と祐人は心静かに感じていた。
 車の進む前方には平野部に広がった山林が見え、この道もその中に続いているのが分かる。そんなに深い山林ではなく、その木々の頭を超えた先には大きな丘の頂上が見え、その丘のてっぺんに一際大きな木が根を下ろしているのが分かった。
 祐人はそれを見て、あれがマットウの言っていたニイナの丘であると直感した。

「うん?」

 突然、祐人が緊張の走った顔をする。
 そして、祐人は車の窓を開け、顔を車の向かう前方に向ける。
 マットウは横でどうしたのか? と祐人を見た。祐人は顔を戻すとすぐにテインタンに大きな声を出した。

「テインタンさん! 車を止めて!」

「え!?」

「どうしたのかね? 祐人君」

「前方から銃声らしきものが聞こえます。しかも、これは複数……」

 テインタンもマットウも顔色を変える。三人は車を降りて、祐人の言う方向を睨む。

「私には何も聞こえんが……テインタンは?」

「私にも……」

 だが、祐人は車の外に出たことで、さらに確信を強める。そして、丘の上空のさらにその先、人の視力では確認できないほどの距離にある空間を祐人は睨んだ。
 祐人の顔に戦慄が走り、 祐人が顔色を変えて、マットウに訴える。

「あれは! マットウ将軍、敵の妖魔がいます! こ、これは、すごい数だ、あそこで何が起きて……いや、それより! マットウ将軍、すぐに引き返しましょう!」

 だが、マットウはそれを祐人に言われて、ハッとしたような顔になる。

「テインタン!」

「はい!」

「丘に急ぐぞ!」

「分かりました!」

 そのマットウの言葉を聞いて、祐人は目を剥いた。
 テインタンはマットウの命令に従い、素早く運転席に戻り、マットウも飛び込むように車に乗り込んだ。祐人もその二人の行動に反射的に車に乗り込む。
 テインタンは車を急発進させて、猛スピードで前方の丘に向かい車を走らせていく。

「将軍! 一体、何を! 危険すぎます!」

「祐人君の言っていることが正しければ、あの丘の向こうにいるのは……グアランだ。うちの部隊はあのようなところに展開はしていない」

「あ……!」

「何故、グアランが敵の妖魔に……いや、それよりも、あいつをここで、見殺しには出来ん!」

「し、しかし! マットウ将軍! あの数は尋常じゃないです! もし、あの妖魔が波状攻撃をしているのであれば、僕ではマットウ将軍を守るのが精一杯です! 僕じゃあの広範囲をカバーできません! せめて……瑞穂さんとマリオンさんがいてくれれば……」

「祐人君、すまぬ。護衛の仕事をしている君から見たら、確かに私はとんでもない大馬鹿者だよ。だが、これは私たちだけの問題ではないのだ。グアランと会うことはこのミレマーの未来にも関わる!」

 マットウは顔を前方に向けたまま、力のこもった重い声を出した。

「祐人君は最悪の場合、我々を置いて逃げなさい。いや、ここで車を降りてもいい。これは君の忠告を守らなかった私たちの責任だ。いくら護衛の仕事とはいえ、ここまでついて来ることもないだろう。心配しなくても、もちろん機関に報酬も全額払う。これは君のせいではないのだからな……」

「何を馬鹿な事を! グアラン首相がいなくても、マットウ将軍が生きていれば、まだ……」

 祐人は何かを言いかけて言葉に詰まってしまった。
 何故なら……マットウが笑っていたからだ。
 それは静かに、これから死地に向かう人間とは思えない笑顔を祐人に向ける。
 それは、すべてを覚悟し、受け入れて、それでもなお捨てられないものを拾いに行くという表情だ。
 祐人は言葉を失った……。この顔をした人たちを魔界でも見たことがあるのだ。
 暫くその顔を見つめ返し……祐人は目を瞑りマットウのその笑顔に苦笑いで返す。

「分かりました、マットウ将軍。もう止めませんよ。ただ、僕も全力でマットウ将軍を守らせて頂きます」

 祐人の言葉にマットウは笑顔から驚きの顔をするが、祐人の目と顔を見つめ……今度はマットウが苦笑いをした。

「ふふふ……何とも、君も随分と……酔狂なことだ」

 テインタンも運転をしつつ、笑みを漏らしている。
 そこに、マットウの車に設置してある無線機が突然、鳴った。
 テインタンが何事かと無線機を取る。

“マットウ将軍! こちらは四天寺とシュリアンです。私たちもそちらに向かっています! あと、祐人! 馬鹿なことを言っていないで、こういう時はすぐに無線で連絡! 分かった?”

 無線から聞こえてきた瑞穂の声に驚いた祐人。盗聴されていることを知らない祐人にすれば何故、こんなにもタイミングが良いのかと思わなくもなかったが、今はこんなに有難い、応援はない。

「分かった! 瑞穂さん! 何とか瑞穂さんたちが来るまで持ちこたえるよ!」

“こっちも、そんなにかからずに着くから! 待ってなさい!”

 そう言って無線機が切れた。

 祐人とマットウは顔を見合わせて、今回のこの難関ともいえる状況を切りぬけられる望みが大きくなったこと確認するように頷きあった。



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