魔界帰りの劣等能力者

たすろう

マットウの娘 ニイナ②

 祐人はニイナがそっぽを向き、少々顔を紅潮させているのを見てニイナ言っている言葉が入ってきた。

「え? ニイナさんって……」

 ニイナは祐人の疑問に先回りするように、背筋を伸ばし正面を向き、話し出す。その表情にはほんの僅かだが寂しさを感じさせる影のようなものを祐人は感じ取った。

「知っての通り私はマットウという父をもって、そして、その父が民主化を推進する盟主になっていくにつれて、周りの子たちと違う境遇で育てられたわ。本当に小さい頃はそうじゃなかったんだけど、今は外出にも許可がいるし、どこに行くにも護衛が付くの。あ、別に不満があるわけじゃないのよ? それが立場だっていうのも分かっているから」

「そうですか……あ、でも、学校には通っていないんですか?」

「行ったことがないわ。私の知識と教養はすべて家庭教師たちに教わったものよ。それにミレマーの高等教育機関はほぼすべて軍の管理で、父の考えている教育と違うものだったみたいだから。だから、私に同世代の知り合いすらできなかったの。小さい時に遊んでた友達とも、会うこともなくなってしまって……」

「……そうなんですね」

「だから、祐人だけじゃなくて、あの二人の護衛の女の子たちとも話がしたいと思ってたの。私にとってそれはすごく新鮮だったから」

「なるほど……分かりました! 後で瑞穂さんとマリオンさんにも話しておきますよ。あ、その二人のことです。仕事中は難しいかもしれませんけど、それ以外に時間がとれたら、こうやって話せるように」

 その祐人の申し出を聞くと、ニイナは初めて年相応の嬉しそうな顔を見せる。

「本当に!? それはすごく嬉しいわ。もちろん無理は言えないけど時間があれば是非お話したいわ。……それと実はさっき言った家庭教師の中には日本人もいたの。ちょっと変わった人だったけど、その人から日本のことを聞いたこともあるのよ。文化や考え方、その中に日本の学校のこともあったわ。その話が私は大好きで夢中で聞いていたわ。だから、祐人たちの話を聞いた時、一番最初に頭に浮かんだのが日本の話を聞きたい! だったの」

「そんなのお安い御用ですよ」

 ニイナがはしゃぐ姿をみて祐人は笑顔で応じた。ただ、祐人はそれと同時に不思議にも思う。それは、ニイナは自分たちが能力者であることを知っているはずだ。そういった場合のほとんどは、能力者についての質問が集中してくることが多い。
 能力者のような異質な存在を知った人はどうしてもそうなる。好奇心、興味、そして恐怖といったものが湧くのが自然だからだ。
 ところが、ニイナはそんなことよりも、同世代の人間との触れ合いの渇望が先にくるみたいだった。その証拠に今のニイナの表情は好きなことに夢中になっている少女そのものだった。

「でも、ニイナさんも大変ですね」

「何が?」

「だって、僕らと年齢ってほとんど変わらないのに、立場を気にしなくてはならないんでしょう?」

「それは仕方ないわ。それは私の義務でもあるんだから。確かに他の子たちとはちょっと境遇が特殊かもしれないけど、その代わりに生活に不自由がないどころか、苦労だって少ないわ。ミレマーでは明日の食べ物にも困る人だっているのが現実。だから、私は将来、ミレマーの、ミレマーに住む人たちの役に立たなくてはならないと心に誓っているの」

 ニイナの真剣になった顔を祐人は見つめた。

「……なんか、すごいですねニイナさんは。僕と同世代なんて思えないです」

「すごくなんてないわ。あなたも父の護衛で忙しかったかもしれないけど、少しは見たでしょう? このミレマーの状況を」

「……」

「私は父を心から尊敬しているわ。父はいつもミレマーのことを考えている。そして、私もミレマーが大好きよ。だから、私は何でも我慢が出来る。勉強をして、将来、父が描くミレマーという国の発展に貢献したいの。……私が小さい頃に少しだけ関わった友達たちは、皆貧しかったわ。着ている服もいつも同じだし、私と違って夕飯のない日だっていっぱいあった。でも、みんな優しかったわ……それに、みんなで笑うことだって出来た。それだけが私の同世代の人たちの思い出……」

 この人は……と祐人はニイナの話を聞きながら思う。
 ニイナは表情を硬くし、ソファーから立ち上がると応接室の窓の前に立つ。

「だから、私は今の腐敗した軍事政権が許せない。国民の貧しさに顧みることのないカリグダ元帥、そして、その片棒をかつぐグアラン首相のような人間が」

 祐人はニイナの姿をソファーに座りながら目で追い、そのニイナの言葉にハッとする。

(……グアラン首相。ニイナさんは知らないのか……そのグアラン首相がニイナさんの実父である可能性が高いことを……)

 祐人はガストンの情報から考えられた可能性を頭に浮かべ、眉間に皺を寄せる。

「私の母は、私の小さい時に亡くなったんだけど、でも少しだけ母の記憶はあるの。とても温かくて、いい匂いのする人だった。父からもよく聞くの、母がどんな人だったか」

「どんな人だったんです?」

 祐人は窓の外を見るニイナの後ろ姿に、心なしか気づかわしげな声で聞いた。

「春のような人だった……って」

「春のような?」

「ええ、そう。母がいるとどんなにつらいことがあっても、まるでこれから草木が芽を出し、花が咲くように希望が持てたって。どんなにつらい状況でも母が笑うと、冷たい冬の風が暖かな風に変わるみたいだったって……。私はそれを父から聞いたとき、敢えて聞かなくても父が母を心から愛しているのが分かって本当に嬉しかった。そして、父が私にニイナはお母さんに、ソーナインにそっくりだね、って言ってくれた時、私はあまりに嬉しくて父に抱きついたわ」

 そう言って、ニイナは祐人の方に振り返り優し気な笑顔を見せた。
 祐人もその笑顔に釣られるように笑顔を返す。
 だが、ニイナはその笑顔を暗い色彩の絵具で塗りつぶすように厳しい顔になった。

「……でも、その母も今の軍事政権に殺されたわ。困窮した市民が国に援助を求める運動を始めた時に」

「……」

「父からよく聞いていたわ。母もこのミレマーを心から愛した人だったって。そして、そのころからだったと思う。父の帰りが遅くなり始めて、鬼気迫るように仕事をしてどんどん出世していったのも。その時、正直言うと私は寂しかったわ。それで父に我が儘も言ったこともあったの。でも今になって分かった気がするの。父があの時……母が亡くなった時、何を決意したのかが」

 祐人は表情を消し、ニイナの目を見る。

「父は、この母の愛したミレマーにその身を捧げたんだって」

 ニイナは再び、祐人の座るソファーの前に座り、姿勢良く凛とした表情で祐人を見据えた。

「だから私も、このニイナ・エス・ヒュールも父マットウ・ネス・ヒュールに続き、このミレマーにこの身を捧げることを誓ったわ。あの小さい頃に一緒に遊んだ子供たちのように、今日の夕飯の心配なんてさせない国にするために。カリグダやグアランのようなミレマーに巣食う寄生虫を父が追い落とした後、私はミレマーを支える人柱になるわ」

「……」

 祐人は自分を見ているようで、その内実、もっと遠くを見ているニイナを目にその覚悟を見た。
 最初はわがままなご令嬢かとも思った。
 だが違う。
 この少女も戦っているのだ。祐人にとってこの異国の土地であるミレマーの将来のために。そして、これからくるであろう、もっと厳しい戦いにも備えるために。
 己の運命を己の意志によって受け入れて。
 祐人は真剣にニイナを見つめていると、ニイナは突然、ちょっと恥ずかしそうに祐人から目を逸らした。そして、既に氷も半分近く溶けたアローカウネの持ってきた飲みものを両手で持ち、口をつける。

「ご、ごめんなさい。こんな話をするつもりじゃなかったのに。こんなこと言われても祐人には関係なかったわね、忘れてちょうだい」

 そう言うとニイナは軽く頭を下げた。祐人は慌てて手を振る。

「そんなことないですよ。色んな話が聞けて良かったです。それにほら、色んな話が出来るのが、同世代ってもんですよ、きっと」

「そうかしら」

「そうですよ! 周りが大人ばっかりだからニイナさんも勘が鈍ってるんですよ。だから、全然、気にしないで下さい」

「ふふ、ありがとう、祐人」

 まるで、不器用なフォローの仕方ね、と言っているような顔に祐人は赤面する。

「あ、そういえばニイナさんっていくつです? ひょっとして僕よりも年上ですかね?」

「レディーの年齢を聞くなんて祐人は失礼ね。それに何で年上なんて思うのよ」

「あ、すみません! いや、僕なんかよりすごいしっかりしてるから、つい、そう思っただけで……。他意はないです、忘れてください!」

 拙かったと思い、祐人はあたふたしてしまう。
 その祐人の滑稽な仕草を見て、ニイナは思わず吹き出した。

「あはは! そんなの気にしてないわよ。私は15歳よ、私ぐらいの歳の女の子が年齢を聞かれて失礼だなんて思わないわよ。もう、本当に面白い人ね」

「ははは……ああ、じゃあ、同い年ですね。瑞穂さんやマリオンさんも同い年だから、気兼ねなくいけますね」

「ああ、そうなのね、それは良かったわ。短い間だと思うけど、よろしくお願いね、祐人」

「はい、よろしくお願いします」

「じゃあ、今度、学校の話とか教えてね、勉強のこととかも」

「あ、はい。でもニイナさんの方が勉強は進んでいるかもしれないですけど」

「そうね、実は私、4日後の朝には父がアメリカに行くのに付いていって、そのままアメリカの大学に留学する予定だから。だから、経験することのない高校の話とか聞いてみたいのよ」

「え!? そうなんですか? やっぱりすごいなぁ」

「そこで政治学と経済学、特に民法と商法を修めてくるつもり。その後は父に従ってミレマーの仕事に従事するつもりよ」

「へー、でも分かりました。今度、学校の話をしますね」

 ニイナは笑って頷く。

「あ、さすがにそろそろ夕食の支度が出来たんじゃないかしら。じゃあ、後ほど、祐人」

「あ、はい。僕も一旦部屋に戻ります」

 ニイナは立ち上がると、ミレマーのお辞儀なのか右手で腹部をおさえ、左手でスカート部分を摘み、深々と頭を下げたので、祐人もとにかく頭を下げた。
 そして、ニイナは先に部屋を後にする。祐人はニイナの姿がなくなると真剣な顔になる。

「こんなにもミレマーのために戦っている人たちがいる……僕は……」

 祐人はそう言うと、敵能力者の存在が祐人の頭から離れなかった。


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コメント

  • ノベルバユーザー333944

    ミレマーに春なんてあるんか?

    0
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