魔界帰りの劣等能力者

たすろう

ミンラ到着

 ニーズベックは放心状態でいた。

「ガルムが……倒された……だと?」

 ニーズベックは若いエクソシストの少女に超が付く上位魔獣ガルムが撃破されたこの事実をまだ受け入れることが出来ていなかった。
 だがニーズベックは徐々に意識が明瞭になってくると、怒り、口惜しさ、失敗、理不尽、そして、憎しみが増幅し、それらが混在し一緒くたになって叩きつけられた。

「あの機関の能力者どもが! 許さん! 許せるわけがない! このスルトの剣に歯向かうなど!」

 ニーズベックはヒステリックに叫び、暴れて、自身の召喚中に負っている怪我のことも顧みずに、その異様に長い腕と脚を振り回す。

「このようなことはあり得んのだ……」

 荒い息をしながらニーズベックは、この結界に守られた廃村の小屋から出ようとした。

「よかろう……私自らそちらに出向いてやる。もう、マットウなどだけの問題ではない。あの機関から来た小僧と小娘たちに息をすることも後悔させてやろう……」

 そう言い、壮絶な笑みを浮かべニーズベックは小屋の粗末な扉に手をかけた。

“ニーズベック……”

「ハッ、ロキアルム様!」

 ニーズベックは突然聞こえてきた主の声に、慌てて膝をつき平伏する。

“そちらの首尾はどうか?”

「ハッ……はい、今から私が出向き、奴らの息の根を止めて参ります!」

“……ククク、もう良い。分かっておるぞ……。失敗したのだろう”

「いえ! まだです! これから……」

“だからもう良いと言っている。お前が前線に出向くこと自体が失敗を物語っておるではないか。ミズガルドもやられたか……”

「は、はい。し、しかし……」

“もう放っておけ。それより、すぐにあの地へ向かうのだ。そして、私も用事を済ませてそちらに向かう”

「……」

“お前が必要なのだ、ニーズベック……”

「は!? い、今、なんと?」

“お前が必要なのだ。もう、そちらの仕事にもう意味はない。それよりも我々の悲願が叶う時が来たのだ。我々の聖地になるはずのあの地に向かい、召喚の儀式の準備をすすめるのだ。良いか?”

「ハハー! 承知いたしました! ロキアルム様! すぐに出立いたします!」

 ニーズベックは感動に打ち震えるように、額を地面にこすりつけた。

“心配するな、ニーズベック。これが成れば、お前の今回の口惜しさも晴れる。あの機関からの能力者どもだけでなく、すべての能力者が慌てふためくだろうよ……”

 そこで念話が途切れ、未だに感動の解けないニーズベックは姿を消した。

 そして、念話の主であるロキアルムは念話を切ると、口を歪ませた。

「ククク……そうだ、ニーズベック、お前が必要なのだ……ククク……」



 祐人たちは夕方に差し掛かる頃、ミンラに到着した。マットウ麾下の護衛兵たちも今回の襲撃を退けた後、何もなく到着し、ホッとした面持ちでマットウをマットウの屋敷まで送り届ける。
 マットウはミンラに到着すると、まず装甲車を降り、兵たちを慰労した。そして、その足で祐人たちの乗る軍用ジープにも顔を出し、謝意を示す。

「この度も、力を貸して頂き感謝する」

 瑞穂は車を降りて応対した。

「いえ、マットウ将軍、これが私たちの仕事です。お気になさらず」

 祐人もマリオンも車を降りて、瑞穂の横に来て頷いた。マットウは祐人たちを見渡すと真面目な顔になる。

「テインタンのこと申し訳なかった。まさか、あいつが敵の能力者に加担しているとは露にも思わなかった……あいつは新兵の時から目をかけていた男だったのだが……」

 マットウは落胆の色を見せないように冷静さを保とうとしているが、その声色から悲しみが滲み出ていた。そこに、マリオンがマットウに声をかける。

「いえ、将軍。テインタンさんは裏切ったのではありません。敵に操られていたんです」

「は!? なんと!」

「はい、今までこれに気付けなかった私たちにも責任があります。申し訳ありませんでした」

「いや、そんなことが! では、今、テインタンは?」

「はい、いま、救護班の車で寝ております。先程、簡易的にではありますが、破魔の処置を致しました。おそらく、そのうちに以前のように戻り、目を覚ますでしょう」

「まことか! すまぬ! 恩に着る、シュリアン殿!」

 マットウは息子のように思っていたテインタンが、操られていたことに驚いたが、今は何よりもマリオンに無事に元に戻ると聞いて心から安堵し、そして喜んだ。だが、すぐにマットウは顔を真剣なものに変えた。これは考えれば非常に由々しき問題だ。マットウの懐刀でもあるテインタンでさえ操られてしまうのだ。これではもはや、どこに敵がいるか分からない。

「だが、どのようにしてそれが分かったのかね?」

 マリオンはマットウの表情から、その問題についての質問と理解した。

「あ、はい、実は敵の術が精巧に編まれていて見ただけでは分かりませんでした。ですが、直接触れることさえできれば、見抜けそうです。一番良いのは、その人の額に触れるのが確実なんですが……握手でも大体はいけると思います」

「そうか……」

 マットウは危惧したことに一応の対処方法があることを聞き、安堵の顔で頷いた。

「念のため、将軍の周りの方々は私が調べたいと思います。スパイの存在は気にかけていたのですが、敵の術の存在にまでは私たちの未熟さで気付かず、テインタンさんのも瑞穂さんからの話で初めて調べて分かりましたので。この手の術を見破る修行を散々していたのですが……申し訳ありません」

「いや、それは君のせいではない。頭を上げてくれ。それに、それが分かっただけでも大きな成果じゃないか。しかも、治療までしてくれた。勝手な言い草だが、今後とも頼む」

「はい」

 一通りの話が終わり、瑞穂はマットウに今後の予定を聞いた。

「うむ、一旦、私の屋敷で会議を開く、今回のテインタンのこともその場では共有する。もちろん、そのまえに参加者はシュリアン殿に調べてもらいたいが……」

「あ、はい、もちろんです」

「君たちは私の屋敷で部屋を都合するのでそちらに来てもらいたい。その後、私はちょっと秘密裏に出向かなければならないところがある。テインタンのこともあり、出来れば単独で行きたいぐらいなのだが……」

 単独でも……というマットウの言葉に瑞穂は驚く。

「将軍それはいけません! 今回、敵を撃退はしましたが、まだ何があるか分かりません。護衛の任務にあたっている私どもとしては、それは考え直して頂きたいです」

「ふむ、君の言う通りだと思う。そこでだ……堂杜君」

 マットウに話を振られて、何かな? と祐人は前にでた。

「はい?」

「堂杜君にその時の護衛を頼めないかな? いや、あまり目立ちたくないのでね、男性の君の方が都合がいい」

「二人で、ですか?」

「うむ」

 祐人は瑞穂の方に顔をやり、判断を仰いだ。
 瑞穂は、完全に納得したわけではないようだったが、軽く嘆息し頷く。今までも護衛泣かせなところがありそうな将軍だ。今更、というところもあるのだろう。
 また、瑞穂は今回の件で機関に報告と調査を依頼するつもりでいたので、少々忙しいということもあった。単独の護衛という意味では祐人ほどの適任もいない。

「分かりました。その時にはお声をかけて下さい」

「すまないな、それまでは私の屋敷でゆっくりしていてくれ」

 そう言うとマットウは自身の装甲車に帰っていった。

「それでは行きましょう、皆さん。皆さんも戦いで疲れてるでしょう」

 グエンが声を上げると、三人も頷いた。



 グエンの運転する軍用ジープはミンラの街中に差し掛かる。ミレマーの新しい町を見るのは初めての祐人は窓の外を興味深そうに見ていた。それに比べ、瑞穂とマリオンは、やはり疲れがあるのか、静かにしている。

 ミンラはヤングラほど大きな町ではない。そのため街並みもヤングラほど活気があるようには見えないが、祐人は外国に来たことは初めてなので、どれも新鮮に見えてちょっと散歩できないかな、などと呑気なことを考えていた。

 マットウの屋敷はこのミンラの町の中心部を南から北へ通り抜けたところにあるようで、今、車が走っている南北に延びる大通りの最北端に位置しているとグエンに教えてもらった。

(確かにヤングラに比べると小さいけど、それでもそこそこ人口はありそうだな。意外と道路も整備されてるし、碁盤目状に道が作られているから道に迷うこともなさそう。あ、カフェまであるよ! うん? ホテルのカフェか……うーん?)

「はあーーーーん!!」

 いきなり静かな車中で祐人が大きな声をだした。そのため、グエンをはじめ瑞穂とマリオンが驚いてひっくり返りそうになる。

「な、何があったの!」

「どうしたんですか!?」

「ドウモリさん? 敵ですか!?」

「あ……ご、ごめん。今、知り合いにそっくりな人がいて吃驚したんだけど、人違いだったみたい……」

「ちょっと! 驚かさないで、祐人! 私は疲れてんのよ!」

「祐人さん、もう驚きましたー。ここはミレマーですよ? こんなところに知り合いなんて……」

「ほ、本当、ごめん」

 瑞穂とマリオンは休んでいるところに、ありえないことで声を張り上げた祐人に不満が噴出する。グエンでさえ、溜め息をつき、祐人は一気に車中での居心地が悪くなった。
 祐人が前を向いて、小さくなったのを見てまたそれぞれに、休みをとる。
 だが、

(あれは見間違いじゃない。あいつ、手を振ってんだもん! ここに瑞穂さんとマリオンさんがいるんだぞ! バレたらどうすんだ、あんにゃろうは!)

 祐人はワナワナしながら、小声で唸る。

「こんなところまで来て~! もう! ガストンは!」

 祐人は、困った友人の行動に頭を悩ませた。



 グエンの運転でミンラの南北の大通りの最北端にまで来ると、前方にマットウの屋敷と思われる大きな門が見えてきた。その大きな門の前には兵が数名常駐し、辺りに目を光らせている。
 マットウは今、ミレマーにおいてカリグダの軍事独裁政権の最大の政敵である。実際、証拠は残してはいないが、カリグダが雇ったと考えられる能力者であり暗殺者を放ってきている。これぐらいの厳重な警備は当然と言えた。

「ここがマットウ閣下のお屋敷です」

 グエンが祐人に言うと、祐人も遠目からあれかな? と思っていたので頷いた。ただ、思っているより敷地が広く、門のところで警護の兵とグエンが運転席からやり取りをしているが、屋敷が全く見えない。
 恐らく、入口から続く木々を抜けたところにあるのだろうと祐人は推測した。

「では、お屋敷の前まで行きますね」

 祐人の予想通り、森と言っていいほどの規模の木々を抜けると、開けた庭が現れ、その奥に大きな洋風の屋敷の玄関が姿を現した。見た目はちょっとした迎賓館のようにも見える。

 既に数台、マットウとマットウの幹部を乗せていた車が玄関の前に停車していたので、その後ろにグエンは車を止めた。

「さあ、皆さん、降りて下さい。私はここまでですので、あとは家宰がドウモリさんたちを案内するでしょうから」

「グエンさん、ありがとうございます」

 祐人がお礼を言い、後ろの瑞穂とマリオンも謝意を示した。

「いえいえ、何を言うんですか! 皆さんがいなかったら私たちは今頃、ここにはいません。この程度でお礼を言われちゃ困りますよ」

 そう言うとグエンは、軽く祐人たちに敬礼をして車に戻った。

 祐人たちは自分の荷物を持ち、玄関に近づくとすぐに執事と思われる初老の男性とミレマーの民族衣装と思われる服を身に着けた若い女性たちがやって来た。

「これは、申し訳ありません。私はこの屋敷の一切を任されているアローカウネです。一気にお客人が参られましたのでお待たせしてしまいました。四天寺様とシュリアン様と……男性お一人様ですね? ささ、荷物はこちらに預けて下さい。お部屋までご案内します」

(あー、僕の名前だけ伝わってないよ……)

 祐人は気の抜けた笑顔になるが、瑞穂とマリオンはともかく、祐人は荷物が少なくスポーツバッグ一つだったので、断ろうとした。

「あ、僕はいいですよ? 荷物、これだけなんで」

「「「「え!?」」」」

 祐人が言った途端に、使用人の若い女性たちが愕然とした表情をし、顔を青ざめさせる。
  そして絶望に満たされたように目を潤ませ……膝を折る者や互いの両肩に手を当ててすすり泣き始めた。

「ええー!! 何これ!? 僕? 僕のせい!? 今、なにか悪いことを言った?」

 祐人は驚いて瑞穂とマリオンの方に振り向く。すると、マリオンが苦笑いしながら教えてくれた。

「祐人さん、どうやらミレマーではこの手の仕事を断ってはいけないみたいなんです」

「え? そうなんですか!?」

 祐人はもう一度、前に振り向くと、

「おーー、お前たち! 可哀想なお前たちよ~!」

 アローカウネが使用人の少女たちに混ざり泣いていた。しかも、必要以上に大きな声……な気がする祐人。

「祐人、諦めてこの人たちにまかせなさい。どうやら、この国では相手の仕事を断るということは、仕事を減らす。仕事を減らすということは人を減らすことに直結しているみたいなのよ。だから、祐人みたいのは有難迷惑なのよ」

 瑞穂の表情から、最初は瑞穂も戸惑ったのだろう。なんとも極端な考えとも思うが、これもお国柄だというのなら従う方がいいだろう。
 祐人も納得して、まだ泣いている使用人の方々に先ほどの言葉を撤回した。

「あ! やっぱり運んで欲しいです! まあ荷物、これだけですけど」

「「「「……」」」」

 一瞬泣き止むが、反応がない。そして、また泣き始める。

「「「「うわーん!」」」」

「お、お前たち~!!」

「あれ!? 変化ないですよ!? どうして?」

「馬鹿ね、言い方が悪いのよ」

「言い方?」

「あ、さっき、祐人さん、荷物を頼むとき、大したことではないように言ったでしょう? あれは、仕事が簡単であまり必要ないという意味にもなるんです」

「えー!?」

 祐人は使用人たち目を向けると、全員、祐人を一瞬、チラッと見ていた。

「「「「……」」」」

(うん、なんか面倒くさい)

「あー、この邪魔臭い荷物、お願いできます?  もう、肩も凝って仕方がないし~。もう、こんなに持ってくるんじゃなかったよ~!」

「「「「かしこまりました! お客様!」」」」

 祐人の棒読みのセリフに、満面の笑みで、祐人のたった一つだけのスポーツバッグを3人で運ぶ使用人の少女たち。
 そこにキリッとしたアローカウネが姿勢正しく、お辞儀をした。

「それではこちらに……」

 ようやく祐人たちはそれぞれの部屋に案内をされる。

(大丈夫か? この国? 違う意味で)

 祐人の乾いた表情をみて、マリオンが苦笑い気味に説明する。

「ミレマーのこの風習というか考え方みたいなものは、使用人のような仕事に就いている人たちだけで、それも都会では大分薄れているもののようですよ?」

   そのマリオンの話を聞いて大きく頷き、安堵する祐人だった。




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