魔界帰りの劣等能力者

たすろう

反撃2

 
「ミズガルド! 聞こえるか!?」

「……? ニーズベック? ニーズベック?」

「ミズガルド! そこから離れろ! どうやらお前の居場所が割れた可能性が高い!」

「誰か来るの? あの小娘? 小娘? 嬉しい~、嬉しい~、あちらから来る~。俺、抱きしめる? ヒヒヒ……」

(チッ! このポンコツが……強化しすぎたか……)

「……違うぞ、ミズガルド……そこに来るのは男だ。お前を虐めようと機関から来たランクDの劣等能力者が向かっている」

「……男?」

「そうだ……男だ」

「お、男嫌い! 嫌い~! 硬くて美味くない! ミズガルドそいつ殺す!」

「そいつらに構うな! お前はそこからすぐに場所を変えるのだ! それだけでいい! ミズガルド、でなくば、あの小娘たちはお前にやらんぞ!」

「……う……うう」

「分かったか? ミズガルド。小娘が欲しければ、すぐにそこから移動しろ」

「ミズガルド、小娘欲しい~。分かった……移動する~」

「早くしろ、もうそこまで来てるかもしれん」

 そこで念話が途切れるとニーズベックは吐き捨てるように呟く。

「チッ、クズが……。このミズガルドもそろそろ交代か……。だが、次の代替品がまだ完成しておらん。まだこのクズでも、失うわけにはいかぬ。しかし、忌まわしきは機関の能力者! あのランクDの小僧……なんと言ったか……?」

 ニーズベックは当初、この増援として来たランクDの低能力者など眼中にはなかった。
 だが、今、この若輩で高ランカーでもないランクDの小僧に少しずつ、自分たちの思い描く絵が狂わされ始めていることを感じていた。そして主であるロキアルムによって編まれた戦術までもが看破され対策を練られたのだ。

 ミズガルドは霊力を出す能力と姿を隠す術以外は特筆するべき能力は持っていなかった。そのため、戦闘能力となるとニーズベックに大きく劣る。それでも、平均的な能力者に比べれば、優れてはいるがそれだけだった。
 そのため、ニーズベックはミズガルドをこの戦術の連携の駒として重用し、迷わずその場の移動だけを指示したのだった。

(…………。小賢しい小僧のラッキーパンチなど……どうでも良い。我々の真の目的は別にあるのだからな……。魔神の召喚さえなれば……このような小国など、どうとでもなる。ロキアルム様のご足労で、あの土地……あの奇跡の霊地は手に入った。フッ……これは事のついでよ!)

 ニーズベックは視点を切り替え、そのように考えると醜悪な笑みを零す。
 しかし、実はニーズベックはこのランクDの少年を危険な存在と頭では考え始めていた。そういう勘に能力者は優れているのだ。だが、感情がそれを認めない。認めるなどあり得ない。ランクDの小僧が危険な存在に成りうるなどということは。
 ニーズベックのこの強い感情的な拒否感がニーズベックの視点の切り替えを招いたことをニーズベック自身が気付いてはなかったのだった……。



 このようなニーズベックとミズガルドのやり取りが行われていたが、状況はそれよりも早く動いていた。祐人と瑞穂の行動が僅かにニーズベックたちを先んじていたのだ。
 今、祐人と瑞穂はこの漂う霊力の霧の大元になる能力者……ミズガルドを捉えつつあった。
 祐人たちはその敵能力者がいるであろう、上空に目をやる。その敵は目には映らないが、今は信じるしかない。
 二人は目を合わせると同時に頷いた。ここで時間をかける理由などない。この霊力の霧の発生源となっている能力者をここで撃破するために作戦を練り、ここまで来たのだ。

「瑞穂さん、念のため言っておくけど、敵の居場所にはある程度のズレはあると思って!」

「ふん、そんなことぐらい分かってるわよ。そんな誤差は私の術の展開する範囲内に納まるわ!」

 そう言うと瑞穂は目の前の草原に飛び出す。

「はあああ! 行くわよぉぉぉ!」

 溜めに溜めた精霊たちをここまで抑えて移動してきた。それだけで瑞穂の精霊使いとしての卓越した能力が窺えた。精霊たちが解放されたように凄まじいうねりを上げて、瑞穂を中心に回転を始める。

「大気と炎、踊れ踊れ! 南方の焔、西方の大風、汝らの邂逅はこの地にならん!」

 本来、精霊使いに詠唱の意味はない。これは四天寺流の詠唱だ。その瑞穂の詠唱が始まると、祐人は驚愕の表情を浮かべて、その瑞穂の能力発現に思わず声を上げてしまう。

「これは! この規模での多系統の精霊の同時行使! す、凄い! 多系統の行使は魔界でも扱える人はほとんどいないのに! この規模でコントロールする人は僕も一人しか知らないよ!」



 祐人は新人試験の時に瑞穂が天才と謳われ、名門四天寺家の次世代を担うとは聞いていた。だが、ここまでのものとは想像していなかった。
 今の瑞穂を見て……祐人は魔界にいた精霊使いが言っていたことを思い出す。

「精霊使いの能力の向上の仕方? 馬鹿か? 祐人は。精霊使いを精霊の掌握の強さで測るから能力の向上とか的外れなこと言うんだよ。精霊使いの武器はな、精霊にどれだけ愛されるか、何だよ。強くなりたいじゃねー、自分は精霊を知りたい、精霊に自分を知ってほしい、これを自然にやってるのが良い精霊使いってもんだ。俺ぐらいになるとな、精霊に嫉妬されて俺の取り合いになるからな。あ痛ててて! 特に火と風の精霊ちゃんは暴れん坊だ……あ熱ちち、って! おまえら止めろ!」

(シュールレさんの場合、素行が悪くて精霊に怒られてたような気もするけど……。でも、それも精霊に愛されていた証拠か……。じゃあ、瑞穂さんも……相当、愛されてんだな)

 祐人は魔界の精霊使いシュールレが、敵に襲われると精霊たちが勝手にシュールレを守っていたのも思い出した。
 祐人は瑞穂をジッと見て、あることを心に誓った。

(うん、この人は絶対に怒らせないようにしよう……)

 そして、瑞穂の術が成る。
 瑞穂は一瞬、祐人の方向から不愉快な空気を感じたが、それは後回しだ。

「ふうー。行きなさい、精霊たち、私の今までの憂さを晴らしてきてちょうだい!」

 途端に瑞穂を中心から強力な上昇気流が末広がりに上空に巻き上がる。
 祐人もその円錐の底が上空に広がっていくような上昇気流を目で追いかける。敵がそこにいるのか、あくまでまだ予想に過ぎないのだ。祐人は祈るように上空を睨む。
 すると……瑞穂の真上の上空であり得ないことが起きる。何ともないはずの青空に亀裂が走ったのだ。まるで鏡が割れるように空の一部が弾けるような音を立てた。

「あ、あれは! 瑞穂さん! 敵がいたよ! よし! 落ちてきたところを!」

 祐人は敵を確認すると木の裏から飛び出した。そして、祐人は愛刀である倚白の刀身を鞘から抜き放つ。
 瑞穂の真上の上空100メートル付近に、明らかに敵と思われる人の姿をした影が現れる。

(絶対に逃さない!)

 祐人は仙氣を噴出させる。瑞穂の攻撃で敵が落ちてきたところに、一刀を加える算段だった。ところが、瑞穂は祐人もゾクッとする声を零した。

「ふふふ……祐人。私の術はまだ発動していないわよ?」

「え? 今、発動してるんじゃ……ないの?」

 祐人が驚いて瑞穂に振り返ると……肩が勝手に飛び上がる。
 何故なら、瑞穂の次に放つ火精霊の溜めた力が凝縮され、さらに圧縮されて、瑞穂の右手に集まっていた。祐人には精霊術の細かいことなど知らないが、瑞穂のそれがとてもやばい・・・ものだということは分かる。

「祐人、あなたは引っ込んでなさい。ここはもういいから、マリオンのところへ行きなさい!」

「で、でも! まだ、敵は……」

「ーーー!!」

 上空から敵の能力者……ミズガルドの苦しそうな悲鳴が聞こえ、祐人は上空を見つめると、ミズガルドが風に囚われ、その五体を強制的に広げられているのが分かった。
 瑞穂から吹き出る猛り狂った上昇気流は、上空に向かい円錐状の底が広がるように吹き上がっていたが、その風がミズガルドを捕らえると風は徐々に一筋の風に絞られていき、さらにその勢いを増している。ミズガルドはその風の中で完全にその自由を失っていた。

 ミズガルドはニーズベックの指示通りに移動を開始する直後、突然の下方からの攻撃に襲われ、驚き、それに抗おうとするが、体に巻き付く強烈な風圧とかまいたちに全身を切り裂かれながら、行動不能に陥った。
 そして、ミズガルドは風に拘束されて徐々に地面の方に引きずり降ろされていく。
 ミズガルドは逆さになりながら下方を恨めしそうに睨んだ。そして、その視界に瑞穂が入る。

「ァガガガ! こ、小娘! ゴムスメ~! ギザマは~、オマエ~抱き締める~、俺の小娘~」

 瑞穂はそのミズガルドの視線を受けると、まるで汚いものを払うように自身の艶やかな黒髪を後ろに払った。

「はん! 悪いけど趣味じゃないわ! でも代わりに……あなたの抱きしめるべきものをあげるわよ?」

 そういうと瑞穂は右の手のひらの上に小さな炎を出現させる。だが、その炎がその大きさには相応しくない凶悪なものであるということは、横にいる祐人にも分かった
 瑞穂はその手のひらの上にある超高密度に象られた火精霊の塊を、眼前に掲げると、フウ、と優しい寝息のように、息を吹きかける。

「自身の罪を悔いて、地獄の業火に焼かれなさい……。あ、その時に……その地獄の業火と私の業火……どちらが辛いのか、比べながらね!」

 瑞穂の手から離れたその小さな炎。
 その炎は閃光ともいうべき、光を放ち、瑞穂の作り上げた上昇気流に乗った。

「のわ!」

 祐人は合図なしに瑞穂の放った炎の放つ閃光を両腕で目を庇いつつも、その炎が空に駆け上がる竜のようにミズガルドに向かっているのを目撃した。その炎の尖端がミズガルドに接触する。

「ヒ!! ゴムスメー! ゴムスベー! ゴム……」

 ミズガルドは逆さになった体の頭部から……炎の竜のあぎとに飲み込まれた。
 風の精霊によって集められた高純度の酸素に包まれたミズガルドは火精霊による高火力の炎によって、本来起こる高酸素状態での3000℃近い燃焼の数倍の熱量に包まれる。精霊の力を借り、無限に酸素が供給され、自然界に存在しない混じりけのない炎がそれを惜しげもなく費やす。

 ミズガルドはなりふり構わずに霊力の霧を解除し、自身の防御に霊力を集中した。
 だが、もはや……それは生物が存在できる環境ではない。ミズガルドの体は炭化しながら、上空から落下してくる。ミズガルドが瞬時に消し炭にならないのは、その霊力の防御膜と自身の蓄えた脂肪のおかげだった。
 炭の塊になったミズガルドの体は祐人たちの前方の地面に強かに衝突し、手足の部分であったろう部分が粉々に砕け散る。

「ふうー」

 瑞穂は、瑞穂の持つ対個体最強攻撃術を放ち、大きく息を吐いた。
 そして……そのすぐそばにいる祐人は瑞穂の放った超級の攻撃術に驚きを隠せずにいた。

「な、なんて術なんだ……」

 その祐人の呟きに瑞穂は、やや、青ざめた顔色で不敵に笑う。

「驚いたかしら? 祐人。これが……私の隠し玉よ……。名前はないわ……これは私のオリジナルだから。まあ、術の発動まで時間がかかるのが難点だけど……」

「いや……驚いたよ。瑞穂さん、これは……瑞穂さんが当初言ってた、僕が瑞穂さんの大技を繰り出すまでの時間稼ぎをする、という作戦は正しいよ。これだけの威力があれば……単純だけど、今回のような変則的な敵でなかったら、ほぼすべての局面で使える、強力な作戦になるよ!」

「……祐人。私を誰だと思ってるの……?」

 そう言ったところで、瑞穂はガクッと膝を折った。

「瑞穂さん!」

 祐人は慌てて近寄り、瑞穂の腕を取りその体を支えた。だが、瑞穂はすぐにそれはいらないとばかりに、一人で立ち上がる。だが、祐人は瑞穂の疲労困憊の顔色を見て、明らかに霊力の枯渇であることに気付いた。

「私は四天寺瑞穂よ! 機関の能力者の定めるAランカー! そして、近い将来にSSランクに上り詰める者よ! だから祐人! 私はいいから、早くマリオンのところに行きなさい! これで今回は私たちの完勝よ! あなたの立てたこの作戦を完成せるのよ!」

 瑞穂の鋭い視線を受け……祐人は静かに頷いた。

「……分かった。すぐにマリオンさんの援護に行くよ!」

 祐人はそう言うと、迷わず体を翻しマリオンのもとに向かう。
 祐人が立ち去るのを見て、瑞穂は……片膝をつき、笑う。

「ふふ、祐人……今の私には何となく分かってきたわ……。あなた……強いでしょう? だってさっきから精霊たちが伝えてくるのよ? 後は休んでいいって。何故なら、あなたがいるから……って。こんな声が聞こえるのは……成人の儀以来、初めてだわ」

 その時……

「二、ニ……ズ……ベック~……」

「!」

 突然、煙を上げている炭の塊から……うなり声が瑞穂の耳に入る。

「ニーズ……ベック……ロキ……ア……ルム……ザマ」

 だが、そこで声は途絶えた。
 瑞穂は全身を包む疲労に抗い……炭になったミズガルドの前に立つ。

(ニーズベック? ロキ……何? ロキ……ルム?)

 瑞穂は眉をひそめつつ、既に炭の塊になったミズガルドに目を落とした。


「魔界帰りの劣等能力者」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

  • 空色Ω

    結局、裕人はテインタンも最初は警戒していた癖に自分の特定した敵の位置をわざわざ教えたりしたわけだ。それこそラッキーパンチで倒せたけど、逃げられてもおかしくは無かったろ

    0
コメントを書く