魔界帰りの劣等能力者

たすろう

グアラン

 
 ミレマーの首都ネーピーに元帥府はある。ミレマーにも国会や行政府はあるが事実上、この元帥府が国家意思決定機関である。
 軍事政権の事実上のナンバー2であるグアランは、カリグダ元帥のいる元帥府の前に到着し、首相専用車であるロールスロイスの後部座席から降り立った。
 宮殿のように立派な元帥府を物々しく護衛する近衛兵が現首相に敬礼をする。

「近衛隊長殿、元帥は今どこに?」

「はっ! 現在、元帥は客人と面会中で司令部の応接室にいらっしゃいます。閣下には第二応接室でお待ちいただくようにとお達しがありました」

「では、そこで待たせてもらおうか」

 本来、近衛兵というものは世襲の王制で、その君主を守る直属の兵を指す言葉だが、カリグダが近衛兵という名で自身のエリート護衛部隊を設立した経緯があった。そこに、カリグダの自身に対する評価や考えが見え隠れする。

 グアランはしっかりとした足取りで、近衛隊長に先導させて元帥府に入っていった。
 グアランは現在五十五歳になるが、その風貌は若く見え五十代には見えない。髪もしっかりセットされていて、身長も高く堂々とした体格である。元は軍の制服組から政治家に転身した身であるので、カリグダの近衛隊長を前にしても見劣りはしない。

 グアランは両親、兄弟もおらず、妻を若い時に亡くし、その後も後妻を迎えなかったことから独り身である。亡くした妻との間には子も出来なかったと言われており、その噂が本当であれば天涯孤独の身だ。本人もその話を否定しないので事実であろうと言われている。
 こういったことから、その天涯孤独の身であるグアランが手段を選ばず、蓄財に勤しんでいる話を聞いた者は鼻で笑い、寒村の貧しい出自から金銭に執着があるんだろうよ、とか、実は裏では何人もの女を抱え込んでいるが、その卑しい出自から身分の低い女が趣味で、首相という過分な立場になり、妻には出来ないのであろう、と妬みや怨嗟を含んだ噂が其処彼処で囁かれている。

 元帥府に入り、グアランはすれ違う兵たちに敬礼を受けながら、第二応接室に向かい、その明らかに多く配置された兵を見て軽く嘆息する。

(尊大なカリグダも、随分と気の小さいことだ……)

 グアランは内心、このように考えるが、当然、顔には一切出さず歩を進めた。



 現在、ミレマーの首都ネーピーの元帥府は常時、厳戒態勢が敷かれている。
 これは、ミレマーの事実上の国主であるカリグダが、国内の民主化運動が軍の一部まで浸透し、完全には封じ込められないと分かったところから、このようにされていた。
 元帥府に厳戒態勢が敷かれて、既に一年、つまり、カリグダが民主化運動の完全な封じ込めを諦めた事件から一年が経ったことを意味している。

 それは一年前に旧首都ヤングラ、現在のミレマー第二位の都市で民主化を求める大規模なデモが発端であった。
 その訴えの主なるものは“軍の腐敗による不公平、不公正な法の運用で、軍による統治はもう限界にきている。このままではミレマーの未来はない”というものだった。
 だが、そのデモの内実は、社会の貧困化が根底にあり、また、単純に軍政権に加担する者、しない者で、貧困の格差がさらに極端化したということが大きな要因であった。

 人は差別、悪政、不自由な社会に所属していても意外とこれらに対し我慢強い一面がある。そのような困難な社会状況でも受け入れて生きていくことも可能なのだ。もちろん、その裏側には恐怖による統治というものがあることは多々ある。だが、それを差し引いてもこの我慢強い一面を否定することはできない。

 実際、地球上の圧政を敷かれた国々で暮らしている民衆のすべてが、その権力に常に逆らうというわけではない。不満や理不尽さを感じつつも、それを内に秘め、その社会の枠の中でより良い生活を望む、そういう生き方を選択することが大多数である。
 だが、そうではあっても民衆はある一定条件を満たせば、例え恐怖の対象である国家組織にも牙を剥くことがある。

 ある一定の条件……何点かあるが、その筆頭に挙げられるのは民衆の飢えを伴う貧困である。これは歴史的に見ても明らかな事実と言えよう。
 人は不自由でも最低限食べていければ、一斉に皆で命を懸けてまで戦おうと思うのは稀なのだ。
 もちろん、そうでない場合でも命を懸けて戦いに参加するという例はいくらでもある。

 分かりやすいところで言えば、圧政下にいるインテリ層の蜂起である。この場合、豊かになってきても、インテリ層はその圧政に対し理想に燃えた革命運動やひどい場合、テロやクーデターに手を染める組織も出てくる。
 そのため、独裁政権のような国家体制を持つ国などは、開明的な思想を持つインテリ層に対し、弾圧を加えることも周知の事実である。

 そして、多くの場合、事態を複雑化させるのは、そのインテリ層が燃える理想というのも千差万別で、それが現体制に比べ、より良い社会になるものばかりとは限らない。自分たちの理想を至上とした、ある意味、押し付けの迷惑な政治思想も多々、存在するのだ。
 だが、ミレマーの現状を言えば、貧困に伴う飢えとそれらに対し無策であった数十年に亘る軍事政権のツケが招いたものと言える。

 一年前のそのデモの規模は十数万にも達し、主に若い男性を中心としたそのデモは非常に危うい好戦性を秘めており、対応を間違えればミレマーでも歴史に名を遺すかもしれない惨状も予想されるものだった。
 当然、この時、軍事政権のトップであるカリグダはこのデモの鎮圧を指示した。
 しかし、軍事政権トップのカリグダが軍の重鎮達にそのように指示したのにもかかわらず、軍の重鎮達はその命令を受けたがらなかった。様々な理由や理屈を並べて、自分がその任に当たるのは難しい、相応しくない等々と、のらりくらりと躱す。

 重鎮達がそのような態度になったのには理由があった。それはカリグダの命令の中身である。

 それは「如何なる手段の選択も現場司令官に一任する」という文言があったことだった。
 その命令書に目を通し、どの軍の重鎮も二の足を踏んだ。何故なら、この文言の裏を読めば、何か起きた場合、すべての責任は現場の司令官に帰すると読めるのだ。これは如何にもカリグダらしいやり方だった。カリグダは決して責任を負うことはしない。称賛や手柄は必ず持っていくが、失敗や不名誉というものは部下に押し付ける。

 長年、カリグダの下にいる軍の上層部はこれを何度も目の当たりにしているし、骨身にしみている。ましてや、今回のデモは軍事政権が発足してから最大規模のものである。一歩間違えれば、鎮圧どころか、民衆の蜂起を誘発し、軍による凄惨な大虐殺にまで発展しかねない。
 そして、その場合、軍にも少なからずの被害も出ることも予想され、さらに鎮圧したとしても、その後の軍事政権の統治に大きなマイナス要因となり続けることは明白だった。

 そうなれば、当然、現場司令官の責任問題に発展する。カリグダの政治手法を考えれば、必ず現場司令官は極刑で始末され、その罪は親族にも発展し、それら家の財産もすべてカリグダに没収されるだろう。それをカリグダが民衆に大々的に発表し、民衆のガス抜きを果たすという道筋が容易に見えてくる。
 この国家の大事に際しても、こんな任務を受ける理由も気概も軍の重鎮たちには微塵もなかった。

 ところが……この明らかに困難な任務に自ら手を上げて、志願してきた者がいた。
 それが、現在の軍事政権ナンバー2、ミレマーにおける首相の地位にあるグアランである。

 当時、グアランは軍事政権で地方の指揮官から頭角を現し、また数あるライバルを押し退けて鳴り物入りで軍事政権中央にまで出世してきた。
 そのグアランの地方指揮官時代の手腕は、強引さと柔軟さを併せ持ち、前指揮官の不正を暴き、それに関わった軍関係者も裁くことで民衆の支持を受けつつ、自身の立場を強化していくものだった。
 このような手段も平気でとるグアランには当然、敵も多かった。だが、そういった軍内部の自身に対する敵対勢力には容赦がなく、常に先手をとり敵対しそうな勢力やライバルを蹴落としていく。

 また、グアランが指揮していた地方を管轄する中央軍幹部であるウープラヤーも、この強権ともとれるグアランのやり方には口を出すこともなかったので、事実上、グアランの後ろ盾になっているような態度だった。もちろん、ここにもグアランの黒い噂は絶えなかった。ウープラヤーは弱みを握られていると……。
 だが、そのようなあらゆる悪い噂も内包しつつも、グアランの政治手腕は否定できるものではなかった。グアランは民衆に対しては厳しくもあったが一貫して公平であった。また、グアランが担当する町は治安が良くなるので、グアランの指揮する軍兵はそれなりに尊敬されるようにもなった。

 そして、これら功績に対し上官のウープラヤーの推薦で軍中央に抜擢されたのだった。

 グアランがデモ鎮圧に手を挙げた際には、他の軍幹部も驚き、そして鼻で笑った。功を焦った世間知らずが、自滅の道を選んだと。
 元々、グアランは軍中央の幹部には良く思われていない。なぜなら、グアランは中央に着任した際、どの軍幹部にも挨拶には赴いたが、心付け、という名のお届け物をしなかったのだ。この軍の悪しき慣習を無視した態度は他の幹部を激怒させたのだった。このことに慌てたのは、グアランの上官のウープラヤーだが、グアランは素知らぬ顔を通した。

 そういうグアランであったので、軍幹部はこの生意気な新参者が潰れるなら、と、こぞってグアランをこの任務に相応しいと今までにないくらいグアランを持ち上げた。
 これを受けてカリグダもデモ鎮圧の任務にグアランを指名したのだった。

 だが、グアランが任務に着任して事態は予想できない方向に動いた。
 まず、グアランがデモ鎮圧のために託された治安維持部隊2万のほとんどをデモの発生したヤングラの郊外に置き、自身は数名の護衛と一緒に派遣された上級指揮官を連れて、デモに相対したのだった。そして、その上級指揮官の中には当時、大佐だった現民主化運動の盟主マットウも同道していた。

 グアランはデモの最前列にいるデモの先導者たちの前に立ち、デモに立ちはだかるかのように見えたが、そのデモの中心人物たちと僅かな間、その場で話し合うと大きく頷き、そのデモの進む道を開けた。
 事情を知らない民衆たちに緊張が走ったが、デモの最前列が歩き出したので後続もその後に続いた。

 そして、グアランは指揮官たちに命令をして郊外にいた兵たちに、武器を携帯させずにヤングラ市内に呼び出し、兵たちを道の脇に配置して、なんとデモをむしろ容認するように先導し始めた。
 呼び出された兵たちはグアランの指示でデモに参加する民衆を道から、押し出されないように、ゆっくり歩くよう注意を呼びかけるようにした。
 デモ参加者たちは、軍のこの予想外の動きに緊張を保ちつつ、デモを続けた。
 そして、デモは開始されて、その2日目に来たグアランの指揮する軍の先導により3日目で終息した。

 この間には一部、店に強盗に入るデモ参加者や、配置された兵に襲い掛かって来る者もいて、無血というわけにはいかない事態も起きたが、グアランが武器携帯を許可した一部の部隊がすぐに出動して、これを速やかに鎮圧した。そして、グアランは軍側に落ち度が認められた事例には厳しく対処して、その場で原因となった兵を射殺する例もあった。
 グアランの指揮は非常に大胆で綱渡りのような危ういところもあったが、どれも大規模な暴動が起きる前に鎮静化させるものであった。

 そのやり口はこうだった。
 まず、グアランはヤングラの中心部に広がったデモ全体を注視して、襲われる可能性の高い食料品店に兵を多く配置し、店の人間やデモの通る道に並ぶ建物に住む人たちを守るように、それを特にアピールするように行動させた。
 それをしていても、デモ参加者と軍との間に不穏な状況になりそうになった場合は、すぐに武器携帯の部隊を派遣。
 そして、必ず民衆と武器不携帯の兵の間に入り、武器携帯の部隊は必ず民衆を背に武器不携帯の兵に銃口を向けるということを徹底させた。

 この行動に呆気にとられる民衆と武器不携帯の兵たち。
 その上で派遣部隊の指揮官が拡声器で鎮静化を呼びかけて、事態を収拾するというものだった。そして、デモを中止するのではなく再開を呼びかけるということもした。
 だが、このある意味、非常に危険なグアランのショーは、効果を発揮した。これは傍から見れば、軍のコントロール下でデモが実施されているように見ることもでき、まるで軍政権の統治能力をアピールすることにもなった。

 デモに参加している民衆も民衆によるデモなのか、軍の保護下で行われてるデモなのか分からなくなってくる。
 その後、グアランはデモの先導者たちを治安維持部隊司令部に招いて、話し合いという名の説得工作を実施。飴と脅しを混ぜたその会議の場で落としどころを見つけて、その結果をデモ参加者に通達した。

 結果、ミレマー史上最大規模のデモは3日で終息することになったのだった。
 だが、軍にとって良いことばかりではなかった。
 このデモの結果、最も民衆に人気を博したのは、グアランではなくマットウだったのだ。マットウは武器携帯の部隊を指揮しており、その行動は見た通り民衆の味方といったもの。そして、その後の民衆への呼びかけもマットウ自身で行っていたのだが、その演説のように聞こえる呼びかけは民衆の心を掴むものだった。

 その意味でマットウは稀代の名演説家とも言える人物であったろう。そして、デモ先導者たちとの話し合いにおいても、マットウはグアランが強硬な意見を出すとそれに反抗し、常に民衆側に立った。
 このマットウの行動が今の地位に押し上げる原動力にもなってしまったのだった。そのため、現在、ヤングラはマットウの強固な政治的基盤になり続けている。
 だが、このような功罪はあったが、グアランの指揮は目を見張るものがあり、結果を見れば軍事政権の傷は非常に浅く、その後のグアランの喧伝で一部にはカリグダの支持者も増えた。

 このグアランの手腕はカリグダの目に留まった。
 カリグダはこの事件のあと、グアランを厚遇することになり、結果、グアランは政治家に転身し、現在の軍事政権ナンバー2の地位を確保するに至った。

 これが、グアランがこのミレマーにおける首相に就任した経緯である。



 グアランは近衛隊長の後ろに続いて、元帥府の豪奢な廊下を進む。
 すると、グアランは元帥府の第二応接室に向かう途中、明らかに異質で不気味な雰囲気を放つ、フードを被った人物が廊下の向こうから歩いて来るのを見る。
 グアランは、それが今回、カリグダがマットウ暗殺のために雇った能力者だと理解した。そして、嫌悪感のようなものが肌を撫でた。
 フードの中の薄暗い目とグアランの視線が重なる。

(何とも面妖な……)

 グアランは警戒心を上げたことを気付かせない、堂々とした表情で歩みを進めるのだった。


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