魔界帰りの劣等能力者

たすろう

堂杜祐人④

 
 堂杜道場の縁側で纏蔵は祐人の仙道の師として招いた孫韋と碁盤を囲んでいる。
 その纏蔵の黒石を持つ手が止まり、顔を上げて夕明かりを受けた。

「あの馬鹿者……。封印を解きおった」

「そのようじゃのう……それほどの相手に会ったのか? して……封印は」

「七つ中……二つほど解きおった。封印空間からガオの作った二刀の宝貝パオペイを出したのがせめてもの救いか。これでだいぶ安定はする」

「ふむ……それで影響は?」

「分からん。が、知り合ったばかり……程度の者達はもうあ奴を覚えてはいられまい。まあ、最初の品川の時はいきなり六つも解いた。その時に比べれば影響は大分弱いとは思うが」

「やっかいな力じゃのう。己に持ってくれた関心や認知、また、それによって生じる自分との縁を使ってしまうとは……。それは全ての者がこの世に存在するための力だというのにのう」

 孫韋は煙管の雁首を翻して鉄製の灰皿を叩く。

「その体に霊力と魔力という、相反する力を秘めてしまった故に起きた奇跡、いや悲劇かのう……。あの魔来窟を通ってやって来た魔界随一の魔女を母親として持ち、その魔力と堂杜家初代の再来と言われた遼一の霊力を一身に引き継いでしまうとは……」

 孫韋は煙管に新しい刻みタバコを詰めて火を点けた。

「更にはどちらにも反発しない仙氣の特性を……いや、その真実を知り、その仙氣を仲介にその相反する二つの力を同時に使うとは、我が弟子ながら底知れぬ奴よ……」

 煙管を深く吸うと、大量の煙を吐く孫韋。
 実際、孫韋は祐人に驚きを隠せないというのが本音だ。

 己の仙氣を信用できなければ、封印を解き、霊力と魔力の同時発動した時点で祐人の体は、ただの肉塊となっていただろう。
 それを祐人は可能とした。
 その力のヒントを得たのは一年前の品川での時らしい。だがその時は母親のサポートもあった。そしてその後、その同時開放はリスクが高すぎると使用を封じていたはずだった。

 その禁を破り祐人は魔界での三年間の逗留でその力を振るっている。そのリスクを背負ってでも……やらなくてはならない必要と覚悟ができたということなのだろうと孫韋は考える。

 孫韋は師として、愛弟子を慮る。
 その覚悟を持つまでに何があったのか?
 魔来窟の奥……魔界から帰ってきてからの祐人の仙道の上達は孫韋の想像を遥かに超えたものだった。

 そして、霊力、魔力の同時発動という死と隣り合わせのスキルを修得して、その発動の度に知人、友人との縁が切れるという状況……。
 あの若さでそれにどう向き合ったのか?
 何よりも……その同時発動によって得られる言語を絶する力をどう振るったのか?

(誰を救ったとて、何を守ったとて、誰も覚えてはおるまいにの……)

 孫韋は目を瞑り、気遣わしげに片目を開けて煙管を空に掲げ、北極星の方向を指し示す。

「霊力と魔力の同時行使。それはまさに陰陽和合を体現したのじゃ。理論的には宇宙創成にも繋がるもの。それは凄まじい力だろうて。だが、その力の触媒と言おうか、反動……揺り返しも惨いがのう。これも……天の采配と言うべきかの」

 夕明かりの上方から少しずつ星空が広がっていく。
 纏蔵は心苦しげに眉を寄せた。

「じゃが誰かが、あ奴を覚えておれば良いのじゃ。一人でも覚えておれば……皆いつかあ奴を思い出す。儂らのような人の身を捨てた仙人ではない誰かが……」

 纏蔵は腕を組み、深みを増した夕焼け空を見つめる。

「そう、たった一人でいい。あ奴を覚えていてくれれば、その縁の糸を手繰り、皆また、思い出す。その最後まで、あ奴を忘れないでいてくれる人間がいつか、あ奴を救ってくれよう……」

 そして纏蔵はもう一度呟いた。

「そういった人生を左右する出会いが、強い縁で結ばれる出会いが、あ奴に……祐人にあらんことを」

 それは深い愛情から来る、願いや祈りに近いものであった。




 今、茉莉は相も変わらず自室のベッドに力無く横たわっていた。
 一昨日に祐人に連絡を取ろうと決めてから、いまだに祐人と連絡は付いていない。

 祐人は資格をとるために試験を受けに行くと言っていた。
 もし、その場所が分かれば、こちらから出向こうという気持ちすら茉莉にはあった。
 だが、実際は携帯電話も持っていない祐人と連絡をつけるのは至難の業であった。

 茉莉は、祐人の所在を聞こうと自分の師範でもある纏蔵にも電話をした。
 しかし、纏蔵も祐人の居場所は知らず、その資格試験のことについても初耳だとの事だった。

「はあ~。私、何をやっているんだろ……」

(でも、今日でその試験っていうのは終わりのはずだから、うまくすれば今日の夜には連絡が付くかも……)

 茉莉は、ゴロンと寝返りをうった。

(まったく! 連絡が付いたら、覚えておきなさいよ!)

 と心の中に浮かべた祐人に向かって、茉莉は悪態をつく。


 ……その時だった。


「え? 何? これは前にも……」


 それは不可思議な出来事だった。茉莉の心の中に浮かべた祐人が薄くなり、消えていく。
 以前にも感じたことのある、この感覚に茉莉は必死に抗う。

(この感覚は……この春休みに感じたものだわ。でも……前よりも弱い)

 自分の中で、何故か祐人だけが消えていくこの感覚を初めて覚えたのは、一年前の春休みのこと。
 そして二度目は、今年の春である。

 その二回とも、たまたま祐人のことを考えている時だった。そのためか、この感覚を良く覚えている。
 初めての時は、掛け替えの無いものが失われていくような不安と怖さで、ただ必死に抗った。
 二回目は、祐人の存在が自分の中で薄くなっていくことを実感して、これに身を任せてはいけないと強く思い、祐人と出会った時からの思い出を反芻した。

 そして、今回が三回目。

 だが、この理由の分からない感覚に対して、茉莉の最終的な反応はいつも同じだった。
 それでいつも乗り切ってきた。
 それは、何故こんなことが起きるのかという疑問よりも前に、決まって強い衝動が茉莉に生じるのだ。
 それが全てをはね返す。

「もう何なのよ! 無駄よ! 何なのか分からないけど! 私が祐人を一人前にするまでは許さない。あんな、ろくに告白も上手くできないままの男じゃあ、許さないんだから!」

 茉莉は、祐人との思い出が頭に浮かぶ時にはいつも、最終的に祐人の告白シーンに辿り着く。
 そして、必ず怒りに打ち震えるのだ。
 だがこれが、茉莉にとって祐人を最も意識して止まない瞬間でもあった。

 前回も、前々回も、この怒りでこの不可思議な感覚を克服した。ましてや、今回は以前のものに比べて格段に弱い感覚だった。
 何故か分からないが、この感覚は茉莉にとって、最もおぞましく腹立たしい。

 そして、今回のこの感覚を軽くはね返すと、茉莉は直接、祐人の家に行ってみようと強く決心し、勢いよく立ち上がった。



 戦いの余波で破壊された新人試験パーティー会場。

 ガストンを前にして、祐人は気を失った瑞穂とマリオンを順番に抱き上げ、会場の端に設置されているソファーに寝かせていた。
 その間にもガストンは荒い息をして動けないでいる。
 祐人は、二人を寝かし終えると無言のままガストンに向い、ゆっくり歩き出す。

 また、一体、いつからなのか……ガストンに向かい、振り向いた時には、祐人のその右手には漆黒の長刀、そして左手には白銀の鍔刀が握られていた。
 ガストンは笑った膝で後退さる。
 不死者は今、初めて……死という恐怖に対面していた。

「アルフレッドさんが来るまでの時間稼ぎを……と思っていたけど、もう止めるよ」

 そう言った祐人の姿が、一瞬半透明になったようにガストンには見えた。
 するといつの間にか、祐人の持つその漆黒の長刀に何者かの片腕が刺さっている。
 祐人はその長刀を払い、その誰とも知れない腕をガストンの前に放り投げた。

「返すよ……」

 その言葉で初めて、ガストンは自分の右腕が無い事に気付いた。

「ウギャー! 私の腕が! キィーヤァァァ!」

 ガストンは左手で探すように、肩から無くなっている右腕の辺りで手を振る。
 目を見開き、涙を流しつつ、ガストンは手前に落ちている自分の右腕を這いずるように拾い上げて、失った右腕の肩口に当てた。
 その途端に不死者の名に相応しく、ガストンの取れた右腕が、本体に戻ろうと修復作業が行われ、水蒸気のような煙が発生する。

 が、しかし……

「キィィヤァー!! な! も、戻らない? 私の腕がぁぁ!」

 ガストンは思いがけぬ強烈な痛みに、涙と鼻汁を垂れ流し、奇声を張り上げる。

「僕が切ったんだよ。お前の魔力ごとね。そう短時間には修復できないよ」

 ガストンは、祐人の魔力が噴き出ている右手を見て震える。

「こんな力! 貴様はぁぁ! く、来るな! 来るなぁぁぁ! 化け物ぉ!」

 不死者は、今までの余裕は遥か彼方へ消え、デタラメな間合いで、動く左手だけを振り回す。
 表情を変えない祐人は、淡々と、そして確実にガストンに近づいていく。

「そんな事はもう……どうでもいいよ。まあ、化け物なのは半分間違いじゃないからね。ただ、お前にはもう消滅してもらう」

 祐人が近付いてくる。
 笑った足で後ずさる不死者。
 この瞬間、ほんの僅かではあった。
 だがしかし、確実に祐人の心の内がガストンに入ってきた。

(これは……この感情は復讐の時の? 何故? 俺に?)

「ちょっと待て! 待ってくれ、頼む! 何か誤解をしているぞ! 私は君の仇ではない! 何故、私に復讐を? 僕が君に何をしたっていうんだ! いったい何に反応したんだ!」

 ガストンは怒鳴り、悶え、暴れ、もがき、這いながら、無様な体勢で逃れようとする。
 祐人は何も語らず、冷徹な表情でガストンに近寄っていく。
 消えては現れ、消えては現れと、どういう歩法なのかガストンには分からない。
 いや、というよりも既に、考える時は過ぎていた。

 そして、不死者であるガストンの眼前に、ガストンの人生の最初で最後の自分自身の捕食者が現れる。
 その捕食者の目からは、もはや何の感情も感じられない。
 ガストンにはもう祐人から何も映像が入ってこない。
 今、唯一入ってくる映像……それは永遠に続く影……一切の光を拒絶する、どこまでも続く祐人の心に住まう闇……だけであった。
 それは、ガストンが祐人の記憶の中で見た、あの災厄の魔神と相対していた祐人と同じだった。

 ここでガストンは気づいた。この少年が何に反応したのかを。
 それは、あの言葉。
 ガストンが祐人と瑞穂、そして、マリオンに言った言葉。

『君たちは僕の中で生きていけるということなんだよ? ……永遠にね』

 その時のガストンに知る由もなかったが、それは奇しくも、あの祐人の仲間の仇である災厄の魔神と同じ発言だったのだ。

 祐人は能面のような顔でガストンの前に立った……。
 そして、祐人は床に這い蹲っている不死者に対し、目を吊り上げ、大量の氣と共に、大気を震わさんばかりの声を張り上げる。

「よく聞け、サイコ野郎……。そこに存在している愛すべき者は、誰かのモノとして存在しているんじゃない。ましてや、お前の中で……お前のような下衆な奴の中で! その糧になるために存在しているんじゃ、決っして! ないんだ――!!」

「ま! 待ってくれ! 僕はソフィに! ただソフィとずっと一緒にいたかっただけなんだ! だから! 謝るから! 僕はただ寂しかっ……ギェバァァァァァァァァァ!」

 最後まで言い終わらずに断末魔の声を上げ、ガストンの体は十字に吹き飛ぶ。

「……ソフィ! 」

 そして、不死者を一撃の下に葬り去る力を放った祐人に表情は無かった……。



 今、祐人の前でガストンの体が灰となり崩れていく。

 その様を無感情に見つめる祐人。
 すると……崩れていくガストンの体と共に、ガストンの中にある記憶なのか、ある情景が弾け、祐人の脳裏に入ってきた。
 それは死に際のガストンの、サトリ能力の逆流であったのかもしれない。

 祐人の目の前……そこには優しくも美しい微笑を浮かべた女性がいる。
 そして、祐人には、ガストンがどんな気持ちでこの女性を見つめているのかも伝わってきた。
 祐人の頭の中に彼女とガストンの歴史が刻まれていくように、その微笑を浮かべた女性は美しく年老いていく。

 彼女は事あるごとに、ガストンに囁くように話しかける。


(ガストンは寂しがり屋なのね。もう、いい加減認めたらどう?)


(そんな事を言って……一度も血を吸ったことも無いくせに。私には分かるのよ?)


(駄目よ……ガストン。そんな事をして長生きしても……それはきっと幸せではないわ)


(ガストン……。あなたには、別れのあるこの世の悲しさだけじゃなく、別れがあるというこの世の素晴らしさも知って欲しいの。だから、私がいなくなっても……友人でもいいの、誰かを愛することを約束して)


 そこで映像は暗くなり、無表情だった祐人は目を瞑った。

 その場には、祐人によって切り捨てられたガストンの体が崩壊していき、衣服だけが残される。
 後はただ、ガストンの左手だけが灰になるのを待っていた……。
 そのガストンの左手には、香木の数珠が連なった金のロザリオが握られている。
 そのガストンが握るロザリオには……ソフィア・サザーランド……と刻まれていた。

 祐人は目を開けて、それを一切の感情の見えない表情で、ただ、そのロザリオを……見つめた。
 祐人には分かった。ガストンはソフィアという女性を殺してはいなかった。
 ガストンはソフィアの死に際に立会い、そして息を引き取ったソフィアの血を吸ったのだ。

 そして、奇跡が起きた。

 死んだはずのソフィアの能力が、ガストンに乗り移ったのだ。
 それは、ガストンに何かを残してあげたいというソフィアの強い願いが、それを成したのかもしれない。
 だが、ガストンはその最愛の人の最後の贈り物があっても、狂おしいほどの喪失感に耐えられず狂ってしまった……。

 祐人は、自分にしか聞こえない声で呟いた。


「ある意味……僕と同じか……」


 祐人はその場に立ち尽くし、ガストンの残り少なくなった左手を見つめると……顔を上に向けて、もう一度、目を閉ざした。
 そして、祐人は手を前に出し、漆黒の長刀を右の掌の上に立てる。すると、その長刀は祐人の掌の中に柄から沈んで行き、その姿を完全に消した。
 同じく、残る白銀の鍔刀を左手の掌に立てる。それは長刀の時と同じように、鍔刀も左の掌に中に沈みだす。
 だが、鍔刀の柄がその手に沈みだすその時、祐人は目を開けた。

 祐人は、その鍔刀の柄をおもむろに掴み、そして、掴んだその鍔刀を逆手に持ち直すと、突然、自らの強力な魔力を秘めた右の掌を突き刺した。
 その自らに突き刺された祐人の右の掌から、夥しい血が流れ出し、ホテルの床の上に溢れる。

「もう……自分の馬鹿さ加減に嫌気がさすよ」

 祐人はそう呟くと、とり止めも無く流れる血を生気の無い目で眺めながら笑う。

 今、祐人の目の前の空間に、魔界で出会った藍色の髪を持つ少女がいた。
 その少女は怒ったり、笑ったり、泣いたり、祐人に表情豊かな姿を見せてくれる。


「でも、分かってくれるよね、リーゼロッテ。君が僕を好きでいてくれたから……だから僕は、君が好きでいてくれた自分を……信じていられるんだ」


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