魔界帰りの劣等能力者

たすろう

不死者の狩猟と混乱①

 
“………。皆さんはまさにゴールデンエイジといって差し支えないでしょう! 今日は心ゆくまで盛り上がって下さいね!”

 日紗枝は挨拶を終え、壇上から降りると先程からしきりにポケット中で呼び出しをしていた携帯電話を急いで出した。着信には十数回連続で垣楯志摩と表示されている。

「もしもし。志摩ちゃん何か分かった?」

“大峰様! すぐに試験を中止してください!”

 普段出すことの無い悲鳴に近い志摩の声に日紗枝はうろたえる。

「お、落ち着いて志摩ちゃん。もう試験は終わっているわ。今、懇親パーティーの最中で、それももう中盤に差し掛かっているわ。それより一体、何? どういうことなの?」

“犯人の! 能力者殺しの犯人の居所が分かりました! 今、その試験会場にいます! そいつは目ぼしい新人の血を吸い、その能力をその身に取り込むのが目的です!”

「な! どういうこと!?」

“最後に殺されたエドモンド・スタンの所持品に今回の新人試験の受験者名簿がありました。エドモンドは恐らくこの情報を他の組織や国家に売りさばくつもりだったようです。犯人の吸血鬼は高確率でこれを見たと考えます”

「でも……それならもう襲われていてもおかしくはないわ。考えすぎではないの?」

“確定情報です! 吸血鬼コミュニティからも試験の中止要請がもうすぐ入ります! 情報ではコミュニティから送られた刺客三人は全員撃退されたという話です。生き残りの一人からコミュニティに連絡が入って……細かいことは後で連絡します! ですから、早く!”

「な、それにしてもコミュニティの連絡が遅い! 何故もっと早く連絡を寄越さないの!」

“恐らくはコミュニティもガストンの行方を掴むのに相当苦労していました。それが【ポジショニング】の能力のせいなのは明らかです。そこで新人試験を囮に使った可能性があります”

「囮に!」

“だいぶ早い段階でコミュニティはガストンが相手の能力を吸うこと、エドモンドの部屋にあった新人試験についての情報をガストンが得ていただろうことはキャッチしていたようです。そこで考えたのでしょう、探しても見つからないのであれば新人試験を餌にしてガストンを待ち伏せして抹殺する……ということを”

「何て事! であるにしても、そういう連絡があればこちらも何らかの対応は出来たわ!」

“連絡すれば高い確率で試験は中止です。それでは餌になりません。彼らは非常にプライドが高いですから、何としても自分達だけで同属の不始末を片付けたかったのでしょう”

「……ところが、逆に刺客が撃退されてしまった」

“はい。そこで日本まで追い詰めたということにして、新人試験については偶然、現地で知ったことにする。その上で機関にこの情報を連絡すれば誠意を見せたことになり、機関と揉めることは無いし、面目も潰れることは無い。……という判断で今からの連絡だと考えます”

「何て、はた迷惑な話なの!」

“大峰様! とにかく早くパーティーの中止と参加者の避難、警護態勢を!”

「わ、分かったわ! 取りあえずそのように指示します」

 携帯を切るとその日紗枝に機関職員が血相を変えて駆け寄ってくる。

「大峰様!」

「今度は何!?」

「大峰様。試験事務局の部屋の鍵が破壊されてノートPCから新人名簿及び試験結果が何者かに閲覧されていました! すぐに犯人の調査を命じましたが取り急ぎご報告にと」

「何ですって!」

 試験結果は機関の最重要機密。限られた者にしか閲覧パスワードは教えられていない。
 いったい、いつ、どこで知られたのか? 
 日紗枝の脳裏に最悪のケースが頭に浮かぶ。

(ポジショニングの能力……)   

 いや、今はそれよりも現段階で閲覧をされたという事実……。
 何のためか? 垣楯志摩からの連絡も含めて……日紗枝の考えが素早く巡る。

(試験の結果を待ち……各新人能力者の能力を品定めした!)

 日紗枝は大体の状況がその明晰な頭と勘で理解してくる。祐人の発見したあの正体不明の人外の死体は恐らくコミュニティが派遣した刺客の吸血鬼……。
 他の人外ならいざ知らず、不死者の死体など、誰も知るはずもなかった。そのため、何の人外なのかの調査も結論が遅れていたのだ。しかし、三人の刺客と聞いてピンと来る。
 残り一人は重症を負ってコミュニティに連絡した……という可能性が高い。

 頭の中で状況が整理されてくると日紗枝はみるみる顔色を変える。
 そして、機関職員達に声を上げようとするその時、パーティー会場に祐人の大きな声が響き渡る。



「みんな! 逃げろーーーーーー!!」



 突然の怒号に騒然とする会場。日紗枝は声の主に顔を向けると、祐人が物凄い形相で自分に報告に来た機関職員に走り寄るのが見える。

「ちょっ、堂杜君!」

 だが、その声は届かず、間髪いれずに祐人は二人の機関職員の後側の職員に上段右回し蹴りを叩き込んだ。
 日紗枝も祐人の体術の実力は分かっている。あの剣聖と互角に渡り合った、本来ならばランク取得が難しかったかもしれないこの少年の評価を一変させたものである。
 その神速の蹴りを機関の一職員が喰らったら一溜りもない。

 だが……その日紗枝の心配は悪い意味で現実化しなかった。
 なんとその職員はその蹴りがこめかみに当たる直前に、祐人の右足を片手で掴み止めたのだ。

「……ッ!」

 祐人の顔が歪む。そしてさらに、驚くべきことにその職員は掴んだ祐人の足を振り回すように会場前方の壁にその異常な程の膂力で投げ飛ばした。

「な!」

 目の前で起きた信じられない光景に日紗枝は愕然とする。あの剣聖と体術で互角にやり合った堂杜祐人の回し蹴りが止められ、投げ飛ばされ、そして、叩きつけられて壁にめり込む。
 あまりに突然の出来事に会場が悲鳴と混乱の坩堝と化した。

「堂杜祐人!」

「祐人さん!」

 祐人が止める間もなく颯爽と走り出した時から瑞穂とマリオンは祐人を目で追っていた。
 その祐人が機関の一職員に襲い掛かったのにも驚いたが、その職員に攻撃を防がれて壁に投げ飛ばされるのを見てそれ以上の衝撃を受ける。
 瑞穂とマリオンが我に帰り、祐人に駆け寄ろうとすると……その前方に祐人を投げ飛ばした機関職員が通りがかりのように立ちはだかった。

「おっとっと、これはこれはお嬢さん達ぃ~。どこへ行かれるのですかな?」

 二人ともこの機関職員に言いようの無い嫌悪感を覚えてすぐに身構える。そしてすぐにそれを庇う様に日紗枝がその前に立った。日紗枝は矢継ぎ早に参加者と機関職員に指示を出す。

「全員、早く外に避難を! 各家の従者は主人を守りなさい! あいつが狙うのは新人よ!」

 そして、日紗枝は背後の瑞穂に振り返らずに続ける。 

「瑞穂ちゃん、あなた達も早く! 堂杜君も連れてって! それと剣聖に連絡。空港から呼び戻して! ここは私が抑える!」

 しかし、あまりに突然のことで機関職員も会場の反応が悪い。日紗枝は痺れを切らし怒鳴る。

「こいつはノスフェラク! 吸血鬼ヴァンパイアよ! 能力は血と一緒に他者の能力を吸うS級の人外よ! 早く!」

「ノスフェ……ラク?」

「能力を吸うって……?」

「S級だって!?」

 その日紗枝の怒声に事態を理解した会場内の参加者達は大混乱に陥り、我先にと慌しく避難を開始する。
 能力者機関の言うS級の人外とはもはや、自分達のみならず……この品川一つが危ないという警告と同義語と言って良い。
 その様子を目だけで確認しながら日紗枝は戦闘態勢に入る。

 日紗枝は精神を集中し……己を中心に風の渦を作る。
 日紗枝が得意とする風の精霊を駆使した攻撃と防御が一体となった真空の壁である。

「あなた……ガストンね」

 ピクッと機関職員の格好をした男は反応する。

「ククク、あなたは……優秀ですね。それに美しい。是非、友人になりたいですねぇ」

「お断りするわ。ガストン、一つだけ聞くけどあなたがシスター・ソフィアを殺したのね?」

 機関職員に扮したガストンの笑みが消え、日紗枝の質問に答えずに大仰にジャケットを投げ捨てる。
 するとどういうわけか上着を脱いだだけの筈なのに全体の服装が変わった。
 ガストンは全身漆黒の姿……体に張り付くような服を身に纏い、その上から襟のやたら大きい黒いシャツを着ている。
 そして隠していたようでも無かったはずだが、今まで見えなかった素顔も明らかになった。

 伸ばしたままの絡まるような艶の無い銀髪。
 その髪の間から彫が深く暗く翳った眼光がこちらを捉える。
 ガストンは目を垂らすように薄笑いを浮かべたかと思うと、裏声のような高い声で笑いだした。
 動きはその長身と頑強そうな体からはかけ離れ、思わず小動物すら連想させた。

「殺したなんて心外ですねぇ! もう死に懸け寸前のババアだったんだよぅ? アッハッハハー、キャ―ハッハッハー、ヒッヒヒー!」

 ガストンは腹を抱え、狂ったように笑い転げた。濁った金色の瞳孔が開き、まるで忘我の境にいるようだ。その姿を日紗枝は臍を噛み睨む。

「こいつイカレてるわ……」

「だってさぁ、あの人さぁ……僕を残して死のうとしてるんだもん。そんなの許せる訳ないでしょう? だって……あの人はずぅっと……僕のそばにいなきゃいけなかったんだから」

 今度は打って変わって大粒の涙を流し嗚咽する。

「ううっえっ……だからさぁ、僕は血を吸ったんだよ……。すべて! 全部! 干乾びるまで!……そうしたら僕の中に居られるだろう? 当然だろう?」

 天井を仰ぎ見るように涙を流しているかと思うと、すっとこちらに表情のない顔を向けた。

「でもさぁ、まさかさぁ、こんな他人の能力までさぁ……。僕の体の中に入って来るとは夢にも思わなかったんだけどね!」

 ガストンは顔に手を当て、指と指の間から日紗枝を見る……というより診る。

「ふーん。僕を足止めして全員を逃がした後に……あわよくば倒し、無理でも剣聖とやらが帰ってくるまで時間稼ぎ……という算段なんだねぇ」

「クッ……」

 日紗枝は顔を歪ませ、背後の瑞穂とマリオンを庇う様に凄まじい風の壁を前面に展開する。

「瑞穂ちゃん、マリオンさん。早く堂杜君を連れて逃げて! こいつはあなた達じゃどうにもならないわ! こいつは千五百年クラスの吸血鬼……さらには五人の能力者の能力も血と一緒に吸っているの!」

「っ!」

「え!」

「いい? 知っている通り吸血鬼は元々強い身体能力と強力な魔力を持っているわ。それに加えてこいつは五人の能力者の能力を身に付けている……。その中には最高のサトリ能力も含まれているの。つまり、こちらの考えがすべて筒抜け。もう魔神クラスの戦闘力と思った方がいいわ! だから早く!」

「でも! 日紗枝さんは……」

「瑞穂ちゃん、忘れた? 私も『魔人殺し』よ。それに一時間後にはアルも……もう一人の『魔人殺し』、剣聖も来るわ! とにかく、あなた達をこんな所で失う訳にはいかないの!」

「日紗枝さん……。分かりました!」

 日紗枝は、マリオンと瑞穂が祐人のいるガストンによって叩きつけられ倒壊した壁に走るのを確認し、正面を向いた。

(……私一人で倒したんじゃないけどね)

「ククク……。いいのかな? 一人で……時間稼ぎかい?」

「フー、心は読めても、実力までは読めないみたいね!」

 日紗枝を中心に竜巻が発生する。
 その凄まじい精霊との感応力をもう一人の精霊使いである瑞穂は背中で感じとった。

(日紗枝さん凄い!)

 この間にマリオンは壁の破片の中から祐人の足を発見する。

「祐人さん! 大丈夫ですか!?」

「痛たたた。油断したよ……」

 頭を振り、壁の破片を散らしながらさほどのダメージを感じさせずに祐人は起き上がった。瑞穂も駆け寄り、心配そうに壁の破片まみれの祐人を見る。

「ちょっと大丈夫なの? あ、あなた、何て頑丈なの。ほら早く逃げるわよ!」

「逃げる? あいつは!?」

 祐人はすぐさま周囲を見ると、既に日紗枝とガストンの激しい攻防が繰り広げられていた。
 一般的に精霊使いは接近戦に向いていないと言われている。日紗枝はガストンから距離を取り、自身に風の障壁を築きつつ移動して風の刃を放つ。
 ガストンは薄笑いを浮かべながら、その刃を避けつつ日紗枝の懐に飛び込む機会を伺っているようだ。

「ヒャハハ、無駄だよ! いつ、何処に、何の攻撃を、何の狙いで放つのか僕には分かるんだよ? 右、左、上半身、屈めさせて足を狙い、ジャンプさせて……火炎弾を至近距離で……」

 ガストンは至近に飛び込んで来る日紗枝を、分かっていたように迎え撃つ。
 その迎撃は日紗枝の予想を超えたもので、ガストンは火炎弾を放つ直前に日紗枝の右手に狙いを定めて、その薄黒い手を伸ばしてきた。

「火炎弾を放つにはその風の障壁を無くし、自ら穴をあけるもんなぁ!」

「な!」

 日紗枝はランクSの卓越した精霊使いだが、多系統の同時行使はできない。
 何度か成功をしたことはあるのだが、実戦では使ったことが無かった。ガストンは上半身が突然伸びるように前に出ると、日紗枝の火炎弾を出す右手に自分の左手を正面から絡めた。

「駄目だ! 危ない!」

 祐人は叫ぶとガストンと日紗枝の衝突地点に飛び込む。その躊躇いの無い動きにマリオンも瑞穂も止める間もなかった。
 日紗枝は悪寒が走り、飛び退こうとするが、ガストンは絡めた左手でその日紗枝の右手を離さず、逆に自分に引き寄せてしまう。

「はう!」

 日紗枝の右手に鈍い痛みが走った。ガストンは異様に長い爪を揃えた右手で日紗枝の喉元に突き出す。そして口から鋭い牙が妖しく伸びた。

「予定の相手では無かったが精霊使いの能力も頂きだね……何!? ク!」

 その激しい攻防の間に飛び込んできた祐人の神速の手刀がガストンの右手を打つ。
 そして、次発の手刀が二人を繋げているガストンの左手を狙っていた。ガストンは間一髪で日紗枝の右手を離し、祐人の手刀を避けて後方に飛び去る。
 日紗枝はその攻防を目の当たりにしてもまったく動けなかった。
 後方に逃れたガストンは痺れた右腕を擦りながら、

「驚いたねぇ……この私に気が付かせないんなんて……うん? お前はさっきの小僧……」

 初めてガストンは不愉快そうに軽く歯軋りするような表情を見せた。

「大峰さん! 大丈夫ですか!?」

 祐人は日紗枝とガストン間に無理やり割り込み、日紗枝を背にする。

「ど、堂杜君! え、ええ、大丈夫よ! でもあなたこそ大丈夫なの?」

「僕は平気です。ここは僕が引き受けますから、大峰さんは四天寺さんやマリオンさんを連れて逃げて下さい!」

「何を馬鹿なことを言っているの!? 相手は吸血鬼よ。あなたのような新人に手に負える訳が無いでしょう!」

「いえ! このままでは全員避難できません。恐らくあいつの仕業だと思うんですけど……」

「え?」

 日紗枝は、そこで初めてホールの出口に溜まるようにウロウロしている新人達が目に入る。
 どういう事か分からないが全員、外に出ようとしていない。

「何故!? 皆、何で退避しないの? 従者達は一体何をやっているの! ……って従者達はいない? まさか! 主人を見捨てて逃げたっていうの!?」

「いえ、それは多分、あいつが何か仕掛けているんです」

 祐人はニヤニヤ笑っているガストンを睨む。
 瑞穂とマリオンも駆け寄ってきて日紗枝の左右に立った。

「ククク……お前は面白いな。実にいい……不愉快なくらいだよ。だが、僕が目を着けた新人リストにはお前はいなかったがなぁ? そちらの後ろの美味しそうなお嬢さん方は覚えているよ? 新人にしてランクAを取得した才女達だろう? で、お前のランクは何だ?」

 祐人は敵の質問にもかかわらずちょっと嬉しげに、そしてちょっと照れた感じで、

「僕はラ、ランクDだ!」

「何を嬉しそうな顔してるの! 馬鹿!」

 瑞穂が横から怒鳴り、マリオンも困ったように笑っている。


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