魔界帰りの劣等能力者

たすろう

ランク試験 巻き返し②

 
 試験は進み、次々に受験者が呼ばれる。その中にはあの英雄や、ジャンピエールの一件から全く話しかけてこないマリオンの姿もあった。
 英雄は体術が苦手(と言っても一般人から見れば異常な強さだが)のようだったが「僕の能力には体術なんて無意味なんだ!」ときっちり吠える所が英雄らしい。

 驚いたのはエクソシストのマリオンがその容貌からは想像できないほど強かったことだった。
 攻勢にはそつが無く、守勢には頑強さを発揮した。それはあの剣聖をして呻らせるほどのものであったのだ。
 それを見ていた祐人もマリオンの守勢の凄さに感嘆する。

(あのマリオンさんの受けはすごいな。いや、あの守りは恐らく本人の性情とガッチリ合っている感じだ。心と体が一致しているための強さだな、きっと)

 その後も数々の受験者の体術を見る。中には独自の体術を操る受験者もおり、祐人は個人的にも勉強になると思い、これだけでも来た甲斐はあったとさえ考える。

「それでは……最後の受験者だね。前に出て」

 剣聖は祐人を促した。短時間ずつとはいえ、あれだけの人数と手合わせをしているのにもかかわらず、まったく息も乱さず汗も掻いてはいない。
 さすがに現在五人のみいると言われている戦闘系SSランク。つまり能力者全体でも最強の一人といって過言ではない人物、剣聖である。
 促され、祐人は剣聖の前に立つと即座に、剣聖が能力者最強の一人と言われる……その意味を理解した。

(こりゃ強いや……って当たり前か)

 すると、その剣聖は祐人を前にして、他には見せなかったにこやかな表情になる。

「やあ、祐人君。昨日は、またまたお手柄だったようだね」

「え? あ……何のことですか?」

 祐人は困惑した。周りの受験生も何の話か? と訝しげに聞いている。
 前日のホテル敷地内で人外の死体を発見した事件は口外しないようにと日紗枝から言われている。言う事はできない。
 実際、日紗枝は表情を硬くしていた。それに気が付いたのか剣聖も大きく頷いた。

「いや、何でもない。祐人君、私はね、君に興味があってね。最近の者にしては良く出来た若者だと感心しているんだよ」

 剣聖は笑みを浮かべて祐人に歩み寄り、祐人の両肩に手を乗せて親しげな振る舞いで片方の肩を軽く叩く。周りの受験者もそのような剣聖の振る舞いに驚いている。
 それはまるで、祐人を私のお気に入りと表明している様な態度だ。
 新人受験者達は羨ましげに、そして疑問を感じつつ見守っている。英雄に至っては、憎々しげにその様子を見て、「何であんな奴なんかに……」と硬い拳を作りあげていた。
 剣聖は、にこやかな表情のままに祐人にしか聞えない声で話し出す。

「祐人君。君には聞く権利があると思って言うのだがね。昨日の連中だが、まだ正体は分かっていないようだ。何しろ衣服以外は無くなってしまったしね。あるのは強力な魔力の残り香と財布に入っていた身分証明書のみ」

 祐人は驚いて剣聖を見つめる。

「それによるとね……普通の一般市民なんだよ。ロシア人とベルギー人のね」

「一般市民ですか!? それは一体……」

「いや、まだ分からない。今、機関が調査しているよ。少ないが、そういう人外もいるからね。だがね、そうなるとね、私には何となく絞れてくるんだよ。どんな連中かってね」

「……どんな連中です?」

「魔力主体で人間社会に溶け込んでいる。それでいて、試験官達や私にすら感知させないスキルを持つ程の人外となると……見え隠れしてくるのさ。古から連綿と存在し、我々人間から恐れられてきた種族がね」

「古の種族? それは……機関には報告しているんですか?」

「まさか。ただの憶測だよ、私個人のね。私が君に言いたいのはそこではないんだよ。驚いているのさ。君が彼らを感知した、ということにね。私やランクSの日紗枝……その他の試験官も含め、誰も気が付きもしなかったのにね」

 祐人はにこやかにしている剣聖を見る。
 何が言いたいのか分からない。
 そして、何故それを自分に言うのかも……。

 この時、祐人は初めて剣聖から気味の悪さを感じた。
 剣聖は表情をそのままに、祐人から離れると改めて祐人と対峙する。

「さあ、祐人君! 試験を始めようか。うーん、そうだね……今回の新人試験にせっかくゲストとして呼んで貰っている訳だからね。これで終わりというのも芸が無い」

 剣聖は考え込むような態度の後に顔を上げる。

「よし! 最後は特別に……私も本気……を出そうと思うのだが、どうかな?」


 その剣聖の発言は会場に衝撃を走らせた。


 受験者達も互いに顔を合わせ、瑞穂は思わず立ち上がる。
 主催者である日紗枝も組んでいた腕を解き、唖然とした表情。
 皆の反応は一様に一緒だ。
 それは、あの剣聖が体術だけとはいえ、本気でやると言っている。

 それでは……まったく試験にならないではないか、というものだ。

「ちょっと、アル! 何を言って……」

「大丈夫だ。三分間だけだよ。祐人君、もし、三分間持ちこたえたら、体術の試験査定は考慮するよ? 得意能力は体術との記載もあったし……悪くないだろ?」

 当事者にもかかわらず、置いていかれている感のある祐人は何か言いかけるが、

「それじゃあ、はじめようか!」

 剣聖はにこやかな笑顔のままに、有無をも言わさず試験開始を言い放った。
 祐人は戸惑った。そして今、目の前にいる剣聖から圧倒的な闘気を感じる。
 その尋常ではない剣聖の闘気に会場が飲まれていくのを祐人は見て取った。
 剣聖から噴出するその闘気は、普通の者ならそれだけで戦意喪失、といった類のものだ。

 ところが、ある意味、犠牲者である今の祐人は心の中で一つの言葉に囚われていた。
 それは……剣聖の「査定考慮」という言葉。

(査定考慮……査定考慮! 僕の高校生活! 我が家の修復!)

 呼吸すら忘れて観客となった受験者及び試験官達は二人を見守る。
 中には祐人に対して同情の空気すら流れだす。
 だが……。

 一瞬にしてそういった雰囲気も消し飛んだ。

 それは……祐人からくる圧迫感。
 祐人が纏う気配が急に変容していく。
 全員が能力者故にこそ分かる力の片鱗。
 それは剣聖とは、自分達とは違う、感じたことの無いもの。

「……何? あいつ……」

 瑞穂が独り言のように呟く。
 マリオンや英雄、他の受験生、見に来ている試験官達ですら、その表情に驚愕の相が見えた。

 剣聖を前にして、全く怯む様子の無い祐人。
 だが、それは自分の力を過大評価した若者のふてぶてしさとは違う。それは、皆が思っている堂杜祐人の顔ではなかった。
 それは新人達が見たことのない、数多の戦場を駆け抜けた戦士の顔だった。

 その祐人を見据えて、剣聖は僅かに頬を緩めると、お互いが構えをとる。
 息を飲み、見ていた新人試験主催者である日紗枝がハッとした。

 この馬鹿げた試験を止めさせなくては。

「ちょっ、二人とも……!」

 が、皮肉にもそれが試験開始の合図になってしまう。
 剣聖が動く。というより動いたようだ、としか言えない。

 間近に見ているにもかかわらず、誰もが剣聖の姿を一瞬見失ってしまった。しかし、それは動きが速すぎてということではない。
 初動が無く、そして自然。そのため誰にも次の動作が予測できないだけであった。
 それに対して祐人は、正確に剣聖の右肘が自分の下方から鳩尾に向うのが分かる。

(いきなり急所に! 後ろに避けるのは罠か……なら!)

 衝突の瞬間、祐人は前に出た。正確には僅かに体の中心軸をずらして剣聖の肘を左手でいなし、そのまま剣聖の左脇下に右の手刀を叩き込む。
 両者が激突したことで、周囲は二人を視認することが可能になった。二人の激突の際の衝撃波で皆、目を細めている。

「攻防一致ね……」

 剣聖は鋭い目で不敵に笑う。祐人の剣聖への手刀は左肘で受け止められていた。
 至近距離で二人の目が合う。

「やるね、祐人君。私は本来、剣士なのだが体術にも自信があるのだがね。まあ、私が剣を持てば反則だからね。こんなものなのも仕方なかろう」

「(ムカ!)……奇遇ですね。僕も本来は体術専門ではないんですよ」

「ほう……(イラ!)」

 二人の目が、妖しげに光り、根暗な笑みを見せる。

「「ふふふふ」」

 二人の最初の激突に驚き、声を失っている他の受験者達も、その二人の会話に目を半開きにしている。

「意外と剣聖って……大人気ない?」

「はぁ~。ああいうところは変わってないのね……アル。全く、男って……」

 頭痛がしてきた日紗枝は額を右手で押さえる。 

「祐人君……。やっぱり嘘は良くなかった。本気でやる、という約束だったね」

「違いますよ。約束は、試験査定の考慮です!」

 この会話を皮切りに、その後の二人の動きは、参加者達にとって想像を絶するものだった。
 そこにいる全員が一時も目を離せない。

 そして何よりも皆、祐人に対しての認識に混乱すら覚える。自分達と同年代の少年が、あの剣聖と体術限定とはいえ互角に渡り合っているのだ。
 剛直だが一切の隙のない剣聖に対して、祐人はまるで舞を踊るような動き。

 特に声を失っているのは試験官達だった。
 試験官達はこの光景が信じられないのだ。
 彼らは剣聖の戦闘を見たことがあるわけではない。あるのは日紗枝ぐらいだろう。
 しかし、彼らは知っている。

 SSランク……の意味。

 それは……最強を掲げることを許された者達を指す、王冠であるということを。



「あれが堂杜……祐人?」

 瑞穂は座ってはいられずに、一番前に棒立ちしているマリオンの横に並ぶ。

「あ、あいつ、低能力者のくせに……」

 英雄は信じられないものを見たという表情のまま、憎々しげに呻る。

 そのような中、当事者の剣聖の心の中は異常に躍っていた。

(クッ、何て戦いにくい! 想像以上だ、君は。君を真剣に欲しくなってきた!)

 もはや、ただの観客となっている受験者と試験官。
 だが実は、その試験官達ですら気の付かない高次元の攻防が当事者同士で繰り広げられている。

 一つ一つの攻撃の重さという意味では剣聖の方に分があったが、祐人の攻撃は外野が見ている以上に変則的なものだった。
 予備動作のある攻撃をわざと見せ、本命の初動の無い攻撃を連撃で繰り出してくる。かと思えば、その逆もありきだった。

 まさに、祐人の攻撃は変幻自在。

 祐人は剣聖の右の拳を外面に避けつつ、剣聖の体に密着させる。その大胆な行動に剣聖が目を見開いた。
 祐人は体を剣聖に密着させたまま、自らを回転させて剣聖の背後に回りこみ、そして背中に掌を当てた。

「……っ!」

 それは、ただ掌を当てただけのもの……。
 しかし、剣聖は背中にひんやりとした冷感を覚える。

 その瞬間、凄まじい衝撃が剣聖の背中に走った。
 だが……驚いた表情をしているのはむしろ祐人の方。

(え? 吹き飛ばない? しまった! 掌打の所為で密着が解けた!)

 五体に響く衝撃にも踏み止まった剣聖は、後ろ向きのままに己の踵を祐人の胸に振り上げる。
 祐人は自分の右胸から鈍い音が響くのを聞くはめになった。

「ぐっ!」

 祐人は後方に吹き飛ぶ……が空中で態勢を立て直し、難なく着地した。
 そして、振り向いた剣聖と互いに目が合う。

(祐人君もカプシドとエンベロープを纏うのか……。私のものとは質が違うようだが……)

(僕の頸力が散らされた!)

 お互いに睨み合う。会場には静寂。



 剣聖はふっと息を吐き、構えを解くと……ニッと笑った。

「三分をちょっと過ぎてしまったね。いやあ、祐人君。とても楽しかったよ。危なく試験であることを忘れてしまいそうなくらいにね。それじゃあ、試験終了……でいいかな?」

「はい……あ、ちょっと! それより約束! 約束の試験の査定考慮!」

「あはは。そうだったね。その辺はしっかり考慮しとくよ」

(それに……今のは、他の試験にも考慮されるんじゃないのかな? もちろん良い意味でね)

 剣聖は試験官達の方に目をやる。試験官達は互いに顔を見合わせ、何か話し合っている。
 というのも、祐人に関しては色々と試験官達の間で物議を呼んでいたのだ。

 筆記試験は結果から言えば、受験者の最低得点になるのだが、その回答内容はというと結構正解を書いている。もちろん、全く分かっていないという問題もある。ところが、上級の妖魔や化生……そして魔神クラスの人外の問題になると正解率が高まるのだ。
 そして最も物議を呼んだのが正解を解答しているのだが、余計な答えが多いのだ。

 例えば『ある魔獣の特徴は?』という問題に対して、模範解答よりも多くの特徴や弱点を記入している。
 試験官達は皆、Aランク以上の戦闘経験豊かな面子で構成されている。その試験官達が祐人の解答にハッとさせられる内容が多く含まれていたのだ。実際の戦闘時に気付いたり、疑問に思ったりしていたことに一致しているところがあるのである。
 そのため、試験官同士で祐人の解答を吟味するまでに至っている。だが、結果としては模範解答ではない、という理由で減点対象になったという経緯があった。

 また、霊力測定は試験官であるイーラが彼のは測定できないと言い出した。

「今思えば、あの霊力は役に立っていないような……コントロールして霊力を出している感じではないような気がするの。あんなの初めてで分からないけど、ただ、戦闘では使えないものに感じたのよ。しかも、あいつは合図も無しに印から体を出したんだけど、あの時のあの感覚は今まで感じたことの無いものだったの。あれは霊力じゃなかったと思う」

 と、皆にしてみれば支離滅裂な説明をした。
 そして、出た結果が……。

 ーーーー   測定不能、だった。

「はい! では体術試験は終了です。午後からの法術、能力の完成度は昼食後になります。一番きつい試験だから皆さん早く休憩して準備を怠らないようにね。それでは一旦、解散にします。昼食はいつもの会場ですよ」

 騒つく会場に、日紗枝があか抜けた声で収拾した。
 受験者も試験官達もそれぞれに昼食をとりに会場を出て行く。日紗枝はさり気なく剣聖の横に付き、共に会場を出た。

「アル。あの子にやたら御執心のようだけど、あの子は何者なの? 体術であなたとあそこまでやりあえる新人なんて。堂杜……そんな家は聞いたことないし」

「ははは、私も齢かな? いや、そんなに睨まないでくれ。知らないよ、本当に。ただ気になる子なんだよ。あの子はね……」

 日紗枝は剣聖の横顔を見ていたが、溜息をついて前を向いた。



 午前の体術試験終了後、受験者は全員いつもの昼食会場にいる。

 賑やかな周囲とは対照的に、祐人は相変わらず一人で昼食をとる。本当は友達でも作って一緒に話をしたいという気持ちもあるのだが、誰も寄って来ないのだから仕方が無い。
 祐人もこちらから近寄ろうと努力もしたのだが、皆、一様に余所余所しく避けられているような感じだった。それで迷惑を掛けているように思い、自分からのアプローチは諦めた。

「はあ~。何か居場所がないなぁ。早く終わりにして帰りたい。それにあの人……本当にちゃんと査定考慮してくれるんだろうな」

 次の試験まで少し時間がある。外の空気でも吸いにいくかと祐人は立ち上がった。その姿を瑞穂、マリオン、他の受験者がさりげなく見ている。
 実は皆、内心は祐人に興味を持ち始めているのだが話しかけづらい状況にあった。

 それは特に瑞穂とマリオン以外は、英雄の存在が大きかった訳だが。


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