魔界帰りの劣等能力者

たすろう

試験開始①

 
 試験一日目。

 新人試験が始まりスケジュール通り、朝の十時から筆記試験が開始された。
 祐人は、高校の入学試験の時を思い出すなぁ、などと暢気なことを考えながらスタートの合図で問題用紙を開ける。パーティーでは気付かなかったが、受験者は三十八人で意外に少なく感じた。

(げ、全然分からん。特徴と弱点たって……知らないよ、こんな名前の妖魔なんか)

 祐人は全体で三十問ぐらいはある問題を、とにかく全部埋めることに集中した。

 筆記試験は終了し、十二時から昼食になる。昼食は朝食と同じくビュッフェ形式で用意されていた。
 試験結果は随時発表で、2時までにはご丁寧に会場内に張り出すとのことだった。そして、昼食と休憩を挟んで午後3時から第二部が始まり、内容は基礎霊力・魔力測定である。

「ダメだった……三分の一ぐらいしか分からなかった。ほとんどが何となくあいつかな? というような人外だったもんな。あと、世界能力者機関の理念とか規則は全て適当……」

 一人、テーブルでペチャンコになっている祐人。
 昼食を終えて祐人はチラッと周りを見てみるが、みんな優雅にティータイムを楽しんでいる。いかにも充実した表情の人ばかりで、既に受験者同士の交流も盛んに行われている。

 しかし、今いるテーブルには祐人一人。
 唯一、一人しかいないテーブルなのだが、そのテーブルには誰もやってこない。

(まあ、僕と仲良くしても何のメリットも無いもんな。しかも……うわぁ、また来たよ)

「おい、お前! 親切にもこの僕が恥を曝す前に帰ることを勧めたのに、まだこんな所にいたのか。まったく、脳味噌まで低能力なのか? お前は」

 黄家の嫡男、英雄は祐人に会う度にしつこく陰湿な罵詈雑言をぶつけてくる。どうやら瑞穂との一件が相当気に入らなかったらしい。

(もう、言い返す気も起きないよ……この人には。何でこんなに僕に絡むかなぁ)

「いいか? 早く帰れよ。不愉快な劣等能力者」

 いつもの嫌味な笑みを見せ、いつの間にか出来た取り巻きを連れて行ってしまう。祐人は、やっと消えたと思い息をついた。
 祐人は深い息を吐き、嫌な気分を払おうとコーヒーでも飲もうかなと思い、席を立とうとすると、

「どうでした? 試験は?」

 その奇麗な澄んだ声に祐人は顔を上げる。そこにはコーヒーカップを二つ持った金髪の少女がいた。

「あ、マリオンさん。あはは……頑張ったんですけどね。ちょっと自信はないかな? せっかく色々教えてくれたのに……」

「そう……でも試験はこれだけではないし、最終的には総合ランクですから。はい、コーヒー」

 前夜のパーティーで唯一、話をしてくれた異国の少女は形のよい眉を八の字にする。

「あ、ありがとう。そうだね……よし! まだ、始まったばかりだもんね、頑張ろう!」

 気をとり直して、マリオンに笑いかけるとマリオンも表情を柔らかくする。

(ああ、癒されるなぁ。あの野郎の後だから、なおさらだぁ)

「そういえば……マリオンさんって日本語上手ですよね。勉強してたんですか? それか、日本に住んでいたとか……」

「あ、私、四分の一は日本人の血が入っているんですよ。父の国籍はアメリカでしたけど、日本人とドイツ人のハーフでしたから……。母はフランス人でしたけど」

「道理で……。なんか国際的ですね……あ……」

 祐人は今の会話である事に気付く。「でした」って……。

「ごめん……。僕、余計なこと聞いて……」

 祐人が申し訳なさそうな顔をする。マリオンは驚いたように、

「え!? 全然! そんなつもりで言ったのでは無かったのだけれど……。うん……父は6年前に、母は去年に……ね」

 祐人は顔を曇らした。自分も母を一年前に亡くしている。すべては無理だが、彼女の気持ちの一端は想像できる。マリオンは、真面目な顔で軽く俯く祐人を見つめる。

「祐人さんて不思議な人ね……。私、これでも人見知りが激しいんですよ。でも、祐人さんは話し易いです。それに……突然、鋭いんですもの。驚いちゃいました」

「い、いや、そんなんじゃなくて! 実は僕も去年、母さんを亡くしているから……。でもとっくに吹っ切っているよ。筆記試験には落ち込みそうだけど」

 真剣に聞くマリオンだが、顔を赤くしてあたふたする祐人を見て自然に笑い出してしまう。
 そのマリオンに釣られて祐人も微笑した。
 その後、二人は会話が弾み、今度は祐人が二杯目のコーヒーを二つ持って来た。



 受験者同士も会話するようになり、全体的には和やかな雰囲気のビュッフェ会場。
 そのような会場内の雰囲気を壊すように、会場の扉が乱暴に開けられた。
 その開けられたドアからは、無遠慮な黒服の一団が我が物顔で入ってくる。

「何だ? 何だ?」

「な、何かしら……あの人達」

 突然の乱入者に受験者達も、一体、何事かとその不躾な一団に全員の目が集中した。
 その一団の中央には、黒服の大人達に囲まれて祐人達と同世代ぐらいの金髪の少年がいる。
 その少年と黒服達は、静まり返った昼食会場の中を探るように受験者達を見渡すと、祐人とマリオンのいるテーブルでその目が止まる。

 そして、何やら黒服の一人が少年に耳打ちをした。
 耳打ちをされていた少年が薄笑いを浮かべた。明らかにこちらを向いているその集団に、祐人は軽く嫌悪感が湧く。できることなら、係わりたくない部類の人間達に見えた。
 が、その祐人の願いを裏切り、その少年は両手をスラックスのポケットに入れ、片側の唇をニヤつかせながら、祐人達がいるテーブルの前までやって来る。

 祐人もマリオンも目を合わさないように努めていたが、目の前に立たれたため、致し方なく、その場違いに見える一団に顔を向けた。
 近くで見ると、その金髪の少年はそばかすの目立つところがあったが、普通にしていれば端正な顔に見えた。しかし、その表情は歪んでおり、その内面が外側に出ているのが見てとれるようだった。
 少年はマリオンのすぐ横に立ち、顔だけを近づけるように腰を折り、マリオンを見下ろす。

「ふーん。あんたがマリオン・ミア・シュリアンかい? へー、思っていたより可愛いじゃない」

「……どなたですか?」

 マリオンは普段柔和な顔を強張らすと、少年は大仰に手を額に当てる。

「おいおい! 本家の主筋の顔ぐらい覚えとけよ。僕はジャンピエール・ド・オルレアンだ。名前ぐらいは聞いたことあるだろ? 場合によっては、お前に命令する立場でもあるんだぜ?」

「……私はオルレアン家とは関係ありません」

「はーん? 面白い事言うじゃない!」

 言うやジャンピエールは片手をポケットから出して、マリオンの胸ぐらを掴んだ。

「あう!」

 マリオンは眉を寄せて首筋の痛みに態勢を崩す。

「だったら! 〔ラファエルの法衣〕を返せよ! あれはお前の母親がオルレアン家から持ち出した神具だろうが! あれを持っていてオルレアン家と関係ないとは言わせねえぞ! こちらは分家の小娘が新人試験を受けるってことで来てやってんだ。おら! 感謝の言葉はどうした! あん?」

 騒然とするビュッフェ会場……。
 胸元で吊るされる様な体勢でマリオンは口を噤んだ。

「おい……本当かよ、オルレアン家だってよ」

「ああ。あの裏オルレアンだろ? 俺、初めて見たわ」

「なんでも、機関にも相当な影響力を持っているらしいって話だな……」

 オルレアンの名に、他の受験生達が顔色を変える。突然の事でもあり、また、話しの内容を理解できるはずも無い祐人は見ていることしかできない。
 そして、マリオンは唇を噛み、諦念の表情で目を瞑る。

「…………申し訳……ありませんでした。ジャンピエール様。わざわざ私のためにお越し頂きまして、ありがとう……ございます」

 それを聞き、ジャンピエールは口元だけで笑みを見せる。

「はん! ちょっと周りから優秀だの言われて付け上がりやがって……分家風情が!」

 マリオンの言葉で少しは気が済むかと思いきや、周囲の受験者がこちらを注目しているのを見て、ますます息巻いたジャンピエールがさらに言葉を続けようとする。
 すると、ガシャン! 続けてガタン! とすぐ横から大きな音が鳴った。

「うっきゃー、熱っ! あっちちちー!!」

 突然暴れだした祐人にジャンピエールとその黒服の従者も驚く。続けてコーヒーを片手に暴れだした祐人に当たり、大きな丸テーブルが大きく動いた。ジャンピエールはテーブルを避け、マリオンから咄嗟に手を離し、倒れかけた体を従者に支えてもらう。

「ああ、すみません! すみません! ちょ、上着を脱がないと……火傷しちゃう!」

 慌てて上着の長袖シャツを脱ぎながら祐人は平謝りする。
 我に返ったジャンピエールは、調子良く話をしようとしたところを中断させられたこともあり、またその情けないよろけ方に周囲からクスッという笑い声が聞こえたことから烈火のごとく怒り出した。

「貴様ぁ! 何だ! この僕に、オルレアン家に楯突く気か!?」

「そんな! 楯突くも何も、そんな気ある訳ないじゃないですか!」

「黙れ!」

 相手が下手と見るとジャンピエールは嗜虐的な表情を浮かべて祐人の胸ぐらをマリオンの時より荒々しく両手で持ち上げた。祐人は脱いだ上着の長袖シャツを片手に体が反り返り、掴まれたTシャツが顔より上に伸びると祐人はされるがままになってしまう。
 周囲の受験生から小さい悲鳴が上がる。

「祐人さん! や、止めてください! ジャンピエール様!」

 ジャンピエールは必死に嘆願するマリオンと祐人の情けない顔を交互に凝視し、

「……気に入らんなぁ。貴様、僕に謝罪しろ。危なくこの僕が転びかけたんだ。薄汚い野良犬にも躾は必要だろう? そうだな……お前、土下座したら許してやってもいいぞ?」

「ジャンピエール様!」

 横からマリオンが悲鳴のような声を上げる。

「うるさい! それならマリオン。お前が……代わりに土下座するか? あん? ククク」

「……っ!」

 そのジャンピエールの代替案にマリオンの表情が固まり……会場全体が静寂に包まれた。
 そして……僅かな沈黙の後、マリオンは目を半分閉じて、表情を消した。

 受験生全員がいる。
 その皆の目が集中する前でマリオンはその膝を床につけようと、同時に力無い両手を前方に出して屈みだす。
 マリオンのその体は僅かに震えていた。
 それを見て、ジャンピエールは満足気に嬉々とした、それでいて今、自分が会場全体を支配しているような錯覚に酔いしれる。

 しかし、その心地よい酔いは、会場の静寂を破る大きな声に醒まされた。

「ああ! すみません! すみません! 僕が悪いんです!」

 外から見ていても見苦しく手足をバタバタさせて騒ぎ出す祐人。

「クッ! こいつはぁ! 騒ぐな! なら早く貴様が土下座しろ! この!」

 またしても、祐人に最高の昂揚感を害されて、ジャンピエールは額に血管を浮き上がらせる。
 そして、ジャンピエールは祐人のTシャツを掴みながら力任せに横に引っ張り、投げ飛ばした。
 あまりに強引に引っ張られた弾みで、祐人は情けなく転んでしまう。それと同時に衣服が裂ける音がし、見れば決して高価ではない祐人のTシャツは胸元から一番下の裾まで破れてしまっていた。

「祐人さん!」

 驚いたマリオンが祐人に慌てて駆け寄ると祐人は頭に手を当てた。

「あ痛たた……。ははは、大丈夫だから」

 そう言うと、祐人は破れたTシャツのまま立ち上がる。だが、先程の情けない姿は無い。
 祐人は表情も自然体で背筋を伸ばし、ジャンピエールと向かい合った。

「おい! 早く跪いて……う!」

 ジャンピエールは息を飲む。
 それは無残に破れた祐人のTシャツが床に落ち、顕わになった祐人の上半身……。
 素人目で見ても、まさしく無駄が無く鍛え抜かれたものだと分かる。

 しかも、その凄みと美しさすら感じるその祐人の体には、決して軽くは無いだろう無数の傷跡が見受けられた。
 ジャンピエールに従う黒服達も条件反射で主人の前に出て身構える。
 地味で頼り無さそうな祐人の顔からは、似つかわしくないその体と傷跡が異様な雰囲気を放っており、ジャンピエールは無意識に一歩後ろに下がった。
 会場にいる受験者達もその予想外の状況に息を飲む。
 すぐ後ろにいるマリオンもその祐人の体の傷跡に驚き、動けないでいた。

 緊張感がビュッフェ会場を包みだし……祐人は不躾に乱入してきた黒服の一団に向い歩き出す。
 周囲の視線が祐人に集まり、より緊張は高まっていく。ジャンピエールの従者二人が主人の前に守るように立ちふさがった。それを見て祐人は歩みを止める。

 そして……、

「驚かせてすいませんでしたー! 楯突く気なんて全くの誤解です! 許してください!」

 突然、祐人は躊躇いも無く両膝を床に乗せて両手をついた。張りのある大きな声で必死に何度も頭を下げて謝る祐人は顔も涙目。

「へ?」

 その姿にそこにいた全員の思考が止まる。
 ジャンピエールも体が硬直した……が、すぐに下品な笑みを漏らす。

「は……は、ははは! この下賤が! 次は気をつけるんだな! おい! マリオン。お前も自分の立場を弁えておけよ! それに僕達は忙しいんだ。これから主催者に挨拶をしてすぐにフランスに帰る。お前も試験が終わったら本家に挨拶に来い!」

 そう言うと大いに高笑いをしてジャンピエールは従者達に合図をする。そして、まだ深々と土下座している祐人を一瞥して、愉快そうに昼食会場から去っていった。
 マリオンはその姿を睨みつつ、頭を下げている祐人の肩に手を掛けた。

「祐人さん……」

「ふう……助かったぁ」

 ジャンピエール達が消えたのを確認して、祐人は顔を上げて心底安堵の表情をした。
 その一部始終を見ていた受験者達は、嵐が去ったような面持ちで一息つくが、

「あいつ……よく土下座なんかできるよな」

「ああ、俺なら絶対無理だぜ。プライドが許さねー」

「ヤダ、情けなーい。あんなのに気を使ってあげているマリオンさんが可哀相……」

「きっと守る誇りも無い家なのよ」

 と厳しい評価を祐人に下した。
 中でも最も楽しそうにしているのは英雄だ。
 それら受験者達の声が耳に入り、マリオンはその温和な顔からは想像できない表情で立ち上がる。涙目で周りを睨みつけ、唇を震わして何か言葉を発しようとしたとき……目の前に祐人がひょいっと立ち上がった。

「ああ! これじゃあ、次の試験受けらんないよ! 早く着替えて来なきゃ! ちょっとごめんね、マリオンさん」

 そう言うと、マリオンの肩に手をかけて笑いかけると昼食会場を出て行こうとした。
 その姿に気を抜かれたマリオンはハッとする。

「あ、祐人さん! ごめんなさい、ごめんなさい。私のせいで!」

「え? いやあ、僕が悪かったんだよ。変な奴らに緊張して、落ち着こうとコーヒーを飲もうとしたら、手を滑らしちゃって……」

「それは私が洗いますから! 洗わせて下さい!」

「あはは、大げさだなぁ。そんなに気にしないでいいよ。マリオンさんは全然悪くないじゃない。それに僕は結構、洗濯は得意だから」

 緊張感の無い祐人の態度、しかも声が大きく周りの空気も全く読んでいない様子。

「もうー、見っとも無いから早く着替えてきなさいよ!」

「この騒ぎはお前のせいだぞ! マリオンさんに迷惑かけやがって!」

 周りからは祐人に対し非難の声があがる。
 それに対し祐人はひたすらペコペコと頭を何度も下げながら出て行った。
 祐人が出て行くと不思議と元の雰囲気が甦り、全員元の席に着く。

「まったく、とんだ人がいたものねぇ。ねえ、四天寺さん。……って、あれ?」

 瑞穂と一緒にお茶を楽しんでいた受験者達は、祐人達から一番離れたテーブルに座っていた。だが、そこにいたはずの瑞穂がいつの間にか居なくなっている。

 そこにいた受験者の少女達は呆気に取られるようにお互いに目を合わせた。

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