魔界帰りの劣等能力者

たすろう

引っ越し①

 
 昨日の夜に、既にまとめた荷物を持って、祐人は祖父である纏蔵に声を掛ける。

「爺ちゃん! もう行くよ! ちょっと聞いてる?」

 居間で纏蔵は、こちらに背を向け横になり、片手で頭を支えながら弛緩した顔で大人の雑誌に精神を集中している。

「おーおー、行って来い、行って来い。達者でなー」

 こちらを振り返りもせず、体の上側にある手を挙げ、ヒラヒラさせての返事。孫がこれから過酷な一人暮らしになるというのに、まったく興味が無い様子。

「まったく……」

 祐人は溜息をして出発しようとしたが、門の前の郵便ポストを見ると荷物を一旦置き、最後の郵便物の確認をする。
 ほとんどが広告で、その中に駅前の新築高層マンションの広告に気付く。それは明らかに売れ残り、既に価格を下げているという内容のものだった。
 祐人はワナワナと肩を震わせて、ガクッと力が抜けた。
 ……今更、言っても仕方が無い。
 祐人は力無く家に戻り、ゴミ箱に無駄な広告を捨てた。
 すると、その広告の間に挟まった、差出人の書いていないA4サイズの封筒が落ちた。よく見ると上等な紙質の封筒である。

「何だこれ?」

 祐人はそれを拾ってよく見てみると、裏側にWIOのマークだけが入っている。

「WIO!? え? 確か……世界能力者機関! 何だ? しかも……僕宛になっている!」

 祐人は封筒を丁寧に開けて、中にある数枚の書類を取り出す。書類は英語と日本語とで書かれており、読み進めていくと内容はどうやら、今年度の新人ランク試験の案内状であった。

『異能を受け継ぐ家系、その庶子の方々、また、WIOに認定された能力者の方々に今年度の新人ランク試験のご案内を申し上げます。――――――――』

「これは新人ランク試験の案内状!? うちの家も能力者の家系として認定されているなんて、聞かされて無いよ!」

 祐人は能力者機関なるものがあるというのは聞いていた。しかし、堂杜家の役割は秘匿中の秘匿とかで、他の能力者との関わりも極力避けてきたはずであった。
 当然、能力者機関とも距離を置いてきたと聞いている。

(しかし、この案内状が来るということは……僕が、以前から能力者だと知られているのか?)

 祐人は真剣にその書類に目を通す。纏蔵に報告するかと思案すると、一つの可能性が浮かんできた。
 祐人の想像だが、これはおそらく父か母のどちらかが関係しているのかもしれない。
 自分が小さい時に、良く覚えていないが、父の遼一が「ちょっと稼いでくる」と言って、出掛けていくのを何度か見送っている。

(父さんは他の能力者とも交流があったみたいだし……。あれは能力者機関からの依頼だったのかも。爺ちゃんが、あれ……だから、生活費に父さんも頭を悩ましていたに違いないよな)

 だが、堂杜家のことを父が外部に漏らすことは、やはり考えられない。ということは、堂杜家永遠の問題である家計困窮が関係しているのではと考える。
 つまり、堂杜家家計担当の最後の手段、いや最後の言い訳「生活の保全のため」というのが、最も可能性が高い。
 おそらく能力者の家系ではなく、突然の能力発現者である天然能力者として登録していたのだろう。そして何か考えがあって、自分のことも登録していたのかと考える。

「ランク試験かぁ……。僕も受けていいのかなぁ?」

 昨夜、祖父纏蔵から、いつになく真面目な顔で伝えられていた。

「家を出るからには、全ての選択権と責任はお前にあるということじゃ。それはあらゆる例外はない。すべて自己責任でやるが良いぞ」

 祐人は、ランクを取得できれば……そうすれば仕事をもらって、金銭面でだいぶ楽になるのではないかと考える。昔、両親からもらった預金通帳の額を思い出した。

「……バイトしなくても、いけるかも?」



 世界能力者機関(World  Irregulars  Organization 略してWIOまたは能力者の間では単に機関と呼んでいる)とは、今から八十年程前に設立された、霊能者をはじめとした世界の能力者達により立ち上げられた能力者達の管理独立機関である。

 設立の目的は、似非能力者による一般の依頼者への詐欺被害防止と、世界中にいる能力者達の社会的信用を向上させる、ということに主眼が置かれている。
 そのために、この機関の特徴ともいえる、ある制度が立ち上がった。
 それは能力者達に対して実施している厳しいランク認定制度である。

 ランクは、トップのSSランクからS、AA、A、B、C、D、E、Fの9ランクに分かれている。
 このランクによって依頼者からの報酬も大体の目安があり、また依頼を受けた能力者の信頼度もそのランクにより、分かりやすいといったメリットがあった。

 つまり、これはカスタマーフォーカス。
 顧客重視で、今まで金銭面やその能力の高さなど、曖昧だった能力者の胡散臭さを一掃して、信用と信頼をマーケット(霊現象等に悩む人達)から勝ち取るというものである。
 もっとも、この機関は世間一般には知られてはない。知られているのは国家機関や財界、一部の宗教者やほんの一部の一般人である。契約の際には厳しい秘密保守を約束させ、時には実力行使による記憶操作も行われることもある。

 というのも、まだ現代の社会にはこういった能力者達を受け入れる態勢がないため、公にすると社会混乱をきたす恐れがあるからである。
 しかし、能力者機関の悲願は時間がかかっても、最終的には公機関への格上げであった。

 能力者という人種は古代から存在していた。その存在が尊ばれた時代もある。
 しかし、時を経て科学と言う切り口で人間社会が発展していくにつれて、徐々にその存在は異様とされ、否定され始めた。当然、それに伴って、能力者達の社会的地位も低下していった。
 能力者達もその社会の空気を敏感に感じ、その能力を隠すようになっていったのは、仕方の無いことであったのかもしれない。

 しかし、彼らの能力が必要とされるときは確実にあった。
 そのため、能力者達の先祖は、その能力を後世に継承していこうとした。それが現在の能力者達の家系である。
 そういった家系は、そうすることで社会の一員として、その社会的役割の一端を担いたいとも考えた末のものであった。

 ところが、中々うまくいかない……。
 その裏には、周りからの畏怖によって迫害を受けるという、能力者の家系の現実もあったのは言うまでもない。
 そのため能力者達も社会に対して、自分たちの存在を誇示する事に、躊躇いを常に持っていた。それは、どう社会と結びついていくか、という葛藤の歴史でもある。

 そういう状況にあって、能力者達の存在が公にされるのを恐れ、隠蔽したのは、その時の権力者やパトロンだった。
 パトロン達にとって、異能を生業とする能力者達を支配する時、その方が都合が良かったのだ。
 そのため、能力者達が自ら自立して、己の存在を世間に誇示することは否が応でも難しくなった。
 しかし、能力者達も世間から異端と罵られる場合もやはり多い。であれば、権力者やパトロンに支配される形にはなるが、庇護も受けられるということで、そういった状況を甘受してきた。

 だが、この世界能力者機関は独立した能力者達が運営する機関として立ち上がった。
 そういったことから考えて、国家権力や一部のパトロンから離れた形で、能力者達の能力者達による世界機関が設立されたのは、その能力者達の歴史から見ても画期的だったといえる。

 機関発足前は、一部の有力な能力者の家系を除き、能力者達の経営実態は基本的に自営業で、生活面でも安定はしてはいなかった。
 また、能力の継承がうまくいかずに、非常に弱い能力で依頼を受けて信頼を失ったり、家自体が離散したりという例も珍しくなかった。
 こういった事例が広がり、パトロンになる筈の有力者達からも能力者に対する不信や、存在自体を認めないという風潮がさらに強くなってしまった。
 事実、ほとんどの人が能力者の話を聞けば、詐欺か性質の悪い噂か悪戯と考えるだろう。

 これを一部の能力者達が自分達の前途を憂い、打破すべく、現在の世界能力者機関の前身にあたる能力者ギルドを設立した。
 その後、精力的な勧誘活動と説得により、すべてではないが、世界中の主だった有力な能力者達の賛同と参加を約束させることに成功し、晴れて八十年程前に現在の世界能力者機関が発足したのだった。

 現在でも、能力者達の経営形態は基本的に自営業であり、WIOもそれは認めている。
 しかし、能力者機関認定のランク持ちは、それに加えて、機関からの仕事の依頼を独占的に受けることが出来る。それによってランク持ち達の生活はだいぶ安定した。
 例外的に、機関所属外の能力者にも依頼をするときもあるし、場合によってはランク持ちに対して強制的な依頼をかけることがある。
 でなければ都合の良い仕事しか受けないといった事態が起き、依頼の仕分けの段階で収拾がつかないからである。

 もちろん、機関も仕事の内容如何によって、相性の良い能力者を選定するようにしている。
 それは、カスタマーフォーカスと合理性から考えて、当然しなければならないことであった。
 だが、そのためには各能力者の属性や能力、そして、実力を知る必要があった。
 そういった見地からも、ランク試験を設けることになったのである。

 その試験発足以前は、能力者の社会的信用を勝ち取るためにということで、優秀で実績のある能力者ばかりに依頼が集中することがあった。
 そのため、機関所属の能力者から、仕事の依頼の偏重による不満が噴出したことがある。
 だが、ランク認定試験開始後からは、仕事の難易度別に各能力者に仕事を振り分けることが出来るようになり、客観的な評価がある程度できるようになった。そういうことで、こういった不満も全てではないが鳴りをひそめた。
 また、中には自営業を廃して機関直属の能力者もいる。

 ランク試験は毎年あり、ランク取得を目指す能力者は何度でも挑戦できるようになっている。
 もちろん、上位ランクを取得するために受験するランク持ちの能力者も多数存在する。
 それに加え、能力者全体の信頼向上という機関の理念から、ランクを取得できない能力者へのランク取得までの教育プログラムも発足している。

 そして、そういったランク試験の中に特別枠で、新人ランク試験というものがあった。
 それは能力者の家系、またはそれ以前に能力者としての資質が既に確認されている(家系とは関係無く、突然変異の能力者を天然能力者と呼んでいる)少年少女に行われる試験である。
 対象は十五歳から十六歳を迎えた者たちに実施される。ちなみに、新人ランク試験を一緒に受けてランクを取得した能力者達を同期と呼んでいる。
 祐人は以前、聞いたことのある機関についての話を思い出しながら書類に目を通した。

(ランクを取得するのは、それだけでも結構難しいと聞いているけどな……)

 祐人は案内状の下方を見ると、そこには新人ランク試験の申し込み期限が書かれており、日本支部に来週末必着になっている。中に同封している小さな封筒に、必要事項を記述した書類を入れて送り返すだけ、とのことであった。
 祐人はふと、居間にだらしなく寝転がっている纏蔵を見た。まだ大人雑誌に夢中で締まりのない顔を隠すこともなく読んでいる。
 祐人は大きく溜息をつき、その案内状をギュウギュウに荷物を詰めた吉林高校指定のスポーツバッグに押し込んだ。

 昨日、纏蔵に珍しく真面目な表情で一人暮らしになったら、すべて自己責任ということを言われた。だが、その代りにあらゆる判断の自由があるということも、言い含められた。

 すべては自分次第……。

 祐人は実家を出発した。


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