魔界帰りの劣等能力者

たすろう

覚悟の入学式③

 
 それは今から九ヵ月程前。
 祐人が体調を崩して学校を長期に休み、復帰してすぐの時である。

「痛てて。孫師匠~、僕は復帰したばかりなのに容赦ないもんなぁ。酔っ払いの癖に……」

 祐人は一人愚痴りながら、自室で体のあちらこちらに出来た痣に、湿布薬を無理な体勢で張ろうとしている。

「祐人、入るぞ。……ん? 何をやっている?」

 襖が開き、そこに袴を身につけ顎鬚を蓄えた老人が入ってくる。身長は低く体躯も随分と細く見える。しかし、顔は生気に満ち、眼光も厳しさと強さを併せ持っていた。
 祐人の祖父、堂杜纏蔵どうもりてんぞうであり、この剣術道場の主でもある。

「ちょっと孫師匠にね。って何? 爺ちゃん。あ痛たた……」

「ほう……孫韋スンウェイは甘いな。……まあいい、祐人。重要な話があるから、ちょっと道場に来なさい」

 祐人は、修行と称しては祖父の纏蔵や、その纏蔵の友人の孫韋に、茉莉すらもよくは知らない荒行をさせられていた。
 それは堂杜家の持つ、もう一つの顔に関係する。そのため祐人はほぼ毎度、修行後は生傷が絶えたことはなかった。
 祐人は湿布を貼り終えると、纏蔵に言われた通り、道場に向かう。
 三十畳ほどある道場に、纏蔵は硬い表情で上座に座り、その前に敷かれた座布団を指す。

「そこに座れ」

「何? 改まって。母さんのことなら……僕はもう、大丈夫だよ」

 祐人は少し寂しそうな表情を見せて笑い、言われた場所に正座をした。
 纏蔵は一瞬、眉を顰めたが、元の硬い表情に戻る。

「……その事ではない。あーオッホン! 確認だが、お前……高校に行く気があるか?」

 纏蔵の不躾な質問に、祐人は意味も分からず応答する。

「え? いや……一応行くつもりでいたけど。何で?」

「……そうか。それでは単刀直入に言うが……」

 纏蔵は祐人を正視する。

「お前を高校に行かせる……というより養うお金が無い」

「は?」

 祐人は何言っているの? この人は、という顔になる。その祐人の表情に纏蔵は苛立ったように声を上げる。

「何度も言わせるな。だからお金が……無いと言っている!」

「な、どういうこと!? 意味が分からないんだけど! 蓄えはあるよ! 僕がちゃんと管理しているもの! 父さんと母さんが僕の口座で、十分なお金を残してくれていたじゃない!」

 あまりの突然の話に、祐人は体を乗り出して纏蔵の言うことに反論する。
 そして、纏蔵を見返して説明を求めるようにしていると、その纏蔵は返事もせず、視線を泳がせて額から汗を流していることに気づいた。

(ん? んんんん? 何? その挙動不審な態度は……この人は……まさか!)

 祐人は、勢い良く立ち上がると纏蔵を残し、道場を飛び出して自分の部屋に駆け込んだ。
 ずっと堂杜家の生活費として、祐人が大事に管理してきたお金だ。無い訳がない。十日程前にも一回、生活費を下ろしている。

(あのお金は、父さんと母さんが残した大事な……)

 堂杜家の持つ特殊性から、祐人は両親と一緒にいられることが、ほとんどなく過ごしている。
 だが祐人が小さい頃、小学校低学年くらいだったか……。期間は短いが父と母と一緒にいた時期があった。祐人の脳裏に、その時の光景が浮かんでくる。
 父親と母親が祐人の目線に合わせるように優しい表情で体を屈め……それでいて申し訳なさそうに祐人に話しかける。

「祐人。父さんと母さんは、皆のためにしなくてはならないことがあるの」

「みんなのために?」

「そう。まずは何より祐人のため。その次に皆のため、そして堂杜家の義務。だから、一緒にいられない時もあるかもしれないの。それでも祐人は我慢できる?」

 幼い祐人は、少し考えるような仕草の後、ニコッと笑顔を見せる。

「我慢できるよ! 祐人は強いから大丈夫!」

 その笑顔を見て、父親は小さな祐人を両手で空に掲げ、眩しそうに息子を見つめる。

「……偉いな! 祐人は!」

 母親は目に潤むものを隠すようにして、小さな祐人の視線の高さに合わせた。

「祐人……。ちょっと早いかも知れないけど祐人にこれを預けるわ。大事に使ってね」

 まだ祐人は幼かったが、これが銀行通帳だということぐらいは分かった。

「それと祐人……。これは絶対に――――ちゃだめよ」

(あれ? そういえば、あの時、何かを止められていた様な……何だっけかな?)

 その後、通帳に記載されている金額を見て、小学生ながら額の大きさにひっくり返った。
 子供心に“能力者”って……儲かるんだな、と思ったものだった。
 祐人は自室に入ると、慌しく通帳を入れていた自分の学習机、鍵付きの一番上の引き出しに手を掛ける。

(……あ、開いてる)

 祐人は非常に嫌な予感がし、乱暴に中を確かめた。

「無い! 無い無い。無ーい!」

 犯人は考えるまでもなく分かりきっている。この家には二人しかいないのだから。
 猛スピードで道場に戻るや、祐人はまだ静かに座していた祖父の纏蔵に詰め寄った。

「爺ちゃん! 通帳をどこにやった! 説明しろよ! あれは大事な……」

 纏蔵は至って冷静な表情で、そして眼光も衰えずに、

「まあ、落ち着け……」

「あ……(そ、そうだよな。何か理由があるのかも知れない。落ち着け、僕)」

 祐人は、その纏蔵の落ち着いた態度で、何とか平静を取り戻した。
 いくら、この爺さんでも、それは困ったことは数知れずあった……。そう、数知れずあったが、いやー本っ当に数知れずあったが、今回の今回は、さすがにと思い直す。
 祐人が再度、座布団に座ると、纏蔵は重々しく息を吐いた。

「では、説明しよう」

 纏蔵は目を瞑り、長い沈黙。
 そして、鋭く目を開けた。

「使っちゃった」

 二人の間に流れる空気が凍る。

「は?」

「だ・か・らー、無いの。お金」

「…………!? はあーん!?」

 目の前で、いい年齢した人間が「テヘ!」と、はにかんでいる。
 祐人の頭の中は完全にホワイトアウト。そして、数秒してようやく意識が戻ってくる。

「い、意味が分からないよ!! 爺ちゃん! いや、じゃない。どうすんだよ! そ、それに使いきれるような額じゃないぞ! 何に、何に使ったんだよ! そうだ、通帳! 通帳を返せ!」

 纏蔵は目を伏せながら、道着の懐から通帳を取り出し、恐る恐る祐人に両手で渡す。
 祐人は、その通帳を乱暴に取り上げて中を確かめる。十日前に見たときには問題はなかった。
 大金が入っていたが、根がまじめなこの少年は無駄遣いをせず、道場の少ない収入と合わせて上手に倹約をしてきた。そのため、祐人は有能な主婦としての能力も磨き上げられている。
 祐人は通帳の最後のページに記載されている金額の確認を急ぐ。
 祐人の通帳を捲る手が止まり、そこに二日前の日付で最新の金額が記載されていた。

「……3……円? 3……さん、参、散、惨……」

 祐人の焦点が合っていない。
 最後の方はブツブツと、呪文のように同じ言葉を繰り返している。

「祐人? おーい祐人。ひ・ろ・と! ……大丈夫か?」

 近付いてきた纏蔵に、祐人はギギギと顔を向ける。

「だ、大丈夫なわけ……」

 まだ小さな声だったので、纏蔵は祐人に耳を向けて近寄る。

「あるかーーーーーーーーーー!!」

「わわわ!」

「金を、いや、僕の青春を返せ! 僕の未来を返せ! 何に、何に使った! 吐け! 吐け!」

 道着の襟を掴み、力いっぱい前後に振ると、纏蔵の頭が上下にガクガクと大きく動く。

「待て! 待て! 落ち着け、祐人! あ、首が! 首が!」

 数分後。

 まだ祐人の息は荒いが、何とか人の言葉を聞ける状況になっていた。
 祐人と纏蔵は先程と座っている場所も逆になっている。
 纏蔵は落ち着かない感じで、上座を陣取る祐人の前で正座をしている。膝の上で忙しなく指を絡めては解き、絡めては解いていた。

「爺ちゃん。あのお金は父さんと母さんが残してくれた、大事なお金なのは知っているよね」

「…………」

 纏蔵は俯きながら返事をしない。祐人は拳を震わせて自分の膝を叩く。

「しかも! 分かっているでしょ! 父さんは今も魔來窟まらいくつの向こうで……魔界で体を張って、堂杜家の役目を果たしているんだよ! もし、その父さんが帰って来た時に、この惨状を聞いたら……」

「…………」

 纏蔵は未だに俯きながら、指を無用に絡ませて弄っている。
 その様子に祐人は、ふうーと大きく息を吐いた。

「それで……取りあえず何に使ったか、ちゃんと教えてくれる?」

 纏蔵は正座を崩さず、下を向きながら、一言。

「……競馬」

「競馬だぁー? それだけで使える額かぁー!!」

「ひー!」

 まるで、虐待を受けるかわいそうな老人のような声が上がる。
 それに対して祐人は、何とかもう一度、息を整えた。そして、極力冷静な声で尋問を続ける。

「他には?」

「飲み代」

 祐人の額に血管が軽く浮き出る。

「……他には?」

「株」

「かぶ?」

「ちょっと知り合いがおってな。そやつが良いネタがあるというので、折角だからこのお金を増やそうと思ったのじゃ!」

「……それで、どうなったの?」

「それが……運悪く、その会社が投資してすぐ倒産してしまって……。くっ」

 悔しい! といった感じで、纏蔵は床に拳を突きつける。
 祐人の額の血管は、血液が見えるくらいに膨れ上がった。

「……ほほほ他には?」

 さらに尋問すると、纏蔵はちょっと頬を赤らめてモジモジしている。
 そして上目遣いに、

「……えーと、その、えーと……へへへ」

「な、何? その気持ち悪い反応は? はっきり言いなさい!」

「そ、その……向日葵ちゃん?」

「ひまわり? 誰? それ……うわ! って何!?」

 突然、纏蔵は涙を溜めながら、祐人の膝に飛びつくように抱きついてきた。

「かわいそうな子なんじゃ! 小さな子供を二人も抱えて、自らは夜まで働いて……。家賃を払うのもやっとで……でも健気に、気高く、迷わず、まっすぐに生きている。そんな子なんじゃ!」

「ちょ、ちょっと! 爺ちゃん」

 纏蔵は、その細い腕からは想像もできない力で、慌てて立ち上がろうとした祐人の膝を抱きかかえる。

「そんな子を見過ごすことができるか? そんなことがお前にできるのか? 儂達は男じゃ。何とでもなる。でも、彼女は? 小さい子供達はどうなる? えー?」

「な、何のことか分からないよ! ちょっと……まずは離れてくれぇー!!」

 纏蔵の話は、だいぶ支離滅裂だったが、何とかまとめてみる。どうやら、その向日葵ちゃんというのは、纏蔵の行きつけのスナックで働いている女性のことらしい。
 小さな子供が二人おり、子供の面倒を見て、寝かしつけた後に、夜から朝まで働いているとのことだ。纏蔵は、随分とこの女性に入れ込んでいるらしく、通い詰めて身の上相談を受ける仲にまでなったらしい。
 とはいえ、いきなり親族でもない人のそんな話を聞かされても、中々、感情移入ができないものだ。
 しかし、このお人好しの少年の性格を、この老獪な祖父はよく理解していた。立っている祐人の下から、顔を見せないように策士の目を光らせる。
 そのようなことは露知らず、祐人は完全に動揺していた。
 そして、祐人はその小さな子供達を想像してしまう。自分も両親が家にいることは少なかった。だが、自分にはこんなでも祖父の纏蔵がいた。両親が残したそれなりのお金もあった。
 もし、それらが無かったなら……。
 そんな不幸話は掃いて捨てるほど、あるだろうということは分かっている。
 でも……。
 祐人の表情が複雑に曇っていく。纏蔵はその様子を下から感じ取り、口元を歪ませる。

「だがな、向日葵ちゃんは儂からの援助の申し出を断った。たとえ、どんな苦労があろうとも人様から理由も無く、助けて頂く訳にはいかないと言ってな。明日をも知れない状態なのにじゃぞ! えらく遠くに住んでいて、体だって無理をして……くっ」

 纏蔵は祐人から離れ、涙を拭うような仕草をした後、それはわざとらしく、遠くを見つめる。

「悩んだ儂は、近くに格安のアパートがあると言い、そこに住まわせたのじゃ。本当は家賃のほとんどは儂が負担している、ということは伝えずにな……」

「…………」

「そうしたらな……小さな子供達が儂に抱きついて言うのじゃ。“ありがとう! 堂杜のお爺ちゃん。私達、大きくなったら必ず、このお返しをするね!”とな。十一歳と七歳の女の子がじゃぞ!」

 これ以上涙を見せまい、という感じで顔を祐人から背けて、纏蔵は震えた声で話し続ける。
 その姿も何ともわざとらしい。傍から見ると、まるでコント? なのだが……。
 で、祐人はというと……
 目頭が完全に熱くなっていた。
 手を目に当てつつ、言葉が出てこない状態。
 その様子から、纏蔵はすべてが計画通りに進行したことを悟った。

「そうだったの……爺ちゃん……」

「分かってくれなくとも良い! だが儂は……せめて、あの子達の住む所だけでも、と思っての……」

 纏蔵は、祐人の前で体を小刻みに震わしている。これも、いかにもわざとらしいのだが、スイッチの入った未熟な少年は、それに気付くことはできなかった。
 涙目の祐人は、纏蔵の前で膝を折って手をそっと取り、纏蔵の目を見つめる。

「爺ちゃん……分かった。僕、高校は諦めるよ。その子達がそれで救われるなら……僕は、働きつつ、堂杜家の役割を全うするよ!」

 この上ない真剣な顔。
 少年の覚悟を決めた、美しい心意気が見えるようだった。
 だが突然、纏蔵は祐人の手を厳しく振り払い立ち上がった。

「馬っ鹿も―――ん!!」

「へ!?」

 祐人は驚いて、纏蔵を見上げる。

「儂は! そんな簡単に高校を諦めるような男に育てた覚えはないぞ!」

 いつの間にか、立ち位置まで入れ替わっていて纏蔵が元の上座にいる。

「でも、お金が……」

「お金がなんだ! お金が無ければ、ハイそれまでと何でも諦めるのか! 情けないぞ、祐人!」

 そのお金を誰が使ってしまったのかという議論は無い。

「男というのはな。どのような逆境でも諦めない。そして結果を出す……そういうものじゃ。常に最悪の状況を頭に入れ、それに応じて先を読む。それでも堂杜家の男か!」

 その最悪の状況に叩き込んだのは誰か、という議論はそこには存在しない。

「そ、そうだとは思うけど。道場の収入じゃ、二人の生活費を賄えるかどうかというものだし……。今からお金を溜めるにしても、中学生の僕じゃ、どこも雇ってもらえないよ」

 纏蔵は仕様のない奴といった調子で腕を組む。

「仕方あるまい……。実はな、儂の知人に、ある私立高校の校長がおるのじゃ。その知人がな、学費及び教材費、制服、修学旅行等々まで、すべて出世払いで構わないと言ってくれておる。知っておるか? 吉林高校を」

「え……吉林高校? す、すごいじゃないか! 名門校だよ。蓬莱院吉林高校っていえば、学年でも結構な成績じゃなきゃ入れない高校だよ。そんなところに入学できるの?」

 祐人は信じられないと驚き、元来、不幸体質のこの少年は、これは意外にラッキーかもと思ってしまう。

「誰が入学できると言った?」

「え? 今、出世払いで構わないって……」

「それは受かったら、の話じゃ」

「……というと?」

「実力で受かったら、学費諸々は出世払いで良いということじゃ。そうか、そんな難しい高校とは知らんかったぞい。まあ、今から一生懸命勉強せい。カッカッカ!」

「ちょっ、僕は、ただでさえ長期に学校を休んでいたせいで勉強が遅れているのに、そんな難しい高校を実力で?」

「もう泣き言か? お前が高校生になるには、もうその高校しかないのじゃ。高校生になりたいのなら、頑張るしかなかろうが」

 今、纏蔵は完全に主導権を掌握している。

「それと高校に入ったら、お前には一人暮らしをしてもらう」

「えー! 何で?」

「我が家には、お前を養うほどの余裕はない。儂の道場の収入では、さすがにきついしの」

 さり気なく、道場の収入はすべて自分だけのもの、ということを強調する纏蔵。

「で、でも僕はどこに住むんだよ! バイトをしたとしても、すぐには収入はないよ!」

 纏蔵は大きく溜息をつく。さすがに祐人もイラッとした。

「儂の知人に不動産屋もいるから、頼んで格安の物件を用意しよう。お前も今年十五歳になるのだから、堂杜家の男として独り立ちするには丁度良いじゃろう」

 お前が独り立ちしていないだろうと突っ込みたくなったが、祐人は急展開に呆然とする。
 事態の展開について行けていない孫に対し、力強い態度の纏蔵は、これ以上の話は不要と道場を出て行こうとする。
 祐人からは見えないが、その纏蔵の顔は完全勝利といった感じだ。
 そして、道場の襖に手をかけたところで、纏蔵はすっと足を止めた。

「あ、そういえば、一昨日に聞いたのじゃが、茉莉ちゃんの志望校でもあるらしいぞ、その吉林高校は。頼んで勉強をみてもらえばよかろう」

 呆然としていた祐人は、それを聞いて、ピクッと反応する。

「ま、茉莉ちゃんが? い、いいよ。自分でするよ」

 その態度に、纏蔵は何か思い当たる節があるのか、意地の悪い顔する。

「んー? 何じゃ、茉莉ちゃんに振られでもしたのか? まったく……。それなら教えてやろうかの。茉莉ちゃんの好みはな、ああ見えて、実はグイグイ自分を引っ張ってくれる男が好きなんじゃ。経験豊かな儂にはすぐに分かるのじゃがな。まあ、お前と正反対のタイプじゃな」

「関係ないでしょ!」

「まあ、頼みづらいのなら、儂から言っておいてやるぞ。ほっほっほー」

「だから、やめてって!」

 纏蔵は満面の笑みで、襖を開けて出て行こうとする。
 そこでふと、祐人は先ほどの話が気になった。

(その向日葵さん? 今はどうなったのかな? 少しでも生活が良くなっていればいいのだけれど……)

「で、爺ちゃん? その向日葵さんは、今どこに住んでるの?」

「ああ、今は駅前のマンションに……あ!」

「え? 駅前のマンション? さっきアパートって言わなかったっけ? うーん? いや、最近出来たあの新築の高層マンション……」

 顎に親指をつけて、考え込むような顔になった祐人。先程の堂々とした態度が打って変わり、纏蔵は爪先立ちで、足音をたてずに道場を出て行こうとする。
 だが、その纏蔵の肩を力強い手がガシッと掴んだ。

「爺ちゃん。さっき……アパートの家賃って言っていたよね?」

 よく考えればおかしいのだ。纏蔵は結構な大金を、この一週間足らずで使い切っている。競馬や飲み代で消える額ではない。株だって一週間以内に倒産するような会社は、整理ポストに入ることも多いし、ギャンブル好きの纏蔵が騙されるにしてはお粗末過ぎる。
 だんだん祐人の中で、考えが整理されてくる。

(まさかこの野郎は……あの高層マンション……高いものでは確か……)

「おいジジイ! あれは……あれはなぁぁ! 分譲マンションだああああああ!!!」

「ぎゃー! 祐人! 落ち着け! 落ち着けぇぇぇ!」

「これで落ち着いたら! いつ取り乱せるうううう! こんのぉ色ボケジジィ!!」

「ギャー! げふ!」

 このようなやり取りの中、いつか母親が言った言葉を祐人は明確に思い出していた。

『祐人……。絶対に、この通帳をお爺ちゃんだけには、ぜぇぇぇったいに見せちゃダメよ!』

 祐人は涙目になりながら、この大事なことを忘れていた自分を呪った。

(ははは! 死んでしまいなさい、ジジイも僕も! 死んでしまいなさい、ふははは!)



「と……いうことがあってね」

 茉莉に振られた云々の話や、堂杜家特有の問題については省略したが、祐人は目を瞑り「フッ」と表現しようのない笑みをしている。

「「「………………………………」」」

 三者三様の反応。一悟は半目で、茉莉は眉間を右手の親指と人差し指で摘んで俯いている。静香は固い笑顔で、おでこから汗を流していた。

(((いや、もう……なんと声を掛ければいいのか……)))

 一悟は、祐人の祖父には会った事がある。確かに変わった、いや第一印象は変人? な気がしただけかと思っていた。いや、思いたかった。こう見えても常識的な一悟は、他人のご家族を悪く思うのは失礼だという思いがあった。

「あ! もう時間だよ! 茉莉も自分の教室に戻らないと。私達も席に着かなきゃ」

 気付くと他の生徒達は順次、席についている。四人も別れ、各々のクラスの席に着いた。


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コメント

  • ノベルバユーザー351590

    ジジィの言ってることが全部本当だったらまじで地下帝国行った方が人類の為だろ。
    てかダラダラ大して重要そうでも無い日常パート続けた上にこのクソヘイト溜まる一話とかふざけとんのか。

    4
  • カラ

    ジジィ
    マダオかよ

    2
  • ノベルバユーザー295497

    このジジィ
    やばいな

    2
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