魔界帰りの劣等能力者

たすろう

プロローグ


 黒の高級セダン車の後部座席に、清潔感のあるスーツ姿の男が携帯電話の画面を確認し報告した。見た目は20代半ばぐらいにみえる。

「毅成様。この度の、この緊急の依頼は日本政府から直々のものだそうです」

 険しい表情で、外を見ている和装の男は従者にそう言われ、窓に肘を当てると頬杖をついた。
 その和装の男、能力者にして精霊使い四天寺してんじ毅成たけなりは、横に座る四天寺家の若い従者に声をかける。

「もう整えているとは思うが、念のため、応援を機関に頼んでおけよ」

「え? 応援……ですか? 」

 主人のそのような言葉に、横に座っている従者は一瞬驚いたような顔をしたが、苦笑い気味に応対する。

「毅成様、面倒なのは分かりますが……」

 従者にとって自分の主人が仕事を前にして、このようなことを言うのは初めてなのだ。

「お前でも気付かんか。違うぞ、明良、必要と感じて言っているのだ」

 毅成は表情を変えない。が、車内に緊張が走るのを世界能力者機関日本支部から派遣されたサングラスの運転手も感じた。
 学生達の春休みも中盤に差しかかり、世間では良くも悪くも、安穏とした雰囲気を醸し出している。
 その世間とは関係の無い、首都高速の喧騒の中、その黒の高級セダン内には三人の男が乗っていた。
 黒いスーツとサングラスをかけた無表情の運転手は、どこぞの国のSPのようにも見える。
 そして、その後部座席には齢四十三歳とは思えない威厳を漂わせる和装の男と、二十代半ばの如何にも人が良さそうに見える男がグレーのスーツで無言で座っていた。

「それは……! いえ、分かりました。支部に連絡をします」

 一瞬の間はあったが、四天寺家の従者である神前かんざき明良あきらは、柔和な顔を引き締め、急ぎ携帯電話をだすと忙しなく指を動かし始めた。
 長く付き合っている主人と従者としては、ちぐはぐとしたやりとりに見える。
 だが、この毅成の従者である明良の反応は、無理も無いことだったのかもしれない。
 四天寺毅成といえば、この世界に現役では5人しかいない、世界能力者機関の定めた最高ランク“ランクSS”の能力者。しかも、その筆頭格に必ず名前が挙がる男だ。

 ランクSS……。

 それを冠する能力者とは、もはや誰も測る事のできない領域に住まう超越者である。
 このランクSSであり、世界の主要国の一軍にも匹敵する戦闘力を秘めた男が応援を頼んでいるのだ。

 一体、どんな依頼なのか?

 また、この毅成の従者である神前明良も精霊使いの端くれである。今、確かに、ただならぬことが起きているのは感じていた。
 何故ならば、自身の得意能力である探査風が、今向かっている現場に届かないのだ。普通ではない。
 とは言え、それと同時に明良はこの主人に対して、絶対的な信頼も寄せている。それはもう信仰といっても良いほどのものだ。
 どんな状況でも、どんな相手でも毅成が対処する限り問題はない、ということを経験で頭に植えつけられている。
 横で明良が世界能力者機関の日本支部に応援を頼んでいる中、毅成は窓の外に目をやりながら、ある英国人の顔を浮かべる。

(恐らく、今回のこれは魔神。組むとすれば、できればあの男が良いのだが……。剣聖……現在、行方が分からんと聞いているが……)

 剣聖と言われる毅成と同じランクSSの能力者は、数ヵ月前からまったく連絡がつかない、と機関からの報告を受けたことがあった。
 精霊使いである毅成の得意レンジは中距離から長距離だ。それでいくと接近戦で超人的、且つ無類の戦闘力を誇る剣聖とは相性が良い。
 しかし、今は既に事が起きている現場に向かっている途中である。今現在、行方不明の男に世話になるわけにもいかないのは明白だった。
 そもそも、それを考えること自体がこの毅成の余裕の無さが伺える。
 つまり、今は異常事態ということだ。
 毅成は自分の体の芯にまでくる、プレッシャーを感じている。

(この感じは……何だ? 今までの魔神とも違うのか……? 精霊達が怯えている)

 明良は素早く連絡を終え、緊張気味に主人の方に目をやるが、毅成の顔は窓の外に向いているため表情が見えない。

「……足手まといならいらんぞ」

「はい、言わなくても、そのように伝わっているでしょう」

 即座に明良は応答する。
 何せ、あの四天寺毅成が応援を頼んでいるのだ。並みの能力者では組むことも儘ならない。それは連絡を受けた側にも充分に理解されるものであろう。
 毅成の精霊術は強力過ぎるので、一歩間違えばチームを組む仲間達も危険なのだ。
 今から三十分前に、毅成は某大物政治家と上野にある隠れ家的な料亭で昼食をとる予定だった。本人はこの手の付き合いが嫌いだったが、四天寺家当主として最低限の仕事だと諦めている。
 しかも、今日は今年十五歳になる毅成の一人娘が、四天寺家に伝わる成人の儀を夜に控えていた。四天寺家では重要な儀式であり、元々、早々に退席する予定でいたのだ。
 そんな時に、能力者機関からの緊急の呼び出しが毅成にきた。
 普段であれば、四天寺家を通すはずだが、直接、明良に連絡が入った。毅成はこちらに直接? と珍しがったが、これで今日の昼食会を辞退できると内心喜び、表面的には某大物政治家に申し訳ないといった面持ちを作り、退出してきた。
 しかし、今はそういった浮つきは完全に消えている。現場に近づけば近づくほど、毅成は自身の肌にヒリヒリとした感覚を覚える。

(私に直接連絡が来るわけだ。一体何だ? これは……)

 車がインターを降りて十数分、品川駅前の大手企業の本社ビルが立ち並ぶ一角に止まる。
 そこはすでに、能力者機関からの手回しで、警察による周辺の封鎖は済んでいた。辺りは物々しくテープ等で仕切られ、多数の警官が立ち並び、決して人が立ち寄れないように厳しく見張られている。
 毅成は、厳しく仕切られているテープ内側に進入した車を降りると、眼前のビルの屋上を睨む。

「上か……」

 毅成と同時に車を出た明良は、毅成に倣い、鈍い圧迫感を感じながら顔を上に向け、唖然とする。

「こ、これは! 一体……」

 明良が思わず呟く。
 毅成と明良が見上げた、ビルの屋上の上空には自然界では見ることのない、黒い雲が渦を巻いていた。
 しかもそれは、小さいが多数の稲光を絶え間なく発している。
 その光景はまるで映画のCG映像をリアル世界に体現したような、すぐには現実として受け入れ難いものだった。
 そして、それは見ているだけで、能力者でもある明良の心胆を寒がらせた。
 だが、毅成はこれを見たことがある。
 これほどの規模のものは初めてだが……。

「……誰も来るなよ」

 毅成は自分で頼んでおいた能力者の応援を待つ気が無いのか、まるで畑の柵を跳び越えるように、2、3歩の助走で四十階は越える高層ビルの屋上に向ってジャンプした。

「あ、毅成様! お待ち下さい! 応援がまだ……あ~もう! 行ってしまわれた」

 その毅成の行動を目撃し、目を不可能なぐらいに大きくしている、一般警察官を明良は無視して、先に現場に来ていた能力者機関所属の職員に駆け寄る。

「応援はまだですか!?」

「は! 神前様。今、ヘリで大峰おおみね様がこちらに向っております。おそらく、あと十五分程で到着されるかとは思うのですが……」

日紗枝ひさえさん、いや、支部長が自ら? まあ、毅成様と組むとなるとそうなるか。しかし、あの雲は一体……支部長は何か言われていましたか?」

「いえ、詳しくは。ただ、毅成様に連絡を入れてすぐに、各部署にも指示を出し、神前様から連絡を頂く前から、自ら赴く準備をされていました。支部所属の能力者も職員も総動員されています。また、世界各国の機関支部にも最大限の応援を要請済みです」

 明良と職員の間に一瞬の沈黙が起きる。

「あと、大峰様からは、指示があるまでランクA以下のものは、現場で待機とのことです。決して軽率に動くな、と仰っていました」

「それは……それだけのことが起きているということか。こんな日に限って何で……。夜には瑞穂様の成人の儀だというのに」

 片手で額を軽く押さえながら明良は嘆く。

「瑞穂様? 毅成様のご息女でございますか?」

「ああ、毅成様の……いや、四天寺家の宝さ」

 明良とその職員は再び、ビルの屋上に目を向ける。
 すると、そのビルの反対側の上空からヘリのエンジン音が聞こえてきた。そのヘリの方に明良の目がいく。
 そのヘリは地面まで相当の距離があったが、ヘリの扉はすでに開いており、そこに片手を添えて妙齢のスーツ姿の女性が中腰で立っていた。
 肩まで伸びた黒い髪を後ろに束ねたその女性は、ヘリが着陸態勢に入ろうとする際、それは無用というように、十数メートル上空にいるにも関わらず、なんとそのヘリから飛び降りる。
 そして、その女性は何事もないように、そのまま明良たちの前に音も無く着地した。
 あれ程の高度から飛び降りたにも関わらず、その足に身に付けた靴のヒールも問題ないようだった。
 その突然、空から降ってきた世界能力者機関日本支部支部長の姿を、口を不可能なぐらいあけている一般警察官を横目に明良が声を掛ける。

「日紗枝さん。早かったですね」

 日紗枝は髪を軽く整えると、明良に顔を向けた。

「あら? 明良君、毅成様は?」

「この上です」

 明良は毅成が消えていったビルの屋上に体を向ける。心持ち、不穏な雲は先ほどより薄くなっているようにも見えた。
 明良は日紗枝が思ったよりも早く来てくれたことに少し安堵しながら、早く毅成のサポートに入って欲しいという気持ちが湧き出る。
 ランクBの自分では、毅成のフォローが出来ないのだ。だがもちろん、いざという時は主人の盾になろうとも決めている。

「ここに降りずに、ヘリから直接行けば良かったんじゃないですか?」

「無理よ。次元震でヘリが拉げちゃうわ」

「次元震!? じゃあ、上にいるのは魔神ですか! それで僕の探査風が届かないのか……」

 明良の顔が強張り、血の気が引いていくのが分かる。
 明良も魔神を知識では知っている。遭遇したことはないが、その一都市を吹き飛ばすことも容易な力を持つ、人外達の頂点に位置する存在だ。

「ええ、それも計測以来最大クラスのがね。5年ぶりね……ドルトムント以来かしら、魔神クラスの顕現は。ただ、もう本体はいないようだわ。私も調査に行ってくるから、あなた達は余波で死にたくなかったら、まだ来てはだめよ。今回の次元震の震度はレベル8だったのよ」

 日紗枝は上を見つめる。

「ドルトムントの時は震度5、あの時はルール工業地帯の3分の1が機能不全になったわ」

 5年前、ドルトムントを中心に世界を震撼させた大事件。公には地殻変動と無理のある説明がされた、人類の歴史でも稀に見る自然災害とされていたものだ。
 だが、実際は異界から突然顕現した……SSランク級の魔神の仕業だった。
 その時に世界能力者機関からの能力者が何人も投入され、数知れぬ高位ランカーの戦死者を出した、世界能力者機関設立以来最大の危機でもあったのだ。
 その時の数少ない現場の経験者である日紗枝はその目に力が宿る。

「絶対に来てはダメよ!」

 言うや、日紗枝はヒールで地面を蹴るとビルの屋上へ消え、絶句した明良達が残された。



 能力者機関日本支部支部長の大峰日紗枝が到着して一時間ほど経ち、能力者機関から派遣された数十人の調査員達は、問題になったビルの屋上の惨状を目の当たりにしていた。
 コンクリートでできた屋上の床が真ん中から直径25メートルほどの大穴を開け、下に5,6階ほど、まるで何かに打ち抜かれたようになっている。
 また、その崩れたコンクリートからは鉄筋等が露になっていたが、ビル自体が頑丈なのか、よくも形状を保っているといった様相だった。
 毅成は倒壊寸前のビルの屋上の淵で、調査員達の様子を見下ろしていた。明良も調査員と一緒に動き回っている。
 日紗枝は神妙な顔で毅成の横に肩を並べた。

「毅成様、これは……魔神の本体はやはり……」

 日紗枝はいつもの軽口は叩かない。

「ああ、消滅しているな……。いや、もしくは消滅させられたか……だな」

「そ、そんなことが、でも誰が……いえ、一体何が起きて……」

 世界能力者機関日本支部の責任者が理解できない、といった面持ちで首を振る。

「分からん……が、計測以来最強クラスの魔神が顕現してすぐに消滅した。そういうことだ」

「し、しかし、他の戦闘系ランクSSの能力者4人、私以外のランクS能力者6人いずれも日本にはいません!」

「落ち着け。能力者との戦闘かはまだ分からんよ。機関所属の能力者が動けば、すでに情報は入っているはずだろう? それに意味の無い想像だが……この魔神はランクS以上が複数人いないと倒せんよ、しかも相性のいいのがな」

 それに……と毅成は自嘲気味で普段は決して見せることはない、自虐的な表現をほんの一瞬だが見せる。

「世界能力者機関のランクSSとは、SSクラスの魔神を倒せるという意味ではない。SSクラスの魔神と戦うことを許される、という意味だからな」

「…………」

 そこに二人の後ろから、調査員が報告にあがった。

「大峰様。現時点までの調査結果です。魔神の顕現した場所は、駅の反対側の水族館の上空です。そちらにも魔神顕現時と思われる次元震が計測されました。どうやらこちらは魔神消滅の際に起きる、特有の次元震であると確認されました。そして、民間人ですが多大な被害が出ていますが、今のところ死傷者は確認されていません」

 腕を組んだまま、日紗枝は報告を聞いていた。春休みの駅前水族館である。相当な数の人達がいたはずだ。被害者には申し訳ないが、その程度なら御の字と考える。

「また目撃者の証言ですが、いくつかあるのですが……相当混乱しているようでして……」

「まあ、無理もないわね」

「ただ、証言として一致しているのが、得体の知れない何かは、何かと戦っているようだったということです。ですが他の証言は混乱していて……」

 何かが戦っているという報告に、日紗枝と毅成は眉を寄せるが黙って聞いている。

「また、全員不思議な壁のようなものに守られていたとのことです」

「守られていた?」

「はい、これも証言として一致しています。どうやら、民間人の被害は魔神によるものよりも、人混みの中で混乱が生じた際に起きたものがほとんどのようです」

「……分からないわね。サイコメトラー達の報告は?」

「それですが……」

「どうかしたの?」

「それが読み取れた者はいませんでした。全員、その場で倒れてしまい、現在、病院の方に送っています」

「な! どういうこと?」

「……波動が強すぎたんだろう」

 腕組みを解いた日紗枝に、毅成が大穴を見つめながら言う。

「どうやら強大な力がぶつかり合っていたのだよ……恐らくな。並大抵の精神力では読み取る際に、こちらが神経をやられてしまう」

「し、しかし! 皆そういった訓練を受けています。我々のサイコメトラー達は優秀です!」

「うむ。だが、そういったレベルでは測れないものだった……」

 言葉を失う日紗枝は掌を頭に当てる。

「一体、何と何が戦って……しかも、魔神の消滅。それでサイコメトラー達は大丈夫なの?」

「最も敏感だった者がその場で数メートル吹き飛ばされましたが、命に別状は無いという報告です。しかし……意識は戻っていません」

「……何か見たかもしれないわね。意識が戻り次第聞いてみて。他にはある?」

 調査員は調査書を捲りながら「以上です」と指示を待つ姿勢になる。
 日紗枝は今後の事を考え始めた。辺りには小雨がぱらついてくる。

「とにかく……調査は続けて。今週中に報告書としてまとめるようにお願いするわ。あ、情報統制も忘れずにお願いね。今回の件の呼称は品川魔神で統一します。とにかく分からないことが多すぎるわ。些細なこともすべて記録しておいて。個人的な判断で情報の優劣をつけることがないようにね」

「承知致しました」

 再度、調査に向った調査員の後姿を横目に、毅成は雨雲で暗くなった空を眺める。

「品川魔神と戦っている者か……。そいつは人か……または……」

 今は小雨だが、やがて強く降りそうな雨を毅成は顔で受ける。【魔人殺し】の称号を持つ十人の一人であり、世界能力者機関の筆頭格。
 四天寺毅成のその呟きは、その雨音に消されて誰にも届かなかった。

 小雨だった雨が本格的に降り始めた頃……。

 倒壊しかかったビルから見て駅の反対側。

 そこは水族館のさらに奥にある、大規模なシティホテルの北側の狭い路地の暗がり。

 少年が、アスファルトに腰を下ろし、片膝に肘を乗せ俯いている。

 その姿は、全身から生気が失われているような光景。


 その少年は雨音に紛れ、かすかな嗚咽を漏らし、その体は小刻みに震えているようだった。



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