異界の勇者ー黒腕の魔剣使いー
閑話 人生の終わり/Side勇二
それはいつも通りの夏の日の出来事だった。
「朝日、遅いなぁ」
「うーん。今日は僕達が普段より早く出たからね。相対的にそう感じるのかも」
朝の通学路。
すっかり待ち合わせ場所として定着した、いつも通りの交差点で、普段よりも少し早く家を出た僕達は一人の友人を待っていた。
「むぅ……でも、これで朝日のあの渋い顔が見られるなら損はないね」
幼馴染の未希がショートボブの髪を小さく揺らしながら悪戯っぽく笑う。
「ははは。それはどうだろうね。もしかしたら拗ねて口を聞いてくれなくなるかもよ?」
僕はそんな未希に苦笑を浮かべながら意外に子供っぽい友人のことを頭に思い浮かべる。
あの友人、いや親友は普段は大人びているくせに意外なところで年相応な姿を見せるのだ。
彼が意外に負けず嫌いであることを知ったのもここ数か月の間のことだったりする。
「あー。意外にありそうかも?」
僕のそんな軽口に同意するように頷く未希。
僕は未希に賛同しようとして......やめた。
なぜかって?未希の後ろに鬼がいたからさ!
「ん?一体何が意外なんだ?」
そう言って未希の陰から姿を現したのは、細身で長身の少年。
少し色の抜けた焦げ茶の髪に同色の瞳。
普段は不愛想で人相の悪いその顔を、今は満面の笑みへと変えてそこに立っていたのは僕の親友、朝日だった。
「んにゃあ!?あ、朝日今の話聞いてたの?」
「今の話って?」
口元に微笑を浮かべたまま首を傾げて見せる朝日。
正直言って、非常に不気味だ。
「え、ほら。朝日より先に来たら朝日が拗ねるっていう……」
朝日の問いかけに素直に答えた未希に僕は頭を抱えた。
間違いない。朝日のアレは、カマかけだ。
「おーけー。死刑」
どうやら僕の予想は当たったようで、瞬時にいつもの無表情に戻った朝日は一切無駄のない動きで未希の頭に手刀を繰り出した。
「うぎゃあ!?頭が、頭が割れるぅぅ」
「たかがチョップ程度で大げさだ」
うわぁあ。
意外と痛いんだよね、朝日のアレ。
僕は内心、頭を抱えてのたうち回る未希に合掌した。
朝日に関しては、やれやれって感じで肩をすくめている。
どうやら、本人としてはそれほど威力を込めたつもりではないらしい。
「いつもの人に手加減しろとか言ってるのはどこの誰でしたっけ?」とは言わない。
言ったら間違いなく手刀が飛んでくる。
流石の僕でもあれは痛い。
ここは自然に話しかけて被害を避けるべきだ。
「おはよう、朝日。朝から容赦ないね」
「ああ、勇二か。お前もくらうか?」
「遠慮しておきます」
「チッ……なら、さっさと行くぞ」
小さな舌打ちが聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。
どうやら、正解は渋い顔をするでもなく、拗ねて口を聞かなくなるでもなかったようだ。
正解はイラついた朝日に八つ当たりをされる、だった。
……こんな理不尽どうしたら予想できますかね?
-------------------------------------------------------------
「あれ?あそこにいるのって佐々木さんとこのお爺さんじゃない?」
「あ、本当だ。……何か持ってる?」
「……さっきから通行人に話しかけては渡そうとしてるってのを見る限り、ビラじゃねぇか?」
「おお、流石の観察力だね朝日!」
未希が手放しに朝日をほめる中、僕の視線はお爺さんに、正しくはお爺さんの手の中のビラに釘付けになっていた。
佐々木さんのおうちのお爺さんは確か御年73歳になるご高齢だったはずだ。
そんなお爺さんが朝早くから外に出てビラを配っている、ということは......
「困り事だね!」
そう言うが早いか、僕はお爺さんのもとまで駆けだした。
すると、僕の後に続くように未希が追いかけてきた。
「あ、待てこら!早くしねぇと学校遅れるぞ!」
朝日の静止の声など聞こえない。
聞こえないったら聞こえない!
「おはようございます。お爺さん、どうかしたんですか?」
「ん?おお、勇坊に未希嬢ちゃんじゃないか!今から学校かい?」
おじいさんの手前あたりで減速し、立ち止まった僕と未希。
元気よくあいさつした僕にお爺さんは人のいい笑みを浮かべてニコニコしている。
「そうだよ!あ、それよりもそのビラは?」
「ああ、これかい?ちょっとした人捜し、いや猫探しだよ」
「あれ?勇二、この猫って……あの、この猫ってお爺さんの家の猫ですか?」
「ああ、そうだよ。一昨々日の晩から姿が見えなくてな、流石に心配になって探し始めたところなんだ。どこかで見てないかい?」
困ったように眉を八の字にしたお爺さんは僕と未希、そして後から追いかけてきた朝日は、猫の写真がでかでかとプリントアウトされたビラを手渡した。
「ん?この猫、さっき路地裏に入っていった猫じゃないか?」
ビラを見た朝日はその写真の猫に見覚えがあるようだ。
目を閉じて、記憶に探りを入れ始めた朝日を待つこと一分弱。
「うん。やっぱりそうだ。爺さん、この猫なら向こうの路地裏にいると思うぞ」
「おお!それは本当か!?」
「ふふふっ!朝日は僕たちと違って注意深いからね!こういったことは朝日にお任せなんだよ!」
「威張ることじゃねぇからな?」
口元に笑みを浮かべて胸を張る僕だったが朝日にジト目で睨まれた。
僕は単に朝日のことを自慢したかっただけなんだけどなぁ……解せぬ。
「あ、でもあの路地って結構入り組んでて迷いやすいよね」
「ああ。そう言えばそうだな」
そうなのだ。
僕等が住んでいるこの町だが非常に路地が多いうえに、その中にはかなり入り組んでいるものもあるのだ。
お爺さんが探し回るには体力的に少し大変だ。
「しかも最近また質の悪い不良たちが歩き回ってるらしいよ」
「へー、それは知らなかった」
これも最近知った情報だ。
朝日に情報は大事だ―なんて話をされてから色々調べて回ってたら発見した。
二か月前に粛清した不良たちが集まって路地の一角を縄張りにしてると聞いた時は驚いた。
これもお爺さんのことを考えると危険だ。
僕等なら何とかなるんだけど......
あれ?気のせいかな。
僕の発言回数に比例して朝日の表情が険しくなってるる?
心なしか相槌の言葉も若干棒読みになってる気がする。
「あ、あと凶暴な野良猫がボスとして君臨してるとかって聞いたよ?」
「……その心は?」
そうそう。
早くしないと猫ちゃんの身に危険が......って、ここまで言えば、朝日も僕の言いたいことを完全に理解してくれたみたいだね。
やっぱり、持つべきものは理解ある親友だよね!
というか、朝日の表情がさっきよりも険しくなっている気がする。
なんか、すごい睨まれてる気がする。
あ、早く言えってことか!
「その猫探し、僕たちがお手伝いします!」
僕のその言葉を聞いた瞬間、朝日は全てを悟ったような顔をして視線を宙に投げ出した。
朝日との付き合いはたった3年程だけど、分かったことがある。
この東山 朝日という少年は、なんだかんだで面倒見がよく、優しいということだ。
ふと視線を向けると、僕の横ではニコニコと満面の笑みを浮かべてこちらを見つめてくる美希がいた。
あ、目が合った……
と、思ったら逸らされた!?
なんか、物凄い顔が真っ赤なんだけど、風邪かな?
無理してないといいけど......
と、まあ。そんなこんなで、学校へ行く義務を投げ捨てた僕たちの猫探しが始まった。
-------------------------------------------------------------
猫を追いかけ始めてから数時間。
野良犬の足を踏んづけて追いかけまわされたり、猫に頭を踏み台にされたりと文字通りの意味で踏んだり蹴ったりな僕達だったが、遂に勝機が見えた。
僕達の目の前には路地を抜けた先の道路の真ん中で立ち止まる黒猫がいた。
「あそこで捕まえよう」
後ろ走りをしながらそう告げる僕だったが、どうにも二人の反応が薄い。
ここに来るまでに大技を連発したから、流石に後ろ走りしただけじゃ、驚いてはくれないみたいだ。残念。
そうしているうちに僕達は裏路地を抜け道路に出た。
すると、どうしたことか。
先ほどまで元気に走り回り僕達を翻弄してくれた猫が道路の真中でうずくまっていた。
猫のその様子に驚いた僕達はなるべく猫を脅かさないように足早に猫のもとへと駆け寄った。
屈んで猫の様子をよく見てみると、さっきの追いかけっこで、どこかに足を引っかけたのか怪我をしていた。
にゃ~、と力なく鳴く猫に応急処置をしようと未希はカバンを開いて救急セットを取り出した。
え?なんで現役女子高生のカバンの中から救急セットが出てくるかって?
僕達がたくさん怪我するからね!
いや、だって不良に絡まれた時とか、僕はともかく朝日とか絶対怪我するし......
っと、それはさておき。
僕と朝日は猫の手当てをする未希をすぐ近くで見守っている。
手を出したら間違いなく未希と猫に噛みつかれるからね。
決して応急処置が苦手なわけじゃないよ?
ちょっとミイラを大量生産してしまうだけであって......
......この時僕達は猫に気を取られここが道路であることを忘れていた。
普段でこそ人通りもまばらで、車の通りも多くない道だったけど今日は違ったんだ。
今日は僕達が住んでいる街、その隣街で開かれるお祭りがあり、その準備のために今いる道路の交通量は普段の三倍ほどになっていた。
「未希、どうにかなりそう?」
「うん。この感じなら後で病院で診てもらえば大丈夫だと思う」
僕等がそうしているうちにも彼等のすぐそばにまで『死』は明確に迫りつつあった。
「っ!?勇二!未希!避けろ!!」
ソレにいち早く気付いた朝日が僕達に声を掛けるが、時既に遅し。
気が付いた時には僕等は皆、アスファルトの上に横たわっていた。
......技術の発展っていうのも良いことばかりじゃないね。
一瞬だけ見えたあの車は最近発売された車で、ほぼ無音のハイブリット自動車っていうのを売りにしていた新車だ。
まさか、ぶつかるまでその存在に気が付かないとは、恐れ入ったよ......
それにしても、身体に力が入らない。
手足の感覚がぼやけているし、相当な勢いで倒れ込んだはずなのに痛みすら感じない。
車にぶつけられた衝撃で体がおかしくなってしまったみたいだ。
体中から微かに残っていた感覚が失われつつあるのが分かる。
唯一、動かすことのできた目を頼りに自分の状況を探ってみると、右足の膝から先があらぬ方向へ折れ曲がっているのが見えた。
あー、これ全治何か月になるのかなぁ......
それ以外にもチラホラ異常が見られたがこれ以上は気がめいりそうなのでやめておこう。
さらに視界を落とせば硬いアスファルト上に真っ赤な液体が広がっているのが見えた。
「……お前ら、生きてるか?」
満身創痍な中、朝日のかすれた声が聞こえた。
その声に返事をしようと肺に息を吸い込んだ。
しかし、返事の代わりに口から出てきたのは咳に混じった血液だった。
......どうやら未希も似たような状況らしい。
声を出せている朝日の状況は幾分かマシなようだ。
勇二はふと先程の猫のことが気になりあたりを見渡そうと身じろぎするが、やはりできない。
そうしていると、不意にチリンという鈴の音が背後から聞こえた。
「間に合ったんだな。よかった……」
「なぁーお」
どうやら、今猫は朝日のところにいるらしい。
朝日の言葉を聞く限り、未希の応急処置は無事間に合ったようだ。
猫の無事を確認して安心したからか、瞼がだんだん重くなってきた。
ああ、これが雪山のドラマでよく見る「寝るな!死ぬぞ!」ってやつかぁ。
実際に体験してみると、本当に眠くなるんだなぁー。
このまま寝てしまえば確実に死ぬ、理解はしているつもりだが、それを耐えようにも更なる眠気が襲ってくる。
あぁ、ここで死ぬんだなとぼんやり考えていると、ふと脳裏に二つの大切な『約束』が蘇った。
一つは、見慣れた少女との約束。
涙にぬれた彼女と泥だらけになった僕が交わした永遠の約束。
もう一つは、これまた見慣れた少年との約束。
終始無表情だった彼と満面の笑みを浮かべた僕が交わした無期限の約束。
今や、果たすことの叶わなくなった約束。
約束を果たせなくなって悔しいはずなのに、なぜか力の入らないはずの口元には笑顔が込み上げていた。
なぜ僕が笑っているのかはわからない。
悔しいし、悲しい。
心残りだってたくさんあるし、やりたいことだってあった。
だけど、最期に笑って逝けるのなら、これも悪くない。
不思議とそう思えた。
「ごめんな、『華夜』…」
薄れゆく意識の中、背後から聞こえた朝日の声。
その声を最後に、僕は意識を手放した。
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「朝日、遅いなぁ」
「うーん。今日は僕達が普段より早く出たからね。相対的にそう感じるのかも」
朝の通学路。
すっかり待ち合わせ場所として定着した、いつも通りの交差点で、普段よりも少し早く家を出た僕達は一人の友人を待っていた。
「むぅ……でも、これで朝日のあの渋い顔が見られるなら損はないね」
幼馴染の未希がショートボブの髪を小さく揺らしながら悪戯っぽく笑う。
「ははは。それはどうだろうね。もしかしたら拗ねて口を聞いてくれなくなるかもよ?」
僕はそんな未希に苦笑を浮かべながら意外に子供っぽい友人のことを頭に思い浮かべる。
あの友人、いや親友は普段は大人びているくせに意外なところで年相応な姿を見せるのだ。
彼が意外に負けず嫌いであることを知ったのもここ数か月の間のことだったりする。
「あー。意外にありそうかも?」
僕のそんな軽口に同意するように頷く未希。
僕は未希に賛同しようとして......やめた。
なぜかって?未希の後ろに鬼がいたからさ!
「ん?一体何が意外なんだ?」
そう言って未希の陰から姿を現したのは、細身で長身の少年。
少し色の抜けた焦げ茶の髪に同色の瞳。
普段は不愛想で人相の悪いその顔を、今は満面の笑みへと変えてそこに立っていたのは僕の親友、朝日だった。
「んにゃあ!?あ、朝日今の話聞いてたの?」
「今の話って?」
口元に微笑を浮かべたまま首を傾げて見せる朝日。
正直言って、非常に不気味だ。
「え、ほら。朝日より先に来たら朝日が拗ねるっていう……」
朝日の問いかけに素直に答えた未希に僕は頭を抱えた。
間違いない。朝日のアレは、カマかけだ。
「おーけー。死刑」
どうやら僕の予想は当たったようで、瞬時にいつもの無表情に戻った朝日は一切無駄のない動きで未希の頭に手刀を繰り出した。
「うぎゃあ!?頭が、頭が割れるぅぅ」
「たかがチョップ程度で大げさだ」
うわぁあ。
意外と痛いんだよね、朝日のアレ。
僕は内心、頭を抱えてのたうち回る未希に合掌した。
朝日に関しては、やれやれって感じで肩をすくめている。
どうやら、本人としてはそれほど威力を込めたつもりではないらしい。
「いつもの人に手加減しろとか言ってるのはどこの誰でしたっけ?」とは言わない。
言ったら間違いなく手刀が飛んでくる。
流石の僕でもあれは痛い。
ここは自然に話しかけて被害を避けるべきだ。
「おはよう、朝日。朝から容赦ないね」
「ああ、勇二か。お前もくらうか?」
「遠慮しておきます」
「チッ……なら、さっさと行くぞ」
小さな舌打ちが聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。
どうやら、正解は渋い顔をするでもなく、拗ねて口を聞かなくなるでもなかったようだ。
正解はイラついた朝日に八つ当たりをされる、だった。
……こんな理不尽どうしたら予想できますかね?
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「あれ?あそこにいるのって佐々木さんとこのお爺さんじゃない?」
「あ、本当だ。……何か持ってる?」
「……さっきから通行人に話しかけては渡そうとしてるってのを見る限り、ビラじゃねぇか?」
「おお、流石の観察力だね朝日!」
未希が手放しに朝日をほめる中、僕の視線はお爺さんに、正しくはお爺さんの手の中のビラに釘付けになっていた。
佐々木さんのおうちのお爺さんは確か御年73歳になるご高齢だったはずだ。
そんなお爺さんが朝早くから外に出てビラを配っている、ということは......
「困り事だね!」
そう言うが早いか、僕はお爺さんのもとまで駆けだした。
すると、僕の後に続くように未希が追いかけてきた。
「あ、待てこら!早くしねぇと学校遅れるぞ!」
朝日の静止の声など聞こえない。
聞こえないったら聞こえない!
「おはようございます。お爺さん、どうかしたんですか?」
「ん?おお、勇坊に未希嬢ちゃんじゃないか!今から学校かい?」
おじいさんの手前あたりで減速し、立ち止まった僕と未希。
元気よくあいさつした僕にお爺さんは人のいい笑みを浮かべてニコニコしている。
「そうだよ!あ、それよりもそのビラは?」
「ああ、これかい?ちょっとした人捜し、いや猫探しだよ」
「あれ?勇二、この猫って……あの、この猫ってお爺さんの家の猫ですか?」
「ああ、そうだよ。一昨々日の晩から姿が見えなくてな、流石に心配になって探し始めたところなんだ。どこかで見てないかい?」
困ったように眉を八の字にしたお爺さんは僕と未希、そして後から追いかけてきた朝日は、猫の写真がでかでかとプリントアウトされたビラを手渡した。
「ん?この猫、さっき路地裏に入っていった猫じゃないか?」
ビラを見た朝日はその写真の猫に見覚えがあるようだ。
目を閉じて、記憶に探りを入れ始めた朝日を待つこと一分弱。
「うん。やっぱりそうだ。爺さん、この猫なら向こうの路地裏にいると思うぞ」
「おお!それは本当か!?」
「ふふふっ!朝日は僕たちと違って注意深いからね!こういったことは朝日にお任せなんだよ!」
「威張ることじゃねぇからな?」
口元に笑みを浮かべて胸を張る僕だったが朝日にジト目で睨まれた。
僕は単に朝日のことを自慢したかっただけなんだけどなぁ……解せぬ。
「あ、でもあの路地って結構入り組んでて迷いやすいよね」
「ああ。そう言えばそうだな」
そうなのだ。
僕等が住んでいるこの町だが非常に路地が多いうえに、その中にはかなり入り組んでいるものもあるのだ。
お爺さんが探し回るには体力的に少し大変だ。
「しかも最近また質の悪い不良たちが歩き回ってるらしいよ」
「へー、それは知らなかった」
これも最近知った情報だ。
朝日に情報は大事だ―なんて話をされてから色々調べて回ってたら発見した。
二か月前に粛清した不良たちが集まって路地の一角を縄張りにしてると聞いた時は驚いた。
これもお爺さんのことを考えると危険だ。
僕等なら何とかなるんだけど......
あれ?気のせいかな。
僕の発言回数に比例して朝日の表情が険しくなってるる?
心なしか相槌の言葉も若干棒読みになってる気がする。
「あ、あと凶暴な野良猫がボスとして君臨してるとかって聞いたよ?」
「……その心は?」
そうそう。
早くしないと猫ちゃんの身に危険が......って、ここまで言えば、朝日も僕の言いたいことを完全に理解してくれたみたいだね。
やっぱり、持つべきものは理解ある親友だよね!
というか、朝日の表情がさっきよりも険しくなっている気がする。
なんか、すごい睨まれてる気がする。
あ、早く言えってことか!
「その猫探し、僕たちがお手伝いします!」
僕のその言葉を聞いた瞬間、朝日は全てを悟ったような顔をして視線を宙に投げ出した。
朝日との付き合いはたった3年程だけど、分かったことがある。
この東山 朝日という少年は、なんだかんだで面倒見がよく、優しいということだ。
ふと視線を向けると、僕の横ではニコニコと満面の笑みを浮かべてこちらを見つめてくる美希がいた。
あ、目が合った……
と、思ったら逸らされた!?
なんか、物凄い顔が真っ赤なんだけど、風邪かな?
無理してないといいけど......
と、まあ。そんなこんなで、学校へ行く義務を投げ捨てた僕たちの猫探しが始まった。
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猫を追いかけ始めてから数時間。
野良犬の足を踏んづけて追いかけまわされたり、猫に頭を踏み台にされたりと文字通りの意味で踏んだり蹴ったりな僕達だったが、遂に勝機が見えた。
僕達の目の前には路地を抜けた先の道路の真ん中で立ち止まる黒猫がいた。
「あそこで捕まえよう」
後ろ走りをしながらそう告げる僕だったが、どうにも二人の反応が薄い。
ここに来るまでに大技を連発したから、流石に後ろ走りしただけじゃ、驚いてはくれないみたいだ。残念。
そうしているうちに僕達は裏路地を抜け道路に出た。
すると、どうしたことか。
先ほどまで元気に走り回り僕達を翻弄してくれた猫が道路の真中でうずくまっていた。
猫のその様子に驚いた僕達はなるべく猫を脅かさないように足早に猫のもとへと駆け寄った。
屈んで猫の様子をよく見てみると、さっきの追いかけっこで、どこかに足を引っかけたのか怪我をしていた。
にゃ~、と力なく鳴く猫に応急処置をしようと未希はカバンを開いて救急セットを取り出した。
え?なんで現役女子高生のカバンの中から救急セットが出てくるかって?
僕達がたくさん怪我するからね!
いや、だって不良に絡まれた時とか、僕はともかく朝日とか絶対怪我するし......
っと、それはさておき。
僕と朝日は猫の手当てをする未希をすぐ近くで見守っている。
手を出したら間違いなく未希と猫に噛みつかれるからね。
決して応急処置が苦手なわけじゃないよ?
ちょっとミイラを大量生産してしまうだけであって......
......この時僕達は猫に気を取られここが道路であることを忘れていた。
普段でこそ人通りもまばらで、車の通りも多くない道だったけど今日は違ったんだ。
今日は僕達が住んでいる街、その隣街で開かれるお祭りがあり、その準備のために今いる道路の交通量は普段の三倍ほどになっていた。
「未希、どうにかなりそう?」
「うん。この感じなら後で病院で診てもらえば大丈夫だと思う」
僕等がそうしているうちにも彼等のすぐそばにまで『死』は明確に迫りつつあった。
「っ!?勇二!未希!避けろ!!」
ソレにいち早く気付いた朝日が僕達に声を掛けるが、時既に遅し。
気が付いた時には僕等は皆、アスファルトの上に横たわっていた。
......技術の発展っていうのも良いことばかりじゃないね。
一瞬だけ見えたあの車は最近発売された車で、ほぼ無音のハイブリット自動車っていうのを売りにしていた新車だ。
まさか、ぶつかるまでその存在に気が付かないとは、恐れ入ったよ......
それにしても、身体に力が入らない。
手足の感覚がぼやけているし、相当な勢いで倒れ込んだはずなのに痛みすら感じない。
車にぶつけられた衝撃で体がおかしくなってしまったみたいだ。
体中から微かに残っていた感覚が失われつつあるのが分かる。
唯一、動かすことのできた目を頼りに自分の状況を探ってみると、右足の膝から先があらぬ方向へ折れ曲がっているのが見えた。
あー、これ全治何か月になるのかなぁ......
それ以外にもチラホラ異常が見られたがこれ以上は気がめいりそうなのでやめておこう。
さらに視界を落とせば硬いアスファルト上に真っ赤な液体が広がっているのが見えた。
「……お前ら、生きてるか?」
満身創痍な中、朝日のかすれた声が聞こえた。
その声に返事をしようと肺に息を吸い込んだ。
しかし、返事の代わりに口から出てきたのは咳に混じった血液だった。
......どうやら未希も似たような状況らしい。
声を出せている朝日の状況は幾分かマシなようだ。
勇二はふと先程の猫のことが気になりあたりを見渡そうと身じろぎするが、やはりできない。
そうしていると、不意にチリンという鈴の音が背後から聞こえた。
「間に合ったんだな。よかった……」
「なぁーお」
どうやら、今猫は朝日のところにいるらしい。
朝日の言葉を聞く限り、未希の応急処置は無事間に合ったようだ。
猫の無事を確認して安心したからか、瞼がだんだん重くなってきた。
ああ、これが雪山のドラマでよく見る「寝るな!死ぬぞ!」ってやつかぁ。
実際に体験してみると、本当に眠くなるんだなぁー。
このまま寝てしまえば確実に死ぬ、理解はしているつもりだが、それを耐えようにも更なる眠気が襲ってくる。
あぁ、ここで死ぬんだなとぼんやり考えていると、ふと脳裏に二つの大切な『約束』が蘇った。
一つは、見慣れた少女との約束。
涙にぬれた彼女と泥だらけになった僕が交わした永遠の約束。
もう一つは、これまた見慣れた少年との約束。
終始無表情だった彼と満面の笑みを浮かべた僕が交わした無期限の約束。
今や、果たすことの叶わなくなった約束。
約束を果たせなくなって悔しいはずなのに、なぜか力の入らないはずの口元には笑顔が込み上げていた。
なぜ僕が笑っているのかはわからない。
悔しいし、悲しい。
心残りだってたくさんあるし、やりたいことだってあった。
だけど、最期に笑って逝けるのなら、これも悪くない。
不思議とそう思えた。
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