異界の勇者ー黒腕の魔剣使いー

心労の神狼

4-22 名前と契約

食事をとり終えた一同は物静かにリビングの食卓を囲んでいいた。
勇二、未希、華夜の三人の視線は一人の少女のもとに注がれていた。
銀色の少女、『魔剣サクリファイス』の精霊体である少女だ。
ちなみにこの場には朝日はいない。
先程の夕食の際に華夜が一度席を立って部屋まで様子を見に行ったのだが、当の朝日はぐっすりと睡眠中だったのだ。
まあ、朝日自身が病人であるし、第一にこれからする話の内容が内容なので、例え起きていたとしても朝日は部屋で安静状態なのだが。
「さて、それでは早速お話を聞かせていただけますか?えっと…」
沈黙が部屋を支配する中、華夜が話を切り出そうと口を開くが、突如口ごもって黙り込んでしまう。
「華夜ちゃんどうしたの?」
勇二が怪訝そうな顔で尋ねれば華夜は眉を八の字にして困ったような顔をする。
「あ、すみません。いえ、彼女のことを何と呼べばいいかわからなくて……」
実に真面目な彼女らしい理由に勇二と未希は納得し互いに頷く。
度々、会話の中に登場する彼女だが一度として彼女の名が会話の中で出てきたことはない。
「確かに、『魔剣サクリファイスの精霊体』じゃ長ったらしいし、何より親しみずらいしね」
「えぇ。それで、なんとお呼びしたらよろしいですか?よろしければこの際にお名前を教えていただけませんか?」
勇二の言葉に同意しながら華夜は『魔剣サクリファイス』の精霊体の少女に向き直る。
華夜のその問いに少女は少し前の華夜と同じような表情をした。
「……私に名前はありません」
「え?それってどういう……?」
「皆様は魔剣、及び精霊との『契約』についてどれだけご存知ですか?」
少女の放った言葉に勇二と未希は首をかしげる。
そんな中、少女の問いに答えたのは華夜だった。
「『契約』とは意思を持った魔剣、及びその内部に存在する精霊との間で行われる契りの事です」
「契り?」
「はい。主となるものは自身の持ちうるモノを対価として精霊に捧げ、僕となる精霊は捧げられた対価に応じた恩恵を主となるものに与える、というのが契りの内容です」
「お、おお?」
「よくもまあ、あんなにペラペラと…やっぱり、どう足掻いても兄妹だね」
自身が知っているだけの知識を自慢げに話だした華夜に勇二と未希は苦笑しながらその話に耳を傾ける。
「そうですね。大まかに言えばその認識で間違いはありません」
「よかった…」
そう言ってホッと息をつく華夜。
ですが、と少女は続けさまにこう言った。
「その認識には二つ、欠けているものがあります」と
「欠けているもの…?そんなはずはありません。だってこの話は兄さんから直接…!?」
途中まで言いかけて突如、何かに気づいたようにハッと顔を上げる華夜。
「まさか、兄さんはわざと欠けた知識を…?」
「正解です。私もマスターが華夜様に『契約』についての説明をしていた時に『見て』いましたがマスターは明らかにその話題を避けて説明を行っていました」
「そう、ですか…」
少女の言葉に辛そうな顔をして俯く華夜。
どうやら朝日に嘘をつかれたのがよぽどショックだったらしい。
「……それは、今回の件と関係があるんだよね?」
「はい。私に名前がないのもそれに起因しております」
勇二はあえて今の華夜には触れずに自身の疑問を口にする。
「名前か…そういえば欠けている知識って結局はなんなんだい?」
勇二の言葉に少女は人差し指を天井に向けて立てる。
「そうですね……まず一つ目に契約の際、主となるものは魔剣の銘の他に精霊に名前を付けるのです」
「…あれ?それ、おかしくない?現に君は朝日と契約してるんじゃ……」
「はい。ですから、私とマスターは実際には契約していないことになります。言うなれば『仮契約』の状態と言うのがが正しいでしょうか」
「仮契約…?」
「ええ。『契約』というのは本来対価を捧げ『名付け』を行って初めて成されるのです」
「それが成されてないから『仮契約』ってこと…?」
「その通りにございます」
そう言って口元に小さな笑みを浮かべながら恭しく頭を下げる少女に勇二は少しだけ頬を引きつらせた。
どうやら見た目十二、三歳程度の少女が落ち着いた物腰で会話し、礼儀正しくお辞儀をする、といった場面にやり難さを感じているようだ。
「ってことは、朝日はもう対価を捧げたってことだよね?」
「ええ。そうなります」
「じゃあさ、朝日は対価に何を捧げたの?」
そんな勇二の気を知ってか知らずか未希は少女に話の続きを促す。
「そうですね。それが、華夜様の中で欠けていた、即ちマスターが説明を避けた知識の二つ目です」
そう言って人差し指に続いて中指も天井に向ける立てた少女。
「捧げられるのは原則、魂か記憶、肉体の一部が主となります」
少女の放った一部の言葉に華夜は聡く反応を示した
「記憶……?」
小さく零れた華夜の呟きは不思議とリビング全体に響き渡った。
「華夜様。落ち着いてください。マスターが捧げたのは記憶ではございません」
少女の言葉にホッと安心した世に溜息を吐きだした華夜。
「というか朝日の場合、記憶って捧げられるの?」
そこに疑問を持ち出したのは未希だった。
「そうですね……結論から言ってしまうと、可能です」
「え、できるの?だって朝日は忘れないんだよ?」
確かに、朝日はこの世界に来る際に女神から完全記憶能力を餞別として受け取っていた。
記憶を対価として捧げるということは、つまり忘れるということ。
朝日は絶対に忘れることのない記憶力の持ち主。
もし朝日が『契約』の際に記憶を捧げた場合、この二つは矛盾するのだ。
「ええ。普通ならそう考えるのが妥当なのでしょう。が、この場合マスターが捧げた記憶は完全に消失します。記憶したという記憶を含めて」
「そんな……!?」
少女の口から出た言葉に、華夜は思わず椅子から崩れ落ちる。
彼女の頭の中では大好きだった以前の兄と現在の兄が消え去っていく光景が繰り返し再生されていた。
「落ち着いてください華夜様。さっきも言った通りマスターは記憶を捧げたわけではありません」
そう言って床に座り込む華夜に向けて手を差し伸べる少女。
しかし、華夜はそんな手助けなど不要とばかりに立ち上がりキッと少女を睨み付ける。
「じゃあ、兄さんは一体何を捧げたのですか!?」
その声音には若干の焦りと苛立ちが込めれていたことに彼女は気付いていたのだろうか?
華夜の鋭い視線に少女は特に顔色一つ変えることなく先程までと同じように質問に対する答えを返す。

「マスターが捧げたもの、それは……」


「魔王討伐後における自身の命、その全てです」



to be continued...

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