異界の勇者ー黒腕の魔剣使いー

心労の神狼

4-5 朝日の行方と再会3

「………」
洞窟の中を進み始めてからそれなりの時間が経過した。
歩けど歩けど変わらない周囲の景色にうんざりしながらも朝日はその足を進めていた。
勿論、先程のことを踏まえて警戒は怠っていない。
そして暫く歩いた後、松明の灯りに照らされた前方に光る二つの瞳を見つけ朝日は数時間ぶりにその足を止めた。
松明の灯りで照らされたそこには一匹の小さな黒猫が地面に座り込み毛づくろいをしていた。
念の為魔法で作り出しておいた剣を握り締め、警戒を緩めることなくゆっくりとした挙動でその影に近づいて行く朝日。
そして、いよいよ黒猫の目の前に来たところで朝日はある違和感に気付いた。
「うん?お前は…」
それは既視感だった。
自分はこの黒猫を、どこか別の場所で見たことがある。
そんな感覚が朝日の脳内を横切ったのだ。
視線を落として黒猫をよく観察してみれば右足に薄汚れた包帯が巻いてあるではないか。
「お前…まさかあの時の…?」
記憶の中から思い出されたのはこの世界に転生する前の事。
あの世界で行った最後の人助け。
勇二が二つ返事で引き受けた猫探しだ。
あの時、自分たちが追っていた猫も黒猫だった。
さらに言えば、あの黒猫は捕まえる寸前のところで足を怪我していて未希が応急処置をしたことも記憶にある。
「いや、まさかな。ありえない。」
そう考えて一人首を横に振る朝日。
そう、ありえないのだ。
もし、もしこの黒猫と再会したのが前世の世界であったなら信じることができただろうが、ここは異世界だ。
猫一匹が世界を渡れるわけがない。
ましてや、あの猫はあの世界で確実に助けたはずなのだ。
その猫がこの世界に存在しているというのはありえないのだ。
それに、この洞窟の中に猫一匹だけで生きていられるというのも、とてもではないが考えられない。
「にゃーぅ?」
朝日がそんなことを考えて唸っていると不意に足元で毛繕いをしていた黒猫が小さな鳴き声を上げて立ち上がり、洞窟の奥のほうへ歩いていくではないか。
しかし、黒猫は数歩歩いたところでその足を止め、顔だけで朝日の方を向き再び小さく鳴いた。
それはまるで後方にいる朝日を案内しようとしているようにも見えた。
朝日が無言でその後ろに付いて歩きだせば黒猫は満足したような鳴き声を上げる、再びその足を洞窟の奥へと進めていった。
黒猫の後ろをついていくと二手の分かれ道に行きついた。
黒猫は迷うことなくその分かれ道の右を行く。
その後ろに続こうとした朝日は洞窟の壁に気になるものを見つけ立ち止まった。
壁に彫られていたのは今は懐かしき『日本語』の文章だった。
「左は破滅で右は救済、対成るものは表裏一体也…?一体どういう「なぁーご」っとわかったわかった。今いくよ」
朝日は壁に彫られた言葉の意味を吟味しようとしたところで黒猫の鳴き声を聞き我に返った。
今はそんなことよりも先を急ぐことが先決だ。
「対成るものは表裏一体、ね…めんどくさいことにならなければいいが」
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「…へぇ?洞窟の奥地にこんな場所があったのか」
二股に分かれた道、その右側を進んでいくと広い空間に出た。
朝日はそんなことを呟きながら松明の灯を消してあたりを見回す。
そこはいうなれば水晶の部屋だった。
洞窟のゴツゴツとした地面や壁からはいくつもの巨大な水晶の柱が飛び出し、あたり一面を水晶の内部から発せられる淡い光により照らしていた。
中には老朽化によるものか、はたまた別の理由からか砕け散った水晶も多くみられている。
「見事なもんだな…って、黒猫はどこ行った?」
朝日は水晶の見せる美しい光景を見て思わず感嘆しため息をつくが自身の足元に黒猫がいないことに気づいたのかあたりを見回し始める。
しかし、神秘的ともいえるこの空間の中で黒猫の存在は意外と目立つもので、朝日は数分とかからずに黒猫を見つけ出すことができた。
黒猫がいたのはあたりに幾本も生えている水晶の柱の中で一回り小さい水晶の前だった。
微動だにせず水晶の柱を見上げている黒猫、それを見た朝日は小さくため息をつきながらもゆっくり歩きながら黒猫に近づいていく。
「黒猫。そんなに見上げて、どう、し、た…?」
黒猫の後ろに辿り着き、黒猫が見上げる水晶を眼前に捉えたとき、朝日の挙動が完全に止まった。
それを見たその一瞬、朝日にとってその一瞬は数十分にも数時間にも感じられた。
止まっていた時間が動き出す音を幻聴するほどに、その光景は朝日にとって衝撃的なものだった。
それを視界に収めた朝日は自身の頬を涙が伝っていくのを感じ取っていた。
別に、朝日は水晶の美しさに感動したわけではない。
ただ...
ただ水晶の中で眠りについているときのように固く瞼を閉じている少女に。
三年の時を経て、異世界に渡り、やっとのことで『妹』と再会することができたことに対する感無量の涙だった。
「やっと、やっと見つけたぞ…」


「『華夜』…」


to be continued...

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