異界の勇者ー黒腕の魔剣使いー

心労の神狼

3-40 約束の再開

「それじゃあ。未希はいつも通り後ろでバックアップをお願いね?」
勇二はそう言って剣を握り直す。
未希は無言で頷き杖を構える。
「分かってるよ。あ、勇二」
剣の使徒のいる方へ走りだそうとした勇二は未希に呼び止められ、その歩みを止める。
「ん?」
そう言って振り返った勇二を待っていたのは天から降り注ぐ白い光だった。
それは未希が能力を解放したことで使えるようになった支援魔法『ブレス』だった。
「これでもう少し戦いやすくなるはずだよ」
そう言って微笑む未希にこの魔法の恩恵を痛感している勇二は素直に未希に礼を言う。
「ありがとう未希」
礼を言われた未希は小さく微笑み、勇二の背中を軽く押す。
背中を押された勇二は表情を引き締め、剣の使徒を注視する。
「それじゃあ、行くよ!」
そんな言葉とともに勇二は剣の使徒のもとに走り出した。
「『迅雷』!」
そして、剣の使徒との距離があと数メートルとなったところで自身に雷属性による強化を施し瞬時に加速する。
「はぁっ!」
加速したことによりその距離を一気に詰めた勇二は目の前に使徒に対して横に剣を一閃する。
しかし、剣の使徒はその剣を己の鎧の籠手のみで防ぎ、そのまま勇二を蹴り飛ばす。
「どうした勇者。その程度か?」
挑発するような剣の使徒の問いかけに、蹴り飛ばされ、瓦礫の中に倒れ込んでいた勇二はただ口元に笑みを浮かべることだけで答える。
そんな勇二の様子に訝しげな視線をおくる剣の使徒。
すると...
「光よ。瞬き輝け!『フラッシュ』!」
次の瞬間、剣の使徒の周りにいくつもの光球が現れ、辺り一帯を不規則な光を灯した。
その光は勇二の狙いと違わずに剣の使徒の視界を奪うことに成功した。
そして、視界を奪われた剣の使徒は気付かない。
自身の周りから近づく複数の不可視の刃に。
「風よ。刃となりて敵を斬り裂け!『エアカッター』!」
未希が詠唱を完成させた瞬間。
目に見えぬ斬撃が剣の使徒を襲った。
「ぐっ!?」
それは未希が能力を解放したことによる魔法威力の向上と成長した未希自身のスキルである魔法の複数展開による合わせ技であり、未希にとっての最大火力でもあった。
それを喰らい続けている剣の使徒は小さく呻き声を上げながらもギリギリの直感で、迫りくる風の刃の半数を躱しつつあった。
「おのれぇ!」
しかし、それに耐え切れなくなったのか、剣の使徒は手に持った大剣をその場で一閃する。
すると、使徒の振るった剣はたちまちその剣圧で空中に待機していた風の刃を打ち消した。
「先程の状態から持ち直したか…!やはり、そうこなくてはな!」
そう言って剣の使徒が駆けだした先にいたのは、未希だった。
「貴様の魔法は存外に厄介だ!先に死んでもらおう!」
そう言う内にも剣の使徒は既に未希の目前まで迫っていた。
勇二が何とか瓦礫の中から立ち上がり未希の方を見ると、未希は只々真っ直ぐな視線をこちらに向けていた。
まるで信じてくれとでもいうように。
「もらったぁ!」
そう言って使徒が大剣を振り下ろすのを、勇二はまるで映画のスローモーションを見たのような気分で眺めていた。
次の瞬間、未希の近くに剣の使徒はいなかった。
そこには杖の石突の部分を槍のように構え、前に突き出している未希の姿があった。
「飛べ、旋風の如く。斬り裂け、隼の如く。夢現流魔法戦闘術『疾風』」
小さくそう呟く未希の周りには風が吹いていた。
「後衛だからって近接攻撃ができないって訳じゃない。油断大敵だよ。使徒さん?」
おどけたようにそう言いながらも肩で息をしている未希。
その視線の先には剣を縦に構え無言で佇む剣の使徒がいた。
先程の一瞬。
剣の使徒は確かに未希に斬りかかった。
だが、その剣が彼女に届くよりも早く、風を纏った未希の一突きが剣の使徒に届いたのだ。
しかし、流石というべきか。剣の使徒は未希の放った突きに素早く気付くと振り下ろしていた大剣を無理やり軌道修正し、自身の腹に突き立てられようとしていた杖を大剣の腹で守ったのだ。
それでもなお勢いは殺しきれなかったのか剣の使徒の足元には未希のいる位置から続く二条の跡が残っていたが。
「この突き…成程、やはり貴様も警戒すべき者の一人というわけだ。もう一人の男がいれば私は確実に負けていただろうな」
剣の使徒はそう言って勇二と未希に称賛の言葉を贈る。
「だが、貴様らのそのチカラに限界があるのを私は知っている。もうそろそろ時間じゃないのか?」
剣の使徒がそう言うと勇二と未希はそれが図星であるように表情を引き締める。
「ああ、確かに僕等にとってのリミットは近い」
「ハッキリ言って魔力もほとんど切れた。だけど…」
「「それまでの間におアナタを倒せば問題、無いっ!」」
勇二と未希はそう言って今の言葉を現実のものとするために駆け出した。
しかし...
「「ッ!?」」
一瞬、二人の姿がブレたかと思うと、見る見るうちにその姿を戦闘が始まる前のモノに戻していった。
「そんな、なんで…!?」
「もうタイムリミットが来てたっていうのか…!?」
目に見えて動揺する二人に剣の使徒は大きく肩を落とし、ゆっくりと二人に歩み寄る。
「どうやら、ここまでのようだな」
そう言っていつかのように剣を振り上げる剣の使徒に、勇二と未希は未だに戦意を失わず得物を握る。
「まだ諦めぬか。やはり勇者と言うのはどこまでも哀れなものだな」
悲しげにそう呟いて剣を振り下ろす剣の使徒。
二人は振り下ろされる剣を見て、やっと自分の身体が動かないことに気付いた。
どうやら、さっきまで自分達が戦えていたのは能力の恩恵があったかららしい。
そうでなければこんな土壇場で動けないというのに納得がいかない。
怖いほどに感じるプレッシャー。
心臓に負荷がかかりそうな殺意。
その二つが重く二人の身体に圧し掛かり、その動きを阻害していた。
朝日もいない、自分達も動けない、動けたとしても何も出来ない。
そんな現実が二人を更に希望から遠ざけていく。
せめて、剣の振り下ろされるその一瞬一瞬を見逃さんとばかりに見開かれた勇二の瞳に、あるものが写り込んだ。
それは剣の使徒の身体を締め付けるように現れた『影』だった。
「流石のお二人ですね…まさかこんな大事に巻き込まれているとは…」
そう言って二人の目の前に現れたのは見覚えのある白黒モノクロな少女、ラックだった。
「ラ、ック…?」
「はい。ラックです」
「どう、して…?」
「はい?」
「街には、いない、はずじゃ…?」
勇二がそう言うとラックは小さく笑み作り頷く。
「はい。無事にパーティメンバーと合流ができたので‘街には,いませんでいたよ?」
そう言ってあっけからんと言い放つラック。
「じゃあ、どこに…?」
「どこにいたか、ですか?それは少し説明が長くなるので…まずはこの面倒事を片付けましょう」
そう言ってラックは剣を振り上げた体勢のまま影で縛り付けられた剣の使徒の方に視線をやる。
「無理だ、一人で勝てる訳がない!今すぐ逃げるんだ!」
精一杯の声を振り絞りラックを静止しようとする勇二。
しかし、勇二のそんな言葉にラックは勇二に向かってニコリと微笑む。
「大丈夫ですよ。言われなくても私は戦いませんから。戦うのは…」
ラックはそこまで言うと町の瓦礫が積み重なり、山のようになったところを見る。

「私の兄さんですから」

ラックの視線の向けるそこには一人の長身の青年が佇んでいた。
勇二と未希は遠目にその姿を見たとき一瞬、目を疑った。
その姿が余りにも記憶にある一人の青年と酷似していたからだ。
目元まで伸びた茶色い髪。
髪の隙間から見えるツリ目気味なこげ茶の瞳。
ボロボロにすり切れた黒いコートを着込み、その袖から覗く右腕は闇のように黒い。
そして、そこまで見たとき。二人はようやくそこにいる青年が二人の友人、『東山 朝日』本人であることを確信した。
青年、朝日は瓦礫の山を一っ跳びで飛び降りると二人の前に立ち、呆れと懐かしさが入り混じった穏やかな笑みを浮かべる。

「勇二、未希。悪い、少し遅れた。こっから先はオレがやる。だから、安心して寝てな」

to be continued...

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