異界の勇者ー黒腕の魔剣使いー

心労の神狼

3-2 問答

「今日はついにリユニオンの街だっけ?」
あぶった干し肉をサンドしたパンに噛り付きながら未希が聞いてくる。
先ほどの件から十分ほどたったが特に気まずい空気になるようなことはなかった。
何故前回のような空気にならないかと言うと、実は数か月で似たようなことが何回もありお互いに慣れてしまったのだ。
時に未希の着替えを偶然目撃し、時にたまたま勇二がつまずいて未希を押し倒し、時に未希が勇二のもとに倒れ込み偶然未希の胸が勇二の胸板に当たったりと、まぁそんなことがいろいろあったのだ。
それでも、そんなことが起きるたびに赤面するのはお互いの純情さ故だ。
ハプニングは何回あっても慣れないものなのだ。
まぁ、それでも、数分もたてば落ちつ気を取り戻すように、やはり慣れというものは存在するらしいのだが。
「うん。朝日の話だと国内有数の商業の街らしいから装備の新調とかいろいろできるかもね」
干し肉サンドを齧りながら朝日の残した本のページのめくりそう呟く勇二。
「朝日はいるかな?」
「どうだろ、先に来てたらなんだかんだ文句言いそうだけどね」
あの親友なら絶対に文句の一つや二つ入ってくるだろう、と勇二は考える。
「ま、なんだかんだで待ってくれるのが朝日だからねぇ。今までで一度も朝日の連行には失敗したことないしね」
今まで人助けの度に朝日を招集したことを思い出し笑いながらそう言う勇二。
「ふふ、だね」
それを見て未希も楽しげに笑う。
「よし、それじゃあ一休みしたら早速出発しようか」
そう言って勇二は手に持つ干し肉サンドの最後の一切れを口に放り込む。
未希は既に食べ終わったのか道具袋アイテムストレージからティーセットを取り出し食後のお茶の用意を始めた。
彼らがここを発ったのはそれから数分後の事だった。
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「未希、忘れ物はない?」
勇二はそう言って一度未希のいるほうに振り返る。
それに未希はコクリと頷く。
それを見た勇二は道具袋に入っていた本を取り出し、あるページを開く。
それと同時に右腕につけた腕輪、そこに嵌められた土色の石に触れ魔法を発現させるためのトリガーを唱える。
「『ランドハウス・フラット』!」
勇二の発したその声とともについさっきまで自分達が寝食を行っていた土の小屋が地面と同化していく。
これは朝日が勇二たちに残した本の中にあった魔法。
近くにある土を使って生活の拠点となるような小屋を作り出すことができる魔法だ。
ちなみに勇二が詠唱したのは土の小屋を地面に還す魔法で、新しく小屋を作る場合には『ランドハウス・メイク』という詠唱が必要になる。
余談だが、この魔法は構成がとても複雑なため魔法陣を用いないと発動が不可能だったりする。
「んー、魔法陣も大分薄くなってきたなぁ。これはあと一回が限界かなぁ」
そう言って見つめるのは本の中の魔法陣が書かれたページだ。
メイクの魔法もフラットの魔法も基本的に同じ魔法陣を使用している。
魔法陣というのは基本的に使い捨てで、使用すればその書かれた魔法陣は消えてなくなるのが定石だ。
しかし、朝日の書いた魔法陣は特別なインクが使われているようで一回や二回使用しても消えないようになっているらしい。
それでもやはり魔法陣は魔法陣。特別なインクで書いたこの魔法陣ですら十回使えればいい方という感じなのだ。
「さ、行こうか。何事もなければ夜までには街に着ける筈だからね」
「りょーかい!」
そんなやり取りをしながら勇二達は歩きだすのだった。
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「ねぇ、勇二」
「ん?どうしたの未希?」
どうにか先ほどまでいた森を抜け、街道に差し掛かったところで未希が勇二に話しかけてきた。
勇二は地図と今自分の歩いている場所を見渡しながら短く聞き返した。
「いい加減私にも教えて?朝日が一人でどっか行っちゃった理由」
未希の口から発せられたその言葉に勇二は一度歩みを止め振り返る。
「教えてって言われても…朝日が残した本に書いてあったでしょ?あれが理由だよ」
勇二は煙に巻くように言葉を濁す、が
「嘘だよね?」
未希にはそれは通じなかったようだ。
「だって勇二って嘘つくとき右足だけ足踏みするもん」
「…え?あ、ホントだ。自分でも気づかなかった…」
そう言いながら自身の足を見下ろす勇二。本人すら自覚のない癖を見破るとは、さすがは幼馴染といったところか。
「たぶん勇二は朝日がいなくなった本当の理由を知ってる。ううん、そうじゃなくても大体の見当はついてるんでしょう?」
未希はそう言って勇二に詰め寄る。
対して勇二は困り顔だ。
「ははは、なんというか流石幼馴染。よくご存じで」
でも、と勇二は続ける。
「僕は朝日がいなくなった理由に関しては本に書いてあった理由くらいしか知らないよ?心当たりと言ったって、はっきり言ってかなり憶測が含まれてるし」
「やっぱり知ってるんだ…」
「うーん、これに関しては街に着いて朝日を見つけてから直接聞いた方がいいと思うよ?」
「…私だけ除け者にされてる気がするけど、…勇二がそう言うなら、分かった。今は詳しくは聞かない、あとで朝日に合ったら勇二の愚痴と一緒にその理由も直接聞くからいいよ」
「ぼ、僕の愚痴って…」
「はいはい、早くしないと夜までにつけないよー!」
そういうや否や走り出す未希。
勇二は少し呆れてその後姿を追う。
ハッキリ言って勇二も朝日が一人で行動したことに関しては疑問を持っていた。
普段冷静なあの男が一言も無しに単独行動をするとは思えなかったのだ。
しかし、僅かな心当たりがあるのもまた事実。
あの男が単独行動をする理由といえばあの男がこの世界に来た理由であり、あの男のとても大切なもののためだろう。
「はぁ、朝日め。あったら僕も文句をたくさん言ってやろう」
そうひとり呟いた勇二は一人先に進んでいき、前方でこちらに手を振っている未希のもとに足を急がせるのだった。

to be continued...

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