異界の勇者ー黒腕の魔剣使いー

心労の神狼

2-25 契約

「……また、ここか」
朝日はいつかの真っ白な世界で目を覚ました。
立ち上がり自分の体を見下ろすと使途に切り落とされた右腕が無い以外はどこも異常はなかった。
あの時、気が付いたら体が動いていた。
本当はこうなることはなく、もっとうまくいっていた筈だった。
「はぁ、やっちまったな」
残される者の苦しみは知っていた筈なのに、とため息をつく。
「俺は死んだのか?なぁ、いるんだろ?出て来いよ」
朝日がそう言って視線を前方に向ける。
すると...
≪私はここです≫
後ろから声がした。
「成程。それがお前の本当の姿ってわけか?てかこの前のアレはいったい何だったんだ?」
振り返るとそこには、
朝日の胸元あたりまでしかない小柄な体、腰あたりまで伸びた銀色の髪、知性を感じさせる青い瞳とその左目に走る線のような模様が特徴的な少女がそこにいた。
≪演出です≫
そう言い切る少女に朝日は苦笑する。
「演出かよ…まぁいい、それよりも俺の質問に答えろ」
≪質問ですか?それは先程のものですか?それとも以前の…≫
「両方だ」
即答する朝日に一瞬考え込む素振りをする少女。
≪分かりました。ではまず現状の質問をさせていただきます≫
「ああ、そうしてくれ」
≪まず、極論を申しますとあなたはまだ死んでいません。ですが極めて危険な状態でもあります≫
その言葉に一瞬眉を顰める朝日。
それに構わず少女は続ける。
≪そして、以前お会いした時の私が何者かという質問ですが…≫
そう言って少女は朝日のコート、そのポケットを指さす。
≪そこに入っている結晶、それが私の正体です≫
「……この結晶がお前の正体だって言うのか?」
朝日はポケットから、黒い結晶を取り出しながらそう問う。
≪肯定≫
返ってきたのは短いその一言。
≪そしてあなたは、その結晶がなんであるかを知っているはずです≫
「···ああ、その通りだ。あの日からたくさんの資料を漁ってみたが、この前オッサンから貰った紙を見て、そして今その現物を見て確信した」
ドワーフの鍛冶師、ダグダから貰った紙。
それには伝説として知られる初代勇者の愛用した二本の刀剣に関することが書いてあった。
片方は白い剣。
片方は漆黒の剣。
その漆黒の剣にはこの結晶と似たような物がガードの部分に埋め込まれていた。
その件の銘は...
「『魔剣サクリファイス』それがお前の正体だ」
≪ご名答、その通りです≫
そう言って少女は少しだけ微笑む。
「元々がそれなりの名剣であり、使い続ける内に意思が宿り魔剣へと変質した一振りの剣、その核がなぜ王城のあの部屋にある」
そう言って少女を睨みつける朝日。
≪……その話は次の機会にしたほうがよろしいかと≫
「次の機会だと?」
聞き返す朝日
≪このままではあなたとお仲間の命が危険です≫
「っ!?」
驚く朝日をしり目に少女は一度指を鳴らす。
すると朝日の目の前に窓のような半透明な物体が現れた。
「こいれは」
≪現状を知っていただくのに最適なものをあなたの記憶の中から選ばせていただきました≫
「……記憶を覗いたのか」
≪それよりもこちらをご覧ください≫
その言葉に促され朝日はその窓を覗いてみる。
するとそこに映し出されていたのは...
「勇二!未希!」
それは自分を必死にゆすり起こそうとする二人の友人の姿。
そしてその後ろで今にも剣を振り下ろそうとしている剣の使徒だった。
「緊急事態ってのはこのことか…」
そういって険しい表情をする朝日。
≪肯定、このままではあと数分としないうちにあなたとそのお仲間は命を落とします≫
「……このままでは、か。って事はお前、何か策があるってのか」
≪肯定、内容をお聞きになりますか?≫
その言葉に朝日は首を振る。
「いや、必要ない」
理由は簡単だ。
絶体絶命の状況で魔剣の核である存在から掲示された策だ。
その発想に至るまで時間はかからない。
「ここに来てからお前のペースに乗せられてばかりな気がするから、意趣返しだと思って聞け」

「魔剣サクリファイス、俺と契約しろ」

その言葉に少女は黙り込む。
しかし次の瞬間呆れたような顔をこちらに向けてきた。
≪正気ですか?魔剣との契約が何を意味するか知っているでしょう?≫
その言葉に無言で頷く朝日。
これは王城の書庫の本を読んで知ったことだ。
魔剣と契約するにはその魔剣に対して自分の命、又はその魔剣と契約するに等しい対価を払わなければならない。
それはおいそれと簡単に行えるものではない。
しかし...
「ああ、知ってる。だがこの状況を打破するにはそれしかない」
朝日はそれを承知の上でそう言い放つ。
「対価なら俺の寿命でもなんでもくれてやる。だから力をよこせ、魔剣」
≪……何故にそこまで力を求めるのです≫
その質問に朝日は少しだけ表情を曇らせる。
力を求めた理由。
先程見た光景、その光景が‘あの時,に似ていたのだ
蘇るのは遠い記憶。
己の無力さを呪いったあの日の光景。
「命に代えてでも、今度こそ失わないように戦うための力がいる」
だから、
「オレに力をくれ、頼む!」
そう言って朝日は少女に頭を下げる。
≪それがあなたが力を求める理由ですか≫
少女はそう言って自分の目の前にある朝日の頭を軽く撫でる。
≪分かりました。あなたに私の力を差し上げましょう≫
その言葉に朝日は勢いよく頭を上げる。
≪宜しくお願いします。マスター≫
少女がそう言って小さく微笑んだ次の瞬間、真っ白な世界は砕け散った。

to be continued...

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