BOXes 20@1

神取直樹

食事マナー≪白黒編≫

 恐ろしくも、深く、深く、いつでも新鮮である。そんな快楽を得られるのが、能力者の特権であろう。彼らは能力を使えば、いつでもそれを得られる。だが、その快楽の量と言うのは、どう使うかによって変化してしまうのだ。例えば、ただ練習で壁に拳を打ち付けるより、生きた人間を殴った方が幾分か気持ちがいい。それと同じである。しかし、彼らの特徴は、その快楽を最も得られるのが、同じ能力者を自分の能力で殺した時である。なぜそうなのかは、未だわかっていないが、同士討ち、能力者狩りをする者が絶えないのは以上のことより、いたって普通の事なのである。
 その普通の事を究極に、理性で抑えることも無く、ひたすらに従えば、ただの獣と言われても仕方がないだろう。
 そう、今、了と晶は、獣狩りに来ているのである。暗黙の了解を得て、獣狩りは誰にも罪にも問われない。肉食獣に襲われた草食動物が、我が子を食い殺されても、かたき討ちだってしないのと同じだ。獣を狩ることを、当事者以外が何故感情を持ち出そうか。子羊どもを食らう狼を二人は狩りに行くのだ。そして、お姫様を見つけなければならない。それが命令だから、しなくてはいけないことだから。
 ゆらり、揺らめくは赤い紅い提灯の明かり。二人には馴染み深い、その赤色が視界にちらついていた。狩りと言っても、まずは待たねばならない。囮は自分たち。了、晶、イヴ、アダム。創造、破壊、構築、実現。彼らのその能力は通常の能力者の七倍はある。それはそれは甘美で、魅力的で、誘惑的で。それ相手に能力を使えば、どれだけの快楽が得られるだろうか。その快楽目当てにやって来る獣は、ある程度は腕に覚えのある者だ。二つの意味で昇天しても仕方がないのだから。
 稲荷神社の深夜は、ただ、蟲の蔓延る暗い食らい場所。神域とはそういうものだ。昼間はごくごく普通の、生きた人間たちのための場所。夜は、月輝く時そうでない時も、魑魅魍魎の側にある。それに耐えれるのは攻撃的な能力を持つものだけだ。
 了は手に力を込めた。晶は地面につま先を押し付ける。
「そろそろ、来る」
 近くにあった提灯の火を了が吹いて消す。それが合図となって、嫌に強い寒気が、四人の周りを覆った。ブン、と近くで音がする。バシャリ、と、晶の隣、イヴのいる場所から水っぽい音がした。音と、突如として発生した生臭い、臭い。鉄錆とも似ている。あぁ、成程、血液の匂いだ。そう思って、奴らが、来たと察した。当人のイヴの腕が、地面に落ちたと気付いたのは、その数秒後にアダムの足が切れたのに気付いたのと同じ時だった。
「構えの時間もくれないか」
 晶がそう唸った。それに対して、了も唸る。
「アダムイヴが再生するまで死なないように踏ん張るぞ」
「馬鹿言うな。俺は平気だけどお前は逃げなきゃ無理だろ」
 破壊はマイナスの力である。破壊の能力を身にまとえば、ある程度の、能力での攻撃は防げるのだ。だが、それを持っているのは晶だけである。了の能力は創造、正に正反対で、しかも、実体化の能力が無ければ、現実にそれを引き出すこともできない。何も今、できる状態ではないのだ。それでも一緒にやって来たのは、ただ、晶と共に行動するのが碇石であっただけである。そして、どうせここには今夜帰ってくるつもりだったのだ。帰る場所を壊したくないという問題もある。
「中入ってろよ」
 晶がぼそりと言う。何かが弾かれる音がしたと思えば、了の前に晶がいた。晶の体で、何かを弾いたのだ。
「入っても建物ごとやられたら終わりだろ。ビル見たらわかんだろうよ、真っ二つだった」
 動じずに、眉間に皺を寄せながら、ミチミチと組織が繋がる音に耳を澄ませる。イヴとアダムの再生はまだ先だ。どうすればここを攻略できるか、まだ理解しきっていなかった。
 ここに、南がいたらどうなるだろうか。南は今、動けない。先の国営との戦闘で、肋骨をやってしまい、休暇中である。いつまでも晶に甘えることもできない。防げるのだってある程度だ。どれくらいの力が込められるか憶測を誤れば、体は切れる。
「うっせ! こっちも持たねえんだよ! さっさと逃げろ! つか何で一緒に来たんだ! アジトにいりゃ良かったろ!」
 晶が叫ぶと、了は更に睨んで、声を荒げた。
「うるせえ! 今気い立ってんだよ!」
 土を蹴って、苛立ちを表す。
「お前何か変だ!」
「さっき理由は話したろ!」
「あれは理由になってない!」
「はあ!?」
 どこに敵がいるかもわからない場で、突如として兄弟喧嘩を始める二人の横で、細い甲高い声が唸った。
「二人とも食事の邪魔」
 アダムの少年の声が、冷えた風で揺れる木の枝の音に搔き消されながら、イヴの跳ねる音も聞こえた。二人は迷いもなく、参拝殿の賽銭箱の上へ飛びつく。ゆらりと、そこの空間だけが歪んで、誰かがいるのが分かった。
「美味しそうな匂いがした。分断の美味しそうな匂い」
 アダムがそう笑うと、イヴも頷いて、嬉々とした声で言う。
「屋敷の中からねー、実体化の美味しい匂いもするのよ!」
 チッ、という、舌打ちが聞こえ、再びイヴの手首から下が消える。しかし、イヴはもう動じることもなく、何かがやって来た方向を向いて、にたりと笑った。
「こっちの方が美味しそうだから、早く食べよう、アダム」
「そうだね、イヴ、中の奴は任せました、二人とも」
 任された、晶と了の二人は、二人ともそっくりに困ったような顔をして、足元迷いながらも、靴を脱ぎ捨てて屋敷に飛び込んだ。
「律儀だねえ、あの二人」
 女の声が高々通る。白いへそ出しのジャケットに、ピンクのシャカシャカ音のするズボン。最近の若者の匂いが異常に香るその女は、余裕の表情ではありながらも、変に冷や汗をかいているのが分かった。
「にしてもびっくりしたあ、アンタら、傷、消せるのね」
 独り言ではないが、誰もその問には答えない。狩る獣の声を、狩人が聞くはずもないのだ。アダムとイヴの中にあるのは二つ。
「「おなかがすいたの、今日は貴女がごはんだから」」
 まるで合図のように、二人は呟いて、姿を現した白の首に噛みつく。それを避けようと、白は身を翻し、近づいてきた二人を切り裂く。柔い小さな体からは、腸がだらりと落ちる。真っ二つに下半身と上半身を離れさせ、もう回復も望めないだろう。
 快感が、体を伝うはずだった。白の求めていたのは、強力な能力者を殺すことで得られる、最高の快楽である。しかしながら、殺したはずなのに、それが一向にやってこない。そんなに強い能力を持っていなかったのか? まさか、先ほど中に入った方の二人が強かっただけか? そんなことを考えていると、ビクビクと震える小さな死体に目をそむけたくなった。あぁ、予想外だ。無駄足だ。
 背を向けて、屋敷の、先ほど了と晶が入った障子に手をかける。土足のまま入ろうとすると、足、特にアキレス腱に強烈な痛みを感じた。
「――――!」
 ギチギチと歯の食い込む音と、腱が切れる、ブチッ、という硬いゴムが切れるような音がした。その痛みと現実に顔を歪めながらも白は、その両の足を見た。
 銀の髪に金と緑の混ざったような瞳、血だらけの口元。繋がった、下半身と上半身。未だ嬉々とした表情を崩さない、イヴと、美味しいものでも食べるようにそっと笑むアダムが、彼女の両足首を食い千切っていた。
「何で!」
 そう誰に尋ねるでもない声でがなって、獣のように暴れだす。何度も何度も刃を作り、どうにか座るように体勢を整え、冷静になろうとした。
「だって、まだ腕が使えたから。自分で自分の体をくっつけた、それだけだよ」
 イヴがそう笑って、今度は二人そろって腕に噛みつく。能力の連発で、もうこれ以上能力が使えない白は、その腕を振り回すことくらいしかできない。
「やめろ!」
 べキリと関節も食い千切られる音がして、力が入らなくなる。暴れられなくなると、人間は断末魔を叫び続けるようになるらしい。白は声にもならない雄たけびを、目をひっくり返して繰り返していた。それを聞きながら、イヴとアダムは静かに食事を続ける。腕を食い終わると、残っていた足、そして、内臓、頭は最後のメインディッシュ。彼らは脳を食っても平気だ。そもそもの体の作りが違うのだから。そうやって、最早叫ぶこともなくなった白の体を貪っていると、障子の奥から、また違う叫び声が飛んでくる。
「あ゛」
 暗闇の中からやって来たのは、黒の方である。後ろで腕を折ってやったらしい了が、彼を歩くように促していた。
「屋敷の中に居てくれたのは助かった。汚さないでくれてありがとよ」
 晶が共に黒の腕を取り、そう耳元で呟いた。
「……お前ら、ここは一体何なんだ……何で……何で、いるんだ、あんなのが」
 黒がそう言って、睨み付けるのは屋敷の中の、その更に奥。赤い彼岸花と月と蝶が描かれた、障子。その障子は人が一人通れるくらいの隙間が空いており、その隙間の前に、二人、少年が佇んでいた。
「お前は知らなくていい。もう十年以上前の話に、部外者が入るもんじゃない。神になった双子の話なんて、チープで呆れるだろ。ほら、前見ろよ」
 折れた部分を更に握りしめて、了は現実を見ることを促した。
「!」
 白が食われる様子は、誰が見ても悲惨である。もう原型はとどめていない。それでも彼女だとわかるのは、状況と環境の二つのせいである。
「あぁ、そうか、そうか、そうなったか」
 無心で、そう、黒が唸った。
「畜生、レックス、アイツ、嵌めやがった」
 そう一言呟いてから、黒は、白が全て平らげられるまで、その場を意地でも動くことはなかった。尋問へ彼が連れていかれたのは、この半刻後である。

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