BOXes 20@1

神取直樹

膿んだ傷を≪白黒編≫

「それで? 取られてしまったらしいな。原罪を」
 そう、了の目の前の男は言う。正にその通りである。原罪、自分たちの言うところのアリスは、奪われてしまった。
「双子、お前たちは相当ヤバいことになってるってのは、わかるよな」
 男の口はやたら静かに言葉をぶつける。それが彼の優しさか、それとも厳しさかはまだ分からないが、なんとなく、優しさなのだと思いたかった。
「あぁ、わかってる。わかってるが、今のところ何も出来ることが無い。相手さんのアジトがわからねえんだからよ」
 了の隣で晶が言う。まるで了を庇うように、冷静に、いつもの荒っぽさは包み隠さず、いつもの自分を装った。装い、偽る。
 しかしながら、相手は少し偽るには苦労する男だ。ケイト、という、男。紙マスクで顔の半分を隠し、ぎらついた瞳で何時もこちらを睨みつける。本人にはその気が無くとも、彼に対峙している者達は皆、固まる。虚偽を訴えられなくなる。蛇に睨まれた何とかだ。きっと、そういうものだ。
 だが今回、晶が偽ったのは自分自身の心内だ。決して、事の全ては偽っていない。どちらかと言えば、素直に言っている。
「確かに、居場所自体はわからないね。あいつ等、団体としてもそんなに大きくないし、守秘が得意だ」
 ケイトの隣でけだるそうに、一人の男が欠伸を掻いた。
「エース、端から諦めるものではないよ」
 ケイトの言葉に、エースと呼ばれた男は、小首をかしげながら、了と晶を見たままに、問う。
「ケイト、俺がそれで諦めたと言ったかな? 俺は、事実しか言っていない。そのあとの推測や考察については何も言ってないぜ、なあ」
「あんまりおちょくるなよ」
「おちょくってないさ。本当の事だ。そう、全部本当のこと」
 だから、と付け加えて、ウフフと笑う。少々、エースはオネエっぽいと、まあ、師事している人間が人間であるから仕方ないのだがと、思うことがある。ただ、今はそんなことどうでも良かった。
「これから言うことも、本当だ」
 眼差しは強く、仕事をするときの目。
「ただ、原罪の誘拐に関わってた奴なら、今、何処に所属しているかわかってる。それはそれは詳細に」
「所属? regnum所属じゃないのか」
 晶がスッと話を横切るが、エースはそれを無視して、論の舌を止めない。
「ポーン捕縛殺害後に、regnumを突然飛び出して、割と好き勝手やってる二人がいるんだ。そいつらは白と黒。大手企業のスポンサーがついてるんだと」
「そいつらが、原罪の保管場所を知ってる可能性があるんだ」
 エースの言葉にケイトが付け加える形で、状況説明は完結する。無視を決め込まれた晶は、顔をむっすりとさせて、二人を見ていた。部屋で唯一、何も話さず、何も出来ずにいた了を、未だ誰も咎めない。何しろ、意識が飛んでいるようにしか見えないのだから。瞳に光が無い。生気を感じられないその男に、何が出来ようか。ただ、それでも、気合論者はやはりいる。
「原罪の保管場所を聞き出せ、それが出来るのはpandoraの夜くらいだ。だが奴は驚くほど弱い。一般人より弱い。それを護衛できるのは誰だ!」
 ケイトが荒々しく声を上げる。
「了と晶だけだー!!!」
 エースもハイテンションで声を出すが、了はそれを聞きつけて、眉間に皺を寄せただけだ。晶が彼らしくも無く、了を心配しているようで、そわりとしていた。
 フッと、溜息を吐いて、ケイトが立ち上がった。
「……悪い夢でも見たのか、了。俺はお前のそういうところを見るの、初めてなんだが」
 一人芝居。
「お前らしくも無い。何故そんなにも項垂れる。ナイトに男の象徴蹴られたのがそんなに効いたか」
 演者は四番と了承。観客は、Aと結晶。
「……そうじゃ、ない」
 初めて開いた口は、パサついていた。それもそのはずだった。彼は、起きてからまだ一度も水分を口にしていない。あまり上手く呂律も回らずに、淡々と、伝えたい情報だけを伝えていく。
「アリスが、原罪が、いなくなったのが、辛いんだか、嬉しいんだか、わからなく、なった」
 ほう、と、エースが楽しそうに声を上げたが、ケイトは口をつぐんだままだ。
「見ていて、憎たらしい。殴りつけたくなる。あの顔、俺から全部奪ったくせに、覚えてない、知らない、わからないで通す、あの顔が、見ていて辛い。けど、手元からいなくなって、この手で何も出来なくなった瞬間に、また違う苛立ちが、あった。だから、ナイトが憎い」
 そこまで喋って、溜息を吐いて、了は立ち上がる。
「……今、白と黒がどこにいるか。その資料を寄越せ。アダムとイヴを連れて行く」
 歩き出した了はケイトをすり抜けて、もう一つの扉に手をかけた。
「何故暴食共を」
 ケイトの問いに、了は
「あいつ等しか対応出来ないだろう案件だからだ」
 とだけ言って、廊下に出て行った。



 pandoraの匣。基、店内には、珍しくpandoraの二十名全員が集まっていた。了と晶の双子をリーダーに、参謀のジャックや尋問担当の夜だけでなく、処理係のアダムとイヴ、それにコスモス、スモック、龍園の三人による探知係等々、pandoraがpandoraである所以全員が、酒とつまみを片手に、ジュースとお菓子を片手に、ソファやカウンター席に座っている。了と晶は少しだけ何かを忘れるために、少々薄めたカクテル二つ、それぞれの手に渡っていた。カクテルの名前をヒヨから聞くのを忘れていたが、そんなこと、今更どうでも良かった。
「パンドラの匣」
 ヒヨが、カウンターの中から、カウンター席で飲む二人に呟く。
「絶望の中の希望、という意味で名乗っているわけだが。今、お前らの希望は」
 答えなどあっただろうか。
「希望は奴の命一つ。下の玉はいらん。野郎の臭い玉二つ何て必要ない」
 了がそう答えてグラスの中身を飲み干した。
「絶望は、まだ、言えない」
 晶も飲み干し、言った。二人同時で髪をかき上げて、ハッと腹式呼吸する。正に、呼吸を合わせたのだ。
「良し、行ってこい。イヴに怪我させたら殺す」
 ヒヨはそう言って、親指で首を斬るふりをして、グラスを片付けていく。二人は顔を合わせて、頷いた。

「イヴ! アダム! 時間だ!」

 晶の掛け声で、今夜の食事会が始まった。




 冬の本格的な寒さの中、薄着でうろつく女が一人。その逆にそこそこの厚着でうろつく男が一人。今はまだ、二人とも世間に見える形で存在している。白と黒は、前にビルを斬ってから暫く、まだ何も事を起こしてはいなかった。とは言え、裏の世界では顔は知れている。表の世界にことは裏の世界にもすぐわかる。けれど、裏の世界のほんの些細なことは、裏の世界の大凡にはわからない。表の世界のことを表の世界では全て把握できないように。それと同じだ。だから、二人は今日も人気のない通りをふらついて、暇そうにしていた。
「ねえ黒。暇だわ。どうしましょう」
 白がふとそう言って、カップ酒の空を地面に落とした。
「暇と言うなよ白。言われた仕事をこなせなかったのに、次の仕事が来るわけないだろ」
「真面目ちゃんは好かないわ」
「嫌いで結構。俺はお前の恋人ではないんでね」
「…………まじめちゃんは嫌いよ。パーっと遊びたいわ」
「……その辺の能力者を斬りたいか」
「まあ、ね」
 手持無沙汰になった手を、ぶらぶらとさせながら、答える白。二人が会話を始めると、中々終わらない。それがいつも元いた組織では嫌がられていた。けれど、今はその組織―regnum―にももう顔は見せない。一方的に自分たちは彼らの事を知っていることになる。それが、黒の気分をいつにもまして良くしていた。
「能力者狩りは楽しい。それはそうだ」
 だから、彼は、白の言葉に乗るのだ。
「じゃあ、やる?」
「あぁ、やろう。やろうじゃないか。丁度近くにデカイ獲物がいるみたいだしな。しかも団体さんだ。美味そうな臭いがする」
 結びと実体化を持つ能力者の特技である、気配の察知は、範囲を狭めれば狭めるほど、正確に判断できる。少年を釣った時は、少年がまだそこまで近くにいなかったためにおびき出したのだ。全ては快楽のため。多くの能力者に見られる、能力を使うための実際にある、欲望。それに対して顕著な姿勢を見せる、普通の能力者が、白と黒。この二人は、普通であって、普通でない。ふらりと、夜道を歩く。歩く。

 井戸の中に落ちていくように、二人は、旨そうな臭い、に釣られて、気分を次第に高揚させていった。その二人の様子は、少し、恋人のソレとも似ていた。

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