BOXes 20@1

神取直樹

肉料理≪融解編≫

 背筋を凍らせた青年は、咄嗟にキングに寄り付いた。だが彼も何か気が付いているらしく、眉を顰めてあからさまな態度を取っていた。一方で了の方を見るが、了は運転に手いっぱいなのか何も気にしていないようだ。目線の元は以前に掴めず、その所為かもやもやとしたものが喉に引っ掛かるようだ。
 ただしそれ以上の何かがあるわけでもなく、車は通りを走り抜けていった。
「キング。どうかしたか」
 今更異常を察知した了はキングに問う。
「誰かの目線が。おそらく、相手の仲間でしょう。相手もプロですし、屋敷の近くでやろうとは思ってないはずです。このまま突っ切ってもらっていいですよ」
 その答えに了は態度として、アクセルを踏みきる。屋敷が見えた頃には心臓の音も静まっていた。
「今回は俺とアリスさんだけが仕事したようなもんですし、報酬は俺達に多めにしてもらいましょう」
「あぁ、まあ良いんじゃないか。ていうか、その相手って結局誰だったんだ?」
「兜に黒いコート、能力は……あぁ、融合させるので構築特化ですね。名前はポーンとか歩兵とかほざいておりましたが。すみません、あんなのの名前は覚える気になれず」
「相変わらずだな。ポーンてっと、資料にあった代表的な戦闘員だっけか」
「はい。それとプラスして二人ほど誰かいましたね。それが目線を向けてきた人でしょう」
 「なるほど」と、了が答えた頃には屋敷はもうすぐそこであった。出来るだけ人の少ない道に車を付けると、降りて扉を大きく開いた。
 後部座席にはキングが流した血液で赤黒くなったシートと備え付けのタオルがあった。昼の明かりでよくわかる。それに対して青年は何も思えなくなっていた。もう、見慣れてしまったのだ。この二日間でそれだけの生臭いそれを見てきたということになるが、それが日常になるならば、今こうなっているのは良いことだろう。ただ、何かがぽっかりと落ちてしまっているような感覚には慣れないが。
「お帰りなさい。三人とも」
 艶やかな声の主は、金髪の少女だった。庭に裸足で立ち、大きなぬいぐるみを抱えている。後ろには髪の短い少年がいた。少女と少年は同い年に見えるが、少年も何かがおかしい。少女としてもとれる雰囲気で、彼は佇んでいた。
「月と待ってたの。アリスさんが一緒に仕事終えてくるって言ってたから。真樹さんももうこちらにいるわ。あとねあとね。イヴとアダムがお腹を空かせているようだから、早くしてって」
 少女は駆け寄って来てはずっと話している。後ろにいた少年は動きもせずに虫達に囲まれていた。少年の周りには数えると大体四体ほどに固まった虫がいる。だが、それは少年の体に取り込まれるように消えていく。彼を見ているうちに、少女と了の話は終わったらしく、キングが青年の肩に手を掛けた。その時、少年が何かに気が付いたか青年に足を向ける。それを見たキングが耳元で囁いた。
「アリスさん。怖がらないで。気を確かに持って下さい」
「え、あ、はい……」
「アレは基本的に虫と同じです。貴方を気に入ったのでしょう。コスモスと一緒にいるときならまだ大丈夫ですが、クイーンといるときは質が悪い」
 明らかな嫌悪感を示したその顔は更に青白く変わっていた。キング自身も、やはりふらついている。
「失礼。コスモスはあの少女で……」
「キング、もう屋敷に入るぞ。傷を見られたらヤバい」
 了の一言を聞いた少年も、キングも青年も、少女と了の後ろに着いて歩いた。近くに寄り添った少年の関節からギシギシと軋む音が聞こえ、不気味さを増幅させた。彼は青年を下から上目使いで見てにっこりと微笑むが、青年は一瞬寒気がするほど恐ろしかった。それから解放されるまで数十秒だったのだろうが、青年には数時間にも感じた。それだけ、インパクトが強かった。
「じゃ、イヴとアダムによろしくね」
 コスモスがそう微笑んで、屋敷の奥へと歩いて行った。それに続いて少年も歩く。数歩歩いてから振り返り、青年に向けて笑みをこぼした。が、その表情は不気味で感情の感じられないものだった。
「じゃ、あ、ね」
 ゆっくりと口を開けてそう言った。何処からどう声を出しているのだろうか。口はただぱくぱくと動かしているだけで、舌も動かしているように思えず、合成音声を音響で出しているようなそんな感じだった。ただ、それだけで不気味だった。
「何してるの、お入りなさいな。仕事は終わったんでしょ?」
 少女達が立ち去ってすぐに、クイーンが扉から出てくる。何が面白いのか、キングと青年を見てニヤついている。それを見た了が眉間にシワを寄らせて間に入った。
「先に治療だ。今回は指なんてもんじゃあねぇ。腕使ったんだからな」
「あら。なら治療しながらが良いわね。皆お腹も空いてきてるでしょうし、早く腕を戻すには、話聞かなきゃ」
 ルンルンと子供のように歩く。その歩く先が何処なのかは知らないが、三人も歩み出した。

 屋敷の長い廊下を歩いていると、鉄臭い空気が漂ってくる。それが大量の血液によるものだと解るには時間はかからない。
 四人が止まったのはその臭いの元であろう部屋だった。扉は黒く塗られ、シックではあったが、その扉の中に続いているまだ新しい血痕が、心拍数を上げる。正直なところ入りたくはないが、了が扉を開こうとドアノブに手をかけている時点で、覚悟を決めなければならないことを悟った。
 がチャリと、案外軽い扉は開いた。
 漂う血液の独特な臭いと、咀嚼音。赤、赤、赤、赤、赤、赤の床。カーペットのように見えるが、本来ならばそこは大理石の床だったのだろう。その床の中央には四人の人間が、確かにいる。その四人が囲んでいるのは床と同色の肉塊だ。
「すみません。お食事中でしたか」
 キングがそう言うと、茶髪のバーテンダーのような男が反応した。それに伴い、白髪の少年、イヴ、ヒヨがこちらを向いた。
「アダムとイヴが腹減ったって聞かないから、ちょっとその辺で夜に取って来てもらってな。お前らが持って来るって言うのは俺達で調理したいし……で、そのまま生でおやつにしてたんだ」
 茶髪の男はそう言って欠伸をした。話によると白髪の少年はアダムというらしい。というよりも、生肉をおやつと言うところ、彼らにとってはこの部屋はいつも使う部屋らしい。食事部屋か、普段過ごす部屋なのかもしれない。しかし、腐敗臭がしないし、掃除は行き届いている。ヒヨ達の几帳面さや真面目さを体現しているようだった。
「……とりあえず、報告といたしましょう。大方の被害は止めましたし、お二人も新鮮なのを早く食べたいでしょう?」
 イヴの耳がピクピクと動き、アダムの鼻がヒクヒクと合図していた。それを見た茶髪の男とヒヨは二人を肉を一度取り上げた。
「今回、捕まえたのは歩兵でした。あぁ、それとレックスが妙な入れ知恵をしているようで」
 自然な流れで全員がソファへ足を向けて行った。キングが淡々と詳細を語っていく。戦闘の動き、彼らの情報、スタイル。それを更に了がメモしている形だった。
「相手も一枚岩ではないと。つまりはそう言うことなのね?」
 クイーンの指摘に、キングは黙って頷いた。
「それってこっちも同じことですよね……」
 小声で青年が晶に言うと、晶は一瞬鼻で笑ってキングを見ながら小声で返す。
「まあな。派閥もあるし、女王の指示もハチャメチャだからな。それがあって俺もPandoraにいるから。ま、お前が気にすることじゃないさ」
 背中をバシバシと叩く彼に、少しばかり呆れた青年はまたキングを見やる。傷口の状態は刻々と悪化しているのに、彼は何も気にしていないように見える。その傷口にアダムとイヴが顔を会わせて近付いていた。まるで傷を確認し、処置を決めているようだった。
「一度、こちらからも攻撃してみると良いと思います。最終決定は了に任せますが」
「そうだな。事件もこっち側で起きることが多くなるだろうし」
「はい。原罪とか言っていましたしね。相手がレックスなら、目的は見えてます」
 キングが青年にチラリと目を会わせた。青年の体をザッと確認するように見ると、また了に顔を会わせる。
「そちらの原罪の死守は任せました。俺には原罪一つと色欲位が精一杯です」
「色欲を見つけたのか」
「えぇ、腸が煮えくり返りそうですが、『プレゼントされた』というのが妥当ですかね。歩兵が吸収していたようですよ」
 それに空笑いで反応する了は何やら疲れているようで、全体から目を逸らす。だが、質問は止まらず。会話も止まない。キングの顔色の後退も止まらない。
「本当に嫌いなのねえ。レックス君がそんなに嫌? 私は割と好みの顔してるんだけど」
「知りませんよ貴女の趣味なんて。基本何でもいける口でしょうが」
「あら嫌だ。そんなふうに言わないでよ。彼と趣味は合わないと確信してるわ。それに……」
 そこまで言いかけて、クイーンは口を塞がれるように黙った。それも、白い男女が原因だった。
「ねえねえ! お話終った!?」
 会話の全てを忘れさせるように叫んだのはイヴ。それに賛同し、静かに問うたのはアダムだ。
「お腹が空きました」
 食べたりない、寄越せ、と叫び続けるイヴに、待ちます、黙らせます、お腹が鳴りますと幼い声で呟くアダムは、性格が似ていない双子の兄妹のようで、青年の気分を少しだけだが落ち着かせた。だがその二人の子供の言葉が連なるにつれ、騒がしい、鬱陶しいと言うような気分が込み上げた。
「……カズ、ヒヨ。弟と妹を黙らせなさいな」
「流石に噛みつかれてこっちが食われちゃうわ。早く雑談終らせればいいだけだろ」
 カズと呼ばれたバーテンダー風の男はそう吐き捨てた。目を細め、いくらかからかっているような素振りを見せながら、足を組み直す。それに腹が立ったか、クイーンは彼を睨みつけて何か吐き出そうとした。が、それはまたもや他者によって遮られる。

「失礼、壊されました」

 全員が部屋の異変に気が付けば、キングはそう震える声で呟いていた。自ら断った右腕を左手で持ち、青ざめきった顔で空笑していた。だが、そのキング自身の異様な行動よりも、本人の前にあるモノが注目の眼を引き付けた。
 会話が始める前の先程までイヴとアダムが食していたような、それに近い塊が、彼らの目の前に文字通り降ってきたのだ。飛んできた血飛沫を見向きもせず涎を垂らし始めたイヴとアダム。それに反して晶と了はスーツについてしまったそれを手で不快そうに掃っている。
「……これはどういうことかしら」
 更に不快そうなクイーンは最早顔についてしまった肉の欠片を拭いもせず、眉間に皺を寄せていた。いよいよ膿を出すように、何かが吹き飛んでしまうのではないかと思われた。
 が、突然クイーンは立ち上がって歩き出すと扉の前まで行って、部屋の中に振り返る。
「さっさと色欲を引きずり出して、食事を済ませなさい。私は気分が悪いからしばらく部屋にいるわ」
 静かな怒りの声が全員を黙らせてしまった。彼女に睨まれてしまう形になっていた白い二人とキングに目を向けても、一向にことは進まないと誰もが理解し、その中央の肉塊に手を掛ける。その引っ越しの大きい段ボールほどある肉塊が、もぞもぞと動き出したことには、一番に青年が気が付いていた。

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