BOXes 20@1

神取直樹

不思議の国の青年

 夜も更け丑三つ時になった頃、Pandoraはいつも以上に慌ただしかった。
「ねえ君趣味とかあんのー?」
「ケーキ買ってこようか?」
「美味しい紅茶を入れて来る」
「性別どっち?」
「お腹空いてないー? お肉あげるよ!」
「お名前はー?」
 翠眼の青年を取り囲むその輪は、一向に崩れない。もう一時間以上その状態で、座ったままのその体制を彼は崩せないままだった。そろそろ疲れも見え始め、冷や汗で手もビチョビチョである。
「おいお前ら! その辺にしとけ。尋問は夜の仕事だ」
 機械室から出てきた了の声に、夜が待ってましたと枡を片手に青年に近づく。蜘蛛の子を散らすように輪は散った。夜はやはり酒臭く、青年も近づきたくない様子だった。それを止めることなく、共に了は晶を含めて数枚の温かい紙を片手に青年の隣に座る。
「あぁ、仏様がいらっしゃった……」
 ぼそりと呟く。青年の精神は崩壊しかかっていたことを窺わせる。
「仏様なんて慈悲深いもんじゃないさ俺達は」
 了が笑いかけると、青年も微笑んだ。それを見て晶がエセ紳士と呟くと、日付が変わってから初の鳩尾への突きが炸裂する。青年もそれにもう慣れ始めたのか、晶を完全に無視する。
「さて、尋問始めマース!」
 唐突に、ワントーン高い声で夜が話した。
「幼女じゃないから拷問はナーシ! ぶっちゃけマース! 貴方はだあれ?」
 コミカルなテンポで、夜の世界がそこに出来る。話さなくては、という気にさせることが出来る彼特有の喋りは、そのまま続いた。
「時間切れ―! では次のしっつもーん!」
 人差し指を青年に刺す。
「――――君は国の何なの?」
 不意を突かれたように、体を少し揺らせてあからさまに動揺する青年。それを見ながら若干楽しそうにしている夜は、青年の前でクルクルと回って見せた。
「僕は。何だっけ?」
 青年の言葉は空に溶けるような小さな声だった。だが、隣で聞いていた双子には筒抜けて、確かに聞こえていたらしい。二人は顔を見合わせると、そのまま青年の肩に手を置いた。
「無理しなくて良い。そんな重要なことじゃないんだ。名前を捨てて新しくなるなら、な」
 晶のその言葉を聞くと、青年は頭にはてなを浮かべる。それを察した晶は頭を掻いて目を逸らした。
「ちょっと面倒だけど、そんな方法もあるんだ。だが、おススメはしない」
 それは彼の体質的な問題である。晶の言うその方法は、霊媒体質にはキツイものだ。
「上司のお達しもあるから、会いに行かないわけにはいかなんだよな。だから、今から来てほしい」
「何処にですか?」
「不思議の国だよ」
 ヒヨの冷たい声が貫くように全員に聞こえ、一瞬空気が震える感触がした。怒りも籠ったようなそれに、また動けなくなる。それに気が付いたか夜が調子を元に戻し青年に手をさし述べた。
「まあ、皆一緒に行こうぜ? そのお達しやらも仕事が関係するんだろうし?」
 チームの設立当初から場を和ませるのが彼の仕事だ。今回もその一環だが、どうにも青年が来てからというもの不調に終わりそうで恐ろしい。そんな心配を他所に、双子の二人はもう準備を終えたらしく、いつの間にか黒いスーツに身を包んでいる。
「え、ごめん聞いてなかった」
 晶がそう言って、青年の首根っこを掴み立たせようとする。
「さあ、行こう」



 結局晶に着いて行ったのは青年と夜、了、イヴ、ジャックだけであった。
 青年以外の面子はいつものことだが、それはつまりいつも二十人の内この五人しか集まらないということである。それも良いのかと思うところだが、暗黙の了解。その上司もそれを知っているから彼らを独立させたのだ。
 晶の運転するワゴン車は駅前の大通りを通る。そして細かい路地に入っていった。
「警察がいるな」
 了がぼそりと助手席で呟いた。
「気にすんなよ。クイーンとこまで行ったらどうせ俺らには何も言わねえさ」
 答えを出したのは夜だ。だが、すぐに晶が「お前が一番あぶねえんだよクソロリコン」と言ったことにより、彼は黙って外を眺めるだけとなった。
 車に乗せられてから最後まで黙りっぱなしだった青年は、目線をバックミラーへ向けると目を見開いた。
「ひっ」
「あ、もう着くぞ。ビビってるだろうが」
 青年が驚くのも仕方が無い。目の前に広がるのは都市の一等地に構える豪邸。だが、彼が驚いたのはおそらくそこではないだろう。それくらいそこにいる全員が解っていた。
 豪邸の庭。つまり今現在彼らが目の前にしているそこには、黒い塊がウヨウヨと動いている。青年が気絶するに至った虫の集合体である。だが、そんなこと知らないと言うように、晶はそれを目の前にして車を止めた。
「ほら、早く入る。虫は気にするな。俺達には道を譲ってくるさ」
 窓側にいた四人が一斉にドアを開け、夜が青年の手を取った。どうやら晶の言葉は本当らしく、六人が歩いても近づいてこない。それどころか彼らを見ると敬うように頭を下げ、そこから遠のいていき、玄関へと続く道を作り出した。
 玄関の扉を開けると、今が深夜である事を忘れさせる。光を乱反射させる巨大なシャンデリア。急ぎの用でもあるのか走り去る多くの使用人。その一人が六人の先頭に立っていた晶と了を見つけると、更に早く走り迫った。
「遅いですよ了! 緊急案件だって資料送ったでしょう!」
「いや、それは悪かった。キング、俺も悪気は無かった」
「もう良いです! とにかくアリスを連れて部屋まで来てください!」
 使用人の男はキングと言うらしい。使用人のくせに何故【王】なんて名前なのかは青年は知らないが、合わな過ぎると思った。キングは長い髪を後ろで一つに縛っている以外、平々凡々な顔と雰囲気を持っている。それを王と呼ぶからには、まあまあの地位があるのだろうと青年はちゃっかり思った。
 そこから連れて行かれたのは二階の一番明るい大部屋だった。扉はすでに開いており、六人とキングを迎えるようだ。
「連れてきましたよクイーン」
 晶が部屋の中央でクラシック調の椅子に座った女性を見て笑った。
「あら、ご苦労様。ちょっと遅いけど、これくらいは構わないとしましょう」
 口を開いて発せられるその女性の声は、落ち着いた大人の声だ。女性は青年を一目見ると、顔を紅潮させて目を見開く。それに驚いた青年を更に驚かせる。
「やっぱり貴方はアリスだわ! アリス! 私のアリス!」
 椅子から立ち上がり女性は甲高い声で青年に迫った。それを止めようとキングが女性の肩をしっかりホールドした。
「クイーン落ち着いてください! まだこの子何にもわからないでここに来てるんですから! というかお前らも止めてくださいよ! オイコラニートロリコン!」
「ニートじゃねえよ!」
 最早ロリコンという言葉は夜のことをさしているらしく、答えたのは夜だった。
 二人で無理矢理女性を押さえつけ、その興奮が収まるのを待って三十分。その間青年をずっと【アリス】と呼び続けていたことで、青年は精神的疲労を感じていた。そのアリス呼称も終わり、やっとのことで黙った女性は品のあるにこやかな笑みを青年に向ける。
「私はクイーン。貴方と同じ能力者よ。この家を見てもらえれば解るだろうけど、それ相応の表での地位もあるわ。だから、ちょっとした能力者の団体なんかを作ってるの。貴方を連れてきた双子はトゥイードル……じゃなかった。白い方が晶。黒い方が了。もう一人の白い子はイヴ。そこにいるロリコンと呼ばれてる子が夜。そして、私の隣がキングよ。キング以外は貴方を保護したチームに所属してる」
「それは、わかります」
「ならよろしい。急に質問するけど、良いかしら」
「は、はい」
 青年が背を伸ばすと、またクイーンは微笑む。
「貴方はこちら側で生き抜く覚悟はおあり?」
――――意味が解らない。
「意味が解らないって顔ね」
 彼女には読心術でもあるのだろうか。気を曲げないまま単調に青年に付きつけた。
「もちろん、そのままの意味で言ったつもりなの。貴方が名を教えないまま、私が新しい名を付けてあげる。そしたら晶達のチームに入って、仕事してもらいたいの」
「でも僕は」
「貴方は霊媒体質。知ってるわ」
「なら」
「だからこそ使えるのよ。撒き餌としてね」

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