BOXes 20@1

神取直樹

絶対融合都心にて≪融解編≫

 タッチパネルを操作し、少年高月は時間を潰した。現在時間は夜中の十二時。普通の高校生は家に帰る時間である。だが都会の若者なんて皆それくらいの規律を破るものだ。だからこそ通る者皆無視して歩く。だが学び屋である塾の前で座り込んでいるのは如何なものかとも思うが。そろそろ手が疲れてきたころに、塾教室に繋がる階段から革靴の軽快な音がした。
「何だ。まだ帰っていなかったのか」
 ボサボサの生活感のない癖毛を掻き、高月を見る。
「いつものことですよね? 日村先生ならわかっているでしょう? それとも雅と呼んだ方が目が覚めますか?」
 苦笑しながら高月が言うと、共鳴するように雅も笑った。
「外でその名指しをするなよ。夜食奢るから勘弁してくれ」
 彼らはいつも夜中に共に拠点へ帰る決まりがあった。裏の職によるものであるが、これと言って意味のあるものだとは思っていない。
「ナサニエルも一緒に行くか? 腹減ってるだろ?」
 階段から現れた大柄な黒髪の外国人、ナサニエルは急の話でありながらこくりと頷いた。高月も立ち上がり携帯をしまう。三人が歩き出した先は人だかりの駅。その周辺にある飲食チェーン店は二十四時間やっている。
野郎三人で何を好き好んで歩いているんだと言いたいのを我慢し、高月は一つのハンバーガーショップを指差した。そのまま三人でそこに入る。
 受付に足を進めて、雅が財布を二人に見せた。察しろということであり、高月とナサニエルは顔を見合わせて眉を顰める。
「えぇと……骨付きチキン三つで」
 雅がそう言うと、深夜だというのに明るい笑顔の女性店員が機械のように答えた。
「畏まりました!三名様、ドリンクはどういたしましょう?」
 その声を聴きつけた二人は少し考えるふりをすると、目を逸らしながら言う。
「あー……俺、アイスコーヒー」
「私はホットの紅茶を」
「なら、俺はカフェオレで」
「畏まりました!」
 しばらくして運ばれてきたプレートと紙に包まれたそれをそれぞれが持つと、三人はその場を後にし、テーブルへと向かう。鞄も上着も一つの椅子に纏めるのは三人の癖だ。いや、癖というより慣れに近いかもしれない。それだけの仕事としての付き合いが三人にはあった。誰が話を切り出すかを待ち構える。
 案外その時間はすぐに来た。
「で、今回の仕事内容は?」
 高月が手に付きそうな油も気にせず、肉に齧り付く。それに合わせて他の二人も紙コップに口を付けた。だが高月の問いに誰も答える気は無く、本人もそれを後追いするつもりもない。ただ、重たくなっているこの空気を打開したかった。それだけなのだ。
「クイーンからは何も無いし、個人的に気になることがあるだけだ」
 雅はカフェオレを机に置くと二人の目を交互に見つめ溜息を吐いた。
「俺達側の人間が、表側の方で事件を勝手に起してるらしいとよ。ま、気を付けることに越したことはないな。ヤバいと思った時はすぐに言えよ」
 出来る限りのことはするから、と付け足す。確かに雅には信用がある。それなりに腕は立つし、何より能力の出力が高い。もしも雅が二人に逃げろと言ったときは、近くにいた自分たちも死を覚悟しなければならないだろう。だが、そんな危機感など何処へやら。肉をご馳走になっている二人は話も聞かずに肉に貪りついていた。
「お前ら聞いてたか」
「聞いてたけど?」
「本当か……?」
「はい、聞いてましたよ」
「お前らなあ……」
 呆れ顔で雅はまた、溜息を吐く。この面子はいつも疲れる。そのうちに三人とも軽い食事を終わらせ、手に付いてしまった油をナプキンで擦り落としていた。しかし動物性の油はそうそう落ちる物ではない。だからか、ナサニエルが席を立ち手洗いへと姿を消す。それを追って二人も荷物をそのままに席を立つ。
 人の多い場所の手洗い場というのは小汚いか、清潔であるかである。飲食店であるここは通常後者だろう。それでも今は深夜であることもあってか、少々清潔とは答えられなかった。男性用便器は四つほど。便座は三つほどで、内の二つは扉が閉じられていた。
 黙って三人は手洗い場で油を落とす。すると、一つの扉が開く音がした。
 それに対して最初に目を向けたのはナサニエルである。
 そして、即座に彼の身に緊張感が走った。
――――異様。
 その一言で済む。その身を飾る衣装。
 ナサニエルの示した異変に気が付いた二人も、それを確認してすぐにジワリと嫌な汗が出た。
 黒い長裾のコートで、肌が完全に見えないように己の身を包みこんでいた。それだけではない。通常の人間は付けないであろう西洋鎧の兜を顔が見えないように被っていた。極めつけはその異様をまた更に異様にするオーラである。
 どす黒く染まった、身を包みこむ気配。それだけでもそれが一般人の少し痛い人で済むような人間ではないと物語っている。
「……ナサニエル、高月。外に出ろ」
 雅が眉間にしわを寄せ、今までにない冷や汗を垂らしながらその異様を睨みつけた。
 言われなくてもと、二人は店内へと繋がる扉のドアノブへと手をかける。だが、もう遅かった。
「開かない……!」
 焦りを含んだ声でナサニエルが言った。高月はもう声が出ない。
 威圧。殺気。その二つが三人を徐々に弱らせる。ジリジリと近づいてくるそれが恐ろしくて仕方が無い。雅以外、ろくに戦闘の経験が無いのだから当たり前だろう。ナサニエルは力ずくで扉を破ろうとする。二百十二センチメートル、百五キログラムの外人の力をもってしても開かない扉。
 ハッと、高月が一つのことに気が付いた。それを教えるべく、指差した先。そこは扉と壁の間。本来ならあるはずのそこに、あるべきものは無くなっている。
「どうした!早く蹴破れそんなもの!」
 雅の声でまた気を付けられると、再度扉の破壊を試みる。だがその行為は一つの声でかき消された。
「無理ですよ? それ、もうただの壁だから」
 中性的な声。三人の誰のものでもない。ならば、必然的に声の主はあの異様である。
「やあこんばんは? 青春な青年におっきな異国のお方。あぁ、あとはお命張って守りに徹する紳士なお方。いやはや今日はお日柄もよく」
 その声が雅の耳に聞こえた頃、彼は手に違和感を覚えた。
――――動かない。冷たさを感じない。
 洗面台に付けていた左手を思わず見やった。そして、自分の中で何かが壊れていくのを感じた。
「あぁ、スミマセン。その手で何かされると困るので。先にくっ付けさせていただきました」
 無機物と生命を宿す有機物。その二つが合体すればどうなるだろうか。手に感覚が無くなっていく。そして神経を侵され、痛みを伴った。右手だけはと、今度は右手を見やる。だが、やはり遅かった。
 右手は自らのワイシャツの袖と合体している。
「さてさて、御三方。暴れられると面倒ですので」
 異様の入っていた個室の隣の個室。その扉を異様が開く。その中もまた、異常。
「っ!? うああああ!!」
 耐え切れなくなった高月が叫びだした。それもその筈。中から異様によって取り出されたそれは、人の形をした全く違うものだ。
 成人男性の首にはタッチパネル式の携帯が刺さっている。だが、血液を一滴も零していないことから、雅の両手のように融合されているのだろう。ほぼ全裸だが、体中に融合されたそれらで局部は隠され、原型を留めていない。それどころか顔以外の全身が人間としてのそれを伺えない。唯一人間であったのだと解る顔は苦痛で歪み、三人の恐怖を煽った。
「おやおや。青年はとても弱いと聞いていましたがこれくらいで音を上げるとは。いけません。それでもこちら側の人間ですか?」
 その言葉を聞いた雅はハッと目を見開いた。
「俺以外は能力者じゃない! 俺の個人的な友人だ! 関係ない! だから……どうかお願いだから」
 精一杯の命乞い。自分はもう助からない。死ぬ覚悟はこちら側に足を踏み入れた時から出来ていた。
――――どうせ死ぬなら教え子のために死んでやる。
 今、それだけが雅に出来ることだ。そう思った。
「へぇ……」
 兜の中から籠った声が聞こえる。あぁ、出来ることならコイツに正常者としての心持があることを願いたい。それだけが二人を救えることだ。


 だが、その願いは一瞬にしてかき消された。


 異様が手を鳴らした直後、ナサニエルのいた方から水の音がした。否、肉の飛び散る音である。
 かろうじて動ける首を回し、肉塊になったそれを見る。下半身喪失。そのショックによる吐瀉物。おそらくショック死だろう。彼特有の金目は白目を向いたことにより見えなくなっている。
 ナサニエルの次に、高月を見た。彼は空に叫び続ける。助けてくれ、と。ただ、それは誰にも届いていない。半狂乱になった彼には解らないのだろう。壁と一体化し開かない扉を引っ掻き、叩き続け、爪はほぼ全て無くなり、手の皮は剥けていた。
「そんな叫ばないでくださいよ。うるさいです」
 そう言った瞬間、後ろの黒髪しか見えていなかった高月の頭が、ピンク色に見えた。
 一人の少年は、頭を縦二つに切り裂かれ、脳漿を飛び出させて息絶えた。
「…………」
 もう声が出ない。叫んでいた高月も肉塊へと変貌している。何故か笑いが込み上げる。よく解らないものが頭の中で渦巻いた。
「さて、邪魔ですんで」
 異様はコートから出した白い手をギュッと空で握りしめる。すると元から近くにあった二人の死体が更に近づいた。一部が触れると、二人は言葉の通り融合していく。壁にもたれかかっていた高月の体は力の調整が出来なかったのか、扉にもへばりつく。
「はい。雅さんお待たせしました」
 悪魔が舌なめずりする。顔は見えなくてもそうなのだと感じ取った。
「確か貴方の前職は神父でしたよね?」
 熱く焼けるような痛みが、全身を支配した。

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