負け組だった男のチートなスキル
第五十八話 狂気
――情けない。
気を失う直前にコウスケが思ったことだ。
自分でこうした事態を招いておいて、自分で処理できないとは。せっかく異世界に来て力を得ても、昔と何も変わっていないのではないか。
そうただただ自分の無力感にコウスケは打ちひしがれていた。
コウスケが次に意識を覚ましたのは腕に鋭い痛みが走った時だった。まるで腕が千切れるような痛みだ。
それも全身に『強化』を施していたので、痛覚が増していたがための感覚だった。
まるでキマイラに腕を食われたときのような――
まるであの迷宮にいたときのような――
まるでこの世界で初めて暴行を受けたときのような――
まるで今までで受けてきた理不尽な暴力のような――
――痛みだ。
『――状態を確認。状態スキル「――化」を発――します』
以前聞いたことがあるような内容の声を聞いた途端、コウスケの理性は吹っ飛んだ。
【小人族視点】
「あの魔人が倒れた」
あの魔人族の男が倒れた後、一人の小人族がそう口にした。
「た、助けますか?」
「待て、まだあいつが味方だと決まったわけじゃない」
「でも、実際助けてくれたんじゃ」
「まだ分からない、そもそもこの魔物の襲撃を仕掛けたのがあいつかもしれないんだ」
慎重な年長の男が、あの魔人族の男を助け出そうとしていた若い男を言葉で留めさせる。周りの人々も、それを聞いて思いとどまった様子だった。
しかし、既にあの男の目の前まで魔物は迫ってきている。コウスケがあの魔物たちに貪り食われるのも時間の問題だった。
「早くしないと」
「待て!」
もどかしそうに若い男が声をあげるが、年長の男は未だ葛藤は続いているようで、場にいる誰もが動こうとはしなかった。
年長の男は知っていた。あの男を助けに行くと、隊列が乱れ、こちらが魔物に蹂躙されることを。
しかしそうしているうちに魔物の群れがあの男の元へたどり着いてしまった。
「ああ!」
絶望の声をあげる若い男。
最悪な状況を想定して目を覆う者。
多種族である男がどうなっても構わないとばかりに、まるで興味を抱いていない者。
そして歯を食いしばっている、先ほど助けに行くのを止めた年長の男。
そこにいる人たちの反応は様々だった。
「っあああああ!」
坑道内に叫び声が響いた。魔人族の男の声である。
魔物に噛み付かれたことで意識を取り戻したようだった。
「良かった」
若い男が安堵の声を漏らした。
「おい、大丈夫か!」
続けざまに年長の男が、あの男へと声をかける。
「……ス」
しかしあの男の方からへ返事がない。
「コロス」
代わって聞こえたのは、背筋が凍るような冷たく低い魔人族の呟きだった。
それからのあの男は凄まじいものだった。
先ほどの戦いぶりも非常に凄かったのだが、今はまるで狂気に取り付かれたかのように、襲い掛かってくる魔物を素手で殴り殺していく。魔物の返り血どころか、自分の拳の状態さえも気にしている素振りはなかった。
その様はまるで小人族の伝承に残る『狂鬼』と呼ばれる化け物のようだった。
「な、なんなんだ」
この場を目撃している一人が怯えたように言葉を発した。その男だけじゃない。あの姿を見た最前列の男たち全てが怯えた眼差しであの魔人族の男を見ていた。
「き、狂鬼だ」
「落ち着け、あいつは魔人族だ」
「でも」
と、動揺し戸惑う面々。この場にいる誰もが魔人族を見るのが初めてで、彼らがどういう習性をしているかなどは全くの無知である。そのため、あの伝承の化け物は魔人族のことではないか、という憶測も彼らの頭には浮かんでいた。
「あああああああああっ!」
そんな中、突然のその叫び声に、ビクッと体を震わせる男達。もちろんその叫び声の出所は、あの魔人族の男からだ。
「お、俺達は下がっておいたほうが……」
一人の男が怯えたようにそう口にした。
「いや、下手に俺達が動くと、後ろの奴らに勘付かれる」
後ろにはまだ何事か分かっていない人々がたくさんいた。
それを分かっていた、この中で一番身分が高い年長の男が落ち着いた口調でなだめる。だが彼の目にも恐怖の色が見えていることは、この場にいる誰もがわかっていた。
「そ、そうですよね」
それを察しながらも男は同意する。
「とりあえず後ろの皆を安全なところに移動させよう、出来るだけ穏便にな」
後半を強調させて男がいった。この状況で魔人族の状態を知られずに移動させるのは至難の業だが、そんな甘いことを思っている場合ではなかった。
「みんな、ここの魔物の脅威は去った。直ちに安全確認を行いたい、速やかに解散してくれ」
動揺を隠すように穏やかな口調で男は後ろの人たちへ声をかける。だがそう簡単にはいかなかった。
「あの魔人族はどうなったんだ?」
「さっきの叫び声は?」
と次々と質問が投げかけられてくる。
特に魔人族の男に関しての質問が多かった。誰もが好奇の目でこちらを見てくる。
それが原因で解散させようとしている、など言えるわけもなく、
「彼は戦闘中に怪我を負い、治療中だ。叫び声は男がその治療中、傷に染みた時に発せられた声だ」
というように、多少強引に取り繕った。
それを聞いて次の質問が飛ぶ。
「じゃあ、あの魔人族に助けられたんですか?」
「そうなるな」
あの魔人族がどういうつもりで戦場に参入してきたのかは分からないが、こじつけるためにはそういわざるを得なかった。ただ実際にこの男はコウスケのことを、もう敵だとは思っていなかったのだが。
それで納得したのか、次第にこの場にいる人々は解散していく。
だがやはり疑ってくるものはおり、
「あの魔人族に合わせてくれませんか?」
「今は治療中だ」
「治療中でも会えないことはないのでは?」
「怪我の度合いがひどいのだ」
「私ならそういった傷は見慣れています」
「どうしてそこまで会いたい?」
「お礼……いえ、どうして介入してきたのかと」
「そんなことは我々が聞いておく」
「自分の耳で聞きたいんです」
何とかやりくりするが、その若い男は引いてはくれなさそうだった。
だがあの暴走魔人族を見せるわけにはいかない。
「どうしてもダメと?」
「ここは我慢してくれないか」
「……あの魔人が今回の騒動を引き起こしたとしても?」
その若い男の言葉に、対応していた年長の男の眉がピクリと動く。
聞き捨てならない言葉だった。
「何だと?」
「聞いてませんか? 魔人が魔物対応のために坑道を塞いで回っていると」
「ああ、聞いてはいる」
困惑した様子で男が答える。
「坑道を塞げば何が起こると思います?」
「被害がなくなる……いや、まさか」
「そのまさかですよ」
ニヤリと笑みを浮かべる若い男。
「では何故、あの魔人はここに来た、ここが最後の坑道ならここに来る必要はないはずだ」
「それは私にも分かりかねます、ですが坑道を塞いだ結果、他の坑道の魔物が増えたのは事実です」
若い男は言いたいことは言いきったとばかりに満足げな表情を浮かべ、年長の男を見た。
年長の男はしばらく険しい顔をしていたが、顔を上げて口を開く。
「……お前の言いたいことは分かった」
「では」
期待に顔を輝かせる若い男。
「だがお前のその説には証拠が足りないな」
「なっ……」
口を半開きに開いたまま目を見開く若い男。まさかこの道理が通らないわけがないとでも思っていたのだろうか。そうだとするならば、この男はもう少し早く来るべきだった。
まだコウスケが暴れだす前ならこの年長の男も頷いていた。だが今は疑問は通り越した問題なのだ。年長の男は既にコウスケを敵ではないと判断していたからだ。
「っち」
悔しそうな顔で舌打ちをした若い男は何も言わず帰っていく。
「信用しているのですか? あの魔人を」
「見てみろ」
心配そうな顔をする臆病な男に、年長の男はコウスケの方に顎を向けた。
そこには訳の分からない言葉を発しながら、必死に魔物を食い止めているコウスケがいる。
「暴走しているように見えるが一度もこちらを見ない。あいつの頭には魔物を殺すことしか考えていないんだろう」
現にあの魔人族の男は魔物にしか襲いかかっておらず、一度たりともこちらを気にする素振りはなかった。
「じゃあ魔物がいなくなったら……」
と再び臆病な指摘が入るが、
「あれだけいる魔物を相手するより、一人の男を止める方が楽だろう?」
と、目には恐怖が宿っていながらも、おどけた表情で男は言った。
場に乾いた笑いが生まれた。
気を失う直前にコウスケが思ったことだ。
自分でこうした事態を招いておいて、自分で処理できないとは。せっかく異世界に来て力を得ても、昔と何も変わっていないのではないか。
そうただただ自分の無力感にコウスケは打ちひしがれていた。
コウスケが次に意識を覚ましたのは腕に鋭い痛みが走った時だった。まるで腕が千切れるような痛みだ。
それも全身に『強化』を施していたので、痛覚が増していたがための感覚だった。
まるでキマイラに腕を食われたときのような――
まるであの迷宮にいたときのような――
まるでこの世界で初めて暴行を受けたときのような――
まるで今までで受けてきた理不尽な暴力のような――
――痛みだ。
『――状態を確認。状態スキル「――化」を発――します』
以前聞いたことがあるような内容の声を聞いた途端、コウスケの理性は吹っ飛んだ。
【小人族視点】
「あの魔人が倒れた」
あの魔人族の男が倒れた後、一人の小人族がそう口にした。
「た、助けますか?」
「待て、まだあいつが味方だと決まったわけじゃない」
「でも、実際助けてくれたんじゃ」
「まだ分からない、そもそもこの魔物の襲撃を仕掛けたのがあいつかもしれないんだ」
慎重な年長の男が、あの魔人族の男を助け出そうとしていた若い男を言葉で留めさせる。周りの人々も、それを聞いて思いとどまった様子だった。
しかし、既にあの男の目の前まで魔物は迫ってきている。コウスケがあの魔物たちに貪り食われるのも時間の問題だった。
「早くしないと」
「待て!」
もどかしそうに若い男が声をあげるが、年長の男は未だ葛藤は続いているようで、場にいる誰もが動こうとはしなかった。
年長の男は知っていた。あの男を助けに行くと、隊列が乱れ、こちらが魔物に蹂躙されることを。
しかしそうしているうちに魔物の群れがあの男の元へたどり着いてしまった。
「ああ!」
絶望の声をあげる若い男。
最悪な状況を想定して目を覆う者。
多種族である男がどうなっても構わないとばかりに、まるで興味を抱いていない者。
そして歯を食いしばっている、先ほど助けに行くのを止めた年長の男。
そこにいる人たちの反応は様々だった。
「っあああああ!」
坑道内に叫び声が響いた。魔人族の男の声である。
魔物に噛み付かれたことで意識を取り戻したようだった。
「良かった」
若い男が安堵の声を漏らした。
「おい、大丈夫か!」
続けざまに年長の男が、あの男へと声をかける。
「……ス」
しかしあの男の方からへ返事がない。
「コロス」
代わって聞こえたのは、背筋が凍るような冷たく低い魔人族の呟きだった。
それからのあの男は凄まじいものだった。
先ほどの戦いぶりも非常に凄かったのだが、今はまるで狂気に取り付かれたかのように、襲い掛かってくる魔物を素手で殴り殺していく。魔物の返り血どころか、自分の拳の状態さえも気にしている素振りはなかった。
その様はまるで小人族の伝承に残る『狂鬼』と呼ばれる化け物のようだった。
「な、なんなんだ」
この場を目撃している一人が怯えたように言葉を発した。その男だけじゃない。あの姿を見た最前列の男たち全てが怯えた眼差しであの魔人族の男を見ていた。
「き、狂鬼だ」
「落ち着け、あいつは魔人族だ」
「でも」
と、動揺し戸惑う面々。この場にいる誰もが魔人族を見るのが初めてで、彼らがどういう習性をしているかなどは全くの無知である。そのため、あの伝承の化け物は魔人族のことではないか、という憶測も彼らの頭には浮かんでいた。
「あああああああああっ!」
そんな中、突然のその叫び声に、ビクッと体を震わせる男達。もちろんその叫び声の出所は、あの魔人族の男からだ。
「お、俺達は下がっておいたほうが……」
一人の男が怯えたようにそう口にした。
「いや、下手に俺達が動くと、後ろの奴らに勘付かれる」
後ろにはまだ何事か分かっていない人々がたくさんいた。
それを分かっていた、この中で一番身分が高い年長の男が落ち着いた口調でなだめる。だが彼の目にも恐怖の色が見えていることは、この場にいる誰もがわかっていた。
「そ、そうですよね」
それを察しながらも男は同意する。
「とりあえず後ろの皆を安全なところに移動させよう、出来るだけ穏便にな」
後半を強調させて男がいった。この状況で魔人族の状態を知られずに移動させるのは至難の業だが、そんな甘いことを思っている場合ではなかった。
「みんな、ここの魔物の脅威は去った。直ちに安全確認を行いたい、速やかに解散してくれ」
動揺を隠すように穏やかな口調で男は後ろの人たちへ声をかける。だがそう簡単にはいかなかった。
「あの魔人族はどうなったんだ?」
「さっきの叫び声は?」
と次々と質問が投げかけられてくる。
特に魔人族の男に関しての質問が多かった。誰もが好奇の目でこちらを見てくる。
それが原因で解散させようとしている、など言えるわけもなく、
「彼は戦闘中に怪我を負い、治療中だ。叫び声は男がその治療中、傷に染みた時に発せられた声だ」
というように、多少強引に取り繕った。
それを聞いて次の質問が飛ぶ。
「じゃあ、あの魔人族に助けられたんですか?」
「そうなるな」
あの魔人族がどういうつもりで戦場に参入してきたのかは分からないが、こじつけるためにはそういわざるを得なかった。ただ実際にこの男はコウスケのことを、もう敵だとは思っていなかったのだが。
それで納得したのか、次第にこの場にいる人々は解散していく。
だがやはり疑ってくるものはおり、
「あの魔人族に合わせてくれませんか?」
「今は治療中だ」
「治療中でも会えないことはないのでは?」
「怪我の度合いがひどいのだ」
「私ならそういった傷は見慣れています」
「どうしてそこまで会いたい?」
「お礼……いえ、どうして介入してきたのかと」
「そんなことは我々が聞いておく」
「自分の耳で聞きたいんです」
何とかやりくりするが、その若い男は引いてはくれなさそうだった。
だがあの暴走魔人族を見せるわけにはいかない。
「どうしてもダメと?」
「ここは我慢してくれないか」
「……あの魔人が今回の騒動を引き起こしたとしても?」
その若い男の言葉に、対応していた年長の男の眉がピクリと動く。
聞き捨てならない言葉だった。
「何だと?」
「聞いてませんか? 魔人が魔物対応のために坑道を塞いで回っていると」
「ああ、聞いてはいる」
困惑した様子で男が答える。
「坑道を塞げば何が起こると思います?」
「被害がなくなる……いや、まさか」
「そのまさかですよ」
ニヤリと笑みを浮かべる若い男。
「では何故、あの魔人はここに来た、ここが最後の坑道ならここに来る必要はないはずだ」
「それは私にも分かりかねます、ですが坑道を塞いだ結果、他の坑道の魔物が増えたのは事実です」
若い男は言いたいことは言いきったとばかりに満足げな表情を浮かべ、年長の男を見た。
年長の男はしばらく険しい顔をしていたが、顔を上げて口を開く。
「……お前の言いたいことは分かった」
「では」
期待に顔を輝かせる若い男。
「だがお前のその説には証拠が足りないな」
「なっ……」
口を半開きに開いたまま目を見開く若い男。まさかこの道理が通らないわけがないとでも思っていたのだろうか。そうだとするならば、この男はもう少し早く来るべきだった。
まだコウスケが暴れだす前ならこの年長の男も頷いていた。だが今は疑問は通り越した問題なのだ。年長の男は既にコウスケを敵ではないと判断していたからだ。
「っち」
悔しそうな顔で舌打ちをした若い男は何も言わず帰っていく。
「信用しているのですか? あの魔人を」
「見てみろ」
心配そうな顔をする臆病な男に、年長の男はコウスケの方に顎を向けた。
そこには訳の分からない言葉を発しながら、必死に魔物を食い止めているコウスケがいる。
「暴走しているように見えるが一度もこちらを見ない。あいつの頭には魔物を殺すことしか考えていないんだろう」
現にあの魔人族の男は魔物にしか襲いかかっておらず、一度たりともこちらを気にする素振りはなかった。
「じゃあ魔物がいなくなったら……」
と再び臆病な指摘が入るが、
「あれだけいる魔物を相手するより、一人の男を止める方が楽だろう?」
と、目には恐怖が宿っていながらも、おどけた表情で男は言った。
場に乾いた笑いが生まれた。
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