異世界でウサギダンジョン始めました

テトメト@2巻発売中!

第33層 第二回ギルマス会議

「・・・すまないアメリア君。もう1度説明してくれないか」

冒険者ギルドの3階。町の地図を机いっぱいに広げ、訪れる災厄への被害を最小限に収める次善の策を必死に練っていたギルマスおっさんが、痛そうに額を手で押さえながらここ数十分で起こった出来事・・・否。1人の人間が起こした・・・出来事を纏めて、報告してきた優秀な秘書に力無く言葉を漏らしている。

厳ついおっさんの醜く歪んだ表情からは、目の前の秘書アメリアから告げられた情報をどう整理すればいいのか混乱しているのがはっきりと伝わってくる。

「では、もう一度初めから報告します。
ギルドマスターとの会談の後、この冒険者ギルドを出た”彼ら”はその足で南門へと向かい、その途中で兵士の諍いに遭遇しました。ここで諍いを起こしていた兵士と”彼ら”は知り合いらしく、親しく話している姿を複数の兵士が目撃していました。
問題の兵士はその諍いが原因で現在意識を失っており、その場で”何か”があったのかは判別していませんが、”彼”は突然石畳を踏み砕き市壁の倍を超える高さへ跳躍をし、魔法で召喚した桃色の花弁・・・恐らくこの前の花弁と同じものだと思われる物を身に纏い、馬を遥かに超える速度で北から迫る氾濫のモンスター軍に衝突。
指揮官だと思われる推定ランクBのオオカミ型モンスターを不意打ちの一撃で撃破。それと同時に大量に召喚されたウサギ型モンスターが氾濫モンスターと衝突。
召喚されたウサギ型モンスターの数は百や千ではきかない数だったそうですが、万を超える氾濫モンスターを相手に、数で劣るウサギ型モンスターが圧倒。氾濫モンスターの残党も戦場全てを覆う様に展開された花弁を突破できず、文字通り全滅しました。
これは索敵系のスキルを持つ冒険者が確認しましたので、生き残りの氾濫モンスターは1体も存在しません。
氾濫モンスターを殲滅した”彼”は北門の兵士に気絶した2人の母子を預け、モンスターが氾濫したダンジョンの位置を聞くと、ウサギ型モンスターの大群を引き連れて向かったようです。
その姿を最後に”彼ら”の姿は今のところ確認されていません。
兵士に預けられた2人の女性は南門で諍いを起こしていた兵士の家族らしく、”彼”が力を振るった理由だと思われます。彼女達及び、諍いを起こした兵士はまだ目を覚ましてはいませんので、詳しい話は彼女達が目を覚まし次第聞きだします。
また、この時に南門付近の壁を飛び越えて外に出た”彼女”の姿が一緒に目撃されています。
最後に不確かな情報ですが、戦場に”彼”とも”彼女”とも違う子供の姿を見たと言う声が少ないですが上がっています。恐らく町の外にいた”彼ら”の仲間ではないかと思われます。この子供以外に何人の仲間がいるのかは不明です」

「oh・・・」

以上で報告を終わります。と締めたアメリアへ向けられたギルマスの反応は様々な感情が混じった吐息だった。
全く同じ報告を2回され、やはり夢でも幻でもなかったと理解した十円ハゲがクラリと揺らぐ。
下手をしたらモンスターの氾濫よりも厄介なものが発生した事に苦い感情が湧いてくるが、死傷者どころか被害は砕けた石畳だけという殆ど最善に近い結果で氾濫を乗り越えれたことへの安堵も確かにあって何から考えればいいのかを考えるだけで頭が痛くなってくる。

「・・・街中から集めてきた情報を整理し、2度も同じ報告をさせた相手に対する言葉がため息ですか、そうですか」

いろいろな感情や考えが混ざり合い百面相をしているギルドマスターに、ある程度思考の整理が付いたのを感じ取ったタイミングでアメリアが冷たい瞳で呟きをギルマスの耳に滑り込ませてくる。

「いや、当然感謝はしているぞ?この短時間でよくここまで情報を集めてくれた」

実際、通信技術が発達していないこの町で、町の南北の端と町の外で起こった出来事を短時間で纏めて報告できる形にするのは骨が折れる。
伝聞では情報の精度も鮮度も落ちるが、実際に町を隅々駆け回って聞きこみをするのは多大な時間を消費するからだ。
アメリアが居なければ無理というわけではないが、居ると居ないとでは大違いなのだろう。

「はぁ・・・それにしても彼はやってくれたな・・・」
「はい。純粋な身体能力で市壁の倍を跳躍し、鉄壁の花弁を召喚又は創造。それを纏い風のように空を飛び、ランクBのモンスターを一撃で撃破。2万を超えると予想されるモンスターを殲滅する軍団を所有し、召喚により戦場の真ん中へと呼び出せる訳ですから」

「・・・もはや同じ人間の話をしているとは思えんな・・・」

子供に聞かせる御伽噺に出てくる主人公の話だと言われたほうがしっくりくる内容に目の前の女性が自分を謀ろうとしているのかと一瞬疑うが、町に接近していた氾濫モンスターの軍団が消滅したのは事実としてギルマスの耳に届いているので、この荒唐無稽な話を信じるしかない。

よりにもよってジュンはその力を多くの人の前で見せてしまっている。これでは混乱を防ぐ為に口封じをする事もできない。そう時間をかけずにジュンの存在は国の中枢まで知れ渡るだろう。
上から降り注ぐであろう問い合わせと言う名の詰問に、頭だけじゃなく胃まで痛くなってくる。
なにせ何を聞かれてもギルマスには今聞いた報告以上の事は何も知らないも同然なのだから。
少なくとも上の連中が聞き出したいであろう有用な話は何も知らない。

「・・・参考程度に聞きたいんだが、氾濫のモンスターを殲滅するにはどの程度の戦力がいると思う?」
「氾濫は耐えるものであって殲滅しようという考えがそもそも異常ですが・・・規模や質によってはこの町の防衛能力でもなんとかなる可能性はあります。多大な犠牲と資金。期間を設けられるのならですが。
今回のような短時間で仕留めようとするのなら、”勇者”と同等の戦闘力は必須だと思います」

「”勇者”か・・・」

勇者とは教会が認定した女神の加護を受けた者の事であり、ユニークスキル”勇者”を持つ世界で1人だけの人間の事である。
”勇者”というユニークスキルは他のユニークスキルと違い、同時に持つ事ができるのが世界で1人だけという縛りがあるものの、同じ効果のスキルを様々な人が持つ事ができる。唯一のユニークスキルである。
現在の所有者が居ない状態で、魔法と剣術。両方に優れた使い手が現れると”勇者”のスキルが宿るらしい。
勇者は非常に強力で万能な力を持っており、いつどこで強力なモンスターが異常発生したり、天変地異レベルの災害が起こるか分からない今の時代には非常に重宝される。
だから教会では現在の”勇者”スキルの使い手が居なくなると闘技大会を開催し、新たな”勇者”スキル所有者の見極めを行う。
”鑑定”スキルも使い、出場者の中に”勇者”スキル所持者が居ればよし。居なくとも、闘技大会の優勝者に”勇者”スキルが宿ることが多いため候補者を絞る事は出来るという事だ。

「実は今代の勇者はもう死んでいて、次の勇者があいつだって事は・・・ないか」
「”勇者”スキルで出来る事は研究が進んでいますが、謎の花弁を召喚する魔法など聞いた覚えもありませんし、”勇者”の固有武器である光の剣も持っている所は確認されていません」

「それにあいつの手は生まれてこの方まともに剣を振ったことが無い箱入り娘の様な手だったからな。海を一刀両断するとまで言われる勇者の剣を振るえるとは思えんか」

ジュンが人類の希望である勇者なのでは無いかと考えたギルマスだが、すぐに”ありえない”と否定した。
そもそも今代の勇者が死んだという情報は入ってきていないし、勇者の特徴とは乖離していたのだから当然だ。実際その判断は間違いでは無い。ジュン勇者ではないのだから。

「それでこれからの方針ですが、どうしますか?氾濫を殲滅できる戦力を持つ危険人物として敵対するか、町を救った英雄として歓迎するか・・・」
「・・・アメリア君。キミ、分かってて聞いてるだろう?敵対できる訳が無いだろう。”彼ら”の怒りを買ったらこの町なんて一晩で滅びるぞ?最大限便宜を図ってなんとか味方に引き込むしかないだろ。土地か嫁を貰ってこの町に居ついてくれれば最高だな」

アメリアと会話をしながら自分の考えをまとめていく。
ジュンは前回町に来たときも宿などは取っていなかったようだが、町の中に拠点があればなにかと便利だし、あの年代の男なら分かっていたとしても色仕掛けにかかるものだ。
そして、情を交わした相手を簡単に見捨てられる様な性格で無いのは、今回2人の親子を助けるために自分の実力を曝け出してまでモンスターの軍勢に挑みかかった事からも明らか。
考えれば考える程自分の考えが素晴らしく感じたギルマスは腕を組んで、一人でうんうんと頷いている。
目を瞑りながら考えに浸っているために、アメリアの冷たい視線に呆れの色が混じっている事に気付かずに。

「という事で、報酬は出すから娼館に依頼を出して人気の高い娼婦に出張してもらうぞ。戦闘の後で体が昂ぶっているだろうから丁度いい。そこまで上手くいかなくとも好みぐらいは分かるだろうしな」
「・・・分かりました」

ドヤ顔でそう言うギルマスに何か言いたげな顔をするアメリアだが、ギルマスの言う事にも一利あるので、何かあれば全部ギルマスの趣味って事にして、ギルマスのポケットマネーで払わせればいいか。と思い、娼婦の手配に部屋を退室するのだった。

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