異世界でウサギダンジョン始めました
第11層 第一回ギルマス会議
コンコンコン
「おう。入れ」
「失礼します」
ここは冒険者ギルドの3階。冒険者はもちろん。権限を持っていないギルドのスタッフも立ち入る事は許されない、冒険者ギルドの中枢部。
その更に最奥。冒険者ギルドの最高責任者であるギルドマスターの部屋に1人の女性が入ってきた。
「先日のギルドマスターの決闘騒動時に回収した花弁の解析が終了しましたので報告します」
「やっと終わったか。では頼む」
部屋に入った女性は透明なビンに入れられた桜色の花弁を持っており、そのビンをギルドマスターの机の上へと置いた。
その花びらを見るギルドマスターの表情は苦い物になっている。
それもその筈。ジュンが・・・というかサクラがあの日冒険者ギルドで倒したおっさんはこのギルドマスター本人だったのだから。
「はい。では報告を・・・いえ、その前に1つ申したいことがございます」
「なんだ?発言を許可する」
椅子に腰掛け、机に肘をついて顔の前で手を組んでいるギルドマスターからは、ジュンに絡んできたときとは別人のような厳格な雰囲気をかもし出している。
「それでは・・・何故そんな気持ち悪い言葉使いをしているのですか。偉そうな言葉を使う俺カッケェとでも思ってるんですか?思春期の男子じゃあるまいし、いい歳したおっさんがなにをなさってるのですか、気持ち悪い」
「えぇ~・・・いや、アメリア君?俺ギルドマスターだよ?偉そうというか偉い人だよ?」
ギルドマスターから漏れていた厳格な雰囲気がたちまちに霧散し、若干目が潤っている気持ち悪いおっさんになった。こちらがギルドマスターの素なのだろう。
ちなみに女性の方は鉄壁の無表情だ。淡々とした口調で毒を垂れ流している。
「そうですね。仕事をサボって1階をうろついては、新人冒険者に無理やり決闘を吹っ掛けてボコボコにしている、偉い人ですね」
「ごふぅっ!い、いやいや、俺は未来ある若者が無闇に命を散らすのが我慢ならないから、無理やりにでも稽古をつけてやろうとしているだけの優しいお兄さんだといつも言ってるだろ?自分から進んで冒険者になるようなバカは自分は強いと錯覚しているのが殆どだから無理やりにでも、けちょんけちょんに負かしてやらんと話を聞かないからな・・・まぁ、前回は見事に返り討ちにあったわけだが」
「・・・だから冒険者でも無い一般市民を無理やり決闘の場に引きずりこんだと?」
「・・・なんだと?」
気持ち悪いおっさんになっていたギルドマスターの顔が一瞬で引き締まる。自分を倒した冒険者。その情報収集もまた、ギルドマスターがアメリアと呼んでいる女性に探らせていたことの1つだ。
「あれから照会しましたが、ギルドマスターが決闘を挑んだ者は冒険者では無いようです」
「いや・・・だが、掲示板を見てたぞ?」
「見てただけです。冒険者以外は見てはいけないという決まりはありません」
「いやいや、でもお前も見ただろ!?元Aランクの俺にダメージを通す蹴りを放つ規格外のウサギに、破壊不能の花を操る謎のユニークスキル!!これでBランク以上の冒険者じゃないって言ったら嘘ってもんだろ!?」
「ですが、冒険者として登録はされていませんし、装備品も・・・多少豪華でしたが鎧などではない市民の物でした。どれだけ強かろうと彼は一般市民です。冒険者を纏めるという責任ある立場にいるギルドマスターが一般市民を無理やり決闘の場に引きずり込んだのは紛れも無い事実です」
「・・・やばくね?」
「・・・やばいです」
ギルドマスターとアメリアの間に沈黙が下りる。
冒険者が一般人に剣を振るった。それもこの街の冒険者の頂点に立つべきギルドマスターが。
その責任は非常に重い。ギルドマスターの首が物理的に飛ぶぐらいには。
「・・・幸いなのはあの対戦相手の情報を誰も持っていない事です。朝この町に入った時以前の情報は一切ありません。故に、彼が一般人だと知る者はいないでしょう」
「・・・調べた相手の素性不明が”幸い”か・・・まぁいい。彼がもう一度この町を訪れた時はすぐに俺に知らせるように手配しておいてくれ」
「はい。分かりました」
「それで、本題のこの花の件だが・・・結局なんだったんだ?」
ギルドマスターがアメリアが先ほど机に置いたビンを手に取り、中から一枚の桜の花びらを取り出す。しっとりとしたその手触りは確かに生きた植物の感触をギルドマスターの指へと伝えてくる。
あの決闘の直前に摘んだにしても既に10日は過ぎている筈なのに。
「はい。その気色悪い花弁についての報告ですが」
「気色悪いか・・・確かに常識では考えられない能力を秘めているとは思うが、アメリアが気色悪いと評価するほどの物なんだな?」
アメリアの花びらに対する評価を聞いて、ギルドマスターの眼光が鋭くなり、最初に出していたような威厳が漂ってくる。
最高責任者であるギルドマスターに毒を吐く女性を登用しているのも、それだけギルドマスターがアメリアの能力を買っている事の現れだ。
アメリアが毒を吐けるのも、ギルドマスターへの信頼の表れでもあるが、アメリアは決して認めないであろう。
「失礼。間違えました・・・その気色悪い人の体液が付着していた美しい花弁の報告ですが」
「ちょっと、待てい!それを言うなら”気色悪い体液が付着した”だろうが!!それじゃあ、”俺”が汚らわしい存在みたいに聞こえるだろうが!しかも総評が”気持ち悪い花弁”って事は花びらの美しさを足しても余りあるほどの気色悪さだってことか!?」
「そう言っているのですが何か?解析を担当したスタッフも気色悪い粘液に塗れた花弁を前に、顔を引きつらせていました。この花弁が火に耐性があって幸いでしたね。危うくサンプルが全焼するところでしたので。あ、ギルドマスターは後で彼らに精神的苦痛を与えた分の慰謝料を支払っておいてください」
「その報告を聞いた俺の方が慰謝料を貰いたい気分なんだが・・・それよりもこの花弁は火に耐性があったんだな?つまりはモンスターの一部である可能性は低くなるわけだ」
植物系モンスターの殆どは火に弱い。これはこの世界の常識だ。
常識だからといって正しいとは限らないが。
現に今も。世界中の25箇所で毎日の様に新種のモンスターが増えていっている。
この世界の人間がそれに気が付くのは、もう少し先のお話。
「それはまだなんとも。ただ、魔法で作られた物質である可能性もかなり低いです。それは、この花弁が今も存在している事からも明らかですが。彼らが花びらを持ち帰った事からもも推測できます」
「まぁ、そうだろうな。この花びらからは確かな生命の力を感じる」
ユニーク魔法の中で、物質を創造する能力は割とメジャーだ。魔剣を作ったり、鎧を作ったり。変り種では、料理を作る魔法なんていうのもある。だが、その全てに共通するのが、魔力で物質を創造している間は常に魔力を消耗するという事だ。
だからこの花びらは魔法で作られた物では無いと、2人は判断している。
2人が知っている他のユニーク魔法の使い手が全員そうだったからといって、今回も同じである保障などどこにも無いのに。
まぁ、今回に関しては結論は合っているから問題は無いが。
「モンスターでも無ければ魔法でも無い。となればこの花びらは普通の植物の花びらだと?そんなバカな・・・」
「その判断をする前に、分かった限りのこの花弁の特性について報告をします。
まず、ギルドマスターも確かめられたように、この花弁は切れません。”斬撃”は無効です。
次に”刺突”も無効です。私のレイピアでも穴は開けられませんでした。
”打撃”も無効でした。花びらは破れませんでした。
魔法も水と土と風は無効。火は少し効きました。交代で丸1日焼き続ければ1枚の花びらを炭に出来ました」
「・・・それは一般的には効いていないと言うと思うんだが?」
「なに1つ影響を与えられないよりはマシです。ギルドマスターはこの花びらが火に耐性があるので、モンスターでは無いと判断されたようですが、他の攻撃に比べれば火は弱点と呼べます。また、花弁自体からも微弱な魔力を検知しました。故に私はこの花弁はモンスターの体の1部だと判断します」
この判断は間違いだ。万年桜はモンスターじみた生命力を持っているが、モンスターでは無い。万年桜の花びらに魔力が含まれていたのは、万年桜が吸う水にも空気にもダンジョンの魔力が含まれていたからだ。
もっとも、これだけの情報で正しい答えを導くのは名探偵と呼ばれる人達を呼んでこないと難しいとは思うが。
「なるほどな。にしても恐ろしい能力だな・・・これ、下手したら国宝級のアイテムだろ?」
「下手をしなくてもアーティファクト級のアイテムです。この花弁を鎧に縫いつけ・・・いえ、針は通らないので、ノリで貼り付けただけで火以外の魔法を完全に弾き、刃を通さない鎧を作る事が出来ます。しかも重量は殆ど無いに等しいです。この花弁を貼り付けたレザーアーマーは金属鎧よりも防御能力が高いでしょう。衝撃は通りますが」
「むぅうう・・・」
これには流石のギルドマスターも唸るしかない。アメリアの話はつまり自分が指で摘んでいる小さな花びら1枚が、ドラゴンの鱗よりも高価な代物だと言っているようなものなのだから。
「む?だがおかしくは無いか?それだけ貴重な物なら、どうして彼らはこの花びらを回収していかなかったんだ?」
「・・・気色悪かったからでは?」
大正解である。言った本人であるアメリアですら、信じてはいないようだが。
「そんな理由で貴重品を手放すのはアメリアぐらいだ。というか、この花びらの価値を知った後でも俺の鼻水が付いてて気持ち悪いからって理由でアメリアは諦めるのか?」
「それは・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ぐっ、せ、背に、腹は・・・変えられ、ません・・・ちっ!」
ずっと無表情で淡々と話していたアメリアがここで初めて表情を変えた。心の底から湧き出てきた嫌悪感を顔中で表したかと思うと、今にも『くっ、殺せ!』と言いだしそうなほど、屈辱に歪んだ顔で途切れ途切れに言葉を紡いで、舌打ちをした後。また無表情に戻った。アメリアさんノリノリである。いいことでもあったのかな?
「そんなに嫌なのか!?」
「嫌か、嫌じゃないかで言ったら死んで欲しいです」
「選択肢の意味とはいったい・・・」
今度は表情を変えないまま、目だけをクソムシを見下すような絶対零度の瞳に変えている。器用である。
一部の人にはご褒美であろうその眼差しも、ノーマルなギルドマスターにとっては普通にヘコムだけではあるが。
「彼らはこの花弁の親木を持っているから花弁は重要じゃなかった。とかでしょうか」
ギルドマスター弄りに満足したのかアメリアが急に議題を元に戻した。
ギルドマスターとアメリアのどっちが主導権を握っているのかが良くわかるやり取りである。
「いや、それなら全部置いていくだろう。一部だけ残していった事には、なにか意味があるはずだ。まさか、自分達が使っていてこの花びらの価値を知らないなんてことは無いだろうしな。となればいったいどういう意図があって花びらを置いていったのか・・・」
「最大限友好的に考えるのならば、友好の証の贈り物。敵対的に考えるなら、挑発の為や、自分達の力を誇示して反抗する気を削ぐため・・・といったところでしょうか。私達はこの花弁の能力の高さを知ってしまいました。知らなければ唯の美しい花弁ですが、知ってしまえば恐るべき兵器です」
銃がなにか知らない者に、銃口を突きつけても脅しにはならない。
万年桜の能力を知らない者に、桜の花びらでまみれた鎧を着て現れても笑いものにしかならない。
だが、知ってしまえば決して笑い事では済まなくなる。
そして、幸か不幸かこの場の2人はそれを知ってしまった。
「本来なら冒険者登録に来ただけなのに、どこかの気持ち悪いバカが無理やり決闘に引きずり込んだせいで、出来なくって冒険者ギルドに恨みを持ったとか・・・」
「・・・アメリア君。そういう不謹慎な事を言うのは止めようか。それだとまるで、俺のせいで高ランク予定の冒険者がギルドに敵対したみたいに聞こえるだろう?」
実際は敵対どころか、ビビッて逃げただけなのだが、当然2人には分かるはずもない。
「そう言っているのですが何か?ちなみにギルドマスターは彼らをBランク冒険者と同等の戦力と見ているようですが、それは花弁の数が小さなリュックに入るぐらいの量だったらの話ですよね?これが、タルにいっぱいの花弁を持ってこられたら?馬車にいっぱいの花弁を持ってこられたら?ギルドを埋め尽くすほどの花弁を持ってこられたら?町が沈むほどの花弁を持ってこられたら?果たしてこの町に太刀打ちできる者は居るでしょうか・・・」
アメリアの言う事は多少大袈裟ではあるが、ありえないと否定することは出来ない。
2人とも、サクラが操れる桜の量を知らないのだから・・・
ちなみに、今アメリアが言ったことはDMに制限をつけなければ可能だったりする。大量の万年桜と桜魔法ウサギを召喚すればいいだけなのだから。ただし、溢れた万年桜の花びらの処理という大きな問題は残るが。
「・・・なぁ、アメリア君」
「はい。なんですか」
「・・・次に彼らが町に来たときの為に、効果的な命乞いの方法を学んでおきたいのだが、いい案はあるか?」
「それでしたら私が調べていた古い文献にDOGEZAと言われる最上級の謝罪方法が載っておりました。方法は―――」
ニヤリと愉快そうに嗤うアメリアに、ギルドマスターの背中を嫌な汗が伝ったが、なんだかんだ言ってもアメリアが優秀であることを認めて相談したギルドマスターに今更拒否するという選択肢は無かった。
故に、ギルドマスターの受難は次にジュン達が町に訪れるまで毎夜続く事になる・・・
「頭が高い!!ギルドマスターはそれで誠意が伝わると本当に思ってるんですか!?」ビシィッ!
「アヒィッ!・・・ね、ねぇ。アメリア君?なんか楽しんでない・・・?」
「ほぅ・・・まだ口答えをする元気があるみたいですね。これはもっと、厳しく指導しないとですかねぇ?」
「すんませんでしたぁあああああああ!!」
ギルドマスターの要望通り、DOGEZAレベルは確実に磨かれていっているのであった。
急げジュン!ギルドマスターがノーマルな人か、ノーマルだった人になってしまうかはジュンがいつ町に来るかに掛かっているぞ!
(ジュンがまた来るとは一言も言っていない)
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