TraumTourist-夢を渡るもの-

舘伝斗

1-1借金

 頬を撫でる風に心地よさを感じながら目を開けると青空が広がっていた。
 そう、自分の部屋ではなく、かといって記憶にあるホテルの一室のような部屋でもない。

 では通学路で倒れたのかというとそうでもない。

 辺りを見回すと見慣れた住宅街など広がっておらず代わりにこれでもかというほどの平原が広がっていた。
   
「あー、うん?ここは・・・・・・・夢かな。」

 ここはどこだ?と呟こうとした瞬間目に映った空を飛ぶ影。
 それだけなら鳥か飛行機だろうと思うがそれは恐竜図鑑で見たことのあるプテラノドンに似ていた。

 その呟きが聞こえたわけではないだろうがそのプテラノドンもどきは上を横切るときに急旋回しこちらに向かってくる。

「今回は開始数秒でゲームオーバーか。」

 僕は向かってくる理不尽な死を受け入れる。
 これまでにも似たような経験は何度もあった。
 目が覚めた瞬間に魔物の群れの中にいたり、上空数百メートルから始まったこともあった。

 これまでの・・・・・夢の記憶・・・・から今回もすぐにリタイアかと諦め・・・・・かけたところで夢の中のはずなのにこれまでの夢の記憶があることに気がつく。

 これまでの夢の中では例外なく思い出せるのは現実のことだけで他の夢のことは思い出せなかった。
 なのに今僕にはこれまでの記憶が・・・・・・・・ある。
 この事が示すこと、すなわちこの世界は現実である・・・・・


 理解した瞬間僕は死に物狂いで横に飛び、プテラノドンもどきのアギトから逃れる。

 プテラノドンもどきの牙が体のスレスレを通過するのを眺めながら視線を前に向けるとそこにはプテラノドンの鋭い爪が迫っていた。

 流石に崩れた体勢からこれを避けることは叶わず串刺しになる覚悟を決める直前。

「いきなり突っ込んでくるんじゃねぇ鳥もどきが!お嬢様が怪我するだろうがっ!」

 ヒュゴッ

 そんな男の声とともにプテラノドンもどきの体が逆再生のごとく上空へと舞い上がる。

 ズシャッ

 舞い上がったプテラノドンもどきの体は僕の体が地面に倒れるのと同時に地面にめり込む。

「まったく、目覚めた瞬間にあんなもどきが向かってくるなんて、どうせ迫ってくるなら美女にしてほしいもんだね。君もそう思うだろう?」

 プテラノドンもどきがいきなり上空に舞い上がり地面に叩きつけられたことに呆然としていると後ろからそんな聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 振り返るとそこには通販番組で神器を紹介していた朱の服の男が、首の後ろでまとめた金髪の前髪をかき上げながらこちらに手を差し出していた。

「た、助かったよ。」

 僕は一言お礼を言い差し出された手をとる。

「いやいや、構わないさ。俺はお嬢様の身辺の警護を任されているからね。言ってはなんだけれど君を助けたのは偶々さ。男を助けたって何も嬉しいことはないからね。まぁ君がお礼に絶世の美女を紹介してくれるなら助けた甲斐があるんだけどね。」

 朱の服の男の言動の端々から伺える女好きに多少困惑しつつも僕は先程から気になっていたことを口にする。

「お嬢様って通販で言ってたお嬢様?」

「そうそう、その神器を間違って通販に出したマヌケなお嬢様のことさ。今でもそこで眠っているよ。」

 朱の服の男は僕の手に視線を向けた後少しはなれたところの唯一草の無い部分・・・・・・で眠る腰まである長い赤髪が特徴の人形のような女の子に視線を向ける。

 身辺の警護を任されてるくせに何で唯一地面が剥き出しのところに寝かせてるんだよ。

 僕の内心に気づいたかどうかはわからないが朱の服の男はニヤリと笑みを浮かべる。

「俺は幼女趣味じゃないからね。さっきも言ったけど任されているのは身辺の外敵からの・・・・・警護だけで自然からの警護は任されていない。それに・・・あぁしてると起きた後のお嬢様の反応が面白いんだよ。」

 僕はその言葉でこの朱の服の男が録でもない奴だと悟った。

「お前絶対にいい死に方しないな。」

「俺は死に方より生き方の方が重要だと考えているからね。死に方は決められないけれど生き方なら自分の思うがままだろ?」

 そういって僕に向けてウインクをする。
 多分僕が女なら惚れていたんであろう、少し鋭い、はっきりとした一重に高い鼻が特徴の稀に見るイケメンだ。死ねば良いのに。

「それで君は戌亥いぬいわたる君でいいのかな?まぁ指輪もしてるし、まずグレンさんが間違えるはず無いんだけれど、一応確認しとかないとね。」

 手に目を落とすと見たことのある指輪がっ、てこの指輪いつの間に嵌めたんだ?僕は確かに寝る前に外して棚の上に置いたはずだよね。

「あれ?もしかして人違い?」

 僕が指輪に困惑して黙っていると朱の服の男は心配になったのかもう一度訪ねてくる。

「あぁ、ごめん。僕が戌亥いぬいわたるだけど、あなたは?もしかして指輪を取り返しに来た?」

「俺はカトラムルス、カトラって呼んでくれて構わない。それと指輪はわたる君のものだよ。元々お嬢様のミスで出品したんだし。ただ代金をまだもらってないからそっちを貰いに来たってところだね。といってもグレンさんに聞いたけどわたる君はトーラムを見たのはこれが初めてなんだろう?」

「じゃあ僕のこともわたるでいいよ。それにトーラムって?夢との違いは?」

「夢は夢だよ。記憶の整理、脳と体の休憩。でもトーラムは違う。この世界は確かに現実世界ホゥトルで睡眠を摂ると来られるっていうのは同じだけど一番の違いは死ぬまで終わらないことかな。それとここでの死が現実の死になることもあり得る。」

「違いはそれだけ?」

「そうだよ。」

「じゃあ僕はトーラムに来るのは初めてじゃないかも。」

「ん?でもわたるはまだ登録・・も済んでないだろう?まさかこれまでは来た瞬間に死んでたのか?」

「いや、トーラムで何年も過ごしたことがあるよ。それに登録って?」

「登録無しでよくこれまで不便なかったね。登録っていうのはまぁ簡単にいうと自分の能力を数値化、トーラムに来た回数、滞在時間の記録とかをデバイスに記憶させることさ。」

 そういってカトラは腰に吊るしているチェーンを引き寄せ先に付いた黒い懐中時計を見せる。

「そんな懐中時計持ってないし見たこともないんだけど?」

「いやいや、デバイスっていうのは必ずしも懐中時計とは限らないんだよ。まぁ時計ではあるんだけれどね。」

 カトラは僕の腕を指差す。

「恐らくわたるのデバイスはその腕時計だろう。これまでの世界でも付けてなかったかい?」

「いや、そもそもこの腕時計を見たのはこの世界、というか今回の睡眠の前が初めてなんだけど。」

 そういうとカトラは考える素振りをする。

「これまでのトーラムでは見たことがない?ということはわたるは能力持ちか?成る程、それなら登録すれば分かるか。」

「カトラ、一人で納得してないでもらえる?」

「あぁごめんよ。わたるが普通と違ったからさ。とりあえずお嬢様が起きる前に登録しようか。」

「で、登録って何をすれば良いの?」

「登録はデバイスに手を添えて"夢を渡るもの"って呟くだけさ。後はガイドの指示通りにやればできるよ。」

 そういわれ僕は腕時計に手を添える。

「"夢を渡るものトーラムツーリスト"。」

 その瞬間、突如世界から色が消えていく。

「えっ、何か間違えたのか!?」

「いえいえ、これが通常通りですよ。」

 慌てる僕の背後から声が聞こえる。
 振り向くとそこにはシベリアンハスキーの子供がいた。

「なぁ、カトラ、ガイドってこの犬のことか?・・・カトラ?」

 返事がなかったのでカトラの方を見るとそこにはカトラは居なかったどころか、少し離れていた場所で横になっていた女の子も消えていた。

「安心してください。この空間はよくある亜空間というものです。ここには私と貴方しか存在いたしませんが外の世界には全く影響ありませんよ。それとこの空間の中に居る間は外の時間は経過しないのでご安心を。」

 二人に何かあったのか!?と思っているとシベリアンハスキーの子供が補足してくれる。
 というか見た目めっちゃ可愛い子犬なのに喋り方が紳士だから違和感が半端無い。

「それではデバイスの主登録を始めましょうか。わたくし案内犬のフューラーと申します。まず主となる貴方の名前を教えてください。これは別に偽名でも構いませんがデバイスをはずすまでその名前で周りに認識されますので可笑しな名前はお薦め致しません。」

「じゃあ戌亥いぬいわたるで。」

戌亥いぬいわたる様と。登録致しました。これでこのデバイスはわたる様専用のものとなりました。では各種機能を説明していきます。既にご存じの場合は省きますがいかがいたしますか?」

「あ、お願い致します。」

 おっと、余りに丁寧だったんで口調が移ってしまった。

「まずデバイスには倉庫機能ストレージ、ステータスの管理の二つの基本機能が御座います。まずは・・・おっとその前に失礼いたします。」

 ウォーーーン

 フューラーが吠えると後ろの何もない空間に黒板のようなものが出てきて倉庫機能、ステータス閲覧と書き込まれた。

 便利だな。

「ではまず倉庫機能ストレージから。
 この機能は俗にいうアイテムボックスで御座います。動かせるもの、無生物、触れている。この3つの条件をすべて満たしている場合のみ収納できます。取り出すときは倉庫機能ストレージと念じながらデバイスに触れると頭の中に内容物一覧が出てきますのでその中から出したいものを選びどこに出すのか考えるだけで取り出すことが出来ます。このとき取り出すものに手を触れている必要はありませんし一度入れたものならば手を触れなくても収納できます。
 それと倉庫機能ストレージに魔物を入れると解体も自動で出来ます。
 素材が揃っていれば薬を調合したりもできます。作り方を知っていたら、ですけどね。
 因みにお金以外は世界Aから世界Bに持ち込むことが出来ずに自動で破棄されますのでいらない物はこまめにお金に換えることをお勧めしま致します。まぁTPで購入したものは全世界で使用できますけどね。」

 つまりよくあるゲームのアイテムボックスまんまということか
 フンフンと内心頷いているのを確認するとフューラーは説明を続ける。

「次にステータスの管理機能ですが、これは実際にやってもらった方が早いでしょう。ステータスと念じながらデバイスに触れてみてください。」

 フューラーに言われ、腕時計に触れステータスと念じてみる。
 すると頭の中に情報が浮かび上がってくる。


 戌亥いぬいわたる 16歳  
 称号:密航者・借金を背負う者・夢を渡る者
 Rank1 0RP 0円 0TP
「亜空間:説明フィールド」
 戦闘力  1
 生活力  5
 学習能力 5
 魔力   0
 夢力   1

 固有:密航

 ふむ、称号について少し、いやかなり解せないがそういうことなのだろうなと思っているとフューラーが口を開く。

「確認できましたか?では各項目についての説明をしていきますね。少し長くなりますがお許しください。
 名前、年齢は飛ばしますね。
 まず称号。これは特定の行動で獲得できるものです1つ目の称号は自動で装備され、2つ目を手に入れるまで変更できません。称号によっては装備するだけで能力をあげてくれるものもあります。
 次にRank。これは世界の要求オーダーに応えると上がります。ただ普通は世界の声は聞くことが出来ないので狙ってあげられるものではありません。
 次にRP。Rankが上がると10Pずつ与えられ、このポイントを使うと現実世界ホゥトルで様々な恩恵を得られます。
 これにはカタログがありますので暇があればデバイスに触れてみてください。
 次にTP。これはトーラムポイントと言われ夢の世界で30日過ごすごとに10Pずつ自動えで付与されます。使い道は夢の世界に持ち込めるアイテムの購入ですね。
 これは夢を渡るものツーリスト同士の戦闘でも獲得できます。
 戦闘というよりは基本的に決闘に近いですね。両者の合意があるときのみ発生いたします。
 戦闘力。戦闘の技術。戦闘を行うと自動で上がっていき10でその世界の平均値となります。
 生活能力。生活に必要な知識ですね。戦闘力と同様生活行為を行うごとに自動で上がっていき10で一人暮らしに支障が出ないレベルとなります。
 学習能力。これは基本的に生まれた時から変動いたしません。値が高いと少数の反復練習でその技術をものにでき、逆に低いと技術をものにするまでとてつもない試行錯誤が必要になります。一般の平均は5ですね。
 魔力。これはいわゆるMPです。また魔法の威力、魔力の操作精度にも関わります。
 最後に夢力。これは夢の世界に行くごとに1追加されます。また総量の1/10が各能力値に加算されます。
   あとは技や魔法、ユニークスキル、固有能力などがありますがそれらは入手するとステータス欄の一番下に表示されます。
   わたる様の場合、密航がこれにあたります。固有能力とは生まれもった能力でありそのほとんどが非常に強力ですが詳しい能力が謎に包まれております。以上になりますが質問はありますか?」

 フューラーの長々とした説明もすんなりとはいって来た。
 学習能力以外は10で世界の平均っと。なるほどね。
 おそらくこれが学習能力の効果だろうと勝手に僕は決めつけ質問はないよと返す。

「では次にこの世界について説明しましょう。今回お越しいただいた世界は”ザースト”と呼ばれる世界です。この世界では剣と魔法、人間、獣族、魔族が存在しており魔族が嫌悪されている傾向があります。」

「じゃあこの世界の要求オーダーは3種族の共生ってところかな?」

「過去試した方がいたようですが違うようです。因みに500年ほど前、この世界の要求オーダーは一度クリアされています。」

「? じゃあ今回もそれを目指せばいいの?」

「いえ、世界も生き物と同じく成長、変化していきます。世界の環境、世界の情勢が変わるごとに要求オーダーも変化していくので全く同じ要求オーダーが同じ世界で2度下されることはありません。」

「ノーヒントってことか・・・。確かに狙っては出来ないね。」

「噂では現実世界ホゥトルでRPと引き換えに世界の要求オーダーを確認できる道具も存在するようですがワタクシは見たことがありません。では、長々とした説明はこれで終わりです。最後に実践と行きましょう。といっても相手は人形ですけどね。」

 そういってフューラーがウォーンと遠吠えすると僕の2mほど先にグリズリーが現れた。

 僕が「うおっ。」と驚くとフューラーは「これくらいリアルだとやりがいがあるでしょう?」とばかりに目線を送ってきた。

「ではこれを倒してみてください。このグリズリーは攻撃してきませんので安心してください。やり方は問いません。あ、倉庫機能ストレージにナイフを送っておきましたのでお使いください。」

 フューラーはそういうと少し下がった。

 それを確認してから僕はグリズリーに向かってナイフを振り下ろす、突き刺す、突き刺す・・・






 結果からいうとグリズリーは倒れてくれなかった。
 どうやら自動で傷を回復するらしく戦闘力1ではすぐに傷が塞がってしまった。

「はぁはぁ、これって、倒せるの?はぁはぁ。」

「そのままでは不可能ですね。」

 息も絶え絶えに尋ねるとフューラーはさらりととんでもないことを言い出した。

「はぁ、不可能ってじゃあ何でこんな苦行を?」

「簡単にいうとこれはこの世界ザーストで生きていくための最低限度の実力を手に入れるためのもので御座います。ここでわたる様にお力を付けて頂きませんとすぐにお亡くなりになってしまわれるので、苦しいでしょうが何とかお乗り越えください。ですがそろそろ倒せると思いますよ?その人形は戦闘力が8あれば壊れるようになっていますので。」

 そう言われ僕はステータスを見てみる。


 戌亥いぬいわたる 16歳  
 称号:密航者・借金を背負う者・夢を渡る者
 Rank1 0RP 0円 0TP
「亜空間:説明フィールド」
 戦闘力  7
 生活力  5
 学習能力 5
 魔力   0
 夢力   1

 固有:密航



 ステータスを見ると既に戦闘力が6も上昇していた。

「戦闘力ってこんなにすぐに上がるものなのか?」

「いえいえ、普通はこれほど早くは上昇致しません。今回上昇率が高い理由はわたる様の戦闘力が平均の10以下であること、また人形の戦闘力より低いことが理由にあげられます。」

 あ、平均以下ですもんね。
 それは上昇率が高いはずですわ。

「こんちくしょーー!」

 少しへこんだが僕は最後の一息と人形に斬りかかる。




「ではこれで説明は以上になります。わたる様が長生きできることを心よりお祈り申し上げます。」

 ウォーーーン

 フューラーが吠えると空間がバラバラと崩れていき色を取り戻す。

「あ、終わった?」

 カトラの声にふと視線をあげるとカトラと女の子がフューラーが現れる前の元の状態で存在していた。

「あぁ、なんとか終わったけど、何か疲れた。」

 僕は心に思ったことをそのまま言うとカトラはやっぱりなーという表情を浮かべる。

わたる、お前戦闘力1だっただろ。」

「・・・そうだよ。」

「はっはっはっ。そうかそうか。それは疲れるわな。大体戦闘力7か8になるまで人形殴らされるからな。お疲れさん。」

 カトラは笑顔でバンバンと背中を叩いてくる。
 そして腕をそのまま僕の首に回し顔を近づけてくる。

「で、説明を受けたってことはTPのことも聞いたな?」

 僕はその言葉にビクッとなる。
 腕越しに僕の反応を楽しむカトラは更に続ける。

「30日で10TPだ。指輪の代金300,000TP払いきるまで死ぬことは許さねぇからな。」

 30日で10TP、一年十二ヶ月で120TP


 ・・・・・・・・完全返済まで2500年、25世紀だと!?

「安心しろ。どんな強敵が来ても2500年、俺が守ってやるよ。戦闘力200のカトラムルスがな。」

「いやぁぁぁぁああーー!!」

「ふがっ。敵か?おっ?なんじゃ!?体中が痛い?毒か!って何故わらわの寝ている場所だけ地面が剥き出しなのじゃ!カトラの仕業じゃろ!!!」

「くはっ、はっはっはっはっ!」

 僕の初のトーラムは幸先があまり良くないらしい。






 戌亥いぬいわたる 16歳  
 称号:密航者・借金を背負う者・夢を渡る者
 Rank1 0RP 0円 0TP
「ザースト:イーベン平原」
 戦闘力  8
 生活力  5
 学習能力 5
 魔力   0
 夢力   1

 固有:密航

 完全返済まで2500年

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