やがて救いの精霊魔術

山外大河

1 夢ではない現実の話

 瞳に映る光景が、全て夢だったらいいのに。
 日本刀を手にした中学生程の少年は視界に映る光景を目にしてそんな事を考える。

 少年の視界の先に血塗れの女の子が倒れていた。

 少年と同じく中学生程の容姿の彼女が起き上がる気配はなく、鉄筋コンクリートの床を染める赤が徐々に広がっているのを見て、素人目で見てももう助からない事は容易に理解できた。
 そしてそんな目を背けたくなる様な光景を半端に遮る様に立つ二十歳程の青年がいる。
 その青年は鋭い眼差しを少年に向けて尋ねる。

「誠一……お前、なんで戦わなかった」

 目の前で女の子が倒れている事に対する過失を問い詰められる様な、そんな言葉。お前がもっとしっかりしていればこんな惨劇は起きなかったんだと糾弾する様な、そんな風にも聞こえる言葉。
 そんな言葉を……そんな様な言葉を、文字通り彼女を刺殺した張本人にぶつけられていた。

「何でって……普通に考えて無理に決まってんだろ」

 そして誠一と呼ばれた少年は一拍空けてから呟く。

「……相手は女の子の姿してんだぞ」

 この状況において少年、土御門誠一が取るべきだった行動は目の前の少女を助ける事ではない。

 目の前の少女から逃げるか……もしくは殺す事だった。

「ああ、そうだな。確かに普通のガキにしか見えねえよ。俺達が守んなきゃいけない奴らと見た目は何も変わらない。だけど見た目だけだ……人間じゃねえだろコイツは」

「……」

 そんな事は知っている。自分がどうするべきだったのかも、自分の目の前で死にかけてる……いや、きっともう息を引き取っている女の子がどういう存在なのかも。全部知っている。

 目の前の少女は精霊だ。人間ではない。

 何もない空間からまるで瞬間移動でもしてきたかの様に突然現れ、無差別に人を殺し家屋を倒壊させて暴れ回る、禍々しい雰囲気を纏った人成らざる者。

 人間の女性と同じ外見を持つ、この世界を壊す者。

 自我が無いかのように暴れ回る彼女達に説得なんてのは端から通用せず、その行為を殺さず止める術もない。故にやれる事は殺すだけ。彼女達と相対できる者が彼女達を殺さなければならない。

「……分かってんだよ、んな事は」

 分かっていても飲み込めない。
 やれる人間がやらなければ甚大な被害が出る。それでも自分と同年代程の女の子の姿をした相手を殺すなんて選択肢は彼には取れなかった。
 取れなかったから戦わなかったし、取らないといけないとも思ったから逃げられず、ただその場で精霊の攻撃を回避し続けた。その板挟みの最中殺されかかっていた所を目の前の青年……誠一の兄である土御門陽介に救い出された。つい数分前に起きた出来事はそういう事だ。

「分かってんなら次はちゃんとやれ。じゃねえと死ぬぞ……話は終わりだ」

 そう言って陽介は血塗れで倒れている少女……精霊の方に歩み寄りながら誠一に言う。

「処理は俺がやっておく。お前はもう行け」

「……分かった」

 そう言って誠一は立ち上がり、その場を後にする。
 本当にこの場で起きている事が。
 ずっと昔から世界中で起きているこんな光景が、全部夢だったら良いのにと思いながら。

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