殺しの美学

山本正純

容疑者の身辺調査

午後三時。コンビニの駐車場に停まる自動車の中で、愛澤春樹はジョニーからの電話を受けた。
『俺だ。渋谷花蓮が林の妹だった。彼女の戸籍を調べたら、両親が離婚したことによって苗字が変わったことも分かった。お前の推理が正しいとしたら、犯人は渋谷花蓮だな。容疑者から外れるために、誰かを買収してサービスエリアのトイレ前で襲わせたんだろう』
「渋谷花蓮とイギリスの関係は?」
『調べたが全く無関係だ。渋谷花蓮は生まれた時から日本で生活しているからな』
「なるほど。どうやら林警部補の妹が犯人という推理は的外れかもしれません」
『それでお前は何か分かったのか?』
「はい。大倉春香は帰国子女。十八歳になるまでイギリスへ留学していたようです。そのホームステイ先は、偶然にもダークを使用する種族の末裔だったようですよ。そして宮本栞は……」
『どうした?』
言葉を詰まらせる愛澤のことが気になったジョニーは、受話器越しに疑問を発する。
「彼女も運命の糸によって導かれたということです」
『意味が分からないな』
「意味はいずれ分かるでしょう。大倉春香と宮本栞。当たり前ですが、彼女達も林警部補の妹ではありませんでした。その代り、真相は真逆だったことが明らかになったのです。あの二人の中に、被疑者の村上と交際していた女性がいたんです」
『誰だ?』
「その前に答え合わせです。横山に例の女性の写真を見せましたよね? おそらくその答えと村上の交際相手の名前は一致するはずです。横浜市で連続した通り魔事件を起こし、丸山翔を殺害した犯人の名前は……」
犯人の名前を聞かされたジョニーは駐車場に停めた愛車に乗り込みながら、答える。
『ああ、その女で間違いない。ちゃんと証言は取れている』
「そうですか。後は物的証拠ですね。兎に角僕は彼女を追います。行き先は分かっていますから」
『犯人を追う? サマエルの容疑が晴れればいいんだろう? わざわざ犯人を追う必要はない』
「そうでしょうか? おそらく警察は犯人の正体に気が付いていません。いくら真相が分かっても、警察が誤認逮捕したら意味がない。だから自首を勧めに行くのですよ」
『お人よしだな。好きにしろ。俺は事件の真相をアズラエルに報告する。それで下らないゲームは終わりだ』
「それと、答えによっては暗殺を依頼するかもしれません」
『分かった。楽しみにしている』
運転席に座ったジョニーは電話を切る。そしてアズラエルに報告しようとしたその時、間が悪くジョニーの携帯電話に、アズラエルという文字が表示された。
『残念なお知らせです。ウリエルが事件の真相を見抜き、ザドキエル経由であの方に報告してきました。だから、私はナンバーフォーということに……』
「いつ報告があった?」
『三分前に、報告があったようですよ』
「ほぼ互角。もしくはウリエルの方が上手だったということか」
『どういうことです?』
「ああ、ラグエルも同時期に事件の真相を見抜いたってことだ。言訳のように聞こえるかもしれないがなぁ。ナンバーフォー」
電話を切った彼は車の鍵を回し、愛車を横浜市内へ走らせた。
愛澤春樹は犯人の行き先に見当がついていた。自動車でその場所に行く道中、信号が赤に変わったのと同じタイミングで、彼の携帯電話にラジエルからの連絡が入った。
『ラジエルです。報告です。丸山翔の爪から、人間の皮膚片が検出されたようです。それと丸山の携帯電話には、一週間前から頻繁に非通知着信があります。さらに、萩原聡子の家にある彼の寝室から、三件目の通り魔が着ていた衣服が発見されました。最後に、萩原聡子には、丸山が殺された時間帯にスーパーで買い物をしていたというアリバイがあります。それは店の防犯カメラで立証済み。以上です』
「分かりました。撤退してください」
『了解』
電話が切れ、愛澤春樹は犯人の正体を確信した。

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